関西は異世界説

くにすらのに

第1話

 日本橋 渉様

 

先般は弊社の面接にお越しいただきましてありがとうございました。

慎重に選考を進めた結果、誠に残念ながら、今回は貴意に添いかねる結果となりました。


ご足労いただきながら、不本意な結果となり、大変恐縮ではございますが、何卒ご了承いただければ幸いです。

末筆ながら、貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。



「はぁ……」

もう何度見たか分からないお祈りメールを削除してため息をついた。

自分に何ができるのか、そもそも何をしたいのかも分からないまま続けている就職活動は全然うまくいかない。そのせいと言っていいのか、おかげと言っていいのか、当初は反対されていた大阪遠征を気晴らしになるから行ってきなさいと両親に勧められる始末。

「せっかく行くなら楽しまないとな! 待っててねしずりん!」

しずりんは三年前に発売された異世界ファンタジーライトノベル『とある異世界の氷雪剣技(ブリザードソード)』に登場するキャラクターであり、アニメ化された際に声を当てた声優さんでもある。実は刊行当初からアニメ化を睨んでおり、キャストとキャラクターの名前を一致させていたそうだ。

俺はしずりんの地元である大阪(正確にはしずりんは京都出身だけど)で開催される初の単独ライブへと向かっているというわけ。

新幹線でも高速バスでも同じ大阪に辿り着くならより安価で行ける高速バスを選ぶ。そこで浮いたお金でグッズを買う。旅の計画も予算案も完璧だ。

しずりんが表紙を飾った第三巻も忘れていない。酔いそうなのでさすがに車内では読まないが、聖地大阪をしずりんと一緒に旅をしたくて持ってきた。

「まだ寝るには早いけど、することもないし休むか」

消灯時間は二十三時と運転手さんがアナウンスしていたが、だからと言ってできる事はスマホをいじったりとかその程度。それなら明日に備えた方が賢明だろう。慣れない高速バスで眠れるか不安もあったが、日頃の疲れからかすぐに眠ってしまったようだ。

なんで眠ったか分かるかって? だって、目の前にしずりんがいるんだもん。絶対夢じゃん!


「渉はん。うちに会いに来てくれるんや。うれしいわ~」

 アニメで見たまんまのはんばりボイスで俺に話し掛けてくれるしずりんは二次元とか三次元とかそういうのを超越してしずりんだった。

 「しずりん初の単独ライブ、それも関西で開催なら絶対に行きますよ!」

 「うふふ。はるばる異世界まで来はるなんて気合入っとるな~」

 「……異世界?」

 「あれ? 渉はんまさか気付いてへんの? だっておかしいやん。関西弁の」

 

 「まもなく難波駅~。難波駅~。お降りの際はお忘れ物のないようにご注意ください」

 しずりんの言葉を遮るように運転手さんのダミ声が車内に響く。どうせならしずりんの脳トロボイスで現実世界へと返してもらいたかった。

 なんて後悔をする前に荷物をまとめて降車準備。ここからは未知の土地だ。梅田駅ほどではないが難波駅もそれなりに複雑と聞く。物販競争に負けないように効率よく移動しなくては!

 「それにしてもしずりんが言ってた異世界ってなんだろ。まさかネージェスラの事じゃあるまいし」

 ネージェスラは氷に覆われた大地で巨大なモンスターも生息している危険地帯だ。しずりん達はそのネージェスラで氷の剣や炎のグローブ、最近は雷を纏う槍を扱ったりもしている。最終的には氷の剣が一番美して強いんだけどね。

