最終章:警察

 警察は正義の組織である。

 その建前があるから彼らは公共の組織として活動を許されている。

 しかし、本当の役目は――

「制圧ゥ」

 武力行使。武力にて秩序の敵を制圧し、その威容にて抑止力として君臨する。正義を盾に武力を、暴力を行使するシステムである。

「相手は魔族って生き物だ。どの法律にも当てはまらない、法治国家における虫けら以下の存在ってこったな。しかも秩序を脅かす害虫と来た。なら、駆除してやるのが俺らのお仕事だァ! 躊躇うな、相手は非人間、俺たちは人間様だ!」

 そして、この薄暗い公の眼がない場所では、彼らは建前すら放り捨てる。何よりも彼らを指揮する男が本音の体現者、あらゆる難事件を、あらゆる障害を力でねじ伏せて来た豪腕、加賀美駿輔。不破秀一郎の先輩である。

「なんだよ、こいつら!?」

「めちゃくちゃだ。ここは日本だろ!?」

「あぎ、俺の、腕、足ィ!」

 マル秘案件、対魔族用のスペシャルチーム、人相手では過剰火力となる重火器の使用すら認められた特別な機関である。彼らの任務は秩序に仇名す可能性を持つ異分子の排除、その文言に魔族という言葉はない。

 何故ならば――

「お、俺はただの協力者だ。魔族じゃない。クスリも使ってない!」

「制圧」

「あびゅ!?」

 秩序の敵となる異分子は、すべて排除する。

 ここでは重装備の総勢五十名による駆除が行われていた。

「火ィ、足りねえなァ」

「どうぞ」

 部下に煙草の火をつけさせ、凄絶なる惨劇の様子に物足りぬ加賀美は躯を踏み越え、悠然と最前線に立った。魔族である敵は一気に詰め寄ってくる。

「ハハ、元気でよろしい!」

 加賀美は歪んだ笑みを浮かべ、二丁の銃を引き抜く。

 大口径の、本来両腕で支えても反動がきつい銃をこの男は片手で扱う。若き頃より警察が誇る怪物に育てられ、弟弟子である不破を育て上げた男である。

 武力行使の本場である魔境、シン国指折りの大都市大海のマフィアたちをして、この男には手を出すなと名指しでおそれられた男がこの加賀美であった。

 下位の魔獣クラスなどクマに毛が生えたようなもの。それでも常人ならば十分に脅威だが、この男も、その周りを固める側近たちも、全員魔境からの生還者。

 ヘッドショットならぬアイショット、最も脆い眼を撃ち抜き、そのまま頭蓋を吹き飛ばす加賀美の得意技である。これをこの男、人間相手に決めてきた。

「目ェ開き過ぎだ、三下どもォ」

 目立つ真紅の眼など、ただの的でしかない。

 二つの躯を生み、踏み越えて堂々戦場のど真ん中を歩む。

 敵味方の弾丸が飛び交う戦場である。

「温いよなァ、この国は。でもよ、それが良いとこなんだわ。俺みたいなのが忙しくなっちゃあ、駄目なんだわ。わかるかゴミども?」

 それを我が故郷とばかりに歩むのが、功績を積み上げ過ぎたが故、上げる席がなくなった男、異端の警視長、加賀美駿輔である。

「悪いことをしちゃあいけない。当たり前のことだぜェ」

 目が合えば最後、人魔問わず目を撃ち抜かれ吹き飛ぶ。敵も味方も、誰もがこの男を恐れ、戦う意思を失う。警察という組織、この男はその機能を体現すると言っても過言ではないのだ。秩序の敵、善悪問わず踏み潰す。

