EX:望郷

 赤城勇樹にとっては久方ぶりの休暇であり、ずっと避けてきた里帰りであった。とりあえず両親に挨拶しに行って、思いっ切りぶん殴られた。ひとしきり話して、なぜ自分が自殺しようとしたのか、洗いざらい吐き出してきた。

「いやぁ、老けてたねえ」

「まあ、俺の親父たちも老けたよ。俺らも老けたんだし、当たり前だけど」

「だねえ」

「じゃ、飲み屋行くか」

「この辺にそんなのあったっけ?」

「……この辺にはねえよ。つーかこの前の同窓会で集まったとこ覚えてないのか?」

「いやぁ、面目ない」

「ったく。どんだけメンタル参ってたんだよ」

 ガクトの車でまた移動し、赤城の知らない道を走る。

「あれ、こんな道出来たんだ」

「俺らが大学卒業したぐらいにな。だから里帰りする時に、あんな旧道通ってくるのは馬鹿だけ。わかったかよ、ユーキ」

「およよ、そんな馬鹿を迎えに来てくれて……ありがとう、ガクト」

「いや、通りたくなっただけだし。お前のことなんてびた一文関係ないし」

「またまたー」

 車中での会話は、このような他愛もない話を繰り返すだけ。自然体で話しているようにも見えるが、お互い手探りでの会話であった。何しろまともに会話のやり取りをしていたのは中学に入るまで。そこから絡みはほとんどなかったのだ。

 赤城勇樹と青峰岳斗、名前のままアカソルジャー役とブルーソルジャー役で、かつてはよく遊んでいた。懐かしき、黄金時代。そして、赤城にとってはあの日々によって培われた無用のプライドこそ――

「今日は参加者五人な。俺、お前、ゴン、ひめ、ナツ」

「……懐かしいねえ。ひめちゃんとは結婚したの?」

「はは、中学の話だろ。高校進学の時点で自然消滅したよ。まあ、ひめとゴンは高校時代の恋人と結婚して子持ち。ナツと俺はバツイチ」

「え⁉ ガクト、バツついてたの?」

「お前が色々あった時期に、俺も慌ただしくてな。資金繰りや仕入れ業者との折衝、バタバタしていたら実家に帰ります、からの離婚。王道だわな」

「社長さんは大変だよねえ」

「総合商社のエース様ほどじゃねえよ」

「……いやいや、責任が違いますから」

「扱ってる金の桁が違うだろ。……って言うか、ナツの方は驚かねえのな」

「あのきつい性格じゃねえ。残念ながら当然と言うか……」

「あとで伝えておくわ」

「勘弁してください!」

「くっく、ああ、そうだ。そのナツだけどな――」

 意味深な発言をするガクトに対し、赤城は疑問符を浮かべていた。

 まあ、すぐに理解することになるのだが。


     ○


「ユーキ!」

「へぶっ⁉」

 再会早々、綺麗な右ストレートが赤城の顔面を打ち貫いた。数多くの魔族を倒し、正義の味方アストライアーのエースである赤城勇樹が、まさかの一発KO。ガクトはその無様に大笑いして、何故か激昂する幼馴染を止めようともしない。

「何か言い訳ある? 首吊り男」

「……と言われましても、何が何やら」

「命を!」

「ぐは」

「粗末に!」

「あぐ」

「するな!」

「ガハァ⁉」

 幼馴染、かつての戦隊ごっこではグリーンソルジャーを務めていた安藤夏樹ことナツの連続攻撃にて、赤城勇樹轟沈ス。

「あらら、こりゃあ子どもたちには見せられねえな」

「本当に。相変わらず二人は仲良いのね」

「良いのか、これ」

「喧嘩するほどなんとやらってね。そうでしょ、ユーキ君、ナツ」

「「違う(と思う)」」

「ゴンとひめも揃ってたか。じゃあ、店に入ろうぜ」

「「はーい」」

「親父さんたちに腹切って詫びてきた?」

「腹切ったら死んでるっつーの」

「なんか言った?」

「何も」

「早く店に入れよ」

「おら、行くぞユーキ」

「へい」

 ナツに引きずられるように赤城勇樹は居酒屋に連行されていった。その姿はヒーローのそれではなく、散歩を嫌がる小型犬のそれであった、そうな。


     ○


「乾杯!」

「「「「かんぱーい」」」」

 特に何かがあるわけでもなく、とりあえずビールで乾杯する五人。ゴンとひめは家族の迎えがあり、ナツとガクトは代行予定。赤城はそもそも徒歩で来たので問題なし。昨今の厳しい社会にもきっちり対応している。

