8.昼食
エレベーターで下に降りたら、普通にビルの中だった。さっき私が入った黄褐色の五階建てビルの中だ。
なぜ、オフィスをあの島に移さなければならなかったのか。その理由を考えてみたが、すぐに答えらしき答えが見つかった。キャラクター設定ノートやら、特殊能力やら、連発される『メタ発言』やら……とにかくそれら全てが物騒で奇怪でファンタジー過ぎるため、都内某所のビル内でやるわけにはいかなかったのだろう。
考えてみて欲しい。都内のビルの一階から四階までは普通の……何があるのかは知らないけど……とにかく普通のテナントが入っている一方で、その上階で、五階で、三次元がどうのこうのとか、人形が大絶叫してだのをやっていたら、胡散臭いを通り越してテロリスト予備軍みたいだ。公安にマークされかねない。いや、公安にマークされかねないことを公安に見つからないような場所でやっている時点で……だけど。
私と羽子さんは、そろってビルの真向かいのファストフード店に入った。適当に注文して店内の席につく。真昼の時間帯のはずなのだが、人は思っていたほど多くない。
私は元々食べるのが早いので、速攻で食べ終え、何をするでもなくただ座り。羽子さんはてりやきバーガーをもぐもぐ頬張り。二人で仲良く(?)世間話に興じる。
「それにしても、服装はお二人ともそれなんですね」
「それって?」
「スーツですよ。私、こういうクリエイター系のお仕事の人って、もっとカジュアルな格好だと思ってたんで。いつもぴしっと決めてるんですか?」
私は入社初日ということでぴしっと決めて来たのだが、先輩社員(うち一人が社長)までもがきっちりとしたスーツ姿なのには、今さらながら意外な感じがした。
「ああ、これね。きずきちゃんが『キャラ付け』の意味も込めてこれにしてるんだ」
「キャラ付けって?」
「他の二次元のキャラクター、それも女キャラだと衣装があるでしょ? 高校の制服とか。そういう風なキャラ付けの一環として、こういう『スーツ姿』みたいな感じにしてるんだ。『OL風』というか」
「そんな理由……」
確かに、私たちも二次元キャラクターだ。だから一応、形だけでもオフィスレディー感を出さなければならないのだろう。
「さすがに、この歳でセーラー服とかブレザー着るわけにはいかないしね」
この歳で……ですか。
そこで、ふと気になっていたことを訊いてみることにした。
「お二人は何歳なんですか?」
「んーとね」
てりやきバーガーを両手持ちする羽子さんの目が横線になる。どういった表情なんだ、これは。
「私が十八歳で、きずきちゃんが十九歳だよ。侑ちゃんが二十歳だから、ちょうど三人が年子になるね。現役で大学に入ったと仮定したら、私が一年生、きずきちゃんが二年生、それで侑ちゃんが三年生。まあ、実際の階級? は、その真逆なんだけど」
羽子さんは高校在学中に、私は専門学校卒で入ったわけだ。
「羽子さんと城崎社長は同じ高校だったんですか?」
「うん。一個違いの先輩後輩の関係だよ。私が漫画家志望で、きずきちゃんが政治家志望で、それでひょんなことから出会って意気投合して、会社を立ち上げたんだ。って、立ち上げたのはきずきちゃんで、私は副社長とかでも何でもないんだけど」
「……政治家?」
聞き捨てならないワードが聞こえてきた。あとツッコミどころが何個かある。
「そうだよ。きずきちゃん、政治家になりたがってたんだ。二次元を改革せよー……とか。今もそんな感じしない? って、そんなにしゃべってないか」
「何で政治家志望の女子高生と漫画家志望の女子高生が出会ったんですか? 接点皆無っぽいですけど」
「ううんとね……それは話すと長いかな。ランチ中には無理」
「そうですか」
確かに壮大な物語になることに間違いないだろう。先ほどの『事』も合わせると、それなりに重い事情でもありそうだ。羽子さんと城崎社長。
「二人とも関東の出身で?」
「うん。私もきずきちゃんも東京生まれ。侑ちゃんは大阪から上京して来たんだよね?」
