第4章:在りし日の正義を胸に

 ハンス・オーケンフィールドは軍人の家に生まれた。

 と言っても、ハンスの生まれた頃には軍人になることを強いられるということはなく、父も自分の意思でその道を選び取っただけ。

 家は裕福で父母共に広く世の中を知るべきだと、様々な投資を、習い事をさせてもらったおかげで、彼自身幅広い知識と経験、交友関係を得た。

 その過程で自分が天才だと知った。そして天才がすべき振舞いも学んだ。驕らず、平等に、明るく、皆を引っ張る。本当は、別に先頭に立ちたいわけじゃない。皆と同じような失敗をして、皆と同じように悩みたかった。

 でも、出来てしまうのだから仕方がない。そして力には責任が伴うことも家が家なので嫌というほど聞かされていた。先頭に立つのは義務なのだろう。

 強き者ほど不自由なのだ、と幼くして彼は理解する。

 多くの人を見てきた。平等に接し、笑顔を振りまき、あいつは何とできた男なのだろう、という言葉を死ぬほど浴びせられた。しかし彼は己を善人だと思ったことはなかった。義務感、だったのだろう。強きに生まれたが故の。

 だから本当は、何故お前たちは努力しないのだ、と思っていたし、羨望のまなざしには向けるほどの努力を積んだのか、と問いたくもなった。

 そんな自分が好きではなかったし、そんな世界が好きではなかった。

 他人を品定めして、勝手にがっかりする。その繰り返しに辟易していた。

 結局、自分がやればいいのだろう、と心では哂っていた。

 世界の悲鳴、召喚術の紋様が浮かんだ時、もしかすると別の世界なら、と思ったが、辿り着いてみるとある意味もっとひどかった。

 世界が選んだ英雄、最強の力。それに寄りかかる人々。

 自分がやればいい、結局どこでもやらなきゃいけないことは、同じ。

 そんな時、彼と出会った。

 己の定義に沿わぬ愚者。強き者ではないのに、彼は背負おうとしていた。潰れかけ、いや、とっくに破綻していたのに、それでもなお足掻く醜い怪物。

 驚愕した。自分よりも強い敵を前に、躊躇うことなく彼は踏み込める、踏み込んで見せた。口だけならば何とでも言える。そんな人間腐るほど見てきた。

 口も出さずに飛び込む馬鹿は、初めてであった。

 きっとあの瞬間、義務感だけのハンスは死んだのだ。ありていに言えば馬鹿に感化されてしまった。嗚呼、あんな風に斜に構えることなく、精一杯戦う背中が一番格好いいのだ、と取り繕っていた男は思い知らされた。

 仮面は気づけば本当になっていた。

 ただし、その根底にはたった一人、あの日自分の浅はかな考えを、斜に構えていた自分を、正面から殴り飛ばした光景を、彼と並び立ちたい。

 その一心でここまで来た。彼は自分を偽善と言う。それならば自分はもっとひどい。彼は自分を偽らない。取り繕わない。ありのままで偽善を成す。

 自分は偽り、取り繕い、そして偽善を成してきたのだ。

 嘘っぽいほどの正義、そんな仮面を被り続けてきた。

 ただ、君に認められたかっただけ。期待に応え続けてきた男は、初めて自ら期待されたいと願った。期待され、それに応えたいと思った。

 それが揺らぎだとするならば、ハンス・オーケンフィールドはあの日世界が選定した英雄としては死んでいたのだろう。完全無欠のヒーローには血が通っていない。それを体現した男だったから。無情のまま在れば――

 しかして男は望まない。それに知っている。

 きっとこの世界に必要なのは――

「ウォォォォォォオオオオオオオオッァァァァア!」

 片腕、失血、今は、忘れる。

「くっく、清廉潔白の英雄も、末期は無様なものだなァ!」

 破れかぶれに突っ込んでくる英雄。その無様を加納恭爾は嗤った。

「そうは、思わねえけどなァ!」

 オーケンフィールドの拳を受ける直前、第七位『ヒートヘイズ』の蹴りがその受け手を蹴り飛ばした。これほど絶大なスペック差、世界が選んだ怪物同士にしか立ち入れぬ領域。だからこそ、この奇襲は成った。

