第4章:ソロキャンはいいぞぉ

「何で私たちロキのおつかいをさせられているんでしょうか?」

「「私が聞きたい(ね)(わよ)」」

「仲良いですね、お二人は」

「「よくない」」

 魔界珍道中三人組、アリエル、シャーロット、巴はロキが用意した謎の器具をかざし、指定地点で原理不明の何かが溜まるのを待っていた。必要なものらしいのだが、説明するのが面倒、もといシンの軍勢に捕らえられた際、情報漏洩に繋がるとロキは言っていた。絶対に面倒だっただけである。

「ってか魔界で連中と遭遇するわけないでしょ」

「同感だね。人界ならともかくわざわざアンタッチャブルな領域に首を突っ込まないさ。突っ込む時は人を絶滅させた後、そんなもんだろう」

「可能性はゼロではないですが――」

 そんなこんなで謎ゲージが溜まり、次の地点に向かうと――

「おやぁ、これまた偶然だねぇ」

 シンの軍勢、巴と一度交戦した魔人クラスの男がテントを張ってキャンプしていた。野営とか、そういう堅苦しいのではなく、完全にキャンプ、しかもソロキャンプである。こじんまりとしたたき火をゆっくり育てながら、小さな椅子に腰掛け肉の焼け具合を眺める。肉はおそらくこの辺りで調達したのだろう、魔獣肉である。

「……気を付けてください、手練れです」

「見りゃあわかるわよ」

「ああ、やる男だね」

 臨戦態勢を取る三人に対し、男はため息をつく。

「あー、やだやだ、おいちゃんオフまであれよ、お仕事なんてしたくないの。おわかり? おいちゃんね、こう見えて無職だったんだからさぁ」

 男の態度に唖然とする三人。あと、よれよれのスーツ姿は無職にしか見えないので、その点に疑問を抱いた者はこの場にいない。

「オフ、ね。シンの軍勢に休暇という概念があること自体驚きだが、それならばいったい君は何の意図があってこんな場所にいるんだい?」

 シャーロットの問いに男はくしゃくしゃの煙草に火をつけ、吸う。

 そして紫煙を吐く。

「その辺、加納 恭爾は上手く差配しているよ。元々我の強い連中の集まりだからねえ。魔人クラス以上は命令があるまで基本自由。その自由って尺度をどう捉えるかは個人次第、かなぁ。道化連中は魔獣使って定期公演、カシャフやミノス辺りは人界でのんびり海辺でバカンスだし、おいちゃんの同期だって二人旅したり、カシャフに顎で使われたり、色々さ」

「……意外とホワイトなんですね」

「無駄に反発心育てても仕方ないからねえ。んで、おいちゃんはこうして人里離れたところでソロキャンに勤しんでいたわけよ。楽しいよぉ、ソロキャン」

「キャンプは大勢とするものでしょ?」

 アリエルの言葉に男は深々とため息をつく。

「はぁ、おこちゃまだねえ。こうやってのんびり夜空を眺めて――」

「今、真昼です」

「――お空を眺めてのんびりするってのがあれよ、大人の楽しみ方って奴。それにおいちゃん、同じ喰うなら獣の方が心痛まないし、魔界の方が気楽でいいのよ。あっちは何するにしても人は避けて通れないだろう? ま、どっちにしろ命を喰ってることに変わりなく、咎人であることにも変わりないんだろうけどねえ」

 とてもシンの軍勢としては風変わりな男であった。闘争を是とせず、奪うことすら消極的。何故そちら側なのか、疑いたくなるほどに。

「あー、ダメダメ。簡単に大人を信じちゃあいけないなぁ。おいちゃん、悪者よ。そりゃあもう悪人さ。だからこうして、生き永らえているわけ」

「あちらで何をしたんですか?」

「人殺し」

 男は穏やかな顔でそう言い切った。男は、首をさする。

「おいちゃんたちみたいなクズに、それは問うべきじゃあない。ろくな答えなんて返って来ないし、聞いてもつまらない、笑えない話しかない。だからこそおいちゃんたちはヴィランで、正義の味方にはなれないってわけよ」

「私の知人は正義の味方になったがね」

 シャーロットは何故か我が事のようにどや顔をする。

 しかし、男は絶望に満ちた顔で――

「裏切り者のギィ君だろ? おいちゃんの同期だねぇ。本当に彼、自分が正義の味方だって自称したかい? 君たちが勝手に言っているだけじゃあない?」

 シャーロットが言葉に詰まる。それを見て男は哀しげに首を振る。

「元から魔人クラスでない彼に自由意思はなかった。ソルジャーがあれだけ生き延びたんだ、相当奪っただろうね。幸せを、思い出を、命を。普通の神経をしていたら、正義の味方にジョブチェンジなんて無理さ。この身体、御親切に悪行の記憶は消えない。全て鮮明に思い出せる。もし、それを飲み込める強さがあるのなら、ギィ君は王クラスかそちら側で召喚されたはずさ。おいちゃんたちは初めから、正義の味方になる資格なんてないんだよ。血で汚れた手でどうやって正義を成す?」

