第2章:情報収集

「デカいっすね、プルートニオン」

「まあ、大きさはな。人界のように整備されていないから中は意外と狭いぞ。建物はもっと狭苦しい。まともに作れる奴が少ないからな」

『でも昨今はマシだぜ。若いのは結構できるやつもいるみたいだしな。いつか人族と魔族の境目も薄れていくのかも。なんてありえないか』

 さすがに事情通であるゼンとギゾー。収集王による度重なる無茶ぶり、もといおつかいによってすっかり魔界が板についていた。ギゾーは元々それなりの知識はあるが、今の事情に関してはゼン同様おつかいによって得たものである。

「雲、というか粉塵か。そのせいで見えてなかったけど、本当に空、赤いんだな」

「まるで火星のようだね。赤茶けた大地の粉塵がそう見せているのかな? であれば夕焼けは青いのだろうね。青なのに焼ける、はおかしいか」

「火星の空って赤いんすか!?」

「ここほど赤みは強くないがね。大気中に私たちが感知できない何かがあるのかもしれない。それを知るすべを私は持たないが」

「ほへー。勉強になるっす」

「一般教養さ」

 シュウの発言からシャーロットの豆知識とみずきの合いの手が入る。

 しかし、ゼンは無言。シュウもまた苦い笑みを浮かべていた。ギゾーすら沈黙しているのがなかなかに珍しい。

「一応、まだ極秘なんだがな、折角の機会だ、プルートニオンに入る前に知識を共有しておこう」

「ふむ、実に深刻そうな表情だ。ゆえに興味深い」

「自分馬鹿なんでわかりやすくお願いするっす」

「ゼン、火星って知ってるか?」

 当たり前の知識が如くシュウが問う。何を言っているんだか、とシャーロットとみずきは目を見合わせた。しかし次の瞬間――

「知らん。紅星のことか?」

 二人は大きく目を見開く。

「……どういう、ことだい?」

 軽い口調だったシャーロットは一変、重苦しい気配を浮かべる。

「そのまんまだ。大なり小なり違和感はあったが、この前のアンサールの件を幹部クラスで共有した際、明らかになった。俺たちは別々の世界から呼ばれている。アンサールがいた世界、いない世界ってな具合にな」

「この前現れた魔王がその名だったのは聞いたが」

「俺たちの世界じゃ超有名人だ。覚えてないのはこの馬鹿くらいのもんでな。さすがに俺たちもおかしいってなったわけだ。おそらく大星辺りは知ってたクサいが。あいつの加入条件だしな、来歴不問ってのは」

「……だが、会話は成立している」

「おそらく二つの世界、今わかっている範囲ではそうなるんだが、文明レベルが極めて近い。あと地名も被ってるところが多い。そこまでの歴史は全然違うが」

 信じられないといった表情のシャーロットとみずき。ゼンも想像すらしていなかったのかびっくりし口をあんぐりと開けていた。牙が丸見えである。

「な、ならば、もしかすると二人とも、私を知らない、のか?」

 震える声色のシャーロット。シュウとゼンは頷く。

「あ、ああ、あああああああああああああああああ!」

 いきなりしゃがみ込んでシャーロットは顔を覆う。指の間から垣間見える赤面から見るに恥ずかしさが爆発している様子。

「し、知らないんすか? 魔法学校を題材とした映画で、世界中で大ヒットしたファンタジー作品っす。そのヒロインだったんす。どちゃくそ可愛かったっす!」

「子役時代の話はやめろぉ!」

「え、でも自分ほかの作品よく知らないっす」

「色々出てるのにぃ、みんなその話ばかりするー!」

「超有名作品の子役あるあるだな」

「そんなにすごい有名人だったのか。知らなかった」

「いや、俺らは知らなくて正しいんだって」

 クールで尊大なスター像はすでになく、うずくまっているのは年相応の少女に見える。こんな感じでも英雄召喚で呼び出された以上、立派な人物に違いなく、ゼンの想像以上にすごい女優なのだろう、とふわふわ考える。

 ここまでの会話で浮かんだ感想がすごいなぁなので知能指数は推して知るべし。

「なるほど、ふ、ふふ、どうやら本当に別世界の人間のようだ、ね!」

 ひとしきり羞恥心に身もだえた後、スターの仮面を被り直してシャーロットは立ち上がる。さすが有名女優、面の皮はなかなか分厚い。

「信じられないっす」

「じゃあ俺たち日本人がわかりやすい話だと、スカイツリーの高さは何メートルでしょうか? 早押しです、ゼン君、みずき君」

「634メートル!」「635メートル!」

『すげえ、馬鹿二人が即答した』

「「バカはこっちだ(っす)」」

 睨み合う両者。どうやら馬鹿二人にとって高い構造物はこだわりがあるようで、己の回答に絶対の自信があるのだろう、引く気配を見せない。

「これまた奇妙な一致だが、二つの世界には高さの違うスカイツリーがある。それも誤差1メートル、だ。違いはあるにせよ、思い込みによって別世界だと思い至らない程度には近いんだ。世界線が違う同じ時代の話って説もあるがさて」