「ウルァァアアッ!」

 ハンス・オーケンフィールド、獣のような叫び。

 その拳が、加納恭爾の頬に突き立つ。

「実はアシスト数も多いんだよ、俺ァな!」

 足りぬ手は――

「いや、俺『たち』は、か」

 自分『たち』が成ればいい。

 影が、忍び寄る。その貌には極大の敵意が刻まれていた。

「明日のために死ね。世界の怨敵ッ!」

 その貌は第三位『破軍』の大星とは異なるモノ。羊飼いの武器として数多の悪を、時には正義をも砕いてきたただの暗殺者である。

 彼は『一騎当千』をあえて解いたのだ。

 ただ一点を守り、ただ一点を穿つために。

 用いるは武器。武芸百般、ありとあらゆる技術に精通せねば武人の頂点などとは呼ばれない。ゼンたちが打ち鍛えた武器の残骸、敗れ去った者たちの欠片を拾い集め、武の極みは激昂しながら牙を剥く。

 それを見て、加納恭爾は深く微笑む。

「嗚呼、心地よい貌だ。さすが、良い貌をする」

 取り繕った貌に興味はない。底の底、その奥に刻まれた絶望にこそ価値がある。彼は確信していたのだろう。明日が続くことを。

 何故なら、英雄召喚が続いているから。それは世界が続いている確かな証左だと、思っていたから。だがそれは、今この瞬間において確定などされていない。

 明日が真っ直ぐな線の先にあると誰が決めた。事象によって分岐する可能性もあるだろう。事象によって先端が絶えることもあるだろう。

 明日のことなど誰にもわからない。時間の流れなど、誰も理解していない。それはシン・イヴリースである彼こそが一番よく理解している。

 全ての始まりは一つの奇跡。それをベースに発展した文明。彼らは自分たちが組み上げたシステムの根底を理解せぬまま旅立ったのだ。シュバルツバルトが何と作用し、どのように世界の英雄を選定、呼び出しているのか、それはシンすら把握できていない。推論はあれど、あくまで推測の域。人の行う英雄召喚も同じ。

 本当の根本は未解明のまま。この世界のどこにも世界の形を知る者はいない。イヴリースを完全に理解した加納恭爾はそれを知った。

 だから、開き直る。

「結局のところ、私は私の欲望には逆らえぬのだよ」

 とりあえず好きに絶望をまき散らす。細かいことは、あとで調整すればいい。だからもう、躊躇うことはない。先も、前も、知ったことではない。

「さあ、楽しもうかァ!」

 知り得ぬことを知った加納恭爾を拘束する枷は、無い。

 明日はもちろん、昨日も喰らおう。その是非を問う術はないのだから。

 だから、加納恭爾は三人と戦いながら、ひっそりと目の端に二人の女性を見つめていた。シンの記憶にある最古の存在。イヴリース自身に直接の面識はないが、別の二人にとっては大きな存在である。それを奪うのは、心地よいだろう。

 もしかすると彼らが出張ってくる可能性すらある。だが、一人はレプリカでしかなく、もう一人は自らの身体を魔族と定義してしまった。

 力無き者、力を制限せし者、共に今の己にとっては無力。

(嗚呼、君たちの貌、私も見てみたいものだ。文明の滅び、イヴリースの底にある絶望の記憶。あれと同じ貌、あの二人を殺したら、見れるかなァ?)

