第66話 近重と切、毒丸の元へ

 廃寺を訪れた雷太が去ってからだいぶ時間が経った。

 まだ毒丸は帰って来ない。 

「なあ、さっきの毒丸の知り合いさ。巻物持って行ったけど、あれ何に使うんだろうな?」

 切が隣に座っていた近重このえに話しかけるが、近重は何やら考え事をしているらしく、反応がない。

 「姉ちゃん、どうしたんだ?」

 「え? どうもしていないわよぅ?」

 「何か変だよ? 疲れているなら、先に寝ていいぞ」

 切が心配そうに近重の顔を見上げている。

 そんな切に近重はふふふ、と笑みを浮かべる。

 「疲れている訳ではないのよ。ただ、あなたがさっきお墓がどうとかって言っていたから気になったの」

 「あ、あれは……」

 言いにくいことなのか、切は顔を伏せてしまった。

 もし、言いにくいのではあれば話さなくてもいい。

 そう言おうと口を開こうとした時、切が言った。

 「姉ちゃん、まだ眠くないか?」

 「ええ、大丈夫よ」

 「気になるんだろ? なら、さっさと行くぞ。姉ちゃん、絶対毒丸に言うなよ?」

 近重は「分かったわ」と言うと、立ち上がった。


 ※※※


 「ねえ、切。こっちに毒丸がいるの?」

 「そうだよ。ここをまっすぐ行けば、ほら見えて来た」

 切が指さす方には少し遠目だが背を向ける毒丸の姿が見えた。

 彼は足を止めると、後ろを付いて来ていた近重を振り返り、

 「これ以上行くと見つかるから、ここで止まってくれ」

 「ここにお墓があるの?」

 「そうだよ。ここからそっと覗くだけにしろよ?」

 「ええ。分かってるわ」

 近重は頷くと、毒丸のいる方へ顔を戻した。

 しかし、肝心の墓とやらが見えない。毒丸の隣にもう一人誰かいるようだ。その人間もまた彼と同じ様にこちらに背を向けているが、その背格好には見覚えがある。

 背中に背負っている大きな籠に着物の色、外側にはねた少し特徴的な髪。

 「切。あの人、さっきのお兄さんじゃない? 巻物を取りに来た」

 それを聞いた彼も同じ様に顔を向け、無言で頷く。

 近重の言う通り、さきほど虎の巻物を貸して欲しいと頼んできた雷太だ。

 「何だよ、毒丸の居場所知ってたのか」

 切がそう言うと、ちょうど雷太が立ち上がってその場を離れた。

 彼が今し方いた場所には二石の長方形の石。

 雷太が石の前にしゃがみ込んでいたので、気付かなかったのだ。

 「石が二つ並んでいるけれど……」

 「あれが墓だよ。死んだ姉さんたちのだ。墓っていうよりも、墓代わりだと思う。非ず者は死んでも墓に入れて貰えないんだ」

 「あら、まあ」

 近重はそう呟くと、顔を前に向けたまま暫くその様子を眺めた。

 そのまま二人を眺めていると、いきなり何かがもたれ掛かって来た。驚いてそちらに顔を向けると、切が目をこすりながら慌てて立ち上がろうとしている。

 「あっ、姉ちゃん。すまねぇ……」

 眠そうな顔で謝る切を自分の方へ引き寄せて、近重は彼の頭を撫でた。

 「こちらこそ、ごめんなさいね。眠いでしょう? 寝ても大丈夫よ?」

 「何言ってんだよ、寝るわけないだろ。それより姉ちゃん、そろそろ帰るぞ? 毒丸に見つかったらどうすんだよ……」

 切は再び目をこすった後、大きなあくびをした。そろそろ限界のようだ。

 近重は苦笑して、彼の頭を再び撫でた後、

 「ええ、そうね。そろそろ戻りましょうか」

 近重は立ち上がると、切を先に歩かせた。

 彼女はその場を離れる際、振り返った。

 この距離でも、二人の会話は十分に聞き取れる。

 「姉さんたちが死んで何年経つんだっけ?」

 「一番上は九年、二番目は十四年だ。二番目の姉貴の方が死ぬのが早かったからな。真冬に高熱が出て、そのまま死んじまった」

 「ああ、そうだったね。でも、親が死んでからの方が幾分か生活はマシだっただろう?」

 「ああ、まあな」

 「嫌だねぇ、子どもよりも男が大事な母親なんてさ」

 努めて何でもない風を装ったのだが、あまり効果は無かったらしい。

 毒丸はそれには答えない。

 雷太は溜息を吐くと、更に続けて、

 「大丈夫だよ、マルさん。あんたが、親父さんを殺したのは間違いじゃなかったんだから」

 そこまで聞いて、近重は二人に背を向けた。

 顔を前にやれば、ちょうど切がこちらに歩いて来て真っ白な彼女の手首を掴んだ。

 「早く戻るぞ?」

 切は小声でそう言うと、手首を掴んだままずんずんと歩き出した。

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