 ただ、いくら大阪の治安が悪いと言っても(失礼)さすがにネージェスラほど過酷な土地じゃないだろう。きっと俺の夢に現れたしずりんなりのファンサービスなんだろう。

 「それにしてもなんで異世界ラノベって関西弁キャラが出てくるんだろうな。関西って概念ないのに」

 今までたいして気にしてなかったけど、夢にしずりんが出てきた事でふとラノベにツッコミを入れたくなった。


 早朝の難波駅周辺は人通りも少なく、天気も良くて清々しい朝……のはずなのに、歩いて数秒で嫌なものを目撃してしまった。

 「だーかーらー、ウチはそんなん知らんし。大切な用事があるんだからどいてよ」

 「いつまでシラ切るつもりや!? おお!?」

 大学生くらいだろうか、女の子がヤクザっぽい男に絡まれていた。ラノベならここで彼氏のふりをして手を引いて逃げる展開だけど残念ながら俺はラノベ主人公じゃない。 

それに関西の女の子は気が強いのか怯えた様子もない。ここは俺が首を突っ込んで話をこじれさせるより彼女に全てを任せて戦略的撤退を図るのが得策……。

 「おーい! ここに居たのか。電車に遅れるぞー」

 突然の声に戸惑う二人。逃げ道を塞ぐように立っていた巨体も思わず隙が生まれる。

 「ほら、早く行くぞ」

 小学生の頃、男女でペアになった時以来、女の子の手を握ったような気がする。絶対手汗がキモいと思われてる。なんでこんな事してるんだろ俺。

 「あ、おい、待てや!」

 彼女の腕を咄嗟に掴もうとするが、男の手は静電気でも起きたようにパッと離れてしまう。

 「へへーん。そんなんでウチを捕まえようなんて百億年早いわ」

 俺は恐怖で足がもつれそうになりながら走っているというのに彼女は余裕の表情で捨て台詞を吐いた。

 「で? あんたは誰?」

 「いいから! まずは距離を取ってどこかで落ち着こう」

 「あー、こっちの人やないんやね。ほな、そこの角を右に曲がって」

 助けたのか助けられたのかよく分からない構図のまま、彼女の指示通りに大阪の街を走り抜けた。


 「はぁ……はぁ……さすがにもう逃げ切れたかな?」

 「お疲れ様。それにおおきに。助けてくれて」

 この高くそびえ立つタワーはきっと通天閣だろう。言われるがままに走ったけどいつの間にか有名観光スポットに辿り着いていた。

 「君、すごいね。あんなに走ったのに全然息切れしてない」

 「んふふ。鍛えてるからね」

 「それになんかごめんね。助けようとしたつもりが逆に助けられたみたいになっちゃって」

 まさかの見て見ぬふりが正解のパターンだった気がする。

 「いやー、そんな事あらへん。女の子はいつだって王子様に助けてもらいたいんよ」

 「ははは。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 ギャルっぽい服装に反してと言ったら偏見かもしれないけど、俺みたいなやつに突然手を引かれて走ったのにお礼を言ってくれるなんて、もしかしたらすごく良い子なのかもしれない。

 「どないしたん? 顔真っ赤やで?」

 「久しぶりに走って疲れただけだよ! 大丈夫!」

 「んー? お兄さん? でええんかな?ウチ十八やから、お兄さんの方が年上やんな?」

 「僕は二十一歳で日本橋 渉。ライブのために東京から来たんだ」

 「ライブってもしかして水無瀬 雫の!?」

 「そうだけど……しずりんを知ってるの?」

 「知ってるもなにもウチもそのライブに行くんや」

 僕みたいなオタクだけでなくこんなギャルの子にも……いや、よく見ると彼女の恰好は。

 「ウチ、しずりんのファンやねん。本人の前では言えへんけど」

 本人の前ってお渡し会とかかな。確かに本人を目の前にしたら緊張で言葉が出なくなりそうだけど。

 「っと、つい興奮してもうた。ウチの名前は桜ノ宮 璃瑠。気軽にリルって呼んでや」

 「えっと、じゃあ……リル……さん」

 「なんや固いなー。ウチとお兄さんの仲やん」

 距離を取られるどころか逆に向こうからものすごい勢いで距離を詰めてきた。……オタサーの姫的なやつじゃないよな?

 「ところで気になってたんだけど、もしかしてその恰好はとある異世界の氷雪剣技に登場するりるたんのコスプレ?」

 「りるたん? ウチと同じ名前の子はおるん?」

 「あー、いや、なんでもない。なんとなく似てるなーって思っただけ」

 一応補足するとりるたんはバカで元気な妹キャラだ。タメ口なんだけど関西弁のせいなのか、愛嬌があるからなのか分からないがどことなく許せてしまう。中国拳法(ネージェスラに中国はないけど)の使い手で、龍の試練を乗り越えて電流の槍を手に入れた。

 「アニメは見てないけど、しずりんの歌は知ってるんだ?」

 「そのアニメがなんの事かよー分からんけど、しずりんの歌は癒されるっちゅうか、あんな風になりたいなーって思うねん」

 そう語るリルさんの目は輝いていて、アニメを見ていないからと言ってニワカと呼べるものじゃなかった。いろんな人から応援されてるなんてすごいぞしずりん!