「……熱くなってすまない」

「こちらこそ申し訳ないっす」

 仲直りの握手をするゼンとみずき。

「いやー、仲良きことはいいことだなあ。ちなみにこの話はまだ極秘だ。気づきそうだから先回りしたが、しかるべき時に整理してオーケンフィールドから説明がある。その時はびっくり仰天してやってくれ」

「承知した」「わかったっす」

『安心しな。チクる相手が相棒にはいねえ』

 シュウは「それはそれで問題だぞ。相談、乗るぜ」とアッパーな感じで反応する。ゼンは腰が引けながらも「あ、ああ」と応じた。

 苦手なノリである。

「よっしゃ、じゃ、そろそろ入るとしますか」

「誰と誰が同じ世界で別世界なのか気になるっす」

「少なくとも俺とみずきは違うな」

「っすねえ。シャーロットさんとは同じ世界っす」

「そうだね。元の世界に戻ることがあったら是非、別の映画も見てくれたまえ。何なら試写会に招待しよう。一緒にポップコーンでも食べながらね」

「ふ、ふおおおお! 役得っす! この世界に来てよかったっす」

「だぁからぁ、極秘だって言ってんだろうが馬鹿ちんども」

「俺は、シュウと、か」

「なんで残念がってんだよ。俺は嬉しいからな。一緒に格闘技やろうぜ。俺めっちゃやってるから。柔道、空手、ボクシング、キック、あとジークンドー」

「……あまり興味がない」

「ほほう。興味深いね、競技の名前まで同じときた。ジークンドーまであるなら、私は別の世界線説を推そう。そっちの方が浪漫がある」

「お? まるでジークンドーがマイナーだと思ってる口ぶりだな。そっちじゃどうか知らねえけどこっちは結構盛んなんだぞ。かっこいいから俳優さんが習うんだ」

「……私もカンフー映画の撮影の際、習ったがね。扱い、たぶん同じだよ」

「……かっこいいし強いんだけどなあ」

「かっこいいのは私も同意だ」

「あの魔法少女がカンフーするなんて、イメージが崩れるっす」

「みんなそう言うから興行収入が伸びなかったんだぁぁあ!」

 とても今から重大なミッションをするとは思えない気の抜けっぷり。

 どうにも緊張感に欠ける節はあるが、彼らも英雄、締めるべきところは締めてくれるはず。

 たぶん――


     〇


 プルートニオンの内部は彼らが想像を絶するほど混沌としていた。

 物々交換の商店は点在するが、半分くらいが奪い合いの殺し合いであり、そこら中で喧嘩と呼ぶには凄惨な光景が広がっていた。

 唖然とするシャーロットたちをよそに、ゼンは勝手知ったるとばかりに堂々と歩く。変にビクビクする方が絡まれるのだ。

 実際に弱小種族がこそこそ歩いていたところ、からかおうとした魔族に勢い余って殺される光景をすでに二度ほど見ている。

 混沌、雑然、粗く、荒い。

「これでも治安はいい方だ。魔族はそもそも戦う生き物だからな。こうやって曲がりなりにも文明らしく在るだけで特別なんだ」

「……君も喧嘩好きなのかい?」

「元がヘタレだ。凶暴になってもたかが知れている」

「ふーん」

「っていうかこの人たちからどうやって情報を聞き出すんっすか?」

「俺は通訳だ」

「うす」

「……それが答えだ」

『胸張って言うことじゃねえな、相棒』

「しょーもないっす」

 思考停止オークこそゼンは一人と一個に罵倒されながら、久方ぶりのプルートニオンを見回していた。危険がそこら中に散らばる世界、今も竜獣族の雄同士が互いを噛みつき合っている現場に遭遇した。

