お前ら私を取り合うな
六畳のえる
お前ら私を取り合うな
「さあ、
10月も中旬。衣替えしたネイビーのブレザーがセミロングの黒髪とよく似合う彼女は、鼻で緩く溜息をついた。
「今日こそ決めてもらうわよ! ね、ヨウ!」
「ああ、いい加減気持ちの整理がつかねえ」
アタシの隣でヨウが両手を開く。さすが男子、足止めしてる感が出るわね。
「どっちが良いか選んで! アタシか!」
「オレか!」
2人でずいっと迫ると、アタシの大好きなクラスメイト、
「……
「んもう、飽きるとか飽きないの問題じゃないんだよう! 大好きなんだよう!」
「そうだそうだ! オレも大好きなんだー!」
彼女と付き合うのはアタシ、
仁義なき戦いが、今日も今日とて幕を開ける。
「オレ達に洗いざらい吐いてもらうぞ、入澤!」
「白帆、楽になりたいでしょ?」
「私は
はぁん、切れ長の目も長いまつ毛もカッコいい口調も好き好き好き!
「そうよ、白帆は罪人よ! アタシの視線泥棒!」
「そんなこと言ったら天音も私の時間泥棒だ」
「ええ、泥棒ですとも。アタシはとんでもないものを盗んでいきました。貴女のリップクリームです!」
「即刻返せ」
「やーい、バカ天音、自供したな」
「しまったああああ!」
ヨウにバカにされながらポケットに入れたリップをしぶしぶ渡す。くそう、なぜ自白する羽目に……。
「大体、お前達、部活はないのか? 美術部は今日は休みだけど」
「へっへっへ、白帆さん。写真部は愛する人への心のシャッターを切れればカメラもデータも要らないんだよ」
「じゃあ部活辞めろよ」
二度目の溜息を漏らす白帆。その面倒臭そうな表情すら愛おしいよう!
「入澤、オレはお前の気持ちを確かめないと、軽音楽部行っても最高のラブソングが書けないんだよ」
「成瀬、曲も作れるのか」
「ああ。まだタイトルを『入澤音頭』に決めただけだけどな」
「すぐに破棄しろ」
バカだなあ、ヨウ。そこはせめて「白帆音頭」でしょ? 長野の「白骨温泉」で韻が踏めるし。
「おい、水篠。お前も諦めたらどうだ? 女子と女子の恋愛にも理解はあるつもりだけど、世間の目は厳しいぞ」
「世間の目が何よ! お互いが好きなら、そんなこと関係ない。どんな障害が来ても、2人4脚で乗り越えていくの!」
「脚バラバラなんだな」
「だってアタシの脚と結んだら、アタシが白帆の脚を撫でられないじゃん」
「何の話をしてるんだよ」
白帆がすかさずツッコミを入れてくる。愛想尽かしてるようでちゃんと聞いてる、こういうところも好き!
「大体な、そんなにお互いのこと知らないのにそんなに好意持つのおかしい––」
「はい、出た! 入澤、それは違うぞ! 恋愛に必要なのは互いの情報じゃない。好きだという気持ちだけだ!」
「成瀬、犯罪の温床になりそうなその宗教は真面目に悔い改めた方が良い」
白帆が首を振ると、ヨウは授業参観の小学生のごとくピシッと手を挙げた。
「なら、教えてオレのことを教えましょう! 成瀬洋大、172センチ」
「あ、自己紹介ずるい!」
「最近のチャームポイントはこのエアリー感たっぷりの茶髪パーマ。好きな言葉は『10%増量中』です! 僕と10%増しの恋、しませんか!」
何その最後のカッコいいやつ! 10%増しの恋とか、白帆絶対グラっと来ちゃうじゃん!
「アタシも負けてられない! 水篠天音、159センチ。白帆より8センチ低くて、頭撫でてもらうためには丁度いい身長差です。最近ショートにしたけど、アタシの茶髪の方が品があっていいと思うよ! 好きな言葉は『私、入澤白帆は水篠天音が大好きだ』です」
「あのな、お前らの自己紹介は聞き飽きたし。それから天音の好きな言葉については言った覚えがない」
「うん、アタシがいつも待ってる言葉だから」
「おい水篠! オリジナルはずっけえぞ!」
「ヨウには関係ないでしょ! それに好きな言葉は実在しなきゃいけないなんてルールはありませんっ」
帰る準備をしているクラスの他のメンバーが、先に起きちゃったけど迎えにくるはずの王子様を待ちながらゴロ寝してスマホで動画漁ってる白雪姫を見るような憐れみの視線を送る。
ふふん、そんなの全然気にならないわ! 恋は盲目!
