4 クロのメモ帳

 例えば、願ったことが叶う魔法の何かがあったとする。何かって何かって?じゃあ、ポケットくらいにしておこう。何でも叶うドラえもんの四次元ポケット。でも、そんなもの、今の私には必要ないんだ。どうしてかって?だって、私はもう、死んでるから。




 私は生きている時、ずっと家の中に閉じ込められていた。ママが生きている時はずっと幸せな家族で、よく、お外に遊びに行ったのに、ママが死んでからパパは急におかしくなってしまった。何かとても勉強しているようで、そして、私を外に出さないようにした。


 だから、私はとても暇で退屈だった。だからよく絵を描いた。小さなクレヨンで画用紙に何枚も何枚も書いた。


 画用紙に書くのは私の理想の姿、外の世界の想像だった。私はパパと違う髪の色が嫌だった。私はママとそっくりでパパは生き写しなのだと言っていた。でも、ママがいなくなったら私にはパパしかいない。私はパパと一緒じゃないのが嫌だった。だから、黒い髪に高い背の女の子は私の理想だった。


 じゃあ、今の私は何なのだろうと思った。きっと私は宇宙人で、どこかの星のお姫様なのだ。いつも誰かに狙われているから、パパは私のことを思って、外に出さないのだと思った。


 そう思いたかった。


「まろはパライソス星の姫、クロである。」


 自分でもバカだと思ったけど、でもそう思いこまないとやっていけそうになかった。


 そして、一枚一枚画用紙が少なくなっていく度に時が流れた。


 私は乳歯が全部生えそろって、初潮も迎えた。大人になったのだと思った。だから、パパに守られなくても一人で生きて行けるとそう思った。


 だから、ある日、私はパパに外に出たいと言った。


 でも、パパはそれを絶対に許さなかった。


 その頃のパパは外に出て行くこともなくなって、服は汚いままで、髪も髭も伸ばし放題だった。私よりパパの方が宇宙人にふさわしかった。ずっとお酒ばかり飲んでいて、私はずっと時々パパがお酒をきらした時に買ってくるカップ麺ばかり食べていた。私の服もパパと同じくらい汚かった。下着はもう何年も変えてないし、服はママの大きなものを着たりしていたけど、生理で所々赤く染まっていた。いつもお腹は減っていて、でもそれが当たり前だから、なんとも思わなかった。髪を切ろうとすると、パパは顔を赤くして物凄く怒った。きっとママの髪が長かったからだろう。


 私は外に出たいとずっと言い張った。パパがとても頑固なので、私もなんだかひくにひけない状況だった。


 すると、パパは私を殴った。


 それが信じられなかった。


 パパだけが私の家族で、ずっと大事にしてくれていると思っていた。


「私は外に出るの!」


 なんだか悲しくって、私は無理矢理外に出ようと玄関に向かった。


 今までずっと家にいた私がどこかに消し飛んでしまったみたいで、どこかに転がっている私を見つけなきゃ、と思った。


 すると、パパは私に覆いかぶさってきて、止めようとした。


 その時の顔は忘れられない。


 久々に長い髪の間から見たパパの顔は絵本で見た鬼のように恐ろしかった。私はパパから逃げようとした手足をばたつかせて、パパを叩いた。


 もうパパはとっくの昔にパパじゃなくなっていて、鬼が私を閉じ込めていたんだと思った。


 すると、パパは私を思いっきり殴った。


 首が嫌な音を立てた。実際には耳のすぐそこの頭の中で音が聞こえて、その後首が物凄く痛くなったから、首が音を立てたんだと考えた。


 だんだんと何も聞こえなくなってきた。何も感じなくなってきた。体は石のように動かない。すでに私の体は私のものでなくなっていた。


 私は死んでいた。


 死んでいるのが分かっているのに、目に映るものだけははっきりと分かった。


 パパは私が死んでしまったのを確認すると、とても慌てたようにお酒を飲んだ。そして、しばらくずっとぼーっとしていた。


 その内、私の体を虫が這って行った。


 気持ち悪い。吐きそう。どうにかして。


 そう叫びたかったけど、もう死んでいるのだからどうしようもない。とっても苦しくって、泣きたくって、でも、そんなことをできる体はもうないのだった。


 匂いがひどくなってきたみたいで、パパは毎日ちょっとずつだけ、リビングの床を剥がして、ショベルで穴を掘っていた。邪魔になった私の書いた絵だったり、服は窓から外に投げていた。


