第28話 視線

 夜もすっかりけた頃、近重このえが毒丸の廃寺を訪ねて来た。最近は夜中になると、こうして彼の元を訪れるのが日課になりつつある。

 いつものように毒丸が集めた品々を眺めていると、

 「しかし、とんだ変わり者だな。妖狐ってえのは、みんなお前みたいに変わってんのか?」

 毒丸は顎に手を当てたまま、呆れたようにそう呟いた。

 「あらぁ、変わり者で結構よ? ここに来れば面白い物がたくさん見られるんだもの。それから、妖狐は別に変っているわけではないわよぅ?」

 木箱から河童の手(だと言われている怪しげな何か)を手に取り、しげしげと見つめたまま近重このえが言った。

 「さあ、どうだかな。今のお前の姿をの男共に見せてやりてぇぐらいだ」

 「そんなことをしたら兄さまたちが逃げてしまうじゃないの」

 「何だ、自覚あんのかよ。それよりも、さっきから抱えているそれは何なんだ?」

 毒丸は近重が抱えている麻袋を指さして尋ねる。

 彼女は更ににっこりと口角を上げると、中身を出して並べ始めた。

 「ああ、キノコよ。山にたくさん生えていたから、採って来たの」

 彼女が持って来たキノコはどれも厚みがあってそれなりに大きさもあるものばかり。

 毒丸もその場に腰を下ろして、並べられた数本のキノコに視線を落とす。

 「気が利くじゃねえか、狐のくせに。でもよ、これ毒キノコとかじゃねえだろうな?」

 毒丸はキノコを見下ろしたまま、近重に尋ねる。どれも食べ応えはありそうだが、食べるにしても食用かどうかが分からないのは正直不安だ。

 「嫌ねぇ。ちゃんと食べられるものを選んで採ったわよぅ。たぶん大丈夫よ、ちゃんと焼けば」

 「たぶんって、お前……」

 毒丸が言いかけた時、突然近重が振り返って背後を見たので、彼も同じ様にそちらに顔を向けた。しかし、そこには誰もいない。

 「近重、どうした?」

 「誰かがこっちを見ていたような気がしだんだけど、気のせいかしら」

 「ふうん、誰かねぇ」

 毒丸はそう呟いただけで、すぐにキノコに顔を戻した。


 ※※※


 「こっちに来る。どうしよう」

 緊張で顔が強張こわばる寿の目の前に何やら水の塊のようなものが勢いよく向かってくるのが見えた。

 「ひいっ!」

 寿は思い切りその場にしゃがみこんだ。思わず目をつぶる。

 水の塊はあっという間に元来た道を通り過ぎてしまった。

 (何だったんだろう、今の……)

 まだ胸の動悸が激しい。放心状態になりながらも首を横に振る。

 ゆっくりと立ち上がった後、謎の水の塊が向かっていった方に目を凝らした。

 けれど、そちらに何かがある訳でもなく、ただ闇が広がっているだけ。

 辺りには草木を揺らす風の音とフクロウらしき夜行性の鳥の鳴き声しか聞こえない。

 しばらくの間、突っ立ったままだった寿だが蔵にいる紅蓮のことを思い出すと、そちらに顔を向けるのをやめて、足早に彼女のいる蔵に向かった。


 ※※※


 庭園に出た清流はそのまま門の隙間を潜り抜けた。

 屋敷の外に出たことを確認すると元の姿に戻る。

 清流は目の前にそびえる立派な門を見上げながら、先程の違和感について考える。

 (あの感じは獣や妖怪じゃない。恐らく人間だ)

 逃げるのが精一杯で周りを見る余裕などなかった。

 獣であれば匂いや足音がするし、妖怪であれば妖気を感じる。おぼろや近重など、妖気をほとんど感じない者もいるが、それともまた違っていた。

 見回り係はこの屋敷にはいないはず。そもそもこの蔵には決まったも者しか来ないと紅蓮が前に話していた。朝と夕方の二回、配膳や衣服を持って来る係の者が来るだけだと。

 (紅蓮に用事がある者か。こんな夜中に?)

 もう一度屋敷内に入って確認したい気持ちもあったが、さすがにそこまでは出来ない。

 しばらく門を凝視したままの清流だったが、これ以上為すべがないので、後ろ髪を引かれる思いで屋敷を後にした。

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