と、ここで白帆がとんでもない爆弾発言。
「大体、どっちも選ばないって選択肢もあるだろ」
「なんと!」
「バカな!」
2人で声を揃える。
「三角関係で1人がどっちも選ばないなんて展開があるはずないでしょ! ねえ、ヨウ!」
「ああ、水篠。そんなのバナナの入ってないイチゴパフェみたいなもんだよな」
「あり得るでしょそれは! フルーツどっちかに統一しなさいよ!」
「バナナの入ってない焼きバナナ」
「入ってないって何なの! 何を焼いたものなのそれは!」
脇に一撃加えていると、白帆が「楽しそうだなお前ら」と
「何、白帆! アタシのどこが不満なの! こんなに愛してるのに! 学歴とか?」
「学歴一緒だろ」
「俺にも不満があるなら言ってくれ、入澤! お前のことをコソコソ撮ってた写真を消すことだって厭わないぞ!」
「それは多いに不満だ今すぐ消せ」
「……考えておく」
ちょっと、白帆が呆れてるでしょ! すぐ消しなさいよ! 或いはアタシにちょうだい!
「い~り~さ~わ~。オレは本気なんだよ~。好きなんだよ~」
ヨウが白帆を肩を掴んで半べそになってる。
「いや、それは別に疑ってないけどな……ありがたいというか……」
「だろ! 俺は今年の桜の時期からお前を意識していたんだぞ!」
そして、懐かしい思い出話を始めた。
「あれは2年の4月、ちょうどクラス替えをした当日だった。この教室に入ってどの席に座ろうか迷っているオレに、優しく『ほら、私の近くだぞ』と教えてくれた入澤。今思えばあの時、オレには『ほら、私の近くだぞ。体も心もね』と聞こえていたんだ」
「分かる、分かるよ、ヨウ! 脳内白帆ちゃんって本人よりおしゃべりだからね!」
「変なキャラクターを生み出すな」
脳内白帆ちゃんは変じゃないもん、とポカポカ白帆の胸を叩く。
「あの瞬間、オレの体には電流が走ったんだよ。こんなに綺麗で、気怠そうな喋り方をする、魅力的な女子がいるのかって。君のまつ毛も目も鼻も口もみんな好きだぞう! 華奢な体もスレンダーな脚も好きだぞう!」
「ありがとな、成瀬。その言葉だけもらっておくよ」
「言葉も言い続ければ、いつか言霊となって君の心を変えるはずだ!」
「無敵かよ」
「ああ、入澤! いいね、今のツッコミ! もっとオレを罵ってくれ! オレは豚でいい! イベリコ豚で!」
「その高級路線はどういうプライドなんだ」
うう、ヨウと白帆でキャッキャとお話してる。嫉妬!
「はい、そこまで! ここからはアタシのターン!」
2人の間に割って入り、白帆の腕に自分の発育途中の胸を押し当てる。
「しーらーほっ」
「なんだよ天音、急に」
ふっふっふ、これよ、これ。
完全勝利の笑みをヨウに投げかける。
「どうよ、ヨウ? 女子同士だからこそ、こんな風にベタベタ触ったり、名前で呼び合ったりできるのよ? アナタはどう? 入澤って呼んでるうえに触ることもできないでしょ?」
しかし、この男、怯むどころか下を向いてニタァと笑い、クックッと小さな笑い声を漏らした。
「バカだなあ、水篠。お前は分かってないよ。そのステップを踏むのが楽しいんだろう?」
「な……に…………?」
「仲良くなって、付き合って、距離が縮まって。そこで初めて名前を呼ぶ、手を繋ぐ。そうやってオレと入澤は愛に溶けていくんだ」
「いや、なんで私が溶けなきゃいけないんだ」
やられた……っ! もう隣の白帆のツッコミも耳に入らない。
「水篠、既に白帆呼びしている君は、付き合ってどんなステップアップがあるんだい?」
「クッ……白帆の次の呼び方……"ベイブ"しかないじゃない……!」
「随分洋風にかぶれたな」
私は絶対にイヤだからな、と白帆は口をひん曲げた。何その変な口可愛い、キスしたい。
「じゃあヨウ! 白帆の好きなところ言っていって尽きた方の負けね! 勝った方が白帆の貞操を自由にできる」
「よし、乗った!」
「小学校低学年みたいな遊びで私の貞操を弄ぶな」
「じゃあアタシから! んっとね……全部!」
「1回表で焼け野原だぞ天音」
ぐああ、やっちゃった! 白帆の顔見てたら全部しか言えなかった!