 そして、私の体がふやけてきたころ、パパは私の体を足で蹴飛ばしながら穴の中に入れた。


 あんまりだったけど、そのことを訴える口はもうない。


 私は上から土を被せられた。


 その後はずっとずっと真っ暗だった。




 気が付いたら私は一面真っ白な世界にいた。体も生きていた頃のままだった。服は綺麗で白いワンピース。その空間に私ともう一人人がいた。髪の毛は金色で、目は私と同じ青だった。


「外人さん?」


 私は久々にパパじゃない人を見た。それが外人さんなので、なんだかなぁという気分でもあった。


「私は神だ。」


 物凄く格好をつけたポーズをしていた。


「じゃあ、ここは天国?」


 天国にしてはまったく殺風景で、私と神様と、神様の座っている白いソファしかない。私は立っていた。


「うーん、ちょっと違うかなあ。」


 なんだかイライラする声だった。私はパパ以外の人を覚えていないから分からないけど、いわゆるイケメンだと思った。


「そう。僕はイケメンさ。」


 私はこの時、初めてイケメンが嫌いなことを知った。


「で、ここはどこなの?」


「天国と地上との狭間。」


「なんでそんなところに神様がいるの?」


「うん?それは僕が仕事をしないから窓際に追いやられただけだよ?君みたいにこんなところに迷い込む輩は少ないからね。」


「ここはどんなところなの?」


 物凄く頼りない神様であることだけは分かった。


「完全には死ねなかった魂が来るところさ。死んだ魂が上る天国とも、無念をはらんだ霊が残る地上とも違う。もちろん、地獄ともね。」


「私はどうなったの?これからどうなるの?」


 とても不安になる言葉だった。特にこんな頼りない神様に言われたらなおさらだ。


「君は結局何者でもない何者のままこの世を去ってしまった。そのくせ、誰かを恨んでいない。でも、ちゃんと弔われていないから、天国に行けなかった。そんな君にはここで一生を過ごしてもらうか、天使になって、天国でこき使われてもらうしかない。」


「ここに残るのは絶対いや。」


 こんな神様と一緒にいるのは嫌だった。


「随分と僕も嫌われたね。まあ、いいさ。僕はゲームをするから。」


 すると、ソファの前に突然テレビが現れた。そして、神様はコントローラを手にしてゲームを始めた。


「ああ、ここからか。これ、難しいんだよね。初めっからやり直そうかな。」


「あの、神様。私はここが嫌なんです。」


 神様はめんどくさそうな顔を私に向けた。


「うん。じゃあ、天使になる?」


「それ以外に道が残されていないのなら。」


 何者かになるのは怖かったけれど、でも、こんなところよりはマシに思えた。


 この殺風景な部屋は私の家に似ている。ずっと出られない、退屈な部屋。


「じゃあ、君は試験に合格しないといけない。」


「何をするんですか。」


 神様は溜息をついて、頭を掻く。本当になんなんだ、こいつは。


「えっとね、君には天使見習いとしてとあるヒキコモリを部屋から出してもらう。それだけの簡単なお仕事です。」


「はあ。」


 どうするのだろうか。全くもってわからない。


「ただし、いくらかやってはいけないことがある。まず一つは、君の生前に関することを言ってはならない。名前もね。少しでも君のことがばれそうになったらアウト。」


「じゃあ、私はなんて名乗ればいいんですか?」


「うーん、ファーストネームくらいはいいと思うよ。多分。」


「多分って。」


 そこは一番重要な所じゃないの?


「後は、君は今からそのヒキコモリの部屋に行くけど、そこから出られない。どうやってもね。まあ、中には出られる人もいるんだけど、君の場合は特別。君は外の世界を知らないで育った。だから、小さな部屋から出られない。君は幽霊みたいなものだから、生前の行いに引きずられるんだ。あと、君の姿はそのヒキコモリにしか見えないからね。」


「はあ。」


「じゃあ、頑張って。」


 神様はなおざりに手を振った。すると、白い部屋が黒い何かと混ざり合って、ぐるぐる渦巻いた。そして、その渦巻きが元に戻っていく頃、私は小さな部屋の中にいた。そこには一人の男の子がいた。私よりちょっとお兄さんみたいだった。


 その人は、ずっと小さなテレビに向かっていた。なんだか声を上げている。


 物凄くヤバい人そう。


 私は物凄く面倒ごとを押し付けられたことを理解した。




「いやあ、嫌な夢見てさ。ムカデが俺の体を張っててさ。それがデカくって気持ち悪くって。」


「うんうん。」


「あ、炒飯の皿返さなくっちゃ。」


 急に倒れて起き上がった後、ヒキコモリはベッドに腰かけていた私に話しかけた。


「で、どちらさん?」


 え?今さら?というか、さっきまで普通に話しかけてたし。


 私はすっかり神様が何かしらヒキコモリに言っているものだと思ってた!