「ひめは老けないよねえ」

「そんなことないよぉ。ナツの方が綺麗だと思う。ねえ、ユーキ君」

「んー、まあ、美人さんだと思うよ。二人とも」

 赤城勇樹、ここは空気を読んで二人とも立てる。これが大人の処世術、社会の荒波にもまれ、体得した世渡りの術、というものである。

「どっちの方がって聞いてるんだと思うけどな」

 からのガクトによるフレンドリーファイヤによって背中を撃ち抜かれた赤城。途端に窮地へと陥ってしまう。

「まあまあ、その辺にしとこう。ほら、おつまみも来たし」

「ゴン……俺が信じられるのはゴンちゃんだけだぁ」

 赤城はゴンこと山中権太に抱き着く。ちなみに彼はイエローソルジャー役を担当していた。小学校六年生時点、戦隊ごっこ末期ではレッドとイエローしかいない虚無の遊びが繰り広げられていたとまことしやかに噂されている。

「逃げたね」「逃げたな」

 女性陣二人の視線も何のその、いつだって彼だけが真の友であった。

「ゴンは漆器の職人だよな」

「おう。覚えててくれたんだな」

「そりゃあ覚えてるよ。きちんと家業を継いで、この歳まで続けて、家族まで持ってるんだもんなぁ。立派だよ、本当に」

「大したもんじゃないって。家計はカツカツ、火の車」

「奥さん看護師さんで二馬力だよね」

「そのおかげで何とかやってます」

「ひめちゃんとゴンって未だに交流あるんだなぁ」

「そりゃあご近所さんだし」

「子供が仲良いからね。自然と交流も増えるよ」

「はー、なるほどぉ」

 自分の知らない世界。逃げて、見ようとしなかった世界で彼らは楽しそうに生きていた。もちろん、大変なこともあるだろう。所帯を持つというのは楽じゃない。それでも楽しそうなのは、充実している証拠で、赤城はそれが嬉しかった。

「そもそも地元に残ったのが私とゴンちゃんだけだもんね」

「そーだよ。ユーキなんていきなり遠くの高校行ったしさ。寂しかったんだぜ。ほら、突然ガリ勉モードに入っただろ。あの時は驚いたなぁ」

「ねー。あのユーキ君が勉強⁉ ってなったもん」

「あはは、確かに。ねえ、どーいう心境の変化だったの、ユーキ」

 ナツの問いに、赤城は苦笑いを浮かべる。

「みんな立派に自分の道を歩いていたから、焦っていたんだよ。ガクトとひめちゃんは勉強、ナツは陸上、ゴンは家業を継ぐ、で、俺はなんだって、何者なんだって思って、気づいたら勉強してた。くだらないプライドが動機で、結果としてろくな大人にならなかった。誰かに認められたいだけの、空っぽ人間だった」

 しん、と場が静まり返る。

「誰かに認められたい、か。レッドばっかり取るからそうなるんだよ。お前なんてあれだぞ、名前が赤かったからアカソルジャーってだけだったんだ」

「あはは、本当にねえ」

「まあ、子供なんてそんなもんだ。誰でも自分が一番だと思っていて、現実との違いに打ちのめされる。お前はそれを知るのが遅かったんだよ。天才なのも考え物だな」

「俺は天才じゃないよ」

「少なくとも、ひめも俺も、お前に負けじと必死こいて勉強したんだぜ? それなのに一度抜かれたら一気に地平の彼方だ。結構、ショックだったよ」

「だねえ。勉強が私たちの取り柄だったし」

「…………」

 まさか、相手がそう思っていると考えていなかった赤城。確かに、当たり前のことではある。昔から勉強と言えばガクト、ひめ、その他三人。ずっとこの構図だった。これがひっくり返れば、そりゃあショックも受けるだろう。

