第3章:風雲急を告げる影

 怒号、罵声、もはやただの悪口の応酬。

 ゼンはそれを静観する。と言うよりも静観せざるを得なかった。

 首を突っ込めば火傷するのは明白。どちらもヒートアップしているし、どっちに与してもアウトなのも理解していた。普段は愚鈍だが窮地に対する嗅覚はまずまず鍛え上げられている。つまり今、窮地と言うこと。

「「貴様(君)はどう思う!?」」

 そして、詰んだ。

「……ど、どっちも大事だと思います」

 明らかなる悪手。ギゾーは天を仰ぐ気分であった。いやまあ、詰んでいるのでどちらを取っても意味ないし、どっちも取らずともやはり意味はない。

 まあしいて言えば目的のウィルスに加担するのが正着だったかな、とも思ったが。どちらにせよそんな綱渡りをこの男、脳みそオークと化したゼンに渡り切れと言うのがどだい無理な話。当たって砕けてくれ、とギゾーは適当に考える。

「ふぅ、ナンセンスだ。刃とは切り裂くモノ。切るために必要なのは引く動作、だ。しなりを加え、最速にて引き切るのが剣の理。其処に頑強さは必要ない」

「硬く、固き、堅いことこそ鉄の理よ。薄っぺらく鍛えの入っていない刃は脆い。軽く横から衝撃を加えるだけでぽっきりよ。それに断ち切るだけが剣ではあるまい。時には押し潰すことも必要。脆き剣でどうやって打ち合うつもりか」

「打ち合う? ふっ、剣とは一撃必殺。金槌を振り回している一族には少し難しかったかな? それに我らの剣は魔を断つ剣、なれば打ち合う想定など無意味だ。相手の方が遥かに強く、相打った時点で敗北は必至」

「軟弱なり、人族め。鍛えておらぬからそのような腑抜けた言葉を吐けるのだ」

「鍛えれば魔族にも勝てると? これはぜひ拝見してみたい」

 火花散る二人。その間で立ち尽くすゼン。

『なあ、相棒よ』

「なんだ、ギゾー」

『これ、どうすんだ?』

「俺には無理だ」

『まあ、そうなるわな』

「他力本願」

『相棒、コミュニケーション関係はぶん投げがちだよなぁ』

「コミュ障だからな」

 何故かドヤ顔のゼン。ギゾー、心の中でため息を重ねる。

「とりあえずコードレスを通して連絡済みだ」

『そしてぶん投げる時の報連相はクソ早くてウケる。他の追随を許さねえな』

「まあな」

 やはりドヤ顔のゼン。

 溢れ出るダメンズオーラにギゾーは眼がくらみそうになる。

 まあ、彼にくらむ目はないのだが。


     ○


「で、これどういう状況?」

 合流したアリエルは開口一番問いかける。

「見たままだ」

 堂々と言い切るゼンであったが、この状況を見て把握できる者はエスパーしかいない。口喧嘩から取っ組み合いの喧嘩に発展し、その果てに無言で鉄を弄り始める二人。背中を向けて絶対に自分が正しいんだと目を合わせる様子もない。