 私はどう自己紹介すればいいのか迷った。テンパってテンパった挙句、こう答えていた。


「まろはクロ。パライソス星の姫じゃ。」


 もう勢いで行くしかなかった。どうにでもなれ。


「まろが名乗ったのじゃ。ぬしも名のれい。」


 しばらくヒキコモリは黙った後、現実から逃げるように言った。


「すまんな。俺はネトゲをやらなくちゃいけない。」


 ヒキコモリは私も無視して小さなテレビに向かった。


「さっきので道具を消費したからな。頑張らないと。」


 私はとても悲しかった。これではパパといた時と変わらない。ずっと、ずっとひとりぼっち。そんなのは嫌だ。


「こら!私をかまえよ!」


「やめろって!ああ、操作が!」


 私はヒキコモリに飛びついてやった。これで私をほったらかしにはできないだろう。


 すると、ヒキコモリは突然怒鳴った。腕が上に上る。


 私は突然パパに殺されたときのことを思い出した。怖くなってその場でうずくまってしまった。心臓がいやなほどバクバクしている。涙が出てきそうだった。もう、あんな怖いことはいやだ。もう、私を殺さないで


「とにかく俺の部屋に入らないでくれ。ここは俺だけの宝船なんだ。」


 ヒキコモリは私を引っ張って、部屋の外に出そうとした。でも、出られない。


「なあ、お前。」


「まろはクロだ。」


 お前などと乱暴に言われたくはない。なんだかちゃん付けは気色悪い。


「猫みたいだな。」


「悪いか。」


「とりあえず、クロ。出てみろよ。」


 私は猫みたいだと言われて頭に血が上った。小さいことをとても気にしているのに!