 圧倒的に、二度と逆らう気が起きぬよう、念入りに。

「許してください。俺、下っ端で」

 小便を漏らす男に加賀美は微笑み、

「無理だ」

 躊躇いなく撃つ。

 返り血を浴び、顔面に飛び散ったそれに対し顔をしかめる加賀美。血を嫌ったのではなく、煙草の火が消えたことにお冠の様子である。

 ペッと血濡れた煙草を吹き飛ばし、加賀美は生き残りに告げる。

「ここにいるお前らのパーソナルデータは全部、神隠しにあって行方不明ってなってるんだわ。まあ、要するに、所属、国籍、種族問わず、皆殺しってこと」

 二度と自分たちの縄張りで、秩序を乱さぬように。世界の裏側に知らしめる。この国はカモではない。恐るべき暴力がクズを排除するのだと。

 力が秩序を保つ唯一の術、古今世界はそうなっている。

「俺ァ姑よりも細けェぞ。きっちり綺麗さっぱり、掃除せェや!」

「了解」

 冷徹なる武力。血も涙もない暴力。

 彼らこそこの国の、平和を守るシステムである。

「さて、そろそろ」

 掃除も締めに入り、先んじて潜入していた男の様子を加賀美は気になっていた。元々知らぬ男ではない。加賀美が直接かかわったことはないが、オールドタイプの任侠者だという報告は受けていた。神隠しにあったであろうリストの中で、気になっていた人材。戻ってきてすぐに身柄を押さえ、首輪をつけて犬とした。

 どうせ、この世界で真っ当に生きることなどできない男である。

 不器用で、真面目で、融通が利かない。

『制圧、完了でさ』

「聞こえねえよ。わかる言葉でしゃべれや」

「すいやせん、加賀美の旦那」

 漆黒の鱗をまとう人型の竜が奥から現れ、加賀美の前に目的の人物を下ろす。まだ意識はあるのか、地に伏せながらも加賀美を見上げる眼には――

「久しぶりだな、倉敷ィ」

「……お久しぶりで、加賀美さん」

「手術で人でなしになった気分はどうだァ? あん?」

「悪くない気分でしたよ。ただ、貴方を八つ裂きに出来ないのは――」

 倉敷と呼ばれた男が嫌味を言い切る前に、加賀美は至近距離で背中を撃つ。「ごぶっ!?」と吐血する男に加賀美は髪を引っ掴み、

「組織のお名前は?」

「が、は、言うと、思いますかァ?」

「救ってやるぜ?」

「く、くく、その貌で、言っても説得力ないですよ。貴方は本当に、娑婆にいちゃいけない人だ。それが警察のえらいさんなんだから、世も末で――」

 加賀美はやはり、言い切る前に口に銃を突っ込み、ぶっぱなす。

 倉敷と呼ばれた男の頭蓋が吹っ飛び、脳漿がぶちまけられた。

「……よろしいんで?」

「どうせこいつも捨て駒だ。大した情報は出ねえ。魔獣化促進はもちろん、魔族化手術の検体もストックは十分確保してあるしな」

「そうですかい」

「ま、秀一郎なら一応綺麗に確保しただろうが、俺はあいつほど甘くねえ。本当ならこの光景を裏サイトにでもはっつけて、内外を威圧しておきてえんだが、まあ、そこまでは警視総監もうんと言わねえだろ。今日はこんぐらいで勘弁してやら」

「若頭じゃないですが、加賀美さんはこっち側だと思いまさ」

「馬鹿言え。俺だってあれだぞ、英雄召喚のお誘いが来てんだよ。秀一郎よりもちょいと後ってのが癪だったが。ま、見知らぬ世界の悲鳴より、俺にはこっちの悲鳴の方が優先度が高ェって思っただけだ。英雄的だろ? 敬えや」