 背中合わせの二人を見て状況を分かれと言うのは無理難題であろう。

「ヴァルカン、私は貴様以外招いた覚えはないぞ」

「そう言うな。こいつらは英雄だ。きっと良い感じに収めてくれる」

 ゼンの断言。それを聞いてアリエルは無言で蹴りを入れた。

「痛いんだが」

「痛くしてんのよ、この馬鹿」

 面倒くさくなって彼女たちを呼んだ。多少付き合いのあるアリエルは即座に見抜く。偽善を成す、というスイッチが入らない彼は適当なのだ。

 初対面を思い出す無気力っぷりである。

「防具が多いですね。この脛当てなんて素敵です」

「ぬ? ほほう、少しは話の分かる人族もいるようだな」

「初めまして、トモエと申します」

「トモエか。私はカナヤゴだ。それの良いところを述べてみよ」

「軽く頑丈、ただそれに尽きるかと。見たことない材質ですね。綺麗です」

「うむうむ。防具はそれが大事だ。私のオリジナル合金でな、軽い鉱石を繋ぎ合わせ軽さを追求しつつ、鍛えを念入りに入れたモノだ」

「素晴らしいですね。私も力がある方ではないので、こういった防具が一式欲しいです。五体で受ける気はないですが、万が一のためにも」

 九鬼巴の言葉には圧が宿っていた。万が一、其処に込められた自負。

 頑として振り向く気のなかったウィルスがちらりと覗くほど。

「トモエにとって刃とは如何なるものだ? 切れ味を求めるか、頑強さを求めるか、偽りなく答えよ。どちらを人族は求める?」

 カナヤゴの問い。九鬼巴は首を傾げる。

「何故どちらかなんですか?」

「それはトレードオフであるからだ」

 ウィルスの言葉に九鬼巴はじっとゼンを見つめる。普段であれば目を合わせようとするだけで赤面し、顔をそらす彼女であったが――

「葛城君、国綱を出してください」

 その眼は真っ直ぐとゼンを射貫く。

「……国、綱?」

「小学五年生の時、貴方は視ていたはずです。じっと、魅入られたように。隣には製法の説明もありましたね。であれば、創れるはず」

「あ、ああ。だが、昔過ぎて記憶が曖昧だ」

「大丈夫です。私が知る限り、あの時が唯一、でした。葛城君の集中力に、没入に、圧倒されたのは。受験勉強、和泉翼との勉強ではありえ、無い。あの時は勘違いだと思っていましたが。今ならわかります、貴方の得能が」

 九鬼巴は確信をもって述べる。

「出来ますよ、葛城君」

 英雄である彼女の太鼓判。無意識にゼンは集中する。内心を知るギゾーは震える。たまにあるのだ、何かを生み出す時にそこから引き出すか、と思う時が。ゼン博士である自分よりも遥かに早く、深く、それを引き出していく。

 国宝国綱、東西の懸け橋と成った稀代の業師が遺した珠玉の刀剣である。

 西方での経験を糧に打ち鍛えた大業物。

 資料館で見た、ただそれだけの記憶。その文面やあの刃金から逆算していく。今彼が持つ知識と結び付け、限りなく近づけ、模倣し、時を超え、甦る。

 すでに芯が朽ちた骨とう品ではなく、現役時代のそれが。

「ぶ、はっ」

「さすがです。私の目から見ても、寸分違わぬ大業物かと」

 時を超え、顕現せし刃金。

 当初、興味の薄かったカナヤゴとウィルス。しかし、それを一度見、二度見、気づけば互いの額がくっつくほどに接近し、その刃金を凝視していた。

「なんぞ、これは!?」

「頑強かつ鋭い。何よりも、美しい造りだ」

「執念に満ちた鍛え、ドゥエグを圧倒するかよ。ぶはは、馬鹿じゃこれを造った輩は。ううむ、片刃であるのはこの薄さで頑強さを得るためか」

「この切れ味のまま両刃にするには広さがいる、か。理に適っている。合理だ。居合術にも合う。どうにかこのサイズ感で両刃に出来ぬものか」

 すでに険悪な雰囲気など皆無。そもそも額を突き合わしている相手のことなど見えていない。ウィルスはウィルスの、カナヤゴはカナヤゴの世界に浸っている。

 そこに他者が介在する余地などない。

「……日本刀ってやつ?」

「はい。アリエルさんの世界と同じものかはわかりかねますが。私たちの世界でもそう呼びます。そして、これと同等の切れ味を誇る両刃の剣が、西方諸国にはいくつか存在します。最も有名なのは亡国アルカディアの黄金時代を築いた至高の王、アルフレッド大王が振るいし剣、世界遺産に認定された最初の文化財、ですね」