 すでに加納恭爾は先を見ていた。喰らいついてくる彼らに興味などない。もはや終わったこと。次の絶望、その絵図を描くので胸が一杯なのだ。

 それこそが彼にとって至上の幸福だから。

 欲望に忠実、勝利が確定した以上、もはやそこに迷いはない。

 だからこそ、オーケンフィールドはやけっぱちになったように攻め続ける。敗戦を信じ切れぬ道化を演じるかのように。

 あの闇を裂く希望を待ち望みながら――

「時間がありません! 足場をください!」

 誰もが理解できぬ、突如現れた闇。

 だが、この戦場でたった一人、一目でそれを理解した者がいた。

「トモエ!?」

「魔術です! あれは、魔術そのものなんです。闇に相反する光の魔術なら通りますが、それ以外の攻撃はほぼ、無効だと思います」

 先輩であるアリエルに語る九鬼巴。そう、彼女の能力『愛眼』は相手のオドを見抜く。オドを魔術に変換し、魔術体であることを彼女は見抜いていた。

 如何なる攻撃をも飲み込む深淵。本来は唯一、効果を発揮するエルの民の光の魔術もほとんどが火力不足。それが期待できるエル・メールはファヴニルの相手に手一杯という様子。彼女自身、本当は戦える状態ですらないのだ。

「ただ、僅かですが肉体を、本体を残しているんです。そこを攻撃すれば、ダメージを与えられるはずです。そしてそれは、私にしか出来ません!」

 あそこに葛城善が囚われている。すでに目視敵わぬ状況。

 ゆえに必死。

 彼には無限の可能性がある。それはずっと見てきた九鬼巴が一番よく理解している。だけど、彼の本領は集中の深さであり、あの深淵の中でそれが発揮できるとは思えない。ならば、救い出さねばならない。

 正義の味方だから、ではなく、彼がきっとこのまま死ぬことを、終わることを良しとしないだろうから。そのためなら何でもできる。

「なら、皆で一斉に攻撃すれば」

「あの魔術体は見た目よりとても深く、広い構造です。しかも、おそらくは魔術体自体の意思で操作可能だと思われます。今も、何かに警戒しているかのように動き回っている。適当に攻撃して当たる確率は、限りなくゼロに近い。だから、私しかいないんです。私なら、絶対に見失わない」

「あの中に入ったらあんたが死ぬでしょうが!」

「覚悟の上です!」

「ッ!?」

「私は、このために、この世界に来たんです」

 今までにない強い眼であった。あそこには彼女にとっての正義がある。こんな世界まで追いかけてきた生粋の一途さ。彼女は絶対、迷わない。

 あの日、自分にとって二番目に大事な武を、それが壊されることを恐れ、最強に立ち向かうことが出来なかった。その悔いが彼女をさらに強くした。

「まったく、このスーパースタァが花道を築くことになろうとはね」

 その想いを、近くにいたシャーロットが受け取った。

 彼女は氷の花道を形成する。

「行きたまえよ。これは君の舞台だ!」

「はい!」

 駆け出そうとする九鬼巴。しかし、一度だけ振り返り――

「私、お二人には勝てません。私はお二人ほど強くも、綺麗でもないから。でも、気持ちは負けない。誰にも負けない。それだけはお伝えしておきます」

 そして、駆け出す。オドを操作し、多くを足先に集中させる。速く、ただただ速く。全てを速さに注ぐ。命を賭した全力疾走。

『それは、通さないよ』

 何の感情も浮かべていない貌で、ミノスはその足場を撃つ。

 奪うしか能のない男の、哀しきサガ。

「なら、それを通さない! 先輩にも意地があんのよ!」

 しかし、その攻撃は水鏡に阻まれる。跳ね返された攻撃がかすり、僅かなダメージを負うミノスは静かにため息をついた。

「行きなさい! トモエ!」

 彼女は最初から一貫している。彼を探すために、彼に会うために、彼女はこの世界に来たのだ。一縷の望みと共に。その強さと一途さに、アリエルは苦笑する。

 その真っ直ぐさが少しだけ羨ましかったから。

「葛城君!」

 一瞬、彼女の脳裏に浮かぶ選択肢。彼と一緒に闇に飲まれ、共に死ぬ。それなら誰にも渡すことなく自分だけが独占できる。そんな馬鹿なことを考えてしまうほど、彼女は愚かで、だからこそ、そこに飛び込むことが出来た。