「ゼン、なんか交換できるもの持ってるか?」

「いくつかは」

「おっけえ。じゃあ小気味なトークとしゃれこみますか」

「了解」

 ゼンはずんずんと商店に向かって歩いていく。その後ろをさりげなくシュウがついていく。よく見なければ二人は他人にしか見えない。

「大将、景気はどうだい?」

『景気はどうだ?』

『ぼちぼちさ。オークなら何でも喰うだろ、うちの肉はどうだい? さっきそこで喧嘩して死んだ奴をさばいたんだ。味は知らんが新鮮だぞ』

 店主の言葉を即座に人語で口ずさむゼン。それを聞いてシュウは口を開く。

「いいね。交換しよう。ついでに情報も欲しいんだけどおまけでどうだい?」

『わかった。この火水晶と交換しよう。この前砕いたばかりだ。十年は火種に困らないはず』

『ほう。こりゃまた立派な。さぞ強い魔力を帯びた水晶を砕いたんだろうね。うーん、だが、普段使いには強すぎるし、食い物と交換するにはかなりそちらが損をするだろう? なんか嫌なにおいがするんだが』

 背後のシュウに警戒された旨を人語で伝える。即座にシュウが人語でささやく。それをかみ砕いてゼンは店主に向かい語り始めた。

『実のところこの前、ベリアルの寝起きに遭遇した際の拾い物だ。あれの魔力を帯びた水晶の破片が懐に入っていただけでな。あそこにいる魔犬族の嫁が腹を空かしているんだが、今手元にはこれくらいしかない。所詮拾い物さ』

『ほほう、毛並みが良くて美人さんだな。隣の毛なしは、不細工だが。しかし、よく生きてたなぁ。あれに遭遇して。なるほど、事情は分かった。でも、その水晶に釣り合うほどの食いもんを出したらうちの店から食いもんがなくなっちまう』

『なら、情報が欲しい。実はその時にベリアルの穴倉から逃げたニャ族を俺の知り合いが捕らえたらしい。あれを起こした大罪、大獄で償わせたいそうだ。そいつの親友があれに巻き込まれて死んじまって、さ』

『あれをニャ族が起こしたのか!? とんでもねえ連中だな、奴ら。弱っちいのに肝っ玉だけは六大魔王級ときた』

『ああ、そいつを大獄に突っ込まないと親友の怒りは収まらない。それで大獄への行き方、もとい窓口を知りたいんだ。辺境から来たもので、情報に疎くて』

『大獄の窓口と言えば六大魔王ルキフグスさ。彼女の領域にそれはある。行き方なんぞ知らんが、罪人を大獄に収監したいならルキフグスの番兵に声をかければ喜んで連れてってくれるぞ。連中、それが生きがいだからな。理解できないが』

『なるほど。ルキフグスの領域はプルートニオンからどう向かえばいい?』

『あそこの山を越えた先にクソ長い断崖がある。その先が彼女の領域だ。その手前で番兵を捉まえるか、有翼種に頼むかしないと入れないけどな』

『そうか。ありがとう。親友と相談してみるよ』

『じゃあ、これが対価の食いもんだ。あの嫁さんにたらふく食べてもらえよ。あんな美人そういないし大事にな。毛なしはその辺捨てておいた方がいいぞ』

『ああ、考えておくよ』

 情報と食べ物を仕入れたゼンは二人の元へ戻ってくる。

「どうっすか?」

「悪くない。あと食べ物を手に入れた」

「生っすよ」

「魔族は大体生で食べる」

「ぜ、ゼンさんもっすか?」

「子供が見ていない場所なら、火を通さない」

「そ、そうなんすね」

「ところであの店主、私のことをチラチラ見ていたように見受けられたが」

 ゼンの動きが突如止まる。

「やはりスーパースタァの美貌に見惚れていたかな?」

 まずゼンは即座に左目を閉じた。ギゾーに一切の言葉を発させないためである。そして考えに考える。普段空気を読めないが、ここでのミスは命取りになると本能が語りかけてくるのだ。間違えるわけにはいかない。

 そして弾き出した答えは――

「ああ、二人とも美人だと言っていたぞ」

 ザ・日本的八方美人の解答。「えへへ」と照れるみずきに当然のように賛辞を受け止めるシャーロット。真実など闇の中でいいのだ。

「んじゃ、もうちょい情報集めるか、相棒」

「楽しそうだな、シュウ」

「まあ、こんなに楽しい聞き込みってのは、そうないからな」

 ゼンの肩を抱くシュウはほんの少し遠い眼をしながらほほ笑む。

「ちなみにゼンはどっちが好みだ? スタァかおっぱいちゃんか」

「……任務中だぞ」

「仕事にもゆとりは大事だぜ、大人は意外と遊んでるもんさ」

 実に楽しそうに彼は笑う。自分といるのがそんなに楽しいのかと思うが、オーケンフィールドにしろシュウにしろ懲りないし飽きない。

 その上で彼らはその理由までは答えないのだ。

 それがどうにもむずがゆくて――

「大人は苦手だ」

「お前もこっちに来ていい歳になっただろーが」

 やはり苦手だ、と彼は思う。

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