 でも、外には出られなかった。目に見えない壁みたいなのがある。


「むむ。笑ったな。」


 私は勢いをつけてタックルしてみた。でも、出られなかった。私は勢いよくぶつかって、頭がくらくらして、床にしりもちをついた。


「なるほど。面倒臭い。」


 ヒキコモリはそう呟いた。


 なんだよ、それ。




 ヒキコモリは普通に外に出て行った。


 あれ。普通に出て行けるじゃん。


 私は湿ったベッドに腰かけて、ぼーっとしていた。


 あの子が帰ってこなかったらどうしよう。私はまた一人だ。


 でも、それが私の普通だった。ちょっと喧嘩できる男の子が現れて、ちょっと嬉しかっただけだ。でも、いなくなるとすごく寂しかった。


 男の子が帰ってきた。私はちょっぴり嬉しかった。


「あ、お帰り。」


 こういう時、どんな風に言えばいいのか分からなくて、ずっと考えた結果がそれだった。


「お前は何者なんだ。どうして俺の部屋から出られないのか。」


「知らないよ、そんなもん。」


 ヒキコモリはとても困っていた。私はとても迷惑なのだろう。でも、私にはどうにもできない。


「じゃあ、お前は何がしたい。」


「お前じゃなくてクロ。」


「じゃあ、クロは何かしたいことはあるのか。」


「質問ばっかりじゃモテないよ。バカ。」


 私は話を逸らした。多分、私の目的を話すと、これから色々とやりにくくなると思ったのだ。


 ヒキコモリはまた小さいテレビに向かった。


 こう目の前にいるのに無視されると本当に悲しいのだ。


「ねえ、何やってるの?」


「ゲーム。」


 小さいテレビでゲームをしている時だけ、ヒキコモリは楽しそうだった。物凄く顔が輝いていて、眩しくなるほどだった。


「面白いの、それ。」


 私はちょっと面白そうと思って聞いた。けど、ヒキコモリはまた無視する。


 と、ここで、私はヒキコモリの名前を聞いていないことに気が付いた。ヒキコモリが名前でいいのだろうか。


「そう言えば私、バカの名前を聞いてないんだけど。」


「明。」


「アカリ?」


 女の子みたいな名前だと思った。でも、私も猫みたいな名前。


「ねえ、明。あなた、強いの?」


「ああ、物凄く強いさ。伝説級だね。」


 自分の自慢をする時が、明が一番光り輝く時だった。神様みたいにすごくキラキラ。


「金色のバカ?」


 だから、金色のバカ。


「なんだ、それは。」


「だって、ゲームでしょう?ゲームって現実では役に立たないじゃない。」


「自称宇宙人に言われたくないな。」


 物凄くバカにされた気がした。こんな金色のバカにバカにされたくない。


 でも、私には自慢できるものなんて何もない。


 だから、私はパライソス星のお姫さまになって、ほらを吹いた。


「お前こそバカじゃん。」


「なにを?まろは銀河一の権力者だぞ。」


「ここ、その銀河じゃないし。」


 子憎たらしいやつだった。


「バカバカバカ。」


「バカバカバカバカ。」


「バカバカバカバカバカ。」


 もっとバカバカ言ってやろうと思っていた時、誰かが声をかけてきた。


「あんた、何やってんの?」


「天姉。」


 その人はとっても美人だった。私はその人に一目ぼれした。物凄くカッコイイ!


「ええっと、これはですね。どこかの星のお姫様が・・・」


「一人で何やってんの。またゲームの話?みっともないからやめてよね。ヒキコモリのくせして。」


 女の人は勢いよく扉を閉めていった。帰り際も物凄くカッコイイ。


「天姉にはクロは見えてないのか・・・」


「そうみたいだね。」


 私はいい気味だと思った。私をバカだというから、そんな目にあうんだ。


 すると、金色のバカは急に考え込んだ。何かを悩んでいるらしい。


 私はなんとなく明の考えていることが分かった。


「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない?」


「そう、それ。」


 私はパパがほんの少しの間だけ見るニュースでそんなアニメについてやっているのを知っていた。確かに、今の私はあのアニメっぽい。あんなにオデコ出てないけどね!




「お兄ちゃん!部屋から出たんだって!?」


 私が金色のバカを部屋から出そうと躍起になっていると、また女の子が部屋に入って来た。


 こいつは女ったらしだったのか。地味な顔のくせに。


 金色のバカは私を突き飛ばして女の子と話していた。


 なんだろう。物凄く落ち着かない。


「じゃあ、明日は学校に行けるね。」


「行かない。」


 さっきまで普通に話していたのに、金色のバカは急に怖くなった。


「なんで?」


「行かないったら行かないの。」


 怖いのが嫌で、私は明に話しかける。


「あのリア充は誰?」


「確かにリア充だな。キラキラしてやがる。」


 その後はとても騒がしかった。なんだか台風みたいな子で、私はあまり好きになれないかもしれない。何というか、どこか私に似ているような気がして、それで、明が持っていかれちゃうような気がして嫌だった。




 私は何となくヒキコモリがどんなものなのか分かってきた。


 私と一緒なのだ。


 私と一緒で外に出るのが怖い。パパが襲いに来る。明は私がいるときは偉そうにしてるけど、なんだか無理をしているような感じだった。何かが怖くて、必死に逃げているんだと思った。


「ご飯食べないの?」


「ゲームで忙しい。」


「でも、みんな待ってるんじゃないの?」


 ご飯はみんなで食べるものだった。ママがいた時はとても楽しかった。


「待ってるもんかよ。」


 今さら家族に合わせる顔なんて俺は持っていなかった。それは俺が単にビビりというだけなのだろうけど。


「家族で食べるとご飯は美味しいんじゃないの?」


「むしろマズくなるね。」


 この時、私は明が可哀想だと思った。きっと明は家族から逃げている。ううん。外の世界全部から逃げたくてこの部屋にこもっているのだと気が付いた。


「お前は家族と食べたことあるのか?」


「・・・まろは姫だから、お父様とお母様は忙しいんだ。一緒に食べている暇はない。」


「ああ、そう。」


 私は暗い気持ちになる。もう、私の未来はないんだ。


「ねえ、ねえ。何か遊ぶものないの?」


 私は無理矢理忘れることにした。


 私が明と話していると、さっきの妹が入って来た。


「お兄ちゃん!ご飯!」


「うわあ。」


「脳内妹と夜のプロレスごっこもいいけど、ご飯だよ。」


「うるせえ。」


 明は家族が誘ってくれているのに、食事を一緒にしようとしなかった。


 それはとっても贅沢だ。


 明は家族に愛されているのに。私と違って、本当に愛されているのに。




 次の日、私は明と喧嘩した。


 明は朝からひどい顔をしていた。ずっと寝ていないのは分かっていた。明は寝させて欲しいと言った。私はチャンスだった。少しでも外に出ている時間が増えれば、ヒキコモリも治っていくと思った。でも、私は私のことだけ考えていて、明のことなんて、少しも考えていなかった。


「それなら、別の部屋で寝ればいいじゃん。」


「出て行け!」


 物凄く明は怒っていた。私は物凄くやってはいけないことをした気持ちだった。


「ちょっと、どうしたの?」


「出て行けよ!ここは俺の居場所なんだ!ここしか俺はいる場所がない!お前とは違って俺にはここしか、もうここでしか生きて行く場所はないんだ!」


 生きてるだけいいじゃん!アンタの居場所はちゃんと家族が用意してるよ!


