第1章:お祭り開幕

 突如、魔王軍に『背後』を取られた連盟軍は虚を突かれた思いであった。

「……何故、背後から、北側から敵が来る?」

 アストライアー序列第三位、『破軍』と呼ばれし男は顔をしかめる。何かが起こるという想定はしていた。だが、人類の生存圏である北側から敵が来るなど想定の範囲外。背後から立ち上るいくつもの煙が、脅威が現実の事であると彼らに突き付ける。

「大星様。どうやら、あれは足止めのようで」

「北上するつもりか。舐められたものだ」

 破軍の大星を前に尻を向ける愚。明らかな挑発行為。

「俺が平定しよう」

 大星が一歩進む。実体が――ブレる。


     ○


「これが、『斬魔』ですかい。さすがに、お強い」

「貴殿の喧嘩闘法もなかなかで御座った。されど拙者の方が上手。しからば、御免ッ!」

 斬魔の大太刀が男の眼前に迫る。必殺の一撃。並の攻撃を寄せ付けないはずの外皮、竜鱗を小手調べでスパスパ断ち切ってしまう男が、本気で打ち込んだのだ。確実な死が迫る。男の顔に恐怖は無い。死は――それほど怖くない。

 怖いのは――

「竜二君お疲れ様。あとは、僕が楽しませてもらうね」

「へい、ではあっしは休ませて頂きやす」

 理解不能な価値観を持つ者。王クラスたちにも共通する突き抜けた価値観、考え方。

「……やりおる」

 彼もまたその極致に近しき者。『斬魔』の必殺を軽いタッチでそらした。ここしかない『点』を見抜き、其処しかない『機』を突いた。ゆえに斬撃はそれ、絶命の窮地にあった男は生き延びる。斬撃が大地を割る。一キロ先まで傷痕を残すほどに。

 それほどの破壊を込めた一撃を、目の前の優男が制したというのだ。

「僕は藤原 宗次郎。貴方は?」

「……『斬魔』にござる」

「本名だよ本名。僕、一応聞くようにしているんだよね。殺す前に。礼儀だからさ」

「……大層な自信家。ならば、拙者の口から語らせてみよッ!」

 男の全身から闘志が噴き出す。斬魔の大太刀が真紅に染まる。

「まあ良いか、どうでも。じゃあ、はじめよっか」

 宗次郎と名乗った男は剣を抜いた。流麗なる白刃が美しき剣。『斬魔』は一目でそれを名剣と見抜いた。彼もまた剣に精通するもの。何よりも、自身がこの世界で戦うために『相棒』探しとしてかなりの刀剣類を調べたのだ。

「……その剣、『聖華騎士』テオドール殿の持ちモノであったはず。確か銘はシルヴァンス。何故、貴殿が持っておる?」

「あ、知ってるんだ。異世界人なのに凄いね。僕、名前まで知らなかったんだけど、そっか、これ、シルヴァンスって言うのか。良い剣だよね。振り易くて」

「何故持っているのかと聞いておる!」

 宗次郎は小首をかしげて苦笑する。

「そんなの殺して奪ったに決まってるじゃん。変なこと聞くおじさんだね」

 男が知るテオドールと言う騎士はこのロディニアにおいても有数の騎士。それこそ制限さえなければ王クラスにも比肩し得る怪物であったはず。無論、制限を受けずとも魔人クラスに後れを取るような男ではない。数少ない英雄たちとも渡り合える騎士の中の騎士。