「可能なのか、これほど完璧なモノ、その先にある両刃、など」

「製法は謎に包まれておりますので、私にもわかりかねますが、存在します。彼の時代から五百年経った今でも、些かも衰えぬ切れ味を残しながら」

 絶句するウィルス。カナヤゴも腕を組み唸る。

「……参った。これは、ちょっと、参った」

「ううむ、鉄を知り尽くしたつもりであった。しかし、だ、この遠さよ。果てなく、峻厳。ぶはは、何と愚かなことであったか、自負が吹き飛んだわ!」

 九鬼巴が導き、ゼンが示した可能性によって二人のこだわりは消し飛んだ。

「カナヤゴ殿。工房を借り受けたい」

「ぶは、そこの区画を使え。私はこっちを使う。ヴァルカン、一生の願いよ。もう何本か用意してくれぬか? どうしても今、必要なのだ」

「俺の分もお願いしたい。今、この熱情を逃したくない」

 鉄は熱いうちに打て、鍛冶師ならば当然のこと。

「では、アリエルさん。私たちは任務に戻りましょう」

「……何か釈然としないけど、まあ、邪魔する気はないわよ。あんた、あの手のことに詳しいのね。驚いちゃった」

「家柄、触れざるを得ませんでしたので」

「ふーん」

 呼び出され、よく分からないまま勝手に解決した状況。釈然としない気持ちはあるが、それでも質問、意見を交わし議論する彼らを見るとそれも引っ込んでしまう。絵になる三人であった。根が、似ている。

 アリエルもまた得心に達した。

「……才能のあるなしは世界の判定に関係しない、か」

 先ほどとは別の方向性で白熱する三人を放っておき、アリエルと九鬼巴は日が暮れたばかりの都市を歩む。ずっと胸に引っ掛かっていた疑問。

 なぜ自分が英雄で彼がクズなのか。その答えの一端に――

「そのようです。葛城君の才能はおそらく、元の世界では生涯発揮されることのなかったものでした。伝統芸の世界、ま、まあ、私と、その結婚することがあれば、違ったかもしれませんが。も、もしもの話ですよ」

「はいはい。呼ばれた時点で才能を発揮し、きちんと結果を出している者が英雄。逆に才能があっても埋もれていたらクズ、ってこと?」

「そこまでシンプルではないと思いますよ。評価軸は色々あるんじゃないでしょうか。総合評価です。人格とかも考慮されるんじゃないですか?」

「だから自分は召喚されるのが遅かったって?」

「はい。私、平和とかどうでも良いので。私が強ければそれで良いですし、極論、葛城君が生きているなら世界が滅びても構いません」

「人格評価最低点って感じね」

「です」

「でも、それならあいつは低いとは思えないんだけど。平均はあるでしょ。馬鹿だし、運動能力が並以下だとしても、心が普通じゃないじゃん」

「小さい頃の葛城君なら平均以上だと思います。でも、中学時代の、高校に上がった頃の葛城君だと、たぶん、あちら側です。自信を失って、気恥ずかしさからか優しさを押し殺して、普通に成ろうとしていました。見ていて痛々しかった。それを助長する存在が大嫌いでした。拒絶が怖くて近寄れなかった己も、ですが」

「普通に、ね。あー、なんとなく、わからなくもないかも」

「天才とクズって、たぶん紙一重なんです。どっちもズレている。ズレているのに合わせようとしたら、もっとズレるだけ。私たちは突き抜けた。彼は突き抜ける方向性も見つけられず、堕ちた。ただ、それだけな気がします」

「でもさ、あいつの立場に成ったら軽々に言えることじゃないけど、私はそこで堕ちたから、今のあいつがあると思う。たぶん、こける前にこっち側に来てたら、今よりずっと弱かったんじゃない? 転んで、砕けて、立ち上がって、何度も打たれて、それでも立ち続けたから今のあいつがいる。私はそう思うけどなぁ」

 アリエルの言葉に九鬼巴はハッとし、そして苦笑した。

「まるで刃金ですね」

「あはは、本当」

「私、葛城君のためなら死ねます。世界のためには死ねません。だから、たぶん死ぬのは私の方が早いと思います。なので、お願いしても良いですか?」

「何の話よ?」

「葛城君のこと。理解してくれる方なら、良いんです。私じゃなくても。そりゃあ私の方が良いけれど、でも、あの人の眼には私なんて映ってない」

「ったく、これからでしょ。再会したばかりじゃない」

「……そうですかね」

 乾いた笑みを浮かべる九鬼巴。自分の強さには絶対の自信を持つ彼女だが、ゼンのこととなると弱気が過ぎる。同じ体育会系でもその辺はサラの方がタフだった。そして彼女との約束を思い出しやきもきするアリエル。