 金色のバカはやっぱりバカで、私よりも子どもだった。


「私もここにしかいられないよ。それに、明の居場所はここだけじゃない。明は外にも出られる。」


「知ったような口を聞くんじゃねえよ。」


「明には家族がいるよ。」


「うるさい。」


「みんな明のことか心配だから、毎日声をかけてるんじゃないの?」


「うるさい。」


「明が思ってるほど外の世界は悪いものじゃないんじゃないかな。」


「うるさい、うるさい、うるさい!」


 私は明にとって邪魔ものなんだと思った。だから、もうやめにしようと思った。でも、嫌だった。


 その時、私は気が付いたんだと思う。


 私は生きている時よりも楽しくって、今の方が生きてるって感じがすることに。


「ねえ、金色のバカ。悪かったよ。」


「俺にかまうなよ。」


「ベッドで寝たらいいじゃん。私、邪魔しないから。」


「もういい。」


「ねえ。明がそんなんだと私も悲しくなっちゃう。」


「知らない。」


「本当にごめん。」


 結局私も子どもなんだった。わがままで意地っ張り。とっても明とよく似ていた。だから、神様は私を明に会わせたんだ。


「私も出られるのなら出たい。だって、明がそうして欲しいと願うのなら。でも、どうしても出られないの。」


 とても苦しかった。明にいなくなれって言われるととっても苦しい。また、あの何もない家に戻ってしまいそうで、胸が苦しい。


「クロは俺がいない方がいいのか?」


「バカな事言わないで!明がいなくなって嬉しいはずないよ。せっかく――せっかく初めて友達ができたんだから。」


 初めての友達。ううん、明は私にとってそれ以上かもしれなかった。


 明に嫌われたくないって気持ちは、もっともっと大切なものだと思った。


「あーあ、大声出したら眼が冴えちまった。そうなると暇で仕方ないなあ。誰か遊んでくれる人はいないかな?そんな友達がいたらなあ。」


 明は本当はとっても優しい男の子なのだと思った。だから、そんな男の子がずっと外に怯えているのは悲しくて、私は私のためじゃなくて、明のために明を部屋から出そうと思った。


「泣くほどじゃねえだろ。」


 振り向いた私に明は言った。


 でも、泣くほどなんだもん。こんなに優しくされたのは初めてなんだもん。


「まろが遊んでやろう。金色のバカ。」


 本当の私じゃないのが苦しかった。私は高嶋クロとして、明と話したかった。


 でも、それをすれば、私は明と別れなきゃいけない。そんなのはもっともっと嫌だった。




 私と金色のバカとの別れの時が来た。


 金色のバカは顔中に包帯を巻いていて、それは私が殴ったからなんだけど、でも、今はもっともっとボロボロだった。そして、物凄く格好良かった。


「じゃあ、私の本当の名前を教えなくっちゃ。」


 私は明が家族とご飯を一緒に食べれたら、名前を教えると約束していた。それは私が明の前から消えてなくなることを意味している。天使になれないとかそういうことはもう、どうだってよくなっていた。私はどうやっても明と一緒にいられない。明が私と一緒にいるということは、明がずっとヒキコモリのままだということだった。