 「で、お兄さんがさっき言ってたコスプレってなんの事?」

 「うーん。そのアニメを見てないとなかなか伝わらないんだけど」

 りるたんは極寒のネージェスラでもなぜかショートパンツにTシャツ、金髪のポニーテールの女の子だ。その秘密は彼女の体質にあって、体内に大量の電気が流れているからヒーターのようになっているかららしい。なんともラノベらしい設定だけど、そのおかげでTシャツからへそチラしてくれるんだから細かい所にツッコミを入れてはいけない。

 そして特徴的なのは雷マークのピアスだ。このピアスはお母さんの形見で、日常生活の中で少しずつ電気が溜まっていたんだ。りるたんが真の力に目覚めた時に槍へと形を変える展開は母子の愛を感じられて熱かった。

 「ふーん。そのりるたんと私が似てるんだ。名前も同じなんてすごい偶然やね」

 「そうなんだよ! 服装はともかく、そのピアスを見てもしかしてって思ったんだけど」

 「残念だけどウチはコスプレやないで。ただ趣味に合っただけや」

 ニカッと笑う姿もまたりるたんそのものだった。でも、当のリルさんはアニメを知らないみたいだし本当にただの偶然だったんだろう。

 「コスプレはともかく似合ってるのは本当だよ。今日が初対面だけど、この服が一番似合うって断言できる気がする。自分でも不思議だけど」

 「もうお兄さんったら褒めるのがうまいんやから~」

 俺のイメージする大阪のおばちゃんみたいに腕をバンバンと叩くリルさん。服装の事もだけど、こうして女の子と自然に話せているのもなんか不思議だ。

 「ところで、なんでリルさんはあの男に絡まれてたの?」

 「んん? それはね、ウチの体に秘密が」

 「体?」

 そのキーワードで思わずリルさんの体を舐めるように見てしまった。十八歳らしく瑞々しい脚が眩しいけど、残念ながら胸はりるたんと一緒で……。

 「お兄さん、今ウチの胸見て失礼な事を考えたやろ? まったくこれだから男は」

 「いやいやそんな事は! それにそういうのも需要があるし!」

 「ふーん。お兄さんはウチみたいのがタイプなん? 遠くのしずりんよりも近くのリルさんなん?」

 ジリジリと俺との距離を詰めるリルさん。しかし、胸が薄いためラノベによくある女体との遭遇は果たされない。

 「そ、そんな事より男に追われてた理由を教えてよ。ライブ会場までは一緒に行くんだから、理由が分からないと不安だよ」

 「だから言ってるやん。あいつはウチの……あっ!」

 リルさんの視線の先には今朝の男と、二メートル以上はあろうかと言う巨漢の姿があった。

 「あいつ、自分では勝てへんからって助けを呼んだんかいな。情けない」

 やれやれとため息をつくリルさんはどこか余裕のある様子だった。それに対して俺はと言えば。

 「ににに逃げよう! さすがにあれは勝てないって(リルさんが)」

 リルさんの戦闘力がいかほどのものかは測る由もないが、仮に勝てたとしても面倒事に巻き込まれればライブに参加できないかもしれない。

 「ほら、ライブ会場に行かないと。物販とかもあるし」

 「……せやな。あんなやつらより、しずりんの方が百億倍大切や」

 「そうと決まればすぐに駅に行こう! ……道案内よろしく」

 「頼れるのか情けないのかよく分からん王子様やな~。任せとき」

 でも、と俺の手を取ったリルさんは半歩下がる。

 「さっきみたいにお兄さんが前を歩いて。エスコートや」

 あまりに良い笑顔でそんな恥ずかしいセリフを言われると逆にこっちが恥ずかしくなる。おかげで恐怖は少し和らいで緊張がほぐれた気がする。

 「それじゃあ行こう。向こうはまだ気付いてないみたいだからこっそりね」

 「ウチはしずりみんみたいなお淑やかな女の子やからな。任せといて」

 「本当におしとやかな子は自分では言わないよ」

 「お兄さんったらつれないわ~。あ、ここで地下に入れば駅に行けるで」

 冗談で場を和ませつつしっかり道案内をしてくれるリルさんの方がよっぽど王子様っぽいと思う。言葉にするとまた騒ぎになりそうなのでグッと堪えて、俺はリルさんの手を引いて歩いた。


