第4章:葛城善
『俺の魔力炉を再拡張することは出来ないのか?』
『出来るなら、ボクから提案しているよ』
必死に考えた。
『ならば二人に聞きたい。もう一つの考えは、可能だと思うか?』
『……不可能ではない。君は既に、やっているから』
『しかし、身体が持つまい。今時点で相当無理をしておるはずじゃ』
『それに、成そうと思えば必然的に、耐久力向上のため魔獣化の深度を極限まで深める必要がある。成功しても失敗しても、戻ってこれないのだよ』
馬鹿なりに、考えたんだ。
『不可能じゃないなら、試してみるさ』
『ゼン、君一人が担う必要なんてないんだ! ボクらは仲間だ。以前のように頼ってくれ。頼りない機構かもしれないが、それでも――』
『違う。これは正義とかじゃない。俺の問題だ。俺だけの問題なんだ。だから、誰の手も借りないし、借りるわけにはいかない』
自分のことを。自分が何故、戦っているのかを。
『これは俺の――』
たくさん、考えて、出した結論だから。
許さなくていい。憎んでくれ。俺は、皆を傷つける。これはエゴだ。どうしようもなく独りよがりな、身勝手な考えなんだ。
『良いのかよ、相棒。お呼びだぜ、我らが収集王が』
『借金の踏み倒し、になるか』
『へっへ、悪者じみてきたねえ』
『でも、もう決めたから。彼もどうせ同じ結末なら、得する方を取るさ』
『信じるねえ、あの化け物を。……信じられるか、あれ?』
『信じるしかないのが、本音だな』
だから、罵倒してくれ、罵ってくれ、そういう気持ちで君たちが立てるなら、それでいいんだ。そんな理由でも役に立つなら、それでいい。
でも、もう、誤魔化したくない。誤魔化して終わりには、出来ない。
俺はね、正義の味方じゃないんだ。偽善者でもない。
俺は、ただのクズだから。彼らと同じ、あの男に呼ばれた存在だから。
だから俺は――
○
『YO! YO! 回想に浸っている暇はねえぜ、相棒』
「黙ってろ、ギゾー」
葛城善は一人、森を歩いていた。足早に、もう待ち切れぬとばかりに、その足を南に向ける。ずっと考えていた。本当は理解していた。
見ようとしなかったもう一つの、感情の名を。
「俺は罪を犯した。たくさん人を殺したし、どうあってもその罪は消えない」
『YO!』
偽善の下に隠れていた、その感情を。
「戦って戦って、逃げ続けてきた。俺はクズだ。そんなことわかっている」
『チェケラ!』
直視したくない、灼熱の感情。
「そんなことわかっているのに、もう一人の俺が言う」
『セイホー!』
醜い自分が嫌いだった。悪いのは自分、わかっている。
それでも――
「本当に、そうか? と」
もう一人の自分がささやくのだ。
「俺が悪い。それはわかっている。でも――」
俄かに手の甲が、輝く。しかし、男は気づかない。
「俺はただ、救われたかっただけなんだ。今思えば何ともないことでも、あの時の俺にとっては地獄で、苦しくて、助けて欲しかった。俺はただ、そこに救いがあると思って、希望があると思って、手を伸ばしただけなんだ!」
ぬぐえぬ罪の棘。それは葛城善という男の心に深く、深く突き立っていた。その名は両親から善い子に育つようにと付けられた名だった。運動が出来なくてもいい、勉強が苦手でも構わない。ただ、健やかに、善き人生を送ってくれたら。
そんな願いが、彼にはかけられていた。
その願いは全て踏み躙られてしまったが。救いを求めただけで。
「本当に俺が、悪いのか? 救いを求めるのが、悪いのか? 誰も、人から奪ってでも幸せになりたいと願ったわけじゃない。ただ、今から逃げたくて、辛い現実から逃れられると思って、手を伸ばした。それは、罪なのか?」
『はーどっこい!』
きっと、他の者たちも同じだっただろう。同じ部隊の仲間だったバトルオークのグゥ、気づきによって彼は自殺をした。罪の意識に耐えられなかった。国栖一条も、蜂須賀サヤもそう。恐怖により縛られていた彼らもまた普通の人だった。
中にはやりたくて奪った者もいるだろう。罪の意識を感じぬ者もいるだろう。でも、そんな人ばかりではなかった。強いられた人もいた。
そもそも意識を持たぬまま散る者もいる。
