第4章:紅蓮の試練
ヴィシャケイオスの里、深き穴倉の深奥、赤髪のドゥエグがずらりと居並ぶ。
「ほへぇ、爺ばっかよぉ集めたのぉ」
「婆もおるぞ、やんちゃくれ」
「ぶはは、まだ生きとったかクソババア」
上座に座すはヴィシャケイオスの頭領、タタラ。そこから扇形におそらくは重鎮なのだろう、立派なひげを蓄え、筋骨隆々のドゥエグが胡坐をかいていた。
そして、全ての中心にゼンが居心地悪そうに座っていた。
「この者、アルザルのトヴァに鉄の名を与えられし者、ヴァルカンである」
その名に皆、それぞれの貌を見せる。
素直に驚く者、不満を表す者、笑みを浮かべる者、様々である。
しかし、割合として多いのは不満、であろうか。
「この者、我らヴィシャケイオスに取引を持ち掛けてきた。蒼き星にて失われし金物、それを見たいと申してきた。この者、左目に偽造神眼を持ち、金の星の金物をもよみがえらせる可能性あり。さりとて秘宝、容易く開示能わぬ」
「開示能わぬ」「開示するぐらいよかろう」「そもそも残ってたか?」
「端材なれば」「端材なればよかろう」「端材でも能わぬ」
口々にドゥエグたちが言葉を交わす。
「この者、虹の剣を創造し神の贋物を断ち切った。名に恥じぬ打ち手也!」
その口論を遮る形でカナヤゴが吼える。
「黙れカナヤゴ。今は若造が口を開く時ではない。各穴の長が集っておるのだぞ」
「たかがひと里の穴倉、治めたところで何が長か。この者の技をご覧ぜよ。我が名に誓い、この者、技を示す。示さねばこの首、くれてやる」
カナヤゴが笑みを浮かべながら首に自らの手を添える。
「ほざいたのぉ」「あのやんちゃくれにここまで言わせるか」「一見の価値有」
「ドゥエグ以外の技前など」「最近は人族の技も悪くないじゃぜ」「はてさて」
まとまりを欠く長たち。
「なればこの紅蓮石を見て一つ、作品をこしらえてみよ」
そんな状況下でタタラが後ろから赤銅色の鉱石を皆の前に出す。
「せこいのぉ、オヤジ」
「異論はあるかや?」
「無い!」
カナヤゴが言い切ったことでドゥエグらは目を丸くする。
紅蓮石はドゥエグの、しかもヴィシャケイオスが住まうこの穴倉でしか産出されぬレアメタルである。この鉱物、柔く脆い性質であり、ある条件をクリアせねばとても実用に足る金属と成りえない。
同じドゥエグでさえヴィシャケイオス以外には難題となるのだ。
「少し、見させてもらう」
ゼンはその鉱石をまじまじと眺め――
(触れた先から僅かに欠けた。脆い。押してへこむほどでもないが、不純物を加味しても明らかに柔らかく感じる。仄かに温かみはあるが、それに何の意味が)
見て、触れて、感じる。
欠けた部分を手に取り、軽くこねてみる。
ほんの僅かに温度が、感触が変化した気がした。
普段であれば気づかぬほど小さな変化。されど、人の形態であり集中に全リソースを注いでいる今のゼンなれば、モノの本質逃すこと無し。
男の兆し、ドゥエグらは目を見張る。
「創るぞ、ギゾー」
『へいらっしゃい!』
ゼンの左目、偽造神眼が起動し、仄かに赤く輝く。本来神族にのみ許された禁忌の力、創造。魔族だけにしか使えず、魔族では扱い切れぬゆえこの眼は存在している。もし、この眼がゼン以外の、シンの軍勢に渡っていたら。
まあ、レウニールが守護する以上万に一つも可能性はないだろうが。
「生まれては消え、消えては生まれ」「これが偽造神眼」「便が良い」
「便は技を鈍らせる」「否、技無くしてこの力、使えぬ」「試行錯誤よな」
生まれ、消え、その度に真へと近づいていく。
頭の中で幾重にも枝分かれする可能性たち。驚くべきは最初の段階から求めていた水準近くには達していたこと。それなのに、この者満足せず高みを目指す。
十本を超え、作品真に迫る。
二十を超え、作品真に至る。
そして――
「……なんと」
三十を経て、作品、真を超える。
「ふぅ」
最後の一振り、それを生み出す際、彼の右目に何かが浮かんでいた。雰囲気、その者の個性、魂の形、マナと干渉し至れりはシンなる御業。
彼らの血が告げる、この者の力、シン・ヴァルカンと同じ色合い。
彼らの継承されてきた鉄の名が覚えている。
『ああ、僕はね、ちょっと変わり者なんだ。シックスセンスがセブンススフィアと似た能力なのさ。シュバルツやレウに言わせると非効率的、だそうだが。僕は気に入っているよ。君たちと一緒にモノづくりが出来るんだ。心の赴くままに』
世界の調律を経ずに彼は至らんとしていた。
英雄たちが振るう力。世界の、シュバルツバルトの調律によって発現せし、誰もが持つ人の力、明日への可能性。人の数だけ存在する力であり、マナ満ちし世界でなければ至ったとしても発現することはない。
ただ雰囲気として立ち上るのみ。
無数の刃、試行錯誤を繰り返した末に広がる武器の世界。
今はまだ、兆し。
「これが今の、限界です」
カナヤゴの比ではない、凄まじい数の業物を打ち鍛えてきた練達の鍛冶師たちが息を呑む。紅蓮石は高熱で練り上げることでその性質を変じていく。熱く、硬く、それでいて柔らかさも備える、刃金にうってつけの素材と成るのだ。