 何とも難しい状況である。

「ってかそれならあのローストビーフ女も含まれちゃうじゃない」

「シャーロットさんですか? あの人は、違う気が」

「あいつ、あんたが思うほど単純に出来ちゃいないし、馬鹿でもない。振舞いと言動は馬鹿そのものだけどね。でも、きちんと見てる。ただの馬鹿が世界的スーパースターなんかにはなれないわよ。むしろ私なんかよりよっぽどその辺慎重よ。当たり前だけど、あいつ死ぬほどモテるから。で、世間様から見た綺羅星蹴っ飛ばしまくって今に至ってるわけ。それで選んだのがあれなんだからさ」

(本当、見る目があり過ぎなんだって、あの女は)

 今もなお研鑽し続ける銀の星。

 アリエルは知っている。あの女は努力の女なのだ。初めて見た時には歯牙にもかけなかった相手が、次に会った時は自分の足元に迫ってきた時の恐怖たるや、アリエルは微笑む。あれは慢心しない。ゼンとの差を知った。同じ努力ならアリエルに劣ってしまうことも知っている。だから彼女は今、研鑽しているのだ。

 次に現れた時、きっと彼女は普段通りのおバカな言動で示すだろう。

 どうだ、追いついたぞ、と。

「話を戻すけどさ、つまり敵陣営にもいるってことでしょ?」

「え、あ、はい。いると思います。むしろ暴力と言う観点ならこちらより多いほどでしょう。格闘技と言う評価軸はあれど、其処から外れてしまえばどれだけ強くても、むしろ強ければ強いほど、世間的にはマイナス評価でしょうから」

「脅威には映るわね。捕獲した王クラスも確か――」

「はい。ネフィリムの素体はさる国のギャング、その構成員だったそうです。女だてら女性離れした身体能力で敵対組織を、って感じですね」

「なるほど、ザ・アウトローって感じね」

「得能によって世界の評価がマイナスに振れることもあれば、葛城君のように見つけられず眠っていた才能がこちらの世界では見つかる可能性もある。ただ魔族だからスペックが上、だけでは片付けられないケースも出てきていますし」

 二人の脳裏に浮かぶはあの『破軍』を凌駕した桁外れの怪物。

 そして九鬼巴のみ知る、あの空手家もまた傑物であっただろう。

「ほんと、容易くないわね」

「ですね」

 正直に言って、この都市を解放したところで根本的な問題は解決しない。それは彼女たちも承知している。もちろんやらないよりもやった方が良いし、少しでも被害を削るためにも人材は多ければ多いほどいい。

 だが、敵はそれ以上なのだ。

「勝てるかしらね」

「どこかで相手の拍子を狂わさねば、勝てません」

 相手が手に入れた力、その神出鬼没を上回るためにはどこかでリスクを冒さねばならない。その手をどこで放つか、その手の成功確率を少しでも上げるにはどうすべきか、オーケンフィールドらは考えているのだろう。

 勝率を少しでも上げる道を。

 この都市の開放はそのための一端、それが彼女たちの認識であった。


     ○


「ウィルスがおらんなァ」

「あれも気まぐれな男だ。私の顔に免じて許してほしい」

 アニセトに対し頭を下げるレイン。他にもこの場にはエーリス・オリュンピアの上位陣が集っていた。これだけのメンツが揃うことは稀である。

「ふぅむ、まあ、よかろう。諸君に集まってもらったのは、今この都市に入り込んでおるネズミのことよ。アストライアー、そしてシンの軍勢」

 アニセトの言葉、特に後者は全員の顔つきが変わる。

「どちらもわしらにとっては敵である。何故なら、きゃつらは我らの世界、その外からやってきたからだ。本来いるべきではない異物。如何に取り繕おうとて、其処に変わりはあるまいよ。取り除かねばならぬ。我らの安寧のため」