 そんなことにすら思い至らなかった自分の浅はかさに、赤城は驚く。

「まあ、全部済んだことだろ。今のユーキは正義の味方アストライアーで、本物のヒーローやってるんだから一番立派だよ。俺は凄いと思う」

 ゴンの言葉に赤城は苦笑するしかない。褒められたことではないのだ。彼らは知らないのだろうが、自分には罪がある。人殺しの罪が。

 法に引っ掛かっていない分、裁くものすらいない咎が、ある。

 だから赤城は終始、作り笑いを浮かべるしかなかった。


     ○


「ゴン、吐いてるって。今はひめが付き添ってる」

「そうか。見た目に反して酒に弱いんだな」

「確かに」

 喫煙スペースでまったり煙草を吸っていると、ナツが現れ同じ銘柄の煙草を吸い始める。彼女はスポーツウーマンで、あまり吸うイメージがなかったのだが――

「なに?」

「いや、煙草、吸うんだなって思って」

「んー、陸上でさ。怪我して元のフォームで走れなくなった時に、手出しちゃったかな。何でもいいから現実逃避がしたかったって感じ。結婚も、それ」

「現実逃避の手段? うわぁ、相手かわいそ」

「そ、だからすぐ破局したわけ」

「あっさりしてるなぁ。女は怖いね」

「ぶん殴ってやろうか?」

「すいません」

 この瞬間だけは昔のまま、自然と笑みがこぼれてしまう。

「でも、驚いたよ。学校の同窓会でもないのに、こうして五人が集まれるなんて。俺はもう、こういうのは二度とないと思っていたからさ」

「私もそう。って言うか全員同じこと思ってたんじゃない?」

「え?」

「私らがもう一度交流持ち始めたのは、あんたが行方不明になってからだし」

「…………」

 驚いた赤城は言葉を見失ってしまう。

「高校バラバラ、進路も同じ。共通点は地元だけ。そりゃあ普通離れるって。でも、同窓会の後、あんたがいなくなって、首吊りのロープが見つかってさ。皮脂も検出されて、でも遺体が見つからないから、途中で思いとどまったんだって、皆でそう信じることにした。だから、何でそこまで追い詰められてたのか、色々調べちゃった」

「そうか。まあ、そりゃあ、そうなるか」

「会社、大変だったみたいだね」

「まあ、あの時期はどこも大変だったと思う。体力のないところはバタバタ倒れて行ったし、体力があったって生き残りに必死だ」

「私は、あんたのやったことを人殺しとは思わない。結局世の中自己責任だし、何て言ってもどうせ慰めにもならないんでしょ」

「そうでもないよ。温かい言葉は沁みるから」

「はいはい。あと、あんたの元奥さんにも会ったよ」

「ぶっ⁉ え、なんで?」

「……そりゃあ会うでしょ。行方不明者の重要参考人なわけだし」

「う、まあ、そう、だよな。参ったな」

「浮気に関してはあんたが悪い。奥さんにさ、何の相談もしないのは言語道断。赤城勇樹のことは何もわかりませんでした、なんて言われてました」

「……反省してるよ。彼女を責める気もない。スーパーヒーロー気取りで全部抱えて、その人たちと一緒に沈んだくせに、会社に守られたクソ野郎だ」

 自嘲する赤城を見て、ナツはため息をつく。

「あんたがいなくなってさ、一番方々駆けずり回ったの、誰だと思う?」

「……親父、たちはたぶん外に出ないし、ゴン、も家業があるしなぁ」

「正解はガクト」

「……意外だ」

「あいつの会社、一時期結構やばくてね。って言うかどこもやばい時期、知っての通り大恐慌。で、もう駄目だって時に、得意先から一本の電話が入ったそうな。仕事、何とかなりそうだ、ってね。さて、何ででしょうか?」

「俺が知るわけないだろ」

「正解は、ガクトの会社の得意先が安く海外製品を仕入れることが出来て、需要が落ち込んだ中でも何とかやりくりできたから、でした」

「…………」

 まさか、と赤城はナツに目を向ける。

「とある総合商社のエリートサラリーマンが影にいるらしいけど、ま、その辺はスポーツ畑一筋の私にはよくわかんない。でも、あいつはあんたに感謝している。あの性格だし、あんたには色々拗らせてるから面と向かっては言わないだろうけどさ」

 自分の行いが、回り回って誰かを救っていた。それで何かが許されるわけではない。自分は結局社命に従っただけ。ただの結果論でしかない。

「あいつ昔っからブルーって二番手ポジション、滅茶苦茶嫌いだったからね。ちなみに私もグリーンには不服でした。ひめばっかりズルいじゃん? ゴンちゃんもさ、何で給食のカレーお代わりしただけでずっとイエローなんだろ、って言ってたし」

