第12話 夜の街 ③

 (確か、こっちだったはず……)

 紅蓮の元に向かっていたのだが、普段通る道と違うため確信が持てないまま歩みを進めていく。

 繁華街からは出たはずだが、今自分がいる場所はいつも通る長屋のある一帯とも何だか違うような気がする。

 雨が降っているわけでもないのに湿った空気が辺りに広がっていて、どこまでも暗く陰鬱な雰囲気が全体を占めている。

 (道を間違えたか……)

 清流が引き返そうとした時、数件の長屋が目に留まった。

 どの建物も老朽化が進み、屋根の一部が落ち、障子はところどころ剥がれてしまっている。障子のはがれた木枠から中をうかがうと、人間たちが清潔とはいえない汚れの付いた着物を着て、数人が寄り添うようにして眠っているのが見えた。

 (ここにいる人間たちは一体何なんだ?)

 そんな疑問が頭の中で浮かんだが、我に返ると建物の中を覗くのをやめた。

 (こんなことしている場合じゃない。早く紅蓮の元へ行かないと)

 この場を離れようときびすを返した時、

 「こんな夜中に散歩か?」

 声は上から降って来た。低音だがよく通る声。

 清流が顔を上げると、石段の上から若い男がこちらを見下ろしていた。男前だが、やはり着ている着物は清潔とはいえない。

 「いや、俺は」

 「ここに来るのは初めてみたいだな」

 「ああ、あんたの言う通りだ。なあ、この辺りに詳しいのか? 屋敷のある場所へ行きたいんだが」

 「屋敷ねえ。領主が住む屋敷のことか? それとも豪商か豪農か?」

 聞き慣れない言葉をいくつも出されて、清流は答えに困った。

 そもそも屋敷に住む人間の違いなど、魍魎もうりょうである自分には分からない。

 必死に記憶を辿り、ふと頭に浮かんだのは片喰かたばみの家紋。

 「か、片喰の家紋が見える屋敷に行きたいんだが」

 片喰と聞いた男の目元がぴくりと動いた。

 「悪いが、その家紋を持つ屋敷は俺には分からんな」

 「そうか、分かった。ありがとな」

 清流は礼を述べると、元来た道を戻るべく男に背を向けた。

 「なあ、お前」

 男の声が歩き出そうとした清流の動きを止める。

 「昼間、随分と不思議な水芸を披露していたな。?」

 男の一言に身震いして、すぐに振り返る。だが、もうそこに男の姿はなかった。

 清流は不安になって、懐から天に借りた手鏡を取り出して自分の姿を確認した。鏡に映る自分の姿はまだ人間のままだ。

 (あの男、いつから見ていたんだ。何故、俺が人間でないと分かったんだ)

 清流は昼間、人里で芸事を披露した時のことを思い出す。どんなに思い起こしても、先程見た男の姿はあの群衆の中にはいなかった。もしかしたら、別の場所から遠目に観察していたのかもしれない。

 清流は溜息を吐いて、元来た道を歩き始めた。

 「なあ、あんた。屋敷の方へ行きたいのか?」

 驚いて声のした方に顔を向けると、一人の男児がこちらに近付いて来た。先程の男と同じくボロボロの着物を着ている。

 年齢は、昼間に清流が水芸を披露した時にどんぐりをくれた男児と同じくらいだろうか。

 「ああ、そうだが」

 「大人の連中に見つかると厄介だから、途中までしか案内出来ないけど。それでもいいか?」

 「本当か? よろしく頼む」

 清流は彼の後を付いて行った。

 

 

 

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