「なるほど。であれば、その剣、奪い返してテオドール殿の墓前に捧げよう!」

 真紅の斬撃が奔る。それを宗次郎は柔らかなタッチでまたもそらした。

「たぶん、貴方じゃ無理だと思うけど。剣が素直過ぎるよ」

「言わせておけばッ!」

 剛と柔、相反する二人の剣士が刃を交える。


     ○


「ねえ、大丈夫かな? あそこに『クイーン』がいるんだよね?」

「クイーンを引きずり出すまでが仕事でしょ。そのための私たちじゃない」

 女性二人が寂れた古城の前に立つ。

「陛下、出てきてくれるかな?」

「まったく、あんたは心配性ね。大丈夫よ、あの女にとって『クイーン』なんて名乗る雌は許し難い存在だから。両方出てきたら仕事終わり、さっさと逃げれば良いの」

「そ、そうだよね。うん」

「しっかし、見事雄ばっか。うちのボスとは正反対ね。ホストクラブに嵌ってそう」

「そのおかげで少し、安心」

「まーね、男相手なら、私たち無敵だし」

 女性二人を前に服従の姿勢を見せている魔族と人間。敵も味方も関係ない。彼女たちの魔族としての性質が、男を『魅了』してしまう。

 二人の姿が変質する。一人は蜂のように黄色と黒の模様が浮かぶ。一人は真っ白な絹の如し体躯へと変貌する。そして男たちは『魅了』の濃さに耐え切れずのけぞり絶頂、そのまま絶命してしまう。あまりに悲惨な末期であった。

「あーあ、雄の部下私たちにあてがったやつが悪い」

「う、うん。私たちは、悪くないもん」

 フェロモンを放つ二人の魔人。種族問わず異性相手に彼女たちは強烈な力を発揮する。

 それを古城から見つめる一人の女性。

「……男では相手に成らないようです」

「気合が足りんよ気合がー。あーくそ、揚げ物って何でこんなに美味いんだ? 揚げたらフライパンでも食べられそう。今度あの食材揚げてみようよ。芋っぽいし」

「……私が出ましょうか?」

「よろよろー」

 奥で揚げ物をバクバク食べている女性は、何一つ彼女たちに興味を示さなかった。

「折角異世界来たのに責任とか責務とか馬鹿らしいよねぇ。私はこっちじゃ気ままに生きるって決めたのだ。ガハハ。あ、そうだとっておきのお酒だそっと」

 彼女にとってアストライアーと言う組織は隠れ蓑であり、都合の良い道具でしかない。使いたい時に使うが、使われる気はないし、利用される気も無かった。『コードレス』による連絡は便利だなあと思って加入しただけ。

「がんばえー。いよ、イングランドの星!」

 魚の揚げ物を手づかみで食べながらへらへらと少女は笑う。

 地上に降り立った女性は、二人の魔族を前に獅子へと変じた。

「……へえ、変身タイプの能力か。珍しいわね」

「魔族みたいですね」

 警戒をあらわにする二人を歯牙にもかけず、獅子は前進してくる。

「生き残りを使ってあげるとしましょうか」

「うん、私たちは弱いから、そうするしかないもんね」

 獅子の前に立ち塞がったのは濃い魅了に耐えて生き延びた精鋭たち。中には英雄も混じっており能力を使う者もいた。獅子は哀れなモノを見る目で彼らを一瞥し、跳躍する。

「さあ、逝きなさいな。マイペッツ」

「ごめんね。でも、仕方がないの」

 哀れなる愛の獣たちと気高き勇成る獣が激突する。


     ○


 キッドの周囲では子供たちが『水死』した魔族たちの後片付けをしていた。他の場所と違い、一応刺客は差し向けたものの、それほどやる気は感じられなかった。少なくとも王クラスを下したキッドに向ける陣容ではない。

「キャプテン、どうするの? ゼンたちを助けに行く?」

「いや、行かないよ。今の僕が海辺を離れるわけにはいかないからね。この広い海のどこかに『ゲート』を仕込まれたんじゃ堪らない。たぶん、これだけ敵が薄いのはそう言うことなんでしょ。動いてくれた方が魔族にとってはありがたいんだ」

「だから、動かないんですね。さすがキャプテン! しんぼうえんりょ!」

「ありがとう、副キャプテン。まあ、孤立無援ってわけでもないさ。むかつくけどあの男は優秀だからね。一番近い位置に『超正義』がいるんだ。嫌でも支援に行くでしょ」

「じゃあ僕もお掃除手伝ってきますね」

「僕の分もお願いするよ」

「アイサー!」

 てってってと走り去っていく部下をよそに、キッドは嫌な予感を振り切ることが出来ないでいた。自分にあえて釘を刺してきた連中が、『超正義』という男の所在を知りながら何も手を打たずにいるだろうか、と。

(もしかすると、もしかするかもね。でもさ、それでも僕は勝つ方に賭けるよ。窮鼠猫を噛む、何て日本のことわざに意味は無いけれど、万全の準備をしてきた者の頭上に星は輝くはずだから。だからこそ僕は、より多くのためにここで待つよ。君の勝利の報せを)