「……だ、誰も得しない、戦隊ごっこだったわけか」

「だけど、何だかんだで楽しかったし、いい思い出ではある。少なくともさ、私にとってはそう。だから、今日みんなで集まれて楽しかった」

「そう、か。うん、俺も、楽しかったよ。久しぶりに」

「ならよし! 今度は絶対死ぬなよ、アカソルジャー」

「りょーかい、グリーンソルジャー」

「忌まわしきみどり……今日ぐらいさ、モモソルジャーにならないかな?」

「なりたければなればいいんじゃない?」

「……あー、そう言えば、そっちの元奥さん、ひめに似てたよね?」

「ッ⁉」

「ひめは気づいてなかったみたいだけどー」

「な、何でそんな話になるんだよ⁉」

「うっさいなぁ。初恋拗らせ男め」

「ちが、いや、そうじゃなくてだなぁ」

 赤城勇樹ことユーキとナツは子どもの頃のような言い合いに終始する。とっくに吐き気も収まり、様子を見に来たゴンとひめ、そして遠巻きに眺めていたガクトが見守る中、年齢にそぐわない会話を続ける二人を見て、自然と皆笑っていた。


     ○


 ゴンやひめの家族が迎えに来る、と言うことで五人は駐車場で昔話に興じていた。昔と同じというわけにはいかないが、それでもかつてあったわだかまりや、互いの胸に内にあった醜い心などは少しだけほぐれたように思える。

「なあ、ユーキ」

「ん?」

「子供たちがさ、実はお前のファンなんだよ」

「……え、ええ?」

「実は私のとこも……動きが一番かっこいいんだって力説されちゃった」

 突然のカミングアウト。それと同時に駐車場へ入ってくる車が二台。そこから飛び出してくる計四名の子どもたちは一斉に父母の下へ。

 そして赤城勇樹を見た瞬間――

「あっ! おいちゃんマンだ!」

 目をキラキラさせて近寄ってきた。

「ほんもの⁉」

「こんなとこにほんものがいるわけないもん」

「でも、そっくりだよ!」

「そっくりさんでしょ」

 子どもたちにとっては画面の中にいるヒーローであり、その本質は赤城勇樹がかつて憧れたフィクションのヒーローたちと変わりはしない。

 かつての自分には夢があった。今の子どもたちと同じものが。

「頼むー、ユーキ。ちょっとで良いんだ」

「お願い、ユーキ君」

 そんなに頼まれると、やり辛いな、なんて思ってしまう。

「あんたの得意なやつでしょ、ごっこ遊び」

 茶々を入れるな、茶々を。こういうのはな、本気でやるからいいんだ。

「あんまり待たせるなよ、ヒーロー」

 わかってる。夢が悪かったわけじゃない。夢に近づいたことで勘違いをしてしまった自分が悪かっただけ。それだって、そこまで進む原動力には成った。

 それが良い悪いかは、見方次第――

 赤城勇樹の眼が、真紅に染まる。

「赤き勇気の一番星!」

「「「「あっ!」」」」

 紅蓮のマフラーをはためかせ、アカギは空手の型を行う。子どもたちにも見える速度で、美しく、丁寧に、自分が最初に褒めてもらったそれを、披露する。

「雇われ出涸らしヒーロー!」

 その型のあまりの美しさに、子どもだけではなく大人たちも見惚れてしまった。かつて、彼らのリーダーであった男が、帰ってきたのだ。

「「「「「おいちゃんマン!」」」」」

 アカギの声と子どもたちの声が重なる。子どもたちは我先にとアカギへ飛び込み、抱き着いてきた。この子たちはかつての自分たちと同じ。

 ちょっと前ならヒーローなどいない、と言うべきだと思っていたが、今日の一日を経てあの頃も悪くはなかったのだと思えるようになった。自分が間違えなかったとは思わない。一生、罪の意識はついて回る。

 それでも、だからこそ、今度は真摯に取り組もう。

「ねえ、おいちゃんマンは、わるものにかつよね?」

「ああ、もちろんだとも。正義はね、必ず勝つんだ」

 子どもの頭を撫でて、赤城勇樹はそう言った。悪者にも色んな種類がいる。そうならざるを得なかった者も中に入る。それでも、そんなことは今言う必要などない。いつか自然に、彼らもわかるようになる。

 そして、当たり前のようにヒーローというものから卒業していくのだ。

 そこまでくらいは、夢を見ていたって良い。あえて壊す必要などない。彼らが気付き、離れていくまでは、ヒーローとして見られている間は、頑張ってみよう。

 今度は自分のためではなく、誰かのために。

 ヒロへの心残りを消化し、消えていた心の中の火が、また少しずつ燃え盛る。かつてほど色鮮やかに、激しく燃えているわけではないが――

 そんなヒーローの姿を、四人は嬉しそうに眺めていた。

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