それは出来ている。最初から、出来ていた。
最善を模索していたのは経過から皆に伝わっていた。練る時間、回数、模索する度に近づいていく様に彼らは胸躍り、至った時には素晴らしいと微笑んだ。
その先に至った時、彼らの笑みは凍る。
「なんぞ、この刃は。紅蓮石とは思えぬ発色。熱も、うむ、熱いッ!」
タタラが熱がるほどの熱量。ドゥエグたちは我先にと刃に触れ「熱いッ!」と飛び跳ねる。それでも触れるのをやめないし、好奇心が絶えることはない。
「なるほど、重ねたか」
ウィルスのつぶやきにカナヤゴは唸る。彼らは知るのだ、打ち解けたきっかけであり、彼ら鍛冶師の心を停滞から覚ました逸品の造りを。
あれを当て嵌め、新たな力を引き出した。
「カナヤゴ!」
「教えて欲しくば協力じゃ、オヤジ」
「教えていいと思う人!」
「はーい!」
「ハイ全会一致!」
「我が一族ながらなんとまあ尻軽な連中よなぁ。まあ、私も人のことは言えんか。息を吸うように創り出すもまた我らがサガなれど、息を忘れるほどのモノに出会えば胸も躍る。我らに欠けておったのは出会い、なのであろうよ」
「馬鹿なんじゃからええとこ言わんでいい! さっさと言わんか!」
カナヤゴ、父の豹変に真顔となる。
「練り上げた紅蓮石を重ね、叩き、また重ね、叩き、と重層構造にしておるのだ。ふぅむ、剣としての機能を損なわず、赤みが増し、熱量も上がる、と」
「重層構造!?」「なんという発想か!」「こりゃあ一本取られたわい」
「途方も無き工夫」「阿呆の仕事ぜよ」「ええ阿呆じゃ」
火傷しながら笑うドゥエグたち。その貌はさっさと自分たちも試したいと言っていた。年甲斐もなく、彼らははしゃぐ。
「焼き切る剣、これはこれで面白い」
ウィルスの思想とは異なるが、これもまた素材を最大限に生かしたカタチであろう。今ある工夫を生かす柔軟性、それ以前に素材を見抜く眼。
旅をする中で、おつかいをする中で、それは磨かれていた。
彼の旅路で無駄なことなど何一つ、無い。
無駄にせず吸収している、とも言えるが。
「あー、すまん、ヴァルカン」
「いや、構わないんだが」
気づけばタタラを含めた長たち全員が自分の工房に駆け込み、紅蓮石を弄り倒さんとこの場を去っていた。必然、ゼンたちは置き去りとなる。
「熱しやすくてのぉ。たぶん全員一日は工房から出てこん。出てくるとすれば、あー、老衰で死んだ時ぐらいじゃろうなぁ」
『全員がカナやんみたいだとは思わなかったぜ』
「ぶはは、全然似ておらんから今度言ったら練り上げてくず鉄にしてやるぞ」
『すいません!』
カナヤゴが腕まくりをして灼熱の右腕を振りかぶる。
ギゾー『ひえ!?』とビビる。
「まあ冗談は置いといて、とりあえず私の工房で紅蓮石を弄り倒すとするか。本当にあんな色合いになるのか、興味が無いと言ったら嘘になろうよ」
「同感だ。もしかするとこう成らぬ可能性もあるわけで」
「……たぶん、大丈夫だと思うんだが。実物で試す様を見れるのはありがたい。二人の技を盗ませ、いや、見させて貰いたいしな」
「こちらも頂いている。御相子だ」
「さあ征くぞ!」
なし崩し的に勘当をもうやむやにし、カナヤゴは自分専用の穴倉へ足を向ける。まずは工房の火を入れ、万全の準備をしてから――
「あ、カナヤゴだ!」
「追い出されたやんちゃくれだ」
「バーカバーカ」
「何故、私の穴倉が、チビ共に占拠されておるのだ?」
愕然とするカナヤゴはチビたちに蹴飛ばされ、真ん丸ゆえころころと転がる。
『勘当ってマジの奴だったわけね』
「……ハァ、これじゃここは使えないな。別のところを借りよう」
「ドゥエグが易々と工房を貸すか! ここは私の穴倉だぞ! 私が掘り抜いて、オヤジの手伝いをして稼いだ金で設備も整えたのだ! あと、最高の寝心地の床石もアルザルにおつかいへ行った際、わざわざ背負って持って帰ってきたんだぞ」
「それ邪魔だし捨てた」
「ぶち殺す!」
「落ち着け、カナヤゴ」
「止めてくれるな、ヴァルカン! 世の理をこやつらに叩き込んでやる!」
ゼンが猛獣と化したカナヤゴを押し止めている間、子供たちとウィルスが交渉し工房だけ使わせてもらえることになった。カナヤゴの私物はきっちり処分され、何一つ残っていない有り様にしばらくめそめそしていたのは秘密である。
実はタタラが別の場所で保管しているのは秘中の秘であった。
「ほう、そう叩くか」
そんなこんなでカナヤゴらの作業を見ていると――
「ヴァルカン、遊ぼうよー」「遊ぼうよー」
「僕らの探検に連れてってあげるからー」
「……少し外の空気を吸ってくる」
「外と言っても穴には違いないがな。広いだけで」
カナヤゴの親戚(カナヤゴが十八女、その姉である十三女の娘たち)にしがみ付かれながら、ゼンは探検への参加を余儀なくされる。
子供の頼みにはめっぽう弱いゼンであった。
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