そんな彼らは、自分たちは、悪なのだろうか。
「全部、あいつが悪いだろうが!」
『そらそうだ』
「シン・イヴリースが、加納恭爾が、あいつが全部、悪い!」
『当たり前だのクラッカー』
葛城善の貌に浮かぶは、ずっと秘めていた感情、怒りである。
「これは正義なんてもんじゃない!」
『そんなお綺麗なもんじゃあねえわな』
これは――
「偽善でもねえ! 復讐なんて高尚なもんでもねえ!」
『葛城善の、ありのままで』
一生消えぬ傷を刻み込まれた、ただのクズによる――
「ただの八つ当たりだァ!」
『征こうぜ、相棒ッ!』
葛城善による、爆発である。
「『テリオンの七つ牙が一つ!』」
全てをさらけ出した男が、今までの全てを解放する。
○
異変に気付いたのはミノスの表情を見て、であった。
何かに気付き、そして嗤っていたのだ。仕事はするが無気力だったはずの男が、まるで救いでも見出したかのように、何かを見つめる。
道化の王クラウンは彼の視線を辿った。
進行方向の山、木々の合間から伸びるか細い、炎。
「……なんデスか、あれは」
それが、雷を帯びる。
「怒りだ。お前らは悪として超一流だが、統治者としては三流以下だった。クズも束ねれば力を持ち、そこに火が付けば手に負えない」
さらに――
「僕らは踏み躙り過ぎた。黄昏が来るよ」
暴風が、巻き起こり、木々をなぎ倒す。
そこにいた男を見て、道化の王は刹那の迷いもなく跳び出した。あまりにも危険、彼の嗅覚が、殺人へのセンスが、自身への危機を嗅ぎ取る。
あの『クイーン』との死闘ですらわずかにしか漏れ出なかった、死への恐怖。あれだけの痛手を負わされてなお、ここまで濃密ではなかった。
この濃度の差は、主にとって致命となりかねない。
「それを摘むのが私の、お仕事デス!」
距離はあるが、幾度かの跳躍で届く距離である。そもそもが王クラスでも高いスペック、小細工無しでも問題なくあの男を阻害し、殺傷することが――
『クソオークの晴れ舞台だ。邪魔するなよファッキンピエロ!』
「がっ!? どこから、こいつ!?」
その進撃を、天空から飛来した炎が、止める。
不死鳥フェネクス、主命無しに参上する。紅き星よりの単独飛行。空戦最速を自称する彼女をしてそれなりの長旅であった。特に制限が発生するエリアからは露骨に速度が落ちた。それでもこうして間に合わせて見せた。
それが彼女なりの、醜くも足掻いた男への手向けである。
『邪魔を、しないで頂きたい!』
クラウンのボール攻撃が彼女を貫き、破壊する。だが、彼女は不死鳥である。砕かれ、貫かれ、それでも爪は道化の王を拘束したまま、逆に葛城善への距離を空けられてしまう。相手の特性を理解し、道化の王は顔を歪めた。
『どいつもあたしとやり合うのは嫌がんだよ。どんだけ実力差があってもなァ、消耗戦に成るのは避けられねーんだからよォ!』
『くそ、ミノスッ!』
道化の王の指示を聞き、やれやれと動き出すミノス。これもまた仕事、この程度で潰れるのであれば彼にとっての黄昏には程遠い。
「さあ、策はあるかい?」
ミノスの砲撃。しかし、馬鹿に策などない。詰めの甘さ、考えの浅はかさには定評があった。熟考してもこんなものである。
そんなこと――
「シン・カタストロフ」
彼女が一番理解していた。
破滅の光とミノスの砲撃が交錯し、爆ぜた。『機構魔女』ライブラが彼の前に立ち塞がる。最後の戦いを見届けるために、そして、何よりも――
「君は絶対にポカをすると思っていたよ。これは、貸しだからね」
何となくこんな気がしたのだ。だから、彼女は誰にも言わずつけてきた。
彼女が、『機構魔女』が、ライブラがそうしたいと思ったから。
「ボクが敵を阻もう! 君の一念、通して見せろ! 葛城善!」
長く彼と共にいた。それが機構に感情を、与えていた。
大地が、揺れる。
山が、隆起し、削れ、彼を中心として凄まじい魔力が渦巻いていた。
エクリクシス、グロム、ウェントゥス、そして今、オリゾンダスまで顕現させたのだ。四つ目の牙を含めた同時起動三本目の時点で強くなった彼でもほぼ限界。四本目など意識すらなくなっているはずである。
口の端から、目から、鼻から、耳から、穴という穴から血が噴き出る。