 「電車に乗ればもう安心やね」

 「うん。乗り合わせてなければさすがに大丈夫でしょ。しずりんのライブに行くなんて思ってないだろうし」

 あの男達がしずりんを知ってるとは思えないし、リルさんとはなかなか結び付かないだろう。

 「……あ」

 突然リルさんが声を上げる。

 「もしかして同じ電車に!?」

 左右を見渡して警戒を強める。警戒したところで俺には何もできないけど。

 「今朝、『しずりんのライブ行く』って言ったような気がする」

 「あー、その時の反応はどうだった?」

 「しずりんの事は知らんような感じやった。人生損してるで」

 「損かどうかは置いておいて、行先がバレてるのはマズイなー」

 「なあ、お兄さんだけでライブ行って。あとはウチが自分で何とかするから」

 「そういう訳にはいかないよ! 第一、今朝も自分一人で何とかできなかったからこういう状況になってるんだし。同じしずりんファンが目の前でライブに行けないなんて悲しすぎる!」

 「お兄さん、しー!」

 公共の場でも熱く語ってしまうのはオタクの悪いところかもしれない。ただ、しずりんのライブ以前に女の子を危険な場所に残すのは心が痛むのも事実。

 「ライブ会場なら人も多いでしょ? だから会場に辿り着けば向こうも簡単には手出しできないはず」

 味方にすると頼りないけど敵に回すと厄介なのがオタクだ。下手な騒ぎを起こせばSNSで晒され世間的に殺される。

 「ほんまに、ウチと一緒で迷惑にならへん?」

 潤んだ瞳で見つめられて自分の体温が上がるのを実感した。女オタクの手玉に取られるやつの気持ちが今なら分かる。

 「迷惑だなんてそんな。元はと言えば俺が勝手に首を突っ込んで、嫌な顔をせずに付き合ってくれてるのはリルさんの方じゃん」

 「んふふ。やっぱりお兄さんやさしーわ。惚れてまうかも」

 「ふぇ!?」

 「ほら、いつの間にか手もこんなになってるし」

 そう言われて自分の手に視線を移すと、俺とリルさんの指がしっかり絡み合って、いわゆる恋人繋ぎの状態になっている。

 「自然にこうなっとったって事は、ウチら相性抜群なのかもしれへんで?」

 「そんな事を言ってると男性トラブルに巻き込まれるぞ。ほら、ここでしょ? 駅名は調べてたから分かるんだ」

 タイミング良く目的の駅に着いてくれて良かったと胸を撫で下ろす。あとは会場にさえ着けばミッション完了。それこそ入場しちゃえば手出しはできないはず。

 「ほら、行こう」

 どうせエスコートしてと言われるだろうから率先してリルさんの先を歩く。

 「お兄さん、ウチの扱い方に慣れてきたね」

 「どんなに鈍感なラノベの主人公だって分かるよ」

 「よー分からんけど、分かった事にしとくね」

 オタク知識は皆無だけど下手に詮索せず、なんとなく受け入れてくれる感じはすごく気が楽だ。




 会場に到着した後は長い物販列に並び、予定していたグッズを購入した。

 リルさん本人に自覚がないとは言え、りるたんコスの女の子と一緒に並ぶと周りの視線が痛い。逆の立場なら俺も睨むと思う。が、周りから注目されている以上は下手な手出しもできない。謎の男に謎の理由で追われている今の状況なら好都合だった。

 「ところでリルさんは席どの辺?」

 「ちょっと右側やねん。一階二十七列の三十八番」

 「ん?」

 ぼんやりと覚えのあるような席番号だった。もちろん同じ番号ではないはずなんだけど。財布にしまっておいたチケットを取りだし確認する。

 「俺は三十七番。リルさんの隣だ」

 「ほんまに!? うわっ! やっぱり運命感じるわー」

 グイッと体を近付いて俺のチケットを覗きこむ。これ程までに女性の胸が薄くて良かったと思う事はない。当たっていたらライブ中ずっと隣の胸に意識が集中していたかもしれない。

 「あー、ほら、そろそろ開演だ。思ったより物販に時間掛かったね」

 「ほんまや! お兄さんと一緒だったからアッと言う間やったわ」

 またそういう事を言う。これが演技だったらと考えるとゾッとするな。リルさんに限ってそれはないだろうけど。……ないよね?