 加賀美が無言で煙草をくわえると、人に戻った伊達男はため息をつきながら、指に火をともし現在の主である男の煙草に火をつける。

「便利だな、魔族の身体はよ」

 加賀美、ご満悦。

「加賀美さんも裏で手術はどうですかい?」

「俺は人間様至上主義なんでな、遠慮しとくわ」

 そう言いながら加賀美は懐から携帯を取り出す。時間と着信を確認する。まだ、部下からの連絡がないのであれば取り込み中なのだろう。

「とりあえず、撤収準備ィ!」

「了解!」

 とりあえず、散らかした後の大掃除をしながら部下からの連絡を待つ。

「何か気がかりがあるんで?」

「いや、ねえよ。ただまあ、お偉方にとっては一番気になる案件だからな。一応、上長として連絡待ちって話だ」

「お偉方、ですかい」

「ああ、クソめんどくせえが、同じ警視長でも格が、序列がある。俺は下位、まだまだ道のりは遠いんだわ、これが」

 最高位を、最短で狙う男は苦笑いを浮かべる。

 どこまで本気で、どこまで建前なのか分からぬ男、一つだけ言えるのは暴力によって暴力を征することにおいて、この男が国内最優であるということ。

 毒を以て毒を制する。

 彼無しでは秩序を保てぬほど、水面下では混沌が溢れかえっていた。


     ○


 車で逃走する男は現金を確保し、車で逃走していた。

 目指す場所は国際空港。どこでも良いからエアのチケットを確保し、国外に逃亡する。今ならまだ間に合うはずなのだ。誰からも連絡が入っていない。

 まだ、誰にも――

 そう思っていた矢先、電話が、鳴る。

 今は高速に乗っている。普段なら電話など無視する。だが、今はせめて相手だけでも確認せねば、と相手の名前を見ようとする。

 恐々と、見つめたそこには歓迎会で連絡先を交換した、不破の名前があった。男は生唾を飲み込む。背筋が凍る想いだが、これで確定したわけではない。

 そもそも出なければ良い。気づかなかった、それでいこう。

 だが、電話は鳴りやまない。その時間が続けば続くほど、男の脳裏はぐちゃぐちゃになっていく。これだけの時間続いているのだ。火急の要件に違いない。下っ端の自分に彼がここまで話したいと思うこと、一つしか思いつかなかった。

 男は意を決して電話に出る。

「も、もしもし」

『こらこら、走行中に電話、出ちゃダメでしょ』

「え? な、何の話ですか?」

『いくら高速でも、警察なんだからその辺はきっちりしないと』

「……あの、俺、別に高速なんて」

『隣の車線』

「……あ」

 焦っていて気付かなかったが、自分に並走する車があった。真っ黒の、如何にも覆面パトカーが乗ってますよ、という感じの車。

 そして、隣の車の窓が、開く。

「……ふ、不破、警視正」

『朽木君、君に取れるエアのチケットはない。国外逃亡は不可能だ。すでに空港には連絡済みで、君は詰んでいる。大人しく――』

「う、嘘だ。そもそも、俺が何をしたって言うんだ! 何もしていない。悪いことなんて、何も。おかしいでしょー!」

『やましいことがあるから、逃げようとしているんだろ?』

「ち、違いますよ。ただ、海外旅行に、行きたいと、思っただけで」

『あはは、頑張るなぁ。でも、もう、無意味なんだ』

「何が、無意味なんですかー!?」

『言い逃れできる段階は、過ぎている』

 冷たい声が、朽木の耳朶を打つ。

 その瞬間、不破の運転する車が勢いよく、朽木の運転する車にぶつかってきた。朽木は目を白黒させる。いきなりの暴挙、あちらだって無事では済まない。

「ふざ、けんなァ!」

 二つの車両が、高速道路のガードを突き破って落ちていく。

 魔獣化して脱出しようとした朽木が見たモノは――

「ハァ!?」

 どうやったのか、自分の車の天井に飛び移り、銃を構える不破であった。

「馬鹿じゃ――」

 衝突音に紛れ、銃声が轟く。

「ぐ、が」

 落下した車が、『たまたま』田んぼに落ちる。まず、爆発したのは不破の乗っていた車。ただし、そこに不破秀一郎はいない。

 しっかりと受け身を取り着地し、何かを放り投げ悠然と朽木に向かって歩む不破。その貌は彼が知る無駄に明るいキャラのそれではなかった。

 冷酷、無情、色のない、眼。

「……何なんだよ、お前」

「警察だ」

 腕時計を拳で握り込み、即席のメリケンサックとする不破を見て、朽木は疑問符を浮かべていた。銃ならばまだわかる。だが、まさか、魔族である自分と殴り合おうとでも思っているんじゃないか、と。そんなバカげた考えが過ぎる。

