第11話 水芸人・流
ここなら広さも十分にあるし、水の芸を披露しても迷惑はかからないだろう。
清流は川原に背を向けると、目を
両腕を軽く広げて、手の平を上に向ける。すると、たちまち両の手の平から水が湧き出てきた。湧き出たそれは手の平から零れることなく、その場に留まっていたが、みるみるうちに回転しながら丸い形へと変化していく。
その不思議な光景を目にしていた人々が清流の前に集まって来た。
観衆が増えて来たのを頃合いに、清流は彼らに向かって声を投げる。
「今からあなた方に不思議なものをお見せする。とくと見ていってくれ!」
清流の発した言葉に歓声が上がる。
笑みを浮かべると、彼は同じ水の玉を更に二つ出して、お手玉のように宙に投げては取り、また投げては取りを繰り返してみせた。
観衆は清流の水芸を興味深そうに見つめている。
彼らの興味を十分に惹いた所で、清流は先程出した水の玉を一つにまとめてから、宙に向かって放った。
「これからある形に変化するから当ててくれ!」
清流の発した声と同時に、一塊となった水の玉は勢いよく回転しだした。渦を巻きながら、その形を変えてゆく。
「兎じゃない?」
「いいや、あれは鳥だ。カラスじゃないか?」
「何言ってんだ? カラスな訳ねぇだろうが」
「じゃあ、何さ?」
水の玉はどんどんその形を変えていく。楕円形に変化したそれに尾ひれが出来、真ん丸の目が現れる。
観衆たちの興奮気味な声が辺りに飛び交う。そんな中、一人の男児が声を上げた。
「
最後に全身に鱗が浮かんだ。
それを確認した後、清流は笑みを浮かべて間を置いてから一言、
「ご名答ー!」
手の平を叩いたのを合図に、宙に漂っていた水で出来た鯛は男児に近付いていく。そして、彼の周りをひとしきり回ると、清流の背後にある川に飛び込みその姿を消してしまった。
観衆たちは川を覗き込んで、消えた鯛を探そうと目を凝らしている。
「兄ちゃん、あの鯛もう戻って来ないの?」
悲しそうに見上げる男児に、清流は頷いて、
「川に潜って行くのを見たろう? 自然に還したんだ。戻っては来ないけれど、ずっとこの川の中にはいるよ」
そう言うと、男児の頭を軽く撫でた。
男児の瞳は潤んでいたけれど大きく頷くと、分かった、と言って納得してくれた。
「なぁ、兄ちゃん。さっきのどうなってんだ?」
川を不思議そうに眺めていた男が振り返って尋ねる。
「仕掛けは教えられないよ。秘密だ」
すると、今度は妙齢の女が口を開く。
「ねぇ、もっかいやっておくれよ?」
「そうだよ! 今度は当ててやる。だから、もう一回!」
他の観衆たちも、もう一度見せろ、とせがんでくる。
「悪いが、俺はこれ一つしか芸がないんだ。だから、これ以上は……」
「そんな固ぇこと言うなよ?」
「そうだよ、もう一つくらい何か出来るだろう?」
「いや、本当にこれ以上は……」
清流が困り果てていると、目の前で、兄ちゃんと呼ばれた。
視線を下ろすと、先程の男児が握りこぶしを付き出している。
「兄ちゃんの見世物、面白かった。初めて、あんな面白いもん見た。だから、これお礼」
差し出した清流の両手に乗せられたのは、大粒のどんぐりが五個。
(ど、どんぐりか!)
金がもらえるのではないかと期待していた清流は面食らってしまったが、すぐに笑顔で礼を言った。
嬉しそうに笑みを浮かべていた男児は歯を見せて笑うと、また首を縦に振る。
その時、
「兄ちゃん、礼だ。あんな不思議な見世物は初めてだ。面白かったぜ」
「良いものを見せてもらった。受け取ってくれ」
「はいよ、お兄さん。楽しかったよ」
清流は礼を言いながら、観衆から差し出された金を受け取る。
受け取った金は前に朧が見せてくれたものと同じだった。形は丸く、真ん中に四角い穴が開いている。色は黒っぽい色から
清流は驚きつつも、差し出された金を有難く頂戴した。
「なぁ、兄ちゃん。名前は何て言うんだい?」
「え? 名前?」
清流は思わぬ問いに慌ててしまう。
まさか名前を尋ねられるとは想定していなかった。かと言って、本名を口にするのはどうなのだろう。
「りゅ、流だ。水芸人の流と言う」
それは咄嗟に出た名前だ。
「じゃあ、流。今度はいつ芸を見せてくれるんだ?」
「次ははっきりとは決まっていなくて」
「何だ、そうなのか?」
「そうなんだ。すまないが」
「じゃあ、またお前さんの芸を見せてくれよ?」
「ああ、またいつかな」
※※※
その様子を一人の男が物陰から眺めていた。
随分と珍しい芸を披露するものだ。
「まあ、人間じゃねえから当然か」
男はそれだけ呟くと、清流を含めた群衆に背を向ける。歩き出そうとした時、視線を感じてそちらを見れば、忌々しそうな顔で自分を睨む女が二人。どちらも口元を袖で押さえている。
別の方に顔を向ければ、見知らぬ男もまた同じようにこちらに鋭い視線を送っている。
男は彼から視線を逸らして舌打ちをすると、「表に出てくんじゃねえよ」、とだけ吐き捨てて引き返して行った。
忌々しい視線を受ける彼は別段気にした様子もなく、その場を後にしたのだった。
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