第67話 清流、人里を駆ける

 紅蓮は息苦しさから目を覚ました。

 傍に置いてあった行灯あんどんを手に取ると、それをかざす。

 「毒丸?」

 試しに彼の名前を呼んでみるが、返事はない。

 寝ているのだろうか。

 紅蓮は立ち上がると、辺りを歩き始めた。しかし、行灯を右に向けても左に向けても彼の姿はない。

 厠にでも行ったのか。

 それにしても、熱い。夏だから仕方がないといえばそれまでだが、あんであれば窓ぐらいはあるはずだ。

 紅蓮は窓を探して、再び行灯を持ちながら狭い中をうろうろと歩き始めた。

 壁板に行灯を近づけて窓を探すが、一向に見つからない。

 それで、気付いた。

 壁に手を当てたまま移動させると、不自然に盛り上がっているところがあった。元の壁板とは違う。

 窓があったと思われる箇所には板が張られ、外気が入らないようになっている。

 紅蓮は試しに外そうとしたが、何かで頑丈に張り付けられているらしく、びくともしない。

 諦めて壁板に背を向ける。先程いた場所に戻ろうとした時、桶の中から二枚とも着物が消えていることに気付いた。 

 慌てて引き戸へ向かい開けようとするが、カギが掛けられていて開けることが出来ない。

 「毒丸! どういうつもりなの、ここを開けて!」

 声を出しながら引き戸を叩くも、毒丸が来る気配はない。

 清流が迎えに来るというのは嘘だったのか。

 着物を持って来させるために、わざわざ自分を蔵から出したのか。

 額から汗が伝う。紅蓮は流れるそれを袖で押さえてから、再び毒丸の名を呼んで引き戸を叩いた。

 相変わらず熱い。

 暑さのせいか目まいを覚えて、引き戸を背にするとその場にしゃがみ込んだ。

 自分の背中がじっとりと汗をかいていることに気付く。

 「清流……」

 その声はむなしく闇の中に消えた。


 ※※※


 清流は人間たちが寝静まる中、一人真夜中の人里を走り回る。 

 紅蓮、どこにいるんだ?

 不自然に格子が切り落とされた空っぽの蔵が頭に浮かぶ。

 彼女が自分の意思でやったとはとても思えない。

 「ちくしょう! こうなるくらいなら……」

 こうなるくらいなら、もっと早く自分があの格子を壊して紅蓮を蔵から出すべきだった。

 いつか、などとは言わずに。すぐに出してやるべきだったのに。

 闇雲に探したところで彼女は見つからない。

 だが、紅蓮の行きそうな場所はおよそ検討が付かない。

 花が好きなことや金平糖が好きなことを知っていても、彼女の居場所は分からない。

 (一体、どこにいるんだ?)

 やがて見えて来たのは、真っ暗な細い道。確かこの先は、非ず者と呼ばれている人間たちの住む一帯。

 清流の記憶が蘇る。この先で初めてあの男にあったのだ。近重に人魚の灰を渡したあの男に。

 歯を食いしばり、その先を睨み付ける。

 あの男に聞けば、何か分かるかもしれない。

 たとえ何も知らなかったとしても、無理矢理でも協力させて紅蓮を見つけ出す。

 清流はその闇の広がる道に向かって再び走り出した。

 男がいた廃寺の石段が見えて来た。それを上がり辺りを伺うが、誰もいない。

 試しに廃寺の中を窓(花頭窓)から覗くが、やはり誰もいない。

 (また、誰もいないのか)

 諦めてその場を離れようとした時、誰かが近付いて来る気配を感じた。

 清流はとっさに廃寺の背後に身を隠す。

 こっそり様子を伺うと、気配の正体は大きな籠を背負った若い男。

 鼻歌なんかを歌いながら、悠々と歩いて来る。

 何故こんな真夜中に人間が歩いているのか。

 清流が疑問に思っていると、

 「そういえばマルさん、女物の着物持ってたけど一体何に使うんだろうな……」

 男は思い出したように独り言ちた。続けて、

 「あんな高そうな着物もん、どこで手に入れたんだろ。片喰かたばみの家紋入ってたけど……」

 その言葉に声を上げそうになった。片喰? 今、片喰と言ったのか?

 清流が思わず前のめりになった時、男が何かに気付いたようにはっと顔を上げた。

 そして、迷わず廃寺の方へ顔を向けた。

 だが、そこには何もない。

 「あれ? 誰もいねぇや。さっきまでいたのに」

 おっかしいな、と独り言を続ける。

 「確かにいたんだけどなぁ?」

 雷太は頭の後ろを掻きながら、首を傾げた。

 

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