『誰が見てなくても、このあたしが見といてやるよ、クソオーク。ああ、感謝しろよ、ピエロ。あたしが線引きしてるおかげで、賭けになってんだ』
『邪魔ダ! 鳥女ァ!』
道化の王の魔獣化、力ずくでフェネクスを引き千切る。
だが、すぐさま再生し全く同じ姿勢で、拘束は続く。
『祈れ、そのままエクストリーム自殺に成ることをよォ』
彼女はあくまで助太刀。根本を弄ろうとは思わなかった。彼が求めれば話は別だが、そうならなかった時点で、そこまでは彼の覚悟に泥を塗る行為だと思ったから。ゆえに回復はしない。彼は彼の命を燃やし、今ここにいる。
そんな考えを自分らしくないと、彼女は自嘲する。
『ああああああああああああああああああああああああああああァ!』
『気張れよ、相棒! ここで死んだら別の意味で伝説だぞ!』
血を吐きながら、意識の欠片と共に彼は――
『魔を退けし鎧、テリオス!』
ギゾーは主の代わりにその名を呼ぶ。五つ目はそのまま彼を包んだ。さらなる絶叫が世界に響く。もはや本当に発声されているのか不思議なほど、おぞましき咆哮。一匹の獣、その断末魔のような、叫び。
『まだだ、相棒! まだ終われねえだろ! やるって決めただろ!? あのクソ野郎の顔面ぶん殴って、ボッコボコにしてやるって、決めたんだろ! だったら、諦めんなよ。突き抜けて見せろ! 葛城善を、クズの一念を、叩き付けてやれ!』
六つ目、盾が、生まれる。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!』
それは意思無き獣たちを気圧す、咆哮。
原始の恐怖が彼らに押し寄せた。
『俺は見てるぜ、相棒ッ!』
肌が裏返る。もはやそれは別の生き物であった。かつて、彼は灼熱の窯に放り込まれ、生まれ変わった。それと同じ痛み、それ以上の痛みを――
彼は自らの足で、踏み込みて――
『七つ束ね、今、一つに。魔を縛る鎖、アイオーニオン!』
成った。
超大陸を揺らす、巨大なる震源。凄まじきオドの奔流。
誰が見ても、もはやそこに生物など存在しようがない。大地が悲鳴を上げている。超高密度の魔力がそこにあるだけで、大気は熱を帯び大地を溶かす。
煉獄より、黄昏来る。
焦土と化した足場より、獣来る。
「さあ、これが終末の獣だ。神話より出でし、真なるテリオン!」
ライブラは高らかに宣言し、獣の征く道を開けた。ここより先、助力は不要。
獣の戦いに敵味方などない。
『ゴッドビースト、テリオンの王』
フェネクスもまたあっさりとクラウンを解放し、蒼空を舞う。
魔族である以上、彼女とて近づけばどうなるかはわからない。あれは魔を討つために存在する神の獣なのだ。しかも七つ牙を内包している。
上位のテリオンでさえ、個体が内包する牙は二つか三つ。七つ牙全てを内包する獣はただ一人しか歴史上存在しない。
獣の女王、人の雛型、シンなる者の番い。
かの存在の名を――
『マスターテリオン。さあ、征こうぜ。心の、向くままに』
死地より這い出るは獣の王。美しき黄金の毛並みに身を包まれし、神獣である。美しさと野生が同居した四つ足の出で立ちは神々しさまであった。
もはやそこに葛城善の面影はない。
だが――
『■■■■■!』
葛城善が抱いていた怒り、憎しみ、悲しみ、心は残滓として存在する。
それは獣が持つ唯一の指針。その怒りに従って、獣は吼えた。
獣の咆哮、それと共に放たれた極太の雷は天を衝く。
『慄けシンの軍勢! こっからテメエらに安息はねえぞォ!』
そして、語り部たるギゾーの言葉と共に――
数百の雷が戦場に降り注ぐ。その全てが、グロムと同じ性質を持ち、その全てがただ一つ牙であった時よりも遥かに威力を増していた。
突如現れた終末に、意思を持つ者たちは呆然とその破壊を見つめていた。絶対的な奪う立場だったのに、ほんの一瞬で立場が入れ替わったのだ。
奪う側から奪われる側へと。
捕食者から被食者へと。
彼らの絶望を感じ、獣は静かに嗤った。
獣の王対シンの軍勢。一対十万の戦いが今、幕を開ける。
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