「おいそれは無しだろ! じゃんけんと入澤好きなところゲームに"全部出し"はねえんだよ!」
「成瀬、そのダサいゲーム名もなんとかしてくれ」
「もっと小出しにしていけよ水篠! 授業中にペン回してるときの口の尖らせ方が好きとか、弁当食べるときに小さくいただきますのポーズするのが好きとか、あくびしたときの口の押さえ方が好きとか。なあ、入澤!」
「そんなマニアックなポイントで本人に同意を求めるヤツがいるのか」
「たまにオレ達を睨むときに獣みたいな目になるのが好きだとか」
「あ、それアタシも分かる! 白帆に抱かれるときってこんな風に迫られるんじゃないかなって思うもん! ねえ、白帆!」
「だからなんでその件で私の同意が必要なんだよ」
「獣に近いところあるもんね、白帆。名前も3文字変えたら『けもの』になるし」
「変換のルールが緩すぎるだろ」
「とにかく、今のゲームはやり直し! アタシが勝つ! ヨウに白帆は渡さない!」
「オレも同じだ! お前に入澤を渡してたまるか!」
「何よ! ていっ!」
「何だよ! うりゃ!」
そしていつもの殴り合いが始まる。痛みのない、ペチペチという音の二重奏。
お互いに「遊園地デートしたい! 絶叫系に乗る!」「オレは水族館! イルカの人形のキーホルダー買う!」と白帆への愛をアピールしながら決闘が続く。
そうしてほとんど誰もいなくなった教室でわいわいやっていると、後ろのドアがガラガラと開いた。
「おっす、やっと委員会終わったよ」
「おお、
「お疲れ、リョー君!」
入ってきたのはクラスメイトの
ヨウより高い身長、剣道部らしい黒髪の短髪、いわゆる爽やかイケメン。まあ、アタシからすれば白帆の足元にも及ばないけどね。
でも、白帆は違う。
「お、お疲れ様、香月君」
「あれ、入澤さん部活は?」
「あ、えっと、その、休みで、す……」
彼を見るときの彼女は、アタシ達を見るときとまるで違う表情と頬の色で、いつもの刺すようなツッコミはどこに行ったんだと思うほど柔らかい声と口調になる。
「でも、これから帰ろうと思って……」
「そっか。あ、じゃあシューズロッカーまで行こうよ」
「ひっ、ひゃい!」
素っ頓狂な声。ああ、照れてる白帆って最高に愛おしいなあ。
「今度委員会で地域の美化週間のポスター用意するんだけど、美術部に協力してもらえないかって話があってさ。ちょっと相談したくて」
「あ、う、うん! 行く!」
そしてアタシ達の方をくるりと向き、前世はキツツキだったのかと思うほどの速度でお辞儀をした。
「じゃあな、私帰るから。またな」
そしてタタタッと駆けていく。はあ、恋をしている白帆は素敵だなあ。
でも、アタシだって諦めないけどね! 大好きなんだから!
「おい、水篠、あんな剣道だけが取り柄の男に入澤を取られていいのか!」
「いいや! そんなこと許されるはずがない!」
「2人きりにさせてはいけない! 共に邪魔しようではないか!」
「合点でい!」
そしてヨウは3秒で鞄を背負って、全速力で2人の後を追いかけた。
「アンタ達も飽きないわねえ。毎日毎日、白帆にアプローチして」
教室に残っていた友達の
「だって好きだからね。片想いでも直進あるのみ!」
「ねえ、聞いてみたかったんだけどさ、成瀬君とは何もないの?」
「ヨウ? ライバルだけど?」
「もう! そうじゃなくて」
向かい合った優華がポンッと両肩を叩く。
「恋愛的な意味で! 2人で絡んでるうちに、とかさ」
ああ、そういうことかあ。
考えたことなかったなあ。
好きになることあるかな? 付き合ったら面白いかも?
まあ、今は考えられないけどね。
ひょっとしたら、いつかは、そんな面白いこともあるかもね。
「ふふっ、ないね。アタシは白帆一筋!」
「そうなんだあ。白帆とは今も十分仲良いと思うけど……最終的にどうしたいの?」
その質問に、アタシはニッと笑う。
「付き合いたい! ヨウにはそういうこと思わないんだけどね、付き合いたいの!」
「じゃあ成瀬君とは?」
今度は、歯を見せて笑った。
「ど突き合いたいの!」
そう返事をして、鞄を2秒で背負う。
早く白帆とヨウのところに行かなきゃ!
アタシは猛スピードでドアの外に出て、白帆に話しかけてるヨウに跳び蹴りをかますために廊下をグッと蹴って走り出した。
お前ら私を取り合うな 六畳のえる @rokujo_noel
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