『ああ?』

 自らに飛び込んでくる酔狂な存在。ただ、飲み込んでしまえばいつもと同じ。深く深く、沈めてしまえばいい。それだけで終わり。

 だから闇の王はすぐさま飛び込んだ者のことを忘れていた。それよりも今は自身の王に、加納恭爾にこんなにも痛いのだと、辛いのだと伝える方が大事。

 そんな存在の中を彼女は一人、目的をもって沈む。

 闇が体を満たす。穴と言う穴より侵入するそれを意に介すことなく、ただただ必死に眼を見開き、目標へと向かう。姿勢を制御し、オドを放出しながら進む方向を微調整する。冷静に、乱れることなく、情熱に身を任せていた。

 方向、進路が定まると彼女は闇を自発的に飲み込む。オドも抑え、これで敵に気取られる可能性を極力削った。臓腑が闇に浸り、これまた徐々に飲まれていく。痛みがないのは逆に不気味で、死への恐怖もある。

 だが、彼女は迷うことなく退路を断った。生存の可能性も捨てる。

 だからこそ届く、可能性もあるのだ。

 闇が体を飲み込む中、彼女は数千、数万、数え切れぬほど、擦り切れるほど思い出してきた最も幸せな記憶を反芻する。背がひょろりと高くて虐められていた幼少期。祖母から薙刀は教わっていたが、あくまで当時は手習い程度。

 反撃する力はなかった。普通ではない家系、共通の話題もなく孤独は必然だった。身体もそれほど強くなかったし、よく給食も残していた。あの日は、それを咎められ仕方なく全部食べて、休み時間校庭の隅で吐いたのだ。

 誰もが見て見ぬふりをする。それは当たり前で、何ならそれを見て笑っている者までいた。いつものことだが、少し泣きたくなったのを覚えている。

 その時だ。同じクラスの男子が黙って手伝ってくれたのだ。子供が他人の吐しゃ物の処理を手伝うなんて普通じゃない。汚いし、病気にかかるかもしれない。何よりもそれが原因で虐められるかもしれないのだ。

『……な、なんで?』

 そう問うたことを覚えている。決して仲が良い相手じゃなかった。そもそも当時の自分に仲が良い人などいなかった。接点はあまりない。たぶん、自分が影で虐められていることだってよくわかっていなかったのだと思う。

 少しおっとりした子だったから。

『善って名前はね、お父さんとお母さんが善いことをする子に育つようにってつけられたんだって。この前、それを教えてもらったんだー』

 その時私は、彼の名前すら知らなかったのに――

『はい、出来た。じゃあ僕行くね』

 恩を着せることもなく、彼はてってってと走って行った。当時からちょっとズレた子だったと今になってみれば、思う。普通、親からそう名付けられたからって仲良くもない人の吐しゃ物に触れようとする者はいないだろう。

 自分が美人なら話は別だっただろうが。そもそも当時は稽古の時以外、ほとんど髪で顔が隠れていたし、真面目に武道に携わるまでは猫背で、雰囲気は相当ブスだったと思う。それなのに、彼は。だからこそ、目が離せなくなった。

 自分に自信が持てなかったから、とりあえず強くなろうと思った。才能もあったし、環境も最高だった。でも、どれだけ強くなっても彼に関してだけは自信がつかなくて、もじもじしている内に彼も、彼を取り巻く環境も変わった。

 彼に合わせた進路にするため猛勉強したが、自分が受かって彼が落ちるとは想定外だった。その時、私立だが彼と同じ学校に行っていれば、虐めていた連中から力ずくで彼を守れていたのに。それだけをずっと悔いていた。

 自分を取り巻く環境も変わった。笑ったのはあれだけ馬鹿にされてきた身長が、スタイルが、大人になれば褒め称えられるようになったこと。少し身なりを整えただけでちやほやされ始めたこと。本当にクソ以下の偽物どもである。

 あの時、手を差し伸べてくれた、たった一人だけが『本物』なのだ。あれ以上の正義を彼女は知らない。そしてその正義が社会的に評価されない不条理は、彼女は知っていた。だから彼女は世界などどうでもよく、彼だけを愛した。

