第9話 妖術

 天に妖術をかけて貰う約束をした清流は、日が昇ってから再び天の元へ向かった。

 日の光に照らされながら獣道を進んでいると、前方から天の声が聞こえてきた。

 「清流さまー、こちらですよー」

 顔を上げると、天が大きく手を振っているのが見える。

 清流はそちらまで駆け寄って行った。

 「悪いな、天」

 「いえいえ、気にしないで下さい。他の妖狐たちも出払っておりますから、今のうちに」

 天はそう言うと、清流に背を向けて更に奥の茂みへ入って行く。

 「ああ」

 清流は頷いてから、天の後に続いた。

 「清流さま、少しお待ちください」

 そう言うと天は背後にある木の後ろに回り込んだ。

 木の幹に出来た穴を塞いでいた石をどけると、穴の中には大きな葉っぱにくるまれた木の実が。

 天は葉っぱごと手にして清流の元に足早に戻る。

 「清流さま、お待たせしました!」

 天が葉っぱをめくって見せてくれた木の実は、一旦何の変哲もない普通の木の実。

 清流が試しに顔を近付けてみると、その瞬間妖気が漂ってきた。

 「ありがとうな、天」

 清流は礼を言うと、木の実を一粒つまんで口の中に放り込んだ。固い実を噛んでいると、身体から煙が出始めて彼の身体を徐々に包んでいく。

 煙が完全に晴れる頃にはすっかり人間の姿になっていた。

 「良かった、ちゃんと人間の姿になっています!」

 天はほっと胸を撫で下ろしてから、清流に手鏡を渡した。一体どこから持って来たのだろうか。

 清流は鏡を受け取ると、自分の姿を映してみる。

 赤黒かった髪は真っ黒に、真っ赤だった目もその髪と同様の色に変化していた。赤みを帯びていた肌は人間と同じ肌の色だ。

 これなら、どこから見ても人間に見える。

 清流は手鏡から顔を上げると、

 「いきなり頼んで悪かったな、天。この礼は必ず返すから」

 再び鏡から顔を上げて清流がそう言うと、天は首を横に振って、

 「いえいえ、礼なんていりませんよ。それよりも、清流さまに喜んでいただけて嬉しいです。気を付けて人里に下りて下さい。あの、くれぐれも……」

 天が言いかけたことを遮って、清流が口を開いた。

 「分かってるよ。人里に長居はしない。用が済んだら、すぐに戻って来る」

 清流はそう言うと、にっと口角を上げた。

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