第8話 崇拝する者・される者
奴隷商会でセラとの隷属契約を済ませた後、熊の家に到着した。1階は食堂になっているらしく、ワイワイガヤガヤと活気がありにぎやかだ。
「いらっしゃい。2名かい?」
恰幅が良く、セミロングの髪を後ろで結び、エプロンをした女性が悠真に話しかけてくる。
「すみません、宿をお願いしたいのですが空いてますか?」
「あー宿のお客さんかい。ちょっと待っとくれ。ライラちょっと頼めるかい?2名だよ」
「はーい。いらっしゃいませー。お兄さんとそこのローブの女性の2名かな?」
20歳くらいで活気に溢れ、ブロンドの長い髪が魅力的な女性がカウンターの奥から顔を出した。
「えっと、ローサさんの紹介で泊まりたいんですけど、空いてますか?」
「あ、ローサの紹介? ありがたいなぁ。あの子のおかげでうちの宿も賑わってるのよ。ツインでいいのかな? 割引して食事込みで銀貨18枚だよ」
特に問題もなく宿を確保でき、安堵した悠真はセラと2階の部屋へと移動する。道中に食堂の方から漂ってくる美味しそうな匂いに空腹を思い出し、早めに食事をとろうと決めた。
部屋に入った悠真は椅子に座ると、セラが扉の横で立ったまま待機していることに気が付いた。
「こっちに来て椅子に座って。ちょっと聞きたいことがある」
セラは遠慮気味に悠真の方に向かって椅子に座るが、顔を落としたまま口を開く。
「私を購入頂き、そして鉱山行きを止めて頂き有難う御座います。こんな不自由な身体ですけれど、これまでの冒険者の経験を活かしてご主人様のために仕えさせて頂きます」
ボソボソとしゃべるセラの声をなんとか聞き取った悠真は、早速セラの冒険者としての知識を活用するために質問をする。
「よろしく頼むな。早速だけど聞きたいことがあるんだが、まず俺が変な質問や一般常識的な質問をしたとしても普通に答えてくれると助かる」
そう言うとセラは顔を伏せたままではあるがうなづいた。
「まず治癒魔法についてだが、欠損部位を治すような治療魔法はあるのか?」
「そのような治療魔法は聞いたことが御座いません。王都の治療院でもハイヒールが最高位の治療魔法と聞いています。ハイヒールで欠損部位が治ったということは過去に一度も聞いたことが御座いません」
「ハイヒールでは治せないのか……」
ハイヒールで治せないならば、フルヒールではどうだろうと考える悠真。ハイヒールで治るのであれば王都の治療院に向かえば良いのだが、フルヒールとなるとエディットを使用して自身のスキル、魔法の心得をEからSにする必要があり、悠真はその代償に怯えている。
「私のことをお考えでしたら申し訳御座いません。今からでもご返品になられた方がよろしいかと存じます。それでも私の鉱山行きが数日遅れることになりますので、ご主人様には感謝しております」
「まてまて、返品なんて考えてない。ハイヒールが無理ならばフルヒールではどうかと考えていただけだ」
セラは首を傾げて悠真を見る。
「フルヒールなんて治療魔法は聞いたこと御座いませんが……」
「えーっと、とりあえずやってみるか」
悠真は目を閉じ、エディットを自身の魔法の心得Eを対象に使用、EからSへと変更し目を開けると、目の前には左腕を欠損した醜い姿のオークがいた。
「オークか……」
「オークがどうかしましたか?」
セラが尋ねるが、悠真は何でもないといった風に手を振り、「もしかして他の人もオークに見えるのか?」と考えた悠真は、目の前のオークには座っているよう促し、食堂へ行ってみた。
「あ、お兄さん食事かい?」
後ろからオークが話しかけてくる。食堂にいる全員がオークに見えている悠真だが、身に着けているエプロンから、かろうじて食堂の女将だろうと予測した。
「い、いや、まだ大丈夫です。ちょっとどれくらい混んでいるのか様子を見に来ただけです」
「そうかい。もしよければ宿泊しているお客さんには部屋まで持っていくけど、そうするかい?」
「そうですね、お願いできますか?」
「わかったよ。それじゃぁ後で持って行くから部屋で待っといて」
全員がオークに見える状態で、誰から声をかけられるかわからない状況の中、このままここにいては危険だと感じた悠真は足早に部屋へ戻る。
「今から起こること、そして俺についての情報は完全に秘匿すること。これは絶対厳守して欲しい」
「わかりました。どんなことがあろうとも秘匿いたします」
悠真はそう伝え、右手をオークの頭に乗せると、なぜかそこに本来はあるはずのないオークの毛の感触を感じた。
(見た目だけじゃないのかよ……)
そう思った悠真だが口には出さず、フルヒールを唱える。
すると目の前のオークから辺り一面が真っ白になってしまうくらいの光が溢れ、数秒後にはその光は収まっていた。
目の前のオークを見ると欠損していたはずの左腕があり、当のオークは両手を見ながら硬直して微動だにしない。
「フルヒールだと欠損部位も治ったな。左足もちょっと動かしてみて」
そう悠真が言うと、目の前のオークは蛇口が壊れたかのように大粒の涙を流し、泣き出した。
「なんで、なんで治ったの! 信じられない!」
床に座り込み号泣しているところ、部屋のドアがノックされ、少しだけ開けたドアから悠真が対応する。
「ちょっとちょっと、さっきの光は何だったんだい? 危ないことされると困るよ」
「すみません、あんなことになるとは思ってませんでした。以後気を付けます」
「お願いね。次に何かあったら出て行ってもらわないといけないよ。んじゃこれ、さっき頼まれた食事だよ。料金は宿代に含まれているからね」
そう女将さんは言い食堂へと戻って行った。
号泣していたオークが落ち着くのを待ってから、運ばれてきた食事を食べようと促すが、床に座ったまま考え込んでいる。
(欠損部位を治す治療魔法なんてきいたことがないのに、ご主人様は使える……。そんな魔法って、枢機卿様でも教皇様でも使えるなんて聞いたことがないのに……。まさか神様……?)
目の前のオークが急に五体投地をして話しかけてくる。
「ご主人様は神様であらせられるのでしょうか。この度は神の御業とも言える高位なる治療魔法をかけて頂き、恐悦至極に存じます」
「ちょっと待って。俺は神様じゃない。ただの冒険者だよ」
「神様以外にこの様な御業をあそばされるお方など、この世に存在するはずが御座いません」
「違うって。珍しい治療魔法が使えるただの冒険者だよ、冒険者。だから食事にしようか」
(そういえば、治療して頂く前に秘匿するようにと厳命を頂いたということは、もしかしてご身分をお隠しになられてご降臨されている? それなら否定なさるのも納得……ッ!)
そう考えたセラは五体投地の状態から突然椅子に座り、悠真の方を向いた。
「そうですよね。ご主人様が神様であるわけないですよね。普通の冒険者です」
(私がご主人様の正体に気が付いていることも秘密にしないと!)
「そう、普通の冒険者だよ。さぁ、冷めないうちに食事にしようか」
「承知しました」
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