 レインは苦笑する。我らではなくお前のだろう、と。

「諸君らには彼らの排除に動いて欲しい」

 アニセトの頼み、されど全員の反応は薄い。

 全員の代弁がため、進み出るは見るからに豪傑の騎士然とした男。

「英雄の位にもよりますが、我らの手に余る存在である可能性は高いでしょう。シンの軍勢に関しても王クラスでなくとも魔人クラス上位が出てくれば、相性にもよりますが徒党を組んでなお敗れる可能性も十分ございます」

 騎士の言葉にアニセトは頷く。

「無論、きゃつらの強さはわしが一番よく分かっておる。ずっと模索しておった。凌駕する方法を。絶対の安寧を得る方法を。実を言うとな、わしはシンの軍勢とは一度同盟を結んでおるのだ。無論、無論、民のためであるが」

 初耳、幾人かの顔が曇る。

 曇らずとも――

「わしはその時、ある術式を組むための知識を授けた。人造の魔族を生む、転生ガチャと呼ばれる術式の、なァ」

 かすかに、レインの空気が変ずる。幾人かはそれに気づき、身構えた。

「今の人類にとって最悪の状況を生んだのがアニセト様、とは」

「わしが授けずともきゃつらは辿り着いておったとも。むしろ、わしは術式にランダム性を組み込むことで望む通りの戦力を与えぬ仕様を押し付けたのだ。非難される謂れなどあるまい。むしろ、むしろ、讃えられるべき、だ」

 どうすべきか、彼らは惑う。抜き放ち討つべきか、否かを。

「くく、わしに敵意を向けるモノよ。本当にそれでよいのか? わしの話をきっちり聞いておったか? わしはその術式を知り、かつ望むままの姿に変えることが出来ると、言っておるのだぞ。力が、欲しくはあるまいか? んん?」

 全員が絶句する。敵意以上の衝撃。

「とはいえ、魔族になるは抵抗もあろう。わしもあのような化け物、なりとうない。だが、神族ならばどうだ? 観測者としてこの地に残るエルの民とは異なる、戦闘タイプの神族。失われし栄光の、神話の、神そのものに成れるとしたら?」

 信じ難い話である。ありえない話でもある。

「……信じろ、と?」

「なれば、刮目せよ」

 アニセトの背中が輝きて、美しき四枚の翼が顕現する。

 顔つきもすっきりとかつての輝きを取り戻す。大魔術師であった頃を。

「これが神化、である。我が秘術、その到達点。世界各地から収集した神々の痕跡から再現した永遠の姿。欲しくはないか? いつまでもきゃつら主導であって良いのか? 世界を守るは、我らであるべきであろう!」

 絶対の説得力。多くの武人は息を呑む。喉から手が出るほど欲しかった世界を変える力。鍛えた技が通じず、絶望に打ち震え、ここに流れ着いた者たち。

 彼らにとってアニセトの提示する道は魅力的であった。

「アストライアーを、シンの軍勢を、我と共に討たんとする者に与えよう」

 諦めていた道がそこに在る。

「何故、其処にアストライアーが混じる?」

「なんだ、レインよ」

「シンの軍勢だけで良いだろう。彼らを味方とするかは立場次第だが、敵とする意味はないはずだ。シンの軍勢だけであればその手、握っても構わない」

 レインの言葉は皆に衝撃を与えた。

 英雄の血がアニセトを受け入れると、彼女は言ったのだから。

 だが――

「ならぬ。むしろ、アストライアーが駄目なのだ。英雄こそ、あってはならぬ存在なのだ。勇者にはわかるまいか。魔術師を、我らを虚仮にするような存在が。フィフスフィア、わしですら到達叶わなかった究極の魔術。きゃつらはそれを当たり前のように使う。英雄は人を、魔術を、堕落させる真の毒なのだ」