 着席すると会場の雰囲気に飲まれたというか、謎の緊張感でお互い黙って幕の下りたステージをじっと見つめていた。

 いろいろあったけどついにしずりんに会える。自分が歌うわけじゃないのに、そう考えると面接以上に緊張した。

 諸注意のアナウンスが終わると、会場の照明がパッと落とされる。そして、何度も聴いたアニメのオープニング曲のイントロが流れ出す。

 「みなさん、いきますえー」

 はんなりボイスながら熱い声を発しながら登場したのは、深いスリットの入った着物風の衣装をまとったしずりんだ! 動く度にチラリと見える太ももが眩しい。

 その神々しさに手にしていたペンライトを振るのを忘れ、ただただ見入ってしまっていた。

 「やっぱりしずりんはカッコいいなー」

 日中はあれだけ俺をからかい、活発に動いていたリルさんも俺と同じようにステージを見つめていた。そこに水を差す輩が現れるとは知らずに。


 「てめーら! 大人しくしろ!」

 突如ステージに現れたのは例の二人組。

 「は? なんでだよ」

 思わず声を出してしまう。これじゃあ俺絡みって周りにアピールしてるようなもんじゃん。

 「用があるやつは分かっとるやろ? 金髪のポニーテール。はよ出てこいや!」

 男の言葉に周囲がざわつく。この女の事かと。

 「もしかして演出かな?」

 「じゃね? あの子、りるたんに激似だし」

 「アニメの再現とか? 超熱いじゃん」

 りるたんコスのように見えたのが幸いして、この騒ぎをライブの一部だと勘違いしてくれているらしい。

 「リルさん、俺も一緒に行くからひとまずここを出よう。こんなに大勢の人を巻き込む訳にはいかない」

 そっと耳打ちをした時に見えたリルさんの目には炎が宿っているように見えた。

 「しずりんのライブを邪魔するなんて許せへん」

 「ちょっと! さすがにあの大男には敵わないって!」

 グッと腕を引き冷静さを取り戻させようと試みる。

 「お兄さん、やっぱり優しいわ。大丈夫。ウチがちゃんと守るから」

 「ダメだ! 俺も行く」

 「もう、ほんまに。ウチを惚れさせてどないするつもりやねん」

 このやりとりをライブの一環だと思っている人の目にどう映っているかなんて気にしてなれなかった。でも反応は意外と上々で。

 「いいぞー!」

 「りるたん、あいつらを倒してー!」

 「誰だか知らんが兄ちゃんも頑張れ―」

 「しずりーん、好きだ―!」

 と、好き勝手に盛り上がっている。この雰囲気ならステージに上がって袖に捌ければ解決できそうか? 全く思考がまとまらないまま歩みを進めステージに到着してしまった。

 「リルはん、そのお方は?」

 「街でナンパされたお兄さん、めっちゃ良い人だよ」

 「あらあら、あのリルはんがそないな事言いはるなんてよっぽどなんどすな~」

 「へへー! しずりんのファンだけど、先にお近づきになったのはウチやからな」

 「それは順番の問題やろ? よーくお話したらやっぱりうちの方が好きになりますやろ?」

 いやいや話題を俺に振らないでください! お二人は知り合いなんですか? 確かにしずりんとりるたんは同じパーティですもんね! でもそれは二次元の話であって!

 ツッコミどころが多いのとステージに上がった緊張と混乱で声が出なかった。

 「おい! 俺達の事忘れてんじゃねーだろうな?」

 「あー、はいはい。あんたらは後で瞬殺するからちょっと待ち。今はお兄さんに事情を説明するのが先や」

 「はいそうですかって待つと思うなや!」

 男達は二人同時に襲い掛かってきた。いくら身のこなしが軽いと言ってもあの巨漢に通用するとは思えない。ごめん。俺が非力なばかりに!

