第24話 人には注意!

しーんと静まり返る部屋の中を一定の間隔をもちながら、外から鹿威しの音がコーンと鳴る。 本格的な冬の季節に入り、寒い空気がより音を響き渡らせる。


ここにきてから何度この竹の音を聞いただろうか?


普段ならリラックスさせる音が今の悠仁には、緊迫した空気を余計に際立たせる音に感じる。


「どうしても貸せないと?」


エドワードの「嫌です」発言以降、ずっと沈黙だった空気を悠仁が先に破る。


「逆に問います。いつ返済できるのですか?」


変わらず冷たい声を出すエドワードに悠仁は戸惑いを覚える。


「先ほど伝えたように、当主になったら」


「当主にですか...それはいつなれるのですか?そんな、不確定要素の条件ではお金は貸せません」


エドワードの彫刻のように固かった目はいつの間にか呆れたものをみるかのよう細めており、顎もやや上向きで悠仁を見下しているようにも見える。


「国も違いますし担保にもなりません。 世の中あなたが思ってるほど、甘くないのですよ」


エドワードはやれやれと片手を額にあてては頭を左右に振る。


「っく!.... じゃあ、エドワードはこのまま三姫が何処の馬の骨かわからない金持ちと結婚してもいいのか!?」


馬鹿にするような態度を取られた悠仁は、声を荒げながら立ち上がると、エドワードの襟を片手でグッと掴んだ。


今は紳士の振る舞いなど、どうでもいい!早く三姫を助けなければ!


「....誤解しないでください。私は三姫さまを助けないとは1度も言ってないですよ。」


今にも殴りかからんとする悠仁の拳をエドワードは、「やめてください」と言いながら払い、襟元を整えるとふっと口元を緩ます。


さっきから何なんだ?エドワード!


悠仁はどこか嫌な予感を感じつつも、エドワードが口を開くのを待つ。


「椿家次期当主と親しい言うだけで信頼を得やすく、お蔭様で日本でのビジネスも大成功でした。 」


いきなり会話の趣旨から離れた発言をするエドワードに悠仁は混乱する。


「貴方と違って私は自分で稼ぎ、そのおかげで、邪魔も!文句も!言われず自由にお金を使えるのです! 」


悠仁の脳裏に1つの可能性が閃く。


「.....っ貴様!まさか!!ぐはっ.....」


貴族で乱闘など無い中で生きてきた悠仁には成す術もなく、真正面からエドワードのパンチを食らった。 腹を殴られた悠仁は、くの字になり痛みで悶える。何とかやり返そうと持ちこたえようとするが、無様にもそのまま畳の上で気を失った。


「これだからお貴族様は.....頭は良いのに残念です。ここで、ゆっくり寝ててくださいね?ユージン」


エドワードは悠仁の耳元でそう囁き、大声で笑いながら部屋から出ていくとそのまま姿をくらました。



ー秋本家ー


悠仁が旅館で気絶している頃、秋本家に眼鏡をかけスーツを着た理知的な顔をした男がたずねてきた。


「弁護士の佐藤です。」


男は秋本家全員が集まっている居間に案内されると簡単に自己紹介を済ます。そして手持ちのブリーフケースから丁寧に一枚の紙を取り出すと内容を読み上げた。


「簡単に申しますとお父様の借金とご家族の今後の生活を保証する代わりに、三姫さまはご結婚する事になりました。では、行きましょう」


ガシッと三姫は佐藤に手首を捕まれる。


「ちょっと離しなさい!」


初対面でしかもいきなり掴むのは失礼過ぎるでしょ!?


三姫は佐藤の手を振りほどくと


「絶対に嫌! お嫁に行かないわ!! 」


ビシッと指を弁護士に向かって指す。


「礼子さま、既に署名もしてあり、契約は成立しています。」


「ふーん、そう。なら、こうすればいいわ」


三姫は契約書を奪い取って破こうとするがひらりとかわされてしまい、届かないように紙を高く持ち上げられる。


「よこしなさい!」


悠仁さまもだけど何で男性はこうも背が高いのよ!


三姫は餌に食いつこうとする魚のように、ぴょんぴょんと跳ねながら何度も奪おうと試みる。


その姿に佐藤は内心、とても令嬢には見えない.....なんと言うじゃじゃ馬.....。と思いつつも弁護士らしく表情には出さずきっぱりと「決まったことです」と言う。


「何よ、勝手に決めつけないでほしいわ!」


「ああ、そういえば礼子さまは婚約者がいましたね。このような状況なのにその婚約者の姿が見えないのはおかしいですね。」


佐藤が仕事をこなそうと話題を少し変えて、悠仁の事を持ち出す。


「そ、それは、お忙しいからよ!」


痛いところを突っつかれた三姫は思わず声が吃る。 佐藤はそれを見逃すはずもなく、さらに追い詰める。


「忙しいだけで婚約者のピンチに駆けつけないとは.....。本当に愛されているのですか?」


「失礼ね!あ、愛されてるわよ!!...た、たぶん...。」


......この弁護士やるわね.......人の弱味を直ぐに見つけてくるのね


私だって悠仁さまを信じたいわ....でもこの事があってから1度も会えてないどころか手紙も来てないもの..... 悠仁さまは今どう思って、何処で何をしているのかすら全くわからないまま.....不安で孤独....


三姫は涙が出ないように、でもばれないように口の中を噛んでしのぐ。


「どうしても、礼子さまが嫌でしたら、この契約は無しにしてもいいのですよ?」


「えっ?」


「ただ、ご家族は路頭に迷うという結果は礼子さまが背負う...それでもよろしいなら、どうぞお破りください。」


押しては駄目なら引く。依頼人に頼まれた事を成し遂げるのが仕事。弁護士としての腕は良いようで三姫を落とすため追い討ちをかけるように冷たく言い放つ。


「うっ...そんな事言わなくたって...。」


わかってるわよ。私がわがまま言わないで我慢すれば、お父様、お母様、お兄様、敬子さんや使用人達が助かるって。だからって.....だからって.......


「ひくっ....ひぐっ....」


堪えていた感情が溢れだし、大粒の涙が流れる。三姫は崩れるように泣きだす。


「わあああああん.....」


佐藤は留目をさすかのように、今度は破ってもいいですよ~と言わんばかりにほらほらと契約書を目の前でひらひらさせた。 これで、仕事完了と思ったところ


「やり過ぎですよ。」


1人の男が部屋の中を入ってきては三姫に微笑みながら近寄り、すっと片膝をつくとポケットからそっとハンカチを出しては三姫の涙を優しく拭った。


「でも、男は狼というのを知っておかないといけませんね。ね?三姫さま?」


誰だろうと思い目を開くと、そこには部屋の中でも煌めく金髪を持つ彼が碧色ブルーの瞳でとても心配そうな表情で私を見てくれていた。それなのに私は......


「なぜ最愛の恋人ゆうじんさまはここにいないの....」


と涙声で言ってはまた泣き出してしまい、心配の表情をしていた彼の顔が変化した事には.........気付けなかったわ。




















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