「はい。専門学校でこっちに」
「あんまり関西人って感じしないけど」
「まあ、方言も抜けますよ。二年もあったら」
時々出るけど。
「そっか……でもよかったよ! 私、後輩持つのが夢だったんだ。中高と帰宅部でずっと漫画描いてたから、上下関係とかあんまり経験なくってさ。二歳上の後輩だけど」
羽子さんが目を輝かせながら言った。
しかし、こう言って嬉しそうに幸せそうにてりやきバーガーにかぶりつく箱根羽子さん十八歳は……まあ、体の大きさとか実年齢とかもあって、周囲からは先輩に見られてないんだろうなあなんて思ってしまう。ていうか、今は四月だ。この人も一か月前までは普通に女子高生やってたのだ。二年前に創業した、ということは、高校に通いながら働いていた、ということだろう。労基法的にそこら辺どうなってるのか分からないけど。
「さっきの設定も私の漫画のキャラが元ネタなんだ。元ネタっていうか、あのネタを使ってできたのが漫画のキャラなんだけどね。バトル漫画の。それで出版社に持ち込みとかしてたんだけど……えぐすぎるって理由で切られちゃって」
「ああ……」
確かに、あの設定、あの能力……王道バトル漫画というよりはホラー系漫画向きだろう。ダークファンタジーとか。いや、もっとアンダーグラウンドな漫画かもしれない。エログロ系に応用できそうな。
「あとは話がむちゃくちゃって言われちゃったんだ。訳分かんないって」
「まあ、それはお互いですね。私も脚本がクソって言われて落とされたんで」
「え? でもでも小説家志望で脚本がクソって終わってない?」
「……」
終わるも何もただ始まらなかっただけなんです。てか結構辛辣なこと言うなあ、この人。
「あ。ごめんね。つい本音が」
慌てて目をそらし、両手で口回りを隠す先輩社員。どうやらてりやきバーガーは食べ終わったようだった。
「いえ」
正論だから。いたたまれなくなって、私も彼女から目をそらした。
「……」
「……」
「ど、どういう小説書いてたの?」
「現代ファンタジーです。魔法とかが出てくる王道の。ライトノベルの新人賞に応募し続けたんですけど全然ダメで」
男向けライトノベルということで少年主人公にし続けたのだが、私が女ということもあり、男心がまったく分からず、そのため訳の分からない珍妙なストーリー展開になってしまったというわけだった。いや、でもキャラクターはいいと評価されたから、別に男主人公でもよかったのか?
まあ、それももう終わったことなんだけど。
「それにしても私たち、二人とも女なのに男っぽい話ばっかり作ってるね。少年漫画とかライトノベルとか。何でだろ?」
「何で……ですかね? たまたまじゃないですか?」
「これが男向けのライトノベルだからかな?」
「……え。そうなんですか? これ」
「そんな感じしない?」
「感じ……ですか」
感じと言われても……どうだろう。首を振り、肩を軽く回してみた。が、当然のことながら体感では分からない。
「じゃあ、侑ちゃん的には何だと思ってるの?」
「私的には……」
少し考えてから、
「何かしらの……小説かと」
と、曖昧に答えた。
「小説は……小説だろうけど。著作権は無いんだよね、これ」
「……」
何だか今一瞬、すごい発言が聞こえてきたような……。
確認を取ってみる。
「無いんですか?」
「何が?」
「著作権」
「ん? もちろん、無いよ?」
「……」
嘘じゃなかった。私は固まった。
「え……マジで……?」
「いやいや、だってさ! 著作権があったら、パクれないじゃん。外の人たち」
キャラクター設定ノートを使って、キャラクターに変身、そのキャラのアイデアを外の人たちが使う……。
確かに、そうだ。その業務を遂行するためには『パクってもらうこと』が必要なのだ。この物語に著作権があったら、それは不可能になる。
つまり。
どうやら、この物語は、
「フリー素材……小説ってことか」
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