第17話    -2-

 いつもプライドが高いと思っていた高津は、本当は臆病者で小心者だった。

 いつも温和で深い懐の持ち主だと思っていた佐武は、本当は己の損得しか考えない冷酷な人間だった。

 この中学に入学してから大体一年半位だろうか、彼らと友達になってからの期間は。それだけの時間を一緒にいたのに、その本性を最後まで見抜く事が出来なかった。これは、どれだけ僕達の関係が浅いものであったかという証明になる。

 やっぱり、友人なんて作っても無駄だったのか。お互いの利害が一致するからというだけで話すようになった僕達に、友情という文字はどこにも無かったみたいだ。

 何をするにも億劫で、ずっと天井を見上げ続けていた。暫くすると壱哉が戻ってきて「さっきの二人は?」と聞かれた。何か適当に、曖昧な返事をしたが何と言ったのかは覚えていない。


 教師とは後日改めて面談をする事になった。昨日今日と立て続けに問題を起こしたのだ、然るべき流れだとは思うが面倒で仕方が無い。

 壱哉と肩を並べて校舎を出た。初めて兄弟揃っての下校だなと思ったが、これといって何も感じられなかった。兄弟らしい会話も殆ど無く、壱哉も何があったのかは深く聞いてこなかった。

 顔を傷だらけにして家に帰るが、母親からは何も言及されなかった。本当に僕に対して興味がないんだなと思ったが、今だけはそれに救われたような気がした。

 食事を摂れば口内に出来た傷が痛み、風呂に入れば満足に顔を洗う事も出来なかった。よく見ると腹や腕の所にも痣があり、こんな所にも暴力を受けていたんだと気が付く。

 風呂を済ませると真っ直ぐにベッドに倒れ込んだ。もう、寝てしまいたい。そう思っていた筈なのに、なかなか眠りにつけない。身体はこんなに疲れているのに、脳みそがあの時の恐怖や絶望を何度も繰り返して、なかなか眠らせてくれなかった。


 やっと眠気が来た頃にはすっかり明るくなってしまっていて、仕方が無いからそのまま重い頭を起こして学校へ向かう。全く身体が休まった気がしないまま電車に揺られる。

 ――彼女は、一体どうなったんだ。

 それだけを頼りに学校の中へと入っていく。

 教室に入った途端、クラスメイトらの視線が一斉に僕を貫いた。こんなに誰かから注目されたのなんて、今回が二度目だ。

 彼女の真似事じゃないが、僕は黙って自分の席に座った。隠す気のない誹謗中傷は全て僕の耳に届いたが、それでも無視を続けた。

 ……たったの一日で、これだけ嫌われ者になってしまうんだな。彼女だけに向けられていた虐めが、僕の方へと向けられたのがはっきりと分かった。

 小宮が教室に入ってきた。他の生徒らと挨拶を交わしながら僕の席へと近付いてくる。こちらを見もせずに机は蹴飛ばされて、小宮は自分の席に座った。倒された机を僕は何も言わずに元に戻す。その様子を見ているクラスメイト達は笑い声を上げ始め、どれだけ自分が惨めな存在になったのかを思い知らされた。

 授業が始まる。休み時間の度に行われた虐めは男子同士というのもあってか、かなり暴力的なものだった。目まぐるしく過ぎていった時の流れは一瞬で放課後にまで僕を運んだ。

 結局、その日彼女は学校に姿を現さなかった。

 昨日できたばかりの傷が治るのは、当分先になるなと思った。








 彼女が学校に来ない日が続く。

 僕は彼女の姿を探す為だけに学校へ来ていた。勿論あのカフェにも足を運んだが、二週間経ってもその姿を見つけられず、その内行くのを止めてしまった。

 彼女の姿を探しながら、虐めに耐える日が続く。

 どこの誰だか知らないやつに羽交い絞めをされ、腹の中の物を吐き出すまで殴られた。

 机の中に大量の雪が詰められて、教科書類が全て駄目になった。

 教室に入ると、机も椅子も無い日があった。

 授業中に発言しただけで笑い者にされた。

 何度も制服を汚されて、親には言えなかったからその度自分で綺麗にした。

 目が合うだけで殴られた。

 横をすれ違っただけで蹴り飛ばされた。

 僕らの学年の廊下を歩くだけで笑われた。

 僕に人間としての価値は無くなっていった。

 一体、何度死んでしまった方が楽だと思った事か。

 そんな日々が続いて、三月になった。壱哉のいる三年生らが卒業を迎え、僕達二年生が三年生へと進級する時期。

 そんな時になっても逢来は学校に姿を現さなかった。

 そしてその内、こんな噂を耳にした。


 ――蓬莱ちゃん、自殺したって。


 一番僕が聞きたくなかった事を、一番聞きたくなかった小宮の口から告げられた時、僕の中に確かに残っていた何かが崩れていく音がした。

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