「しゅっしゅっ」

 シャドーをする彼を見て、朽木は微笑む。

 もしかしたら、助かるかも――

「シュ!」

 その夢想を、打ち砕く拳が朽木の顎を捉えた。脳を揺らすほどの衝撃、そこから頭部を中心に、足場の影響を感じさせぬほど軽やかに、信じ難いようなステップワークで朽木を翻弄する。本物のボクシング、その速度域。

 上下左右、フェイントも交えたそれは素人である男に対応できるものではなかった。そこにさらに、キックが混じる。当然のようにキックボクシングも嗜み、一流のクオリティで繰り出してくるのだ。加えて、肘、膝も追加。

 並の人間ならこの時点で過剰火力であろう。

「小賢しいんだよォ!」

 だが、この朽木という男の種族は魔族。

「んなもん、効くかァ!」

 最初は緩急も含めた体感速度に驚かされたが、そもそもとして魔族である己にダメージを与えるには火力が足りない。撃たれた傷もすでに塞がりつつあり、魔力が込められていない通常装備の口径では有効打足りえない。

 冷静になれば、負けるはずのない相手である。

「さすが、魔族の耐久力。その姿、オーク種かい?」

 不破の問いに、朽木は顔を歪める。

「あんなカスと一緒にするな! 僕はオーガ種だ!」

「俺の知るオーガ種より、随分と小さくて弱そうだけどね」

「殺す。種族の違いを、教えてやるよォ!」

 素人の振り回すような攻撃だが、その全てが不破のそれよりも遥かに殺傷力を持ったものであった。当たれば死ぬ。

 ただし――

「ちっちっちっ」

 当たらない。不破の貌に恐怖の欠片も映っていない。死が目の前にあるのに、平然とその領域で立ち回る。朽木にとってはありえぬ光景。

「なんなんだよ、お前ェ」

 不破はスーツの裏地から、携行していたナイフを取り出し、鋭く振り抜く。これまた当然のように修めていたナイフ術。何が飛び出てくるかわからない広さ、そしてそれら全てが一流以上のハイクオリティ。これが不破秀一郎。

 これが元アストライアー六位のこの世界における実力。

「悪いが、制圧する」

 人間としてのレベルが、その絶望的な差が、朽木を揺らがせる。

 確かに魔族は頑強である。一対一で人間相手に負けることなど本来ありえない。凶器を持たれても魔族が圧倒的有利。実際に銃程度であれば急所を抜かれない限り、脅威には感じなかった。闇雲な攻撃ならば、何ら脅威ではない。

 だが、不破の攻撃は違う。

 執拗な急所狙い。急所狙いと見せかけて体の駆動部、どうしても柔らかくなってしまうところを鋭く、コンパクトに切りつけてくる。こちらの攻撃に応じて、カウンターの要領で斬りつけてくるため、手も出せない。