 アニセトの眼に浮かぶ色を見てレインは首を振る。

「愚か者、その名を背負う私でも、貴様ほど落ちる気はない」

 ふっ、とレインの姿が消える。

 その瞬間、アニセトの首が舞った。

「おん?」

「これが神、か。見掛け倒しだ。世話に成った」

 あまりの早業、この場全員が目で追えていなかった。

 ただ一人、否、ただひと柱を除いては。

「これが、神だ」

 レインの身体を雷が貫く。これまた、誰の目にも止まらぬ速度域。

「ほう、さすがは英雄の血。腐ってもストライダーか」

 反応するはただ一人、英雄の血統レイン・フー・ストライダー。

 雷が穿ったのは彼女の残像である。

「……怪物め」

 アニセトは自らの首を拾い、元あった場所に乗せる。

 それだけで再生する、超常の力。

「神だ。人族では万に一つも勝ち目はない。我は神、ユピテル族、ゼウスの血統を喰らいしモノ、偉大なる大魔術師アニセト也ッ!」

 神雷をまといしアニセトを前になす術を失ったレインはため息をつく。怠惰な己、諦めた己には似合いの無様な終着点。あの父でさえ犬死した。

 ならば何故、自分がまともに死ねるだろうか。

「選ぶが良い。神と成り人を統べるか、ここで死に絶えるか」

 ただ、彼女の名がまがい物の手を受け入れる選択肢を与えなかった。

「悪いが面食いでね、貴様の手は取れないな」

「残念だ。貴様ならばよき神に成ったものを」

 雷が、今度こそレインを――

「何事も生きてこそ、だよ」

 穿つ前に影が彼女を飲み込む。その影の発生源、大魔術師である男が見逃すはずもない。先ほどまでエルの民の格好をしていた者の認識が歪む。

 そこには『機構魔女』ライブラがいた。

「ロキの人形がァ」

「かつて我が主とも渡り合った偉大なる魔術師が落ちたものだ。だが、責めはすまい。積み上げた者ほど、この世界の理不尽は堪えるだろうさ」

「滅べ」

 雷。されどそれは雷の矢によって相殺される。

「ぬ? まさか、あんなところから、撃っただと!?」

「はは、確かに神の如し力、知覚範囲も手に入れたようだね。ここは退かせてもらおう。そして知ると良い。神をまとうても人は人。魔族もまたしかり、だ」

「何の話だ、人形!」

「君は彼には、彼らには勝てない、という話さ」

 影に消えるライブラ。魔族の因子を持たぬ魔術師には追いようがない、人族の枠にしかいなかった彼にとっては嫉妬の一因であった。

 今は、この程度であれば許せるが。

「……ちィ、トリスメギストスか。万里を見通す眼の死角を伝えたな」

 二人を認識できない。追い切れなかった。

「まあいい。さあ、他の者はどうする? 我が力、貴様らは望んでいたはずだ。各々理由はあろうが、諦めて流れ着いたは同じであろう?」

 甘い言葉が耳朶を打つ。

 彼らは今、神の如し力を見た。抗うことは、出来なかった。

「さあ、生まれ変わろう。共に!」

 地上にて滅びたはずの存在が、アニセトによって再び顕現する。


     ○


「ここまで歪んでいたか」

「……トリス様の見立て通りとはいえ、厄介ですね」

 ライブラが撤退した場所には弓を背負う仮面の男がいた。隣には意識が朦朧と、荒い息を吐く英雄の末裔レイン・フー・ストライダー。

 かわしたと思っていた雷は当たっていたのだ。

「転生ガチャ方式なら、おそらく定着まで多少時間が必要なはずだ。それまでにやるべきことをやっておこう。アニセトのことは僕から皆に伝えておく」

「彼女たち二人は大丈夫ですか?」

「二人一緒なら問題ないよ。だからアニセトは慌てて戦力拡充を図ったのさ。貴重なストライダーを切り捨ててでも英雄対策を選んだ」

「なるほど、ならば私は今まで通り援護に徹します」

「頼むよ。戦力拡充が目的ではあったけど、ことここに至ればそれはおまけだ。この都市からアニセトを、彼の術理を拡散させてしまえばそれこそこの世の終わりさ。人族なんてこの世から消え去ってしまう。魔か神かの違いでしかない」

「ですね。では、またお会いしましょう、『機構魔女』殿」

「君もね、仮面の騎士」

 レインを背負い影に消えるライブラ。仮面の騎士もまた都市に潜り込む。

 事態は複雑さを増していく。

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