 その刹那、しずりんのような影が一瞬横を通り過ぎた。このシトラスの香りはしずりんの残り香かな? スーハースーハーなんて考える間もないくらい一瞬。まるでアニメのしずりんのようだった。

 俺の視界にはマイクスタンドを刀のように納めてから床に置き直すしずりん。そして後方に視線を移すと、二人の男が倒れていた。

 会場の音はどれくらい消えていただろうか。一瞬のような、数分のような、そんな不思議な感覚。その静寂も誰かが一音発しただけで一気に崩れ去った。

 「うおおおおおおおお!!!!」

 「しずりん強い!!」

 「優勝!!!」

 いろいろな感想が混ざってよく聞き取れないが、きっとこんな言葉を叫んでいるんだろう。俺が客席に居たらこうなってるはずだし。

 「ほら、お兄さん今のうちに」

 リルさんは俺の手を取りそそくさと舞台袖へと捌けていく。いや、客席じゃないんかい。




 その後、あの騒動はあくまでも演出の一つとして処理されライブは続行された。リルさんがスタッフさんに頼み込んでくれたおかげで舞台袖という珍しい位置から鑑賞する事もできた。しずりん最高!


 終演後、俺達は別室へと通された。絶対お説教だろ。そう覚悟していただけにリアクションも思わず大きくなる。

 「しずりん!?」

 現れたのは偉そうなおじさんや警察官ではなく憧れのしずりんだった。

 「ほんま申し訳ない。せっかくのライブやったのに」

 「いや! 俺の方こそ騒ぎを起こしてすみませんでした!」

 悪いのはあの男達なんだけど、でも俺が関わらなければあんな事にならなかった訳で。という事で全力で土下座した。

 「頭を上げてください。渉はんは悪くありまへん。むしろこれからうちを助けてくだはる救世主や」

 これから助けるってまだ何かトラブルが起こるの?

 「もうしずりん、そんな風に言ったらお兄さんがビックリしちゃうじゃん」

 「ほほほ、それは失礼」

 「あんな、実はお兄さんが好きなその本って半分ほんまやねん」

 「好きな本って、これの事?」

 おもむろに『とある異世界の氷雪剣技』を取り出す。

 「せや。さすがのウチも雷まで操れへんって」

 「ただ、その本を真に受けて、うちらを捕えて兵器代わりにしようとする輩がおるんどす。困った話やわ」

 「元を辿ればこの作者や! 好き勝手書きよってからに。ウチの胸はこない薄くないで!」

 「……」

 俺としずりんは黙り込んでしまった。本題に戻ろう。

 「で、このラノベとお二人を助ける事になんの関係が」

 「渉はんにはそっちの世界で言う異世界ラノベを書いてほしいんどす」

 「そそ。りるたんは雷を操れないけど、その巨乳から想像できない身のこなしで悪いやつを倒すねん」

 「リルはん、それじゃあこっちに来た方ががっかりしますえ?」

 「どういう意味や!」

 しずりんに噛み付く姿はまさにりるたんだ。話によるとどうやらご本人様らしいけど。

 「渉はん、こう思ったやろ? 関西は異世界なんやないかって。その通りなんですわ」

 「ああ通りで! ってなりませんよ!」

 わりと独自の文化が発展してるとは思うけど、そんなの地方に行ったらどこもそうだし。 

 「お兄さんが想像してる異世界とはちゃうねん。東京人にはあんな動きできひんやろ?」

 「確かにそう言われると……」

 「せやから渉はん、関西の誤解を解いてくれへん? 氷や雷を操ったりはできひん。ただ運動能力が高いだけで、たまに激寒ギャグで冷え込むだけやって伝記、ラノベにしてほしいんや」

 「お兄さん、ウチからもお願いや! そのラノベが売れるためなら取材にも協力するで。うっかり一緒の温泉に入ったりとか」

 「リルさん、実はラノベ詳しいでしょ!?」

 「おほほ、お二人の仲の良さに嫉妬してしまいますわ。これがハーレム展開というものやろか?」

 もうライブに男が乱入した話なんてどうでもよくなっていて、就職活動がうまくいかない俺はラノベ作家を目指す事になった。

 タイトルは『関西は異世界説』

 なぜ異世界ラノベに関西弁のキャラが出てくるかって? そりゃ関西が異世界だからさ。

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