 今だってそう。格好良い人が、思ったよりもこの世界には沢山いるのだと知ったが、それでも彼女にとってはただ一人で、彼こそが自分だけの正義の味方だった。触れるのが怖くなるほど大事な思い出、それ一つで命を賭せるほどに。

(……葛城君)

 好き、愛している、様々な言葉が駆け巡ったが――

(御武運を)

 最後に彼女はエールを願い、武人の魂である薙刀を投げる。全身全霊、この瞬間のために残した力全てを注ぎ、彼女の絶命と同時にそれは敵を、射貫く。

 彼女だけが知っている。彼はこの世界に来て変わったのだと彼自身も含めて思っているのだろうが、それはちょっとだけ違うのだ。思春期を経て彼は変わって、この世界に来てほんの少しだけ戻ったのだ。取り繕う必要が、余裕が、なくなったから。そんな彼を短くとも見ることが出来た。それは彼女にとってとても――

 彼の芯は、その名前と共に在る。彼女は微笑み、散った。

 闇の王が爆ぜた。声ならぬ声、極大の音量に戦場が一瞬、停滞する。

 飲まれていた者たちが飛び出してくる。ゼンが、トリスメギストスが、それに掴まっていた者たちが、闇を吐き出しながら、顔を歪めながら、闇の中から出てきた。しかし、彼らより深みに至った者は、出てこない。

「キョウジ、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いィィィィイイ!?」

 地に堕ちる闇の王。短い間に彼女は二度の痛みを刻まれた。魔族の身体に生まれ出でねば感じることもなかった業火に焼かれるような感覚。

「……そのための突貫か」

 加納恭爾は顔を歪めた。オーケンフィールドの無茶な攻めは加納恭爾の意識を自分に向けるためのモノであった。確信があったわけではない。自分では出来ないが、誰かなら出来るかもしれない。闇の王を見てそう形勢判断した。

 そしてそれは通った。

 三人での突貫は、彼を押し止めた。

 そして、三人とも甚大なダメージを負っていた。三人ともあらん限りの力を振り絞ってなお、押し止めるだけで満身創痍と言う有り様。力の差は明確である。

「あれが君の希望というわけか。随分と儚いモノだ」

「……そうでもないさ」

 ハンス・オーケンフィールドは闇の中より生還したゼンを見た。状況は最悪に近いまま、ここからの逆転は不可能だろう。今更そこまでは望むまい。

 だけど、残りの命で出来ることはある。

「世界の英雄として俺は負けた」

 失血こそ無理矢理オドを集中して止めたが、腕を失ったことによる戦力低下と血液、魔力の消耗は大きく彼の力を削いだ。

「撤退すべきだ。オーケンフィールドさえ生き残れば、希望は残る」

 大星の提言。そこには乞うような視線が含まれていた。

 彼はとても強いのに、優秀な人材なのに、いつだって影であろうとする。それもまた彼なりの強さで、生き方なのだろうが。

「それは出来ないよ。それこそ本当の終わりだ」

「……何を言って――」

「ゼンに、伝えてくれないか? 君の期待に応えたかった。応えられずに、すまない、と。そして君たちに向ける言葉は、誰かに頼るのはやめろ、だ」

「お、オーケンフィールド?」

「誰だってその眼は嫌いだよ。君の主も、クイーンも、俺も、誰だってそう思うさ。それが弱き者ならまだ納得しよう。でも、君たちは強いだろ」

 オーケンフィールドはくしゃりと顔を歪めた。

「俺は君たちの弱さを利用した。組織としてまとめるために、そうした。だが、それが敗れた今、やり方を変えなければならない。俺から言えるのはそれだけだ」

 そして牽制を仕掛けていた『ヒートヘイズ』に視線を向けた。彼もまた顔を歪めるが、頷いて回頭する。ことここに至り、やるべきことは一つ。

「総員撤退! しんがりは、俺が務める!」

 少しでも多くを生かし、明日へとつなげること。

『全軍損害を惜しむな! 蹂躙せよ! より多くを奪え!』

「最後の責務、果たすさ。俺はハンス・オーケンフィールドだ」

 残った命を余さず使って――

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