 ナイフ一本で戦力差が逆転する。

 朽木は思う。こんなの、人間じゃないと。

「…………」

 冷たい眼が朽木を刺す。首筋から滴る血の冷たさに、死の足音が聞こえる。

「……僕は、僕は僕は僕はァ!」

 死への恐怖が、未知への恐怖を超えた。朽木は咄嗟に懐から注射器一本を取り出し、自らに突き刺した。ためらうことなく、クスリを注入する。

「魔獣化促進剤、か」

 不破はナイフを放り、朽木の眼を穿つ。同時に銃を引き抜き、脳天に三発、全く同じ着弾点に撃ち込んだ。超絶技巧ではあるが――

『僕は、クズ ジャナァイ』

 深化。明らかに正常ではない、異形と化した朽木は涎を垂らす。

 そう、このクスリの厄介な点は覚醒させることではない。それも危険ではあるが、今この状況こそが秩序側にとっての脅威なのである。

『ガァァァァアアアア!』

 ただの突進。シンプルがゆえ、咎めがたい。

「ぐっ!?」

 不破は自ら飛んで衝撃を軽減するも、それでも甚大なダメージを負ってしまう。目測を誤ったわけではなく、単純に最善を尽くしてこの軽減が限界なのだ。

 圧倒的スペックの開き。人と魔の格差。

「く、くく。昔のゼンより、ずっとスペック『は』高いな」

 窮地に微笑む不破。改めて彼は知る。力を得てもなお溺れぬ男の強さを。人を超え、魔を超え、それでもなお己を律し、戦う男の心根を。

「それでもお前は弱いよ」

 すでに意思を失った怪物。ただこの場をしのぐため、人間最大の力である理性を手放す。それは決して強さではないのだ。心の弱さが、そうさせる。

 意思無き者に人は惹かれない。獣では人を超えられない。

『積み重ねろ、シュウ坊』

 彼の不幸は、その力を知る機会がなかったこと。かつて自分が、加賀美が、分厚い積み重ねの怪物、シュウさんにへし折られ知った人間の奥深さ。ただの才能では到底届かぬ隔絶の壁。それを乗り越えんとする者の美しさ。

 不破は彼を責めない。自分も出会いに恵まれねば、こうなっていた可能性はあるのだ。だから責めないし、馬鹿にもしない。

 ただ――

「お前は秩序の敵だ。そして、何よりもお前が陥れた男は、俺の憧れで、友人なんだよ。だから……断つぞ」

 不破が大事にする二つを汚した。秩序と正義、それはフラットな感性を持つ男にバイアスがかかる程度には大きな、エゴであったのだ。

 突進で飛ばされた先、そこには最初に放り投げたあるモノがあった。それを蹴り上げ、握りしめる。師の遺品から頂戴した業物。

 無銘なれど、これもまた積み重ねの先にあるモノ。

 突進に合わせ、

『ガァァアア! ア?』

 姿勢、超低空。斬撃、さらに低く。足削ぎ、機動力を奪う。

 すれ違いざま、足を失ったことに気付かぬ怪物は姿勢を崩し――

「シッイ!」

 籠手二連。片方を断ち切り、もう片方を返しの剣で下から断つ。これまた剣道ではあり得ぬ技であり、師に実戦を叩き込まれたからこそ、成せる技。

「へ、いで、なんで、僕、負けて」

 片足、両腕を失った朽木は痛みと喪失感で意識を取り戻す。

「あの、ゆるしてくだ――」

 鋭い斬撃が、朽木の命乞いを聞く前に、首を断った。

「……同情の余地はある。だが、お前が永劫行方不明になることは、もう上で決まっている。不祥事の隠ぺいは、お家芸だ。お前は舐め過ぎたんだよ、警察を」

 彼は行方不明となり、犯行は本日加賀美らが潰した組織に擦り付けられる。真実などこの世界ではクソの役にも立たない。正義もまた同じ。

 正しさよりも力。群れとしての強度。

 まだ爆発していない朽木の車。ガソリンが漏れ、気化しているのを確認して不破は遠くから火のついたライターを放り投げた。容易く着火、即爆発。

「何よりも、人間を」

 部下に後始末の連絡を済ませ、不破はこの場を去って行く。

 途中であ、と思い至り、

『連絡が遅ェ』

「すいません、加賀美さん。先ほど、終わりました」

『こっちも撤収済みだ』

「朽木の身体は検査に回すよう指示しましたが」

『まあいいんじゃねえか? あって困るもんでもねえだろ。あとは春日武藤、か。魔人クラス上位って話だったな。俺のポチ使うか?』

「一つ、ご提案があります。春日武藤にぶつける役――」

 不破の提案に、加賀美はわずかに沈黙し――

『……友人って話だったよなァ?』

「それ以上に、信頼しているんですよ。正義の味方って奴を」

『……お前がそう言うなら、任せる』

 不破の提案を受け入れた。

 電話が切れ、不破は空を見上げる。

「悪いなゼン。俺は、また、お前に背負わせてしまう」

 これが最善であるという思考と同時に、どこかで葛城善が正義の味方であることを望んでいる自分もいた。こちらの世界で超正義を名乗ることは出来ない。

 自分の立つ場所でそれは許されない。

 でも、同時に思うのだ。

 単純明快なる男の理屈が全てを吹き飛ばしてくれることを。

 手の届く範囲の世界を守る。原初の正義をこの世界はどう判断するのか、を。愚かと断ずるか、排除に動くか、自分と同じような想いを抱くか。

 これもまた、選択である。

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