第2話 裏切り

 俺、斉藤悠真さいとうゆうまは大学を卒業してから必死になってスマホアプリの開発に携わってきた。その後29歳で独立し、結婚もせずにがむしゃらに働き会社を大きくしてきた。社員との関係も良好で、肩を組んで酒を酌み交わしたり、色々な相談にも乗ったりもして、順風満帆な人生を歩んできている。

 そして今から、この会社の役員である気心の知れた創業仲間の5人で、会社のこれからの方針を決めようと会議室に集まったところ、集まった仲間の1人、匠(たくみ)が真剣な顔をしながら話を切り出した。


 「悠真、お前は今日付けで解任だ。これはここにいるお前を抜いた4人の総意だ」

 「おいおい、ちょっと待てよ。そんな冗談を言うなんて匠らしくないぞ。ドッキリか?」


 笑いながらドッキリか何かの冗談だと思っている悠真は、黒縁の眼鏡をかけた蒼太そうたの次の一言で笑顔が凍りつく。


 「胸に手を当てて自分が何をしたのか考えてみろよ」

 「はぁ? お前ら本気で言ってんのか? 解任理由はなんだ? 正当な理由なんてないだろ!」

 「横領だ。残念だが証拠もある」

 「ちょっ、まてよ。横領なんてしてねぇよ!その証拠見せろよ!」


 悠真は怒りを露わにした表情で勢いよく立ち上がり、机をたたきながら匠に証拠を求める。


 「証拠は厳重に保管してあるため今ここには無いが、4人で確認済みだ。ここから先は4人で話を進める。今日中に荷物をまとめて出てってくれ」

 「横領なんてしてねぇって! 信じてくれよ! 今まで一緒に頑張ってきたじゃないか!」


 横領という犯罪に対してあきれた表情をしている者、残念だといった表情をしている者など、4人は様々な表情で悠真を見ている。


 「お前ら……本気なんだな」

 「解任は決定事項だ。覆らない。解任に当たってしかるべき手続きも既に進んでいる」

 「…………」

 「理解したなら荷物をまとめに行ってくれ。俺達は今から会議なんでな」


 重い足取りで会議室から社長室へ向かう道中、社員の皆が忙しそうに、しかしながら楽しそうに仕事に取り組んでいる。


 「俺がやってきたことって間違ってないよな……」




 「匠、お前が見つけてきたあの証拠って間違いないんだよな? さっきの悠真を見てると、本当にあいつが横領なんてやったのか不安になってきたぞ」


 テーブルに肘をつけ、頭を抱えながらそう言ったのは創業仲間の1人である亮介りょうすけだ。


 「間違いない。お前らも確認しただろ。しかも1件だけじゃなく額も大きい。あいつは解任されて当然の事をしたんだ」


 そう言い切った匠はこの雰囲気を変えようと、さっきまで悠真が座っていた席へと移動し、口を開く。


 「俺も残念だが、俺達は落ち込んだままではいられない。悠真がいなくなった分まで頑張って、今まで以上に良い会社にしていくしかない。それが今の俺達にできることじゃないか」

 「そうだな。匠が言うように、俺達4人が頑張らないとな。ほとぼりが冷めた頃にまた悠真を迎え入れて、5人で一緒にやりたいしな」


 そう言ったのはまことだ。誠は、悠真の横領について半信半疑ではあったが、証拠があるならば解任も仕方がないといった見解を示している。

 4人の気分が落ち込んでしまい、このままでは会議が進まないと考えた匠は、今日の会議を進めることにした。


 「気分は落ち込んでしまったが、より良い会社にしていくためにも、本日の会議を始めようと思う。さっそくだが、新しく代表取締役社長となった俺からの新しい事業スタイルの提案だ」




 カーテンを閉め切り、電気もついていない真っ暗な部屋の中、聞こえてくる音は近くを走る車の音だけ。涙で視界がぼやけている悠真は買い置きの缶ビールを昼間から飲み始め、これで5本目だ。


 「創業した当初は5人が徹夜で作業してたなぁ。納期に遅れてクライアントまで土下座で謝りに行ったこともあったっけ……。あの頃はきつかったけど、楽しかったなぁ……」


 悠真の目から滝のように涙が流れだした。


 「俺達5人はもうあの頃には戻れないんだろうな……。全てを失った気分だよ……」


 気分がどん底に落ち込んでいる悠真が6本目の缶ビールに手を伸ばし、涙で失った水分を急速に補充するかのように、一気に喉を通す。




 「あかん、頭痛いし気持ち悪い」


 翌朝、当然のように悠真は二日酔いだった。あれからもさらに飲み続け、周りには空き缶が散乱している。


 「しかし今日からどうすっかな。幸い株を売ればある程度のお金にはなるし、しばらく1人で旅行でもすっかなぁ」


 漠然と二日酔いの頭で今後のことを考えていた悠真の前に、スーッと女神メルが降臨する。


 「ちょっと貴方、アマルテアに来てみない?」


 突然の来訪者に悠真は混乱し、二日酔いの頭では整理しきれない。しかしながら、現状を大きく変えることができるという予感を悠真は感じ取っていた。


 「……わかった」

 「はいダメね。んじゃバイバ……えええええ!?」

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