 穏やかに、涼しげに、男は微笑む。

「あんたにあいつの何がわかるの?」

 アリエルは鼻息荒く男の正面に仁王立つ。

「あいつは必死よ。必死に戦ってる。偽善って自らの行為をラベリングして、正義の味方になれずとも正義を成している。あんたたちとは違う!」

 アリエルの剣幕に男は虚を突かれたように呆然とし、苦笑する。

「……愛されてるねえ」

「ハァ!? 全然、これっぽっちも愛してませんけどぉ!?」

「こりゃまた古典的な。くく、偽善、か、うん、格好いいねえ。おいちゃんそこの機転はなかったなぁ。確かにギィ君はおいちゃんたちとは違うようだ。訂正するよ、ツンデレのお嬢さん。おや、背後の二人が……青春だねえ」

「だから、違うっての!」

 男はからからと笑う。

「面白い話を聞かせてくれたお礼だ。少しためになる話を聞かせてあげよう。こうして魔界の調査に訪れたってことは、おそらく君たちは狭間の世界、魔王のお城が月にあることを察した、違うかい?」

 三人は沈黙する。

「安心していい。おいちゃん、本当に何の興味もないのさ。自害する勇気すら持てなかった半端者。自分にすら愛想をつかしている。ゆえに加納 恭爾がどうなろうと知ったこっちゃない。個人的には普通に嫌いだしねえ」

 男がそう言っても三人は肯定しなかった。

「まあいいや。月は加納のアルスマグナで環境操作し、人の住める環境になっている。それはこの紅星も同じこと。王のアルスマグナで何とか生命維持が可能となっているんだ。君たちが調べているのは、どう調整されているのか、大気や大地、その組成を魔術的な見地から解析する。目的はアルスマグナの破壊、及びそのまま継戦するため。いいセンいってる。勝率はわずかに上がっただろうねぇ」

 わずかに、その文言にシャーロットが眉をひそめる。

 男はそれを見逃さなかった。

「そう。いい気づきだ。君は優れた営業マンになれる。わずか、あくまでわずかだ。敵の本拠地、本番まで地理を知り得る術もない。気取られたくないから調査も不可能。オーケンフィールドが暴れた場所は移転済みだし。さてどうしたものか」

 まるでセールストークのように淀みなく彼女たちに語り掛ける男、声質、身振り手振り、そこからわずかに圧が零れたのを三人は見逃さなかった。

 この男、どちらかというと――

「私たちに貴方を口説けと?」

「正解。察しのいい子で助かるねぇ。おいちゃんと取引をしよう。おいちゃん、自分には興味がないんだけど、どうしても止めたい子がいるのよ。今、その子はニケの部下としてシンの軍勢に所属している。ニケ以外なら、何とかやるんだが、おいちゃんちょいとニケと相性が悪くてねえ。一度殺されかけたばかりなのよ」

 男がシャツをめくると、そこには無残に抉れた脇腹があった。ニケを知る彼女たちからすると対峙してこの程度で済んでいることの方が驚きだが。

「助けて欲しい。あの子はまだ、人を殺していない。幸い、ニケは暴力の化身だが無駄な殺生をするタイプじゃない。今の、この凪の時がチャンスなんだ。正直、おいちゃん一人じゃ諦めるしかなかった。だけど、英雄の手が借りられるなら勝機はある。俺はもう手遅れだが、あの子は、間に合うんだ。頼む」

 男の吐露、そこには深い悔恨のようなものがあった。

 まるでそうなったのが自分のせい、だとでも言うように。

「取引、です」

 巴の無情なる返しに二人は戦慄して振り返る。正義の味方ならいちもなく受けるべきだろう、と。とはいえ正論なのは彼女の方。

 それに容易く信じていいわけではない。

「知り得る限りの情報を。現在、月のどの辺りにどういう拠点があるのか。軍団の配置、人員、こう見えてもそこそこ長い分それなりに見えてるのよ、おいちゃん。何よりも重要なアルスマグナ、その位置とどう守っているか、知りたいだろ?」

 喉から手が出るほど必要な情報である。

 それが今、目の前の魔人クラスから得られるというのだ。あまりにも都合の良い状況、敵の罠ではないかと勘繰ってしまうほどに。

「アストライアーの本拠地、ロディナまで来れる?」

「ご用命とあらば行きますよぉ」

「ほいほいついてくんのね」

「迷うほど余裕ないんでねぇ。本当は、こんなマジになるつもりなかったんだけど、因果応報ってやつさ。巡ってくる。悪いことは、出来ないってことさね」

 男は巧みに肉を切り分け、女性陣に差し出す。

「……何の肉だい、これ?」

「さあ? でも、おいちゃん的には美味しく出来てると思うよぉ」

「まあ、肉は肉ですから」

 ひょいと巴はつまむ。それを見て腰が引ける二人。

 しかし――

「んん!?」

 巴が滅多に見せない綻び、美味しそうな表情を見て二人はつばを飲み込む。

 ええいままよ、と二人も手を伸ばし、同じ表情と化した。

「前世はコックさんですか?」

 真顔で問う巴に男は苦笑いを浮かべて首を横に振る。

「昔、モテたくていろいろ勉強したのよ。我ながらダサい理由だけどねぇ。若い頃はほんと、誰彼構わず好かれたい、認められたいだけで動いていた、本当のクズだったからねえ。承認欲求の化身、その癖、ヒーロー面、救えない」

