四月二日(火)

10.家

 マンションに帰って確認する。ヒロインワークス株式会社のパンフレットやら説明資料やらを確認する。一応はあった。会社についての説明資料、給与に関する書類なんかも……何一つ変わらずに、引き出しの中に入っていた。

「……」

 しかし……これはどういうことだろう。社長の名前も、会社の規模も、事業についての説明も、全部が全部でたらめだ。書類によると、社長はどこぞの変なおっさんということになっているし。

「……」

 スマホで『ヒロインワークス株式会社』とググってみた。ちゃんと公式サイトが出た。書類上の情報と同じだ。ウェブ上の社長も、書類に書かれている名前と一致する。

 つまり。

 ヒロインワークス株式会社は……私が入社する予定だったヒロインワークス株式会社は、一応、ネット上では存在している。書類上でも存在している。

 しかし、その実態は全然違っていた。事務所が無人島にある廃墟で、社員が三人(うち一人が社長、うち一人が新入社員)で、三次元に干渉するのが主な業務という……意味不明な組織だった。

「どうなってんねん……これ」

 私はため息を吐いた。

 ホラーだ。あるいはファンタジーだ。

 あるはずの会社が存在しない。いや、存在はしているけど実態が全然違う。

 法的に大丈夫なのか? 本当に給料出るのか? 確か一か月分の給料は支払われないらしいけど……それって労基法的にどうなんだろう。合法?

 高校生が立ち上げた会社だ。それも二人だけで。

 新たに雇う社員は私が初めてだというし、もしかしたらそういった社会的な、雇用における基本的な、規則とか概念とかはないのかもしれない。ううん、ますます不安になってきた。

 キャラクター制作業務……それに関しては一致している。

 ただし、それだけだ。入社予定だったヒロインワークス株式会社と、入社してしまったヒロインワークス株式会社との共通点は、それしかない。

「……」

 スマホを置き、ノートパソコンを立ち上げて、デスクトップのフォルダからPDFファイルを開く。私が書いた小説(没)だ。文庫本二ページ分換算で百三十枚ほどのボリュームの長編小説。

 タイトルは『超魔術貿易王ジュピター』。

 ……このタイトルも専門学校時代の友人曰く「センスがおかしい」とのことだった。言われてみれば確かに、魔術とか、貿易とか、木星とか、なかなかにカオスな字面だ。ファンタジーに、経済に、スペースオペラだ。それでも一応、全部読めば理解できる仕様にはなっている。多分……理解できる……はず?

 この小説の中から一番いいキャラクターをチョイスして、その設定を私に被せればいい。私自身がそのキャラになり切る。そして、そのキャラを城崎社長にデモンストレーションする、というわけだ。

「となるとやっぱ敵キャラの『鎖肉爪鷹』がいいかな……かっこいいし」

 鎖肉爪鷹。

 チート能力を使う、反則じみたキャラだ。そのせいで物語の後半が崩壊してしまった。

 このバトル物のキャラクターと、羽子さんが考案した生命郵便(だったっけ?)で戦わせたらどうなるんだろう。いや、そもそも羽子さんのあの力でどうやってバトルやるんだろう。ううん……明日にでも色々検証してみようかな……と、そんなことを色々考えているうちに、時刻は夜の一時を回ってしまっていた。

「……寝よ」

 ノートパソコンをシャットダウンし、部屋の明かりを消して、ベッドにダイブする。色々あった今日だけど、まあ、明日からも頑張ろう。新社会人。

 ……。

 あー……。

 今になって、一か月分の給料が出ないことを思い出し、一人悔やむ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る