 でも、もう明はヒキコモリじゃない。


 私がまだ明の部屋にいるということは、私が自分で幕をひかなければならないということだった。


 明と別れたくなんてなかった。でも、明は私が一緒に出て行かないとずっとこの部屋で一緒にいるつもりでいる。


 それはとっても嬉しくもあった。でも、明の幸せを願うなら、とても悲しい事だった。


 それに私はもう生きてはいない。だから、どちらにせよ、一緒に入られない。


 とても辛いことを神様は私に課したのだと思った。


「なあ、クロ。一緒に来てくれるんだよな。」


「ごめんね。それは初めからできないんだ。」


「どうして!」


 言ってしまった瞬間泣き出しそうになった。


 こんなに苦しいのなら、初めから明になんか出会わなければよかったんだ。


「私の名前は、高嶋クロ。」


 私は最後にごめんね、と言った。


 それは明に聞こえているのか分からない。


 私はそんなことを言いたかったわけじゃない。もっと、もっと、言いたいことがあった。話したいことがあった。でも、それを言えば、私は明と別れられなくなってしまう。


 だからこういうしかなかった。


 ごめんね。出会ってしまってごめんね、と。




「はあ。泣いているのかい。」


 つまらなさそうに神様は言った。最後まで泣かないつもりだったのに、私は泣いてしまったんだ。


「お前なんか嫌いだ。大嫌いだ。」


 私は無理矢理涙をぬぐった。


「嫌いで結構だ。でも、やっぱり、人間ってのは愚かだね。どうして自分の望みを優先しないのか。ホント愚かで仕方ない。」


「お前に人間の何が分かる!」


 神様は深いため息をついた。


「例えば、願ったことが叶う魔法の何かがあったとする。何かって何かって?じゃあ、ポケットくらいにしておこう。何でも叶うドラえもんの四次元ポケット。でも、そんなもの、今の俺には必要ないんだ。どうしてかって?現在に十分満足しているからだよ。


 そんな俺でも、どうしても叶えたい夢があった。それは俺の目の前で嘲笑うかのように溶けてなくなってしまった。でもよ!諦められるわけないだろ!簡単に捨てちまっていいはずがないだろ!あんな顔して永遠の別れだなんて、そんなことをしやがるカミサマを俺は絶対に許さない!


 お前が俺をこの部屋から出したがってるのは分かってたんだ。銀色のバカ!でも、お前は寂しそうだったじゃねえか!そんなお前を置いては俺はいけなかったんだよ!初めからこんな気持ちになるんなら、お前なんかに出会わなかったら良かった!」


 明の声が聞こえてきた。どうしてなのか分からない。


「本当にバカだなあ君たちは。金色のバカと銀色のバカ。でもね、お互いを思って愚かなことをするのは、僕はとっても美しい事だと思うんだ。何というか、心が打たれるね。」


 本気で言ってるのかバカにして言っているのか分からない言葉だった。


「ねえ。君は願いが叶うなら、何を願う?」


 そんなの、初めっから決まっている。


「私は明と一緒にいたい!」


「もし、僕が君を生き返らせることができると言っても?全く別の人間に転生させられると言っても?幸せな人生を送らせることができると言っても?天国に送ることができると言っても?」


「そこに明がいなきゃ、絶対に嫌だ!」


 神様は鼻で笑った。どうも上機嫌なようだった。


「じゃあ、条件がある。君も金色のバカに条件を出したんだ。いいだろう?」


 私は犯されると思って腕を組む。でも、それで明と一緒にいられるなら――


「いや、僕は君みたいな薄っぺらな胸に興味はなくてね。」


 私はそろそろと神様に近づいた。そして、頭を思いっきり殴った。


「ありがとう!」


「言葉と行動が一致してないよね。というか、ずっと君らのバカなやり取りを見てたけど、どうみても比較的に暴力的過ぎないかい?これが君らの愛情表現か?」


「ばーか。」


 私は神様を殴って、バカと言ってやった。これだけはやらないとどうしても気が済まなかった。


「それで、条件だけど、君はこれから起こる出来事をよく見なければならない。」


 神様のテレビには走って行く明の姿が映っていた。


「明が外に出てる!」


「まあ、男ってのは女の子のためなら多少無茶するのさ。」


「どういうこと?」


 明は息を切らしながら立ち止まった。明は建物を見つめる。そこにはとても見覚えがあった。


「どうして私の家に?」


「君が名前を教えたんだ。こうなるだろう。」


 私は自分の家が明の家の近くにあることを知らなかった。


「どうして?どうして?」


 私は見ていられなくて目を逸らす。


「ちゃんと見るんだ!」


 神様は私に怒った。


「彼は苦しみを乗り越えようとしている。だから、君も同じく苦しみを乗り越えなければならない。じゃないと君は彼と一緒にいられないんだ。君が彼にだけ見えた理由はね、君が彼と同じ場所に立っていたからだ。君が彼と一緒に苦しみを乗り越えないと彼は君の一歩先を行く。そうなったら、君の姿は彼に見えなくなる。」