 また一つ、ふわふわと浮かぶシャボン玉のような水の塊が割れた。中には水死した魔獣が。同じような水の塊がキッドが運営するワンダーランド内だけでも千以上あった。それはすなわち、千の命を飲み込んだということ。

 オーケンフィールドをして最高の能力だと言わしめた『キッド』の片鱗が窺い知れる。


     ○


「く、そッ!」

「いやー、速くて鋭い突きだねえ。本当に初段?」

「そう言うお前は趣味で空手をやってたってレベルじゃないだろ」

「いやはや、お恥ずかしい」

 凄まじい激闘が繰り広げられていた。オーケンフィールドと同系統の肉体活性能力を持つ『超正義』と、同じく近接戦闘を得手としているのだろう一人の魔人が衝突する。優勢なのは――魔人側。出力で勝り、パワースピードと共に『超正義』が上に立つ。

 それなのに――

「齧ってたのはフルコンかな? ちょっとなぞっただけだろうに、随分筋が良いねえ。おいちゃんは痛そうで無理だったなあ、フルコン。寸止めでもビビってたしね」

 優勢なのは魔人側なのだ。

「ほら、当てるつもりが寸止めに成っちゃうんだよ。いやあ癖って抜けないなあ」

「ぐ、くそ、まだだ!」

 今度は上段の回し蹴りがぴたりと接触前に止められた。技量に凄まじい開きがある。いくら流派が違うとはいえ、少し齧った程度では埋めようがない差。

 ゆえに『超正義』は攻め方を変える。

「掴み? ああ、柔道もやるのか。へえ」

 だが、魔人は一瞬でそれを見抜き掴もうとした手を払い抜ける。冷静な対処法、状況分析能力も長けている。どう考えても――

(……あっち側に召喚される人材じゃない。俺ら側だろ、あんたは)

 攻め手を失う『超正義』。

「腰に剣も提げてるから……剣道もやってたのかい? って言うと、ああ、正義の味方の前職はおまわりさん、かな? 少し異国の血が混じってるけど日本人でしょ、ちみ?」

「随分察しが良いようで」

「正義の味方を気取る連中らしいと思ってね」

「警察は嫌いか?」

「正義の味方ってのが嫌いなのさ。人の数ほどある正義、寄り添う先次第で何にもでも変容する。悪にも、な。なのに正義を自称する。傲慢で思慮が浅い。だから、嫌いだ」

 戦場で初めて男が見せた憎悪に似た感情。騎士も含めて全員を倒し、その上で誰一人殺さなかった不殺の魔人。真意を聞こうにもへらへらと笑ってかわし、寸止め癖が抜けないなどとのたまっていた。だが、今見せたのはきっと素顔の一部。

「……それでも、誰かが折り合いをつけなきゃいけない」

「組織のために、かい。いやはや、さすが英雄に選ばれるだけあって優秀だ。きっと貴方は必要に迫られたなら組織のために別の正義を、悪を潰せる人材なんだろう。おいちゃんには無理だけど、ほんと、頭が上がらないねえ」

「……この世界において敵は決まっている。だから、迷う必要はない」

「……折り合いをつけてきた男が、折り合いをつける必要がなくなったから『超正義』っと。少し、いや、大分、図太いお人だ、貴方は」

 男の全身から炎が立ち上る。真っ赤に輝く姿は、まるでヒーローのようで――

「好きじゃない。あんまりないんですが、まあ、嫉妬だと思って頂ければ。一応、最強の魔人なんて呼ばれてるんで、必要なら腰の剣、抜いておくことをおススメします」

「そうさせてもらうぜ。武道の中では、剣道が一番得意だったからな」

 炎をまといし男が空手の構えを取る。正中に、どっしりと、それでいて軽やかに。首元でたなびくは真紅のスカーフ、に似た炎。見れば見るほど日曜の朝、世代を超えて子どもたちを熱狂させてきたヒーローそのものに見えた。

「ほんじゃ、おいちゃん参りまーす」

(すまん、ゼン。どうやら、俺は往けそうにない!)

 剣に能力をまとわせ、『超正義』もまた死中に踏み込む。一瞬の隙が死を招く空間。振るうは正義の刃、受けるは正義を嫌悪する最強の魔人。

 余人が踏み込めぬ激闘が加速する。

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