 男は首に爪を立てる。よく見るとそこには縄の痕のような模様が浮かんでいた。まるで自殺をした後のような、呪いのような文様が。

「おいちゃんの名は赤城勇樹(あかぎ ゆうき)、アカギでもおいちゃんでも無職でも好きに呼んでくれていいよぉ。元しがないサラリーマンだよーん」

「あと、伝統派の空手を使います。以前戦いました」

「空道ってのが正式名称だぴょーん」

「それ、若者ぶったオヤジ臭くて加齢臭がきついです」

「……まだ、三十代半ばくらいなのに」

「「「充分おっさん(よ)(だね)(です)」」」

「……油断してるとすぐだからな、ガキんちょどもめ」

 まずはロキのおつかいを終わらせて、その後でアカギを上位陣に引き合わせる。

 三人は言葉を交わさずに思考を一致させていた。そして同時に、アカギという男に対して大きな警戒も抱いていた。おそらく彼が『不殺』の魔人、あのシュウと渡り合い、巴をして強いと言わしめた武人。言動からも底が見えない。

 敵か味方か、最強の魔人がアストライアーと遭遇する。


     ○


 闇に潜む常夜の城、新たに建造された魔王の居城である。

 その中を肩で風を切りながら二人の王クラスが闊歩していた。毒の王カシャフ、牛の王ミノスの二人組である。その配下である者たちも付き従う。

「お、ニケのところのガキじゃん」

「ミノス様、カシャフ様。お戻りになられていましたか」

「ニケは?」

「あの御方は少し休まれています。連戦でしたから」

「……あー、あのアストライアーとやり合った件ね。他にもやり合ったの?」

「……『不殺』と」

 その名を聞いた瞬間、ミノス、カシャフが大きく目を見開く。背後の同期二人も驚きを隠せていなかった。よりにもよってあの男がニケと、など想像の外。

「へえ、あいつとニケが? なんで、なんでよ。だってあいつ、誘っても戦わねえじゃん。僕も遊ぼうとしたのにひらひら逃げるしさぁ。なんでェ?」

「存じません。興味もありません」

 ミノスの問いに男は顔を歪める。それを見てミノスはにたりと微笑んだ。

「君、『不殺』と知り合いなのォ?」

「だったら、なんですか?」

 殺意の充満した視線、それを受けてミノスは笑みを深めるだけ。

「不敬じゃん?」

「失礼しました。ですが、あの男と知人などと反吐が出ることをおっしゃられたので、つい。まあ、喧嘩なら買いますよ、牛の王」

 この男、新人の魔人クラスだがタケフジらと同様至る可能性を秘めた魔人上位である。ネフィリムに成るか、タケフジのままかは今後次第だが。

「あっはっは、売るわけないだろ、格下にさァ。僕の品位が落ちるってもんだ。争いってのは同レベルでしか発生しない。残念だけど、君はまだその域にないよ。もちろん、『不殺』とも、ね。君じゃあまだまだ届かない」

「ッ!?」

 男は怒りに身を震わせる。

「あの男は生きてますの?」

「……逃げましたよ。無様に。皆さんに見せてあげたかったですよ。自分をスーパーヒーローだって言ってた男が、命欲しさに逃げ去るところを」

「そう。怖いわねぇ」

 カシャフはわずかに思案し、部下に視線を移す。

「あの男、『不殺』の監視、お願いできるかしら?」

「「喜んで」」

 彼女らに否定する権利はない。彼女らにとってカシャフの命は絶対である。

「へえ、自分の命すら、執着がなかったように見えたんだけど。何のために戦ったのか、興味があるよ。案外、君のためだったりしてね」

 ミノスの探るような眼、男は視線をそらし吐き捨てるように、

「知りませんよ、父を殺したクズの話なんか」

 ミノスは笑みを深める。

 掴みどころのなかった男、その何かを掴んだ気がしたから。

「ふぅん。ちなみにさァ、ニケ、追いかけた?」

「いいえ。取るに足らぬと思ったんでしょう。多少の手傷は負わせていましたが、倒すまでは到底至りませんでしたし」

 ミノス、カシャフの眼が鋭く、光る。

「なるほどね。ただの武人じゃないな。武じゃあいつに届かないしィ」

 多少の手傷、あの最強を相手にそれを刻むことのどれほど難解なことか。真っ向勝負で成したということは、それこそ王クラスでなければありえない。

「これさ、面白くなりそうじゃなァい」

「そうね。まあ、バカンスくらいには楽しめるかもしれないわねぇ」

 最強の魔人『不殺』のアカギ。興味を持つは古参の王クラス、カシャフとミノス。シン・イヴリースの筋書きの外で、あくの強い脇役たちも動き出す。


 この戦いは正義の在り処を問うモノとなる。

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