監視する側でいたいか、監視される側でいたいか

ちびまるフォイ

最後まで見ないであげてくださいよ

「はい、どうも~~! ユーチューバーのマサシです。

 今日はちょっと変わった人の家に来ています」


取材する男の家に入ると、天井や壁の済には監視カメラがいくつもある。


「おお、本当にすごいですね。見てください。

 銀行以上に監視カメラがありますよ。

 あ、こちらが家主の方です」


「はじめまして」


「どうしてこんなにカメラに囲まれて生活してるんですか?」


「常に私は大いなる世界の外側から

 見られていることに気づいたんです。

 でも、それを意識するのがある日怖くなりカメラをつけました」


「……なるほど」


確実にわかっていない声色で返事をした。


「カメラがあれば、自分で自分を監視していると思うことができます。

 誰かにではなく自分の意志で監視されているので

 第三者を意識する恐怖から解放されるのです」


「あ、ありがとうございます~~……」


トイレを含めた家のあらゆる場所に仕掛けられたカメラを特集し、

『家中カメラだらけの人を取材した!』などのタイトルをつけて

今回の動画はサイトへと公開された。


反響もさることながら、写っていた家主のヤバさが話題となる。


動画第二弾は再び興味を家主から自分へと引き戻すために作成された。


「マサシチャンネル~~! はい、ということで今日は

 以前に動画で紹介した監視カメラだらけの家のように

 監視カメラだらけで過ごしてみたいと思います!」


監視カメラを自分の家中に仕掛ける様子を手持ちカメラで撮影する。


「なんか、昔にこういう映画ありましたよね。

 パラノーマルなんとかって。僕は見てないですけど怖いらしいです。

 なんか変なもの映ってたら嫌だなぁ」


カメラを設置し終わると、カメラのスイッチを入れる。

家主のようにトイレから風呂まであえて死角を作らないようにした。


「ということで、設置は終わりました。

 この生活で僕がどう変わっていくのか、怖いけど楽しみです。

 視聴者のみなさん、チャンネル登録よろしくでーーす」


視聴者を含めてお互いに変なものが映ってないか期待していたが、

カメラに収められていたのはごく普通の日常生活だけだった。


それでも代わり映えしない映像に変化を求めるのか、

お皿を割ってしまったり、冷蔵庫に食べ物がなかったり

日常のごく小さな変化ですら動画内では大ニュースとなる。


「ヤバイ。監視生活、けっこうハマりそうです」


"マサシの監視ちゃんねる"をきっかけに、

あらゆる日常シーンでカメラを手放さなくなった。


「あ、見てください! 雲の形がお尻に見えませんか!?」

「うわっ。すごい音しましたね、今の車。なんでしょう」

「このエレベーター来るの遅くないですか!?」


カメラで常に自分を映しながら生活をする。

日常のいつどこでイベントが起きるかわからない。


「ということで、今日は友達と近所のカフェに来ていまーーす」


「雅士、これカメラ回ってるのか?」

「当たり前だろ」


「見られてると思うとなんかイヤだな。カメラ止めてくれよ」


「ふざけんな。じゃあお前、この会話のいつ撮れ高がある

 おもしろポイントがあるのか言えるのか? 言えないだろ!

 だったら、カメラを回し続けて、撮れ高を逃さないのが一番なんだよ!」


動画には「バカ理論」など批判的なコメントも目立ったが、

それも含めて評価上々として受け取った。


いつも同じ日常ばかり撮っていても変化がないので、

コレまで以上にアクティブに撮れ高を求めて出かけるようになった。


撮れ高を期待して登山に挑戦した回で事件は起きた。


「うわ、うわわわっ!!」


カメラに映る自分を見ながら登山をしていたとき、

足元を滑らして滑落して斜面の木に激突した。


真っ先に心配したのは録画されているかどうかだったが、

搬送された病院ではそのことも医者から注意された。


「あのね、足の骨が折れているのに

 その痛みよりも撮影されているかどうか気にするなんて

 あなたはだいぶ異常ですよ」


「それはわかりましたから、病室にカメラ置いていいですか」


「ダメに決まってるでしょ! 他の患者さんもいるんですよ!

 それに出入りする看護師だって素人なんです!」


「美人看護師がチラとでも映れば撮れ高が……」


「そういうところが異常なんです! 没収!」


結局、病院内ではカメラを仕掛けることも自分を撮影することも禁止された。

折れた足の痛みとタイマンで向き合うだけの時間が過ぎる。


「はぁ……暇だなぁ……」


これまで常に自分を撮影していた生活が一変。

ベッドの上でなんの変化もない時間を過ごすばかり。


それでも染み付いた撮影日常の名残で、

病室でもついカメラがあるんじゃないかと考えてしまう。


「これも職業病ってやつかな」


などと軽く笑っていた。

しばらくして医者にそのことを相談した。


「……見られている気がする?」


「一応確認しますけど、病院に監視カメラとかないですよね」


「ええ、ないですよ」


「本当に?」


「しつこいですね、本当ですって。

 自分を撮影しすぎて監視されてないと落ち着かないんじゃないですか」


「そうじゃないんです! 自分で自分を撮影するのとは別に

 自分の後頭部から誰かが見ているような気がして」


「……薬出します?」

「ぜひ!!」


強迫観念に効く薬を処方されてもなお、監視されている気がした。

以前は自分で撮影していたので「監視しているのは自分」として

この違和感に気づくことはなかった。


特に電気を消した夜は特に監視されているような気がする。


「雅士さん! なにやってるんですか!?

 病室の壁紙を勝手に剥がさないでください!!」


「うるさい!! 本当はこの壁にカメラがあるんだろう!!

 わかっているんだ!! 隠れて見ているんだろ!!」


壁を剥がし、病室に用意されてた家具を壊して

窓をふさいで布団をかぶってもなお違和感は残った。


「先生……最近眠れないんです……。

 お願いです、自分を監視させてください……。

 自分で自分を見ていないと、他人からの監視を意識してしまう」


「だから、誰も見てませんって。

 あれだけ壁を破壊してわかったでしょう?

 監視カメラなんてどこにもないんです」


「だったら、どうして監視されていると感じるんですか!!」


「あなたはそういう病気なんですよ!」


足の骨はすでに治っていた。

けれど、別の心の病で入院生活は長引いていた。


薬を飲んでもセラピーを受けても症状は良くならない。

それどころか悪化して入院は続く。


「ああ、もう限界です。先生、一生のお願いです。

 僕を退院させてください。誰かが僕を見ている。ずっと。ずっっと。

 布団に隠れても、電気を消しても常に見ているんです。

 僕がなにか失敗しないか。成功しないか。

 トラブルがないか。イベントが起きないかを見ているんです」


「お、落ち着いてください、いま薬を……」


「先生だって気づいているんでしょう!?

 気づいているくせに、意識しないように思い込んでいるんだ!

 僕は病気じゃない! この病院が病気にさせてるんだ!!」


感じる視線から逃げるように窓へと走ると、

そのままガラスを突き破って落下した。


地面に叩きつけられると、頭上には青空が広がっていた。


そして、その向こう側からこんな有様になっても

まだ自分を見ているような意識を感じる。


「あぁ……やっとわかった……お前が見ていたのか……」


男が事切れると、この先の展開はなにもない。

やっと読者は男から監視の目をそむけた。

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