#ペーパーウェル02参加作品「水玉模様の魔法」
水玉模様の魔法
「何これ……」
部屋に入るなり、信じられない光景に言葉を失った。
水が宙に浮かんでいる。正確には、親指と人差し指で作れる輪っかくらいの直径をした水球が、ぴたっと空中で動きを止めている。
しかも、ひとつふたつではない。数えるのも億劫になるほどの大量だ。眩暈がした。頭も痛い。
「ちょっと、これどういうことよ!」
扉を閉めることすら忘れて、部屋の主である幼馴染みを怒鳴りつけた。奥の椅子に座っているだけで絵になるとか、むかつく。
そんな彼はいたずらが成功した子供のようにほくそ笑んだ。
「驚いた?」
「驚かない方がどうかしてるわよ。急に呼び出すから何かと思えば……とにかく、これ何よ」
「え、立体水玉模様的な? ほら、一応試験前に実践しとかないと」
のほほんと彼は笑うが、こちらは頭の痛みが更に増した気がした。
「魔法の試験は立体的に水玉模様を作れじゃなかった筈だけど」
「え、ひとつとか面白くないし。どうせなら数があった方が見栄えいいじゃん。ちょっと試してみたら、感覚的にできそうだったからさ。作れるだけ作ってみた」
「そんな、簡単に」
確かに、次の試験は水球を試験官の前で作ってみせるというものだし、水球の大きさも数の指定もなかった。
そもそも水球ひとつ作り出すのだって、相当の技術が必要だ。水を宙に浮かび上がらせること。それを完璧な球体に形作ること。そして、その状態を保持させること。特に球体に作り上げ、それを保持し続けることは高度な魔法での制御が必要だ。試験官だって、想定はひとつ作れれば、といったところだろう。
なのに、彼はその水球をひとつどころか、何十個もしくは何百個も同時に。しかも、今もこうして雑談をしながらも、水球を保持し続けるために魔力をそれぞれの水球に飛ばしている訳で。ああもう、考えただけでぶっ倒れそう。
これだから、幼馴染みが天才だと心労が増える。この光景を見せつけられることになる試験官が驚きのあまり失神しないか、そんな心配まで過ぎってしまう。
「あんたが凄いのは分かったから。とにかく、もうやめて。無駄に魔力を消費しないで」
「え~、これくらいで枯渇するほど軟じゃないよ、僕」
「それも知ってるわよ。でも、わたしが耐えられないからやめて」
現実離れした光景を見せつけられる身にもなれ。こっちは、この半分の大きさの水球をひとつ作るのがやっとのへっぽこだというのに。
昔は、もっと単純に喜べた。凄いね、かっこいいねって笑って賞賛できた。でも今は、二人の差を思い知らされるばかりで、心が荒む。
見たくない。どんどん遠ざかってしまう、幼馴染みの姿なんて。
「と、に、か、く、やめてってば!」
「え、ちょっ、待っ」
荒んだ気分に流されるまま、彼の手首を思い切り掴む。彼の制止は無視だ無視。こういう魔法は集中さえ逸らしてしまえば、あっという間に砕ける。
案の定、突然手首を掴まれた彼は、ぎょっとした表情を見せた。焦りからか怒りからか、頬も少し赤くなった気がする。
こういう顔、久々に見た。と思った瞬間。
ざっぱん。
気が付くと、二人揃ってずぶ濡れになっていた。足元にはうんざりするほど大きな水たまり。部屋の中なのに。
「……あーあ、だから止めたのに」
掴まれた方とは逆の手で濡れた前髪を掻き上げながら、呆れた声で彼は言った。
「君は昔から考え足りなさすぎだよ」
「……悪かったわね」
あれだけの数の水球に対しての制御を一気に解除すればどうなるか。そんなこと、簡単に予想ついただろうに。我ながらなんて馬鹿なことをと激しく自己嫌悪に陥った。
「まあ、だからこそ放っておけないけど」
ぽつりと彼は何かを呟いて。
ふわり。
風が頬を撫でたかと思うと、ずぶ濡れだった二人の体はあっという間に乾いていた。床の水たまりもない。これも彼の魔法だ。熱さは感じなかった。強風でもなかった。どんな魔法を使ったのかは、もう考えないことにした。疲れた。早く帰りたい。
心底疲れ切ったこちらとは対照的に、魔法を台無しにされた彼の方は何故か随分とご機嫌で。
「まあ、ご褒美貰えたから、僕としては満足ってことで」
「は、ご褒美?」
どこにそんな要素があった。心底困惑するが。
「いやあ、水玉模様の魔法使った部屋に水玉模様の下着着てくるとか出来すぎでしょ。まあ魔法はダメでも胸はしっかり育ってるみたいで安心した」
透け下着姿、ごちそうさまです。
にっこり笑顔で手まで合わせてきた奴に、今度こそ我慢の限界が来た。
「この、ドスケベ大魔王!」
今日初めて使った魔法は、自分としては最高の出来栄えで、彼の体を思い切り吹っ飛ばしていた。
【おわり】
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