 私は目を見開いた。もう、目玉が飛び出るくらい力を入れて隅々まで見回す。


 明は私の家の庭を見た。


 あ、あれ、私が着てた服。うわぁ、下着も放り出されてる。


「いい趣味してるね。」


 私は神様を殴った。


 明は私の書いたノートを手に取った。


「うわあ。めっちゃ恥ずかしい!」


 私の理想の姿を書いた絵が映し出される。でも、明はそれをじっと見た後、ぽいと捨ててしまった。私はホッとする。


「なになに?理想の旦那様?」


「殺すぞ。」


 私は本気で神様を殴る。なんだかとっても気持ちがいい。


「はあ。落ち着いて見ないか?ほら、今度は家の中に入るぞ。」


「え?」


 明は窓ガラスを割って、家の中に入って行った。


 家の中には私の死体がある。


「見ないで!」


「しっかりと見るんだ!」


 地獄以上の責め苦だと思った。あんな醜い姿を私は明に見られたくなかった。自分が死んでしまっていることを知られたくなかったら、だから私は明と別れたのに。


「自分の死を認めない限り、君はあの部屋から出られないんだよ。彼はあの部屋から君と一緒に出ることを望んだ。君は望まないのかい?」


 私は明と一緒にいられればそれでよかった。あの部屋にいたままでもよかった。でも、明が一緒に出ようと言ってくれて嬉しかった。


「私も出る。あの部屋から一緒に出る。」


「よろしい。」


 明は部屋に入って行った。その時、明は気付いていないようだったけど、パパが影に隠れて眠っているのを見つけてしまった。


「こりゃ、グロ注意だね。」


 とても失礼な神様だった。人の家をグロ注意とか、思いやりの欠片もない。


 そしてとうとう、明は私の埋もれているところを見つけた。


「私はどのくらい埋まっていたの?」


「一年近くかな。」


 つまり、今の私は十五才なのだった。


「私が成長できるようにはならない?」


「えー。めんどくさい。」


「なら、ニ十歳くらいのぴちぴちギャルにしてよ。」


「古い言い回しだね、それ。でも、そうなると転生ってことになるよ。記憶は全部なくなっちゃう。」


「そう。」


 使えない神様。


 明は重い体を必死に動かして穴を掘っていた。どうしてそんなに必死なのか分からなかった。


「まあ、彼は、受け入れがたい現実を信じたくないんだろうね。でも、受け入れなきゃいけないことも、君と接する中で分かったから、その葛藤の中にいるわけだ。」


「私が明を苦しめたの?」


「そうさ。でも、それは必要な苦しみなんだ。確かに、ひきこもっていたら、なんの苦しみも味合わずにいられる。でも、それじゃあ、人は先に進めない。先に進めないとその場に取り残されて、何者でもない何者かのまま、やがて、宇宙人になってしまう。」


「宇宙人?」


「まあ、ヒトならざる者になるってことさ。でも、君らならなんとかなるさ。もう苦しみから逃げたりしないだろう?そりゃあ、時々逃げたくなって逃げるのもいいさ。でも、最後には立ち向かわなければならない。そんな誰もが知っていることを君らは知っていて、ちっとも理解出来てはいなかった。この物語はそれだけのお話さ。」


 とうとう私が顔を出した。


 私は骸骨だった。


 そんな醜い私を明は大事そうに抱きしめてくれた。


 胸が熱くて熱くてたまらない。


「ふふ。」


「何がおかしいの?ストーカー。」


「いやあ、これはまたの試練にでもしておこう。大事な通過儀礼だ。ああ、楽しみだな。」


 やっぱり失礼なやつだ。


「ねえ。明は私のこと、嫌いになるかな。」


「どうして?」


「だって、死んでるし、骸骨だし、本当は何もできない子どもだし。」


「うーん、こんな臭いセリフ、僕は言いたくないんだけど、言わざるを得ないよねぇ。そんなちっぽけな君だからこそ、彼は君のことを好きになったんだよ。少しでも歯車がかみ合わなければ、君らは出会うことはなかった。それは奇跡なんだ。」


「むふふ。」


 私は少し嬉しくなった。ついつい、笑ってしまう。


「でも、現実ってのは厳しいね。神様は残酷だから。」


 私はテレビを見た。


 明がパパの体に刺さったシャベルを抜くところだった。


「どうして、こんなことに?ダメ、明!」


 私は目の前の映像を見てパニックになった。明がパパを殺そうとしている。


「何とかしてよ、神様。明が、明が人殺しになっちゃう。」


「うん。これは困ったね。」


 神様は困った顔をしていた。


「どうにかできないの?ねえ!」


 私は必死で神様の体を揺さぶった。明がパパを殺そうとする理由は分かってる。パパが私を殺したからだ。でも、だからって、明がパパを殺していいわけじゃない。


「どうにもできないねえ。これこそ神様に祈るほかにない。でも、彼を信じてあげなよ、せめてさ。」


 私は明を信じて神様に祈るしかなかった。目の前の頼りない神様ではなく、もっと頼りがいがありそうな神様に。


 すると、奇跡が起こった。


 明のお母さんが現れたのだ。


「もしかして、何とかしてくれたの?」


「いや、これは驚いた。奇跡だよ。」


 神様の言い方は大げさすぎた。結局私は神様を信じられそうもなかった。


「さあ、試練は終わりってことでいいや。早く家に帰っておいで。」


「いいの?」


「もちろんさ。これも僕の仕事の中だし?」


 神様はリモコンでテレビを消した。


「もう大丈夫?」


「きっと大丈夫。あの母親はきっと神様より強いからね。」


 本当に信じるのが馬鹿々々しくなる神様だった。


「神様、ありがとう。」


「神様もね、運命ってのは変えられないんだ。だから、僕はきちんと仕事をしたまでなんだ。これから君たちには数々の残酷な運命が待っているだろう。だから、その運命をたどって結末にたどり着いたとき、その時でも僕に感謝してくれるのなら、僕はとっても嬉しいかな。」


 どういうことなのか問いただす前に私は渦に飲み込まれた。


 ぐるりぐるりと洗濯機のように回って、回り終わった時には、私は明の部屋にいた。


 部屋から出られるか試してみる。


 目に見えない壁はなくなっていた。


 私は恐る恐る下の階に降りる。リビングで明のお姉ちゃんと妹は心配そうな顔をして明かりを待っていた。お父さんはぐっすり寝ていた。


「ただいま。」


 そんな時、玄関から私が死ぬほど聞きたかった声が聞こえてきた。妹は急いで玄関に向かう。私も負けじと玄関まで走って行く。明を渡すもんか。


「「お帰り、お兄ちゃあぁぁぁぁん!!!」」


 私は妹より先に明に抱きつこうとした。


「うん?クロ?」


 先に私の名前を呼んでくれた。


 勝ったぜ、妹よ。


「え?え?えええ!?」


 明は私の頭を触った。明には私が見えている。全てはまあるく収まった。それは奇跡としか言いようがない。


「どうしたの?お兄ちゃん。」


「そ、ろ、そ、ろ、やめてくれない、と、本、気で、死ぬ。」


「おお!」


 妹は明からどいたけど、私は退かなかった。ううん。退けなかった。


「どうしてクロがここに?」


「分かんない。」


 明に会いたくて神様に駄々をこねたなんて恥ずかしくて言えなかった。


「お兄ちゃん。もしかして、まだ脳内妹が?」


「うん。そのもしかしてらしい。」


「なあ、クロ。顔を見せてくれないか。」


「やだ。」


「泣いているのか?」


 それは違った。私は嬉しくて、頬が緩んで、よだれが垂れちゃって、とっても明には見せられない顔をしていたのだ。だって、だって、こんなにうれしい事なんてほんとうになかったから。


「ふん、だ。」


 私は明に顔を見せないようにして明から離れる。そのうちに頑張って顔を直す。


「お帰り、金色のバカ。」


 こうして私と金色のバカは再び出会うことになったのだけれど・・・




「なあ、クロ。何書いてるんだ?」


「見るな!バカ!」


 私は金色のバカの頭を叩く。こんなの、絶対に金色のバカには見せられない。


「ちぇ。」


 金色のバカはつまらなさそうにベッドに腰かけた。


「なあ、メモ帳ばっかり弄ってないで、一緒に遊ぼうぜ。」


「一人で遊んだら?」


 私も遊びたかったけれど、子どもっぽく振舞うのはバカみたいだ。だから、ちょっとだけ焦らしてみたりする。


「つれないこと言うなよぉ。」


 本当に情けない声だった。子どもみたい。


「ほら、いいもの見つけてきたんだぜ。」


 金色のバカはキラキラ眩しい笑顔を見せて何やら機械を私に見せる。


「これで一緒に遊ぼう!」


「うん!」


 私は金色のバカに負けないくらい銀色のバカになって、キラキラに負ないくらいのギラギラな笑顔で返した。




“BAKA” the Golden, make it!


 Fine.


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