放課後キューピット倶楽部
あむあむ
プロローグ
————情報とは人の価値である。
どれだけ情報を持っているのか、或いは知識があるのか。それによって人間という食物連鎖の頂点に立つ生き物の同族価値、カーストは決定すると言っても過言では無い。
この事実に気が付いたのは高校一年生の時、私の人生の転機となった日である。
まず、物語を始める前に私の今と過去に起きた出来事を伝えておかなければならない。他人の昔話に付き合うのは退屈だとは思うが、是非ともここは我慢に我慢を重ね聞いて欲しい。安心しろ、不幸話だ。
◯
現在、私は「フラグクラッシャー今市」もしくは「情報屋」という渾名で呼ばれる事が多い異質な高校三年生。聡明な人であれば、この渾名から私の人間像を容易に想像しえると思うのだが、日本国民の約八割は阿呆だ、という持論に基づき猿でも分かるように説明しておこうと思う。
本名 今市 縁
年齢 十七歳
性別 漢
成績 中の下
百貨店のバーゲンセールで投げ売りされているような黒く特徴の無い伊達眼鏡を掛け、前髪でオデコと目を隠し、校則通りに制服を着こなす。至って普通の学生だ。
そんな私が何故、このような気持ちの悪い渾名で呼ばれているかというと、この学校のありとあらゆる情報を所持し、他人の恋愛を邪魔する男として名を馳せているからだ。
そんな言い方をすると、人の弱みにつけ込み「奴と離れ離れにならなければ、お前の哀れも無い姿の写真をばら撒くぞ」と脅し淫行をするような下衆に思えるかもしれないが、それは誤解だと先に弁明しておく。誰々が誰々の事を好いている、そして両名の思いが合致しているという情報を入手した時に私は動き出すのだ。
やり方は至ってシンプルであり、簡易的だ。ただ、異性の悪い部分を露見させ、「好き」という感情から離すだけ。それだけで、高校生という多感な年頃の男女はクッキーのように脆く砕けてしまう。それがフラグクラッシャーと呼ばれる由縁だ。
もう一つの渾名「情報屋」というのは後からついてきたもので、人の性格、習慣、好き嫌いや人間関係、弱み、性癖etc……が記載されている私のノートに卑しくも気が付いた生徒達が名付けた。
元々この情報は人の恋路を邪魔する為に私の独自ルートで入手したものであり、他人に教えるつもりはなかったのだが、真実に二割程嘘を混ぜ込む事で恋愛感情というものは自分が手を汚さなくても崩壊する事に気が付き、報酬によっては希望の情報を他者に教える事もある。
今日もまた、常連である地味で暗い一年の女子がサッカー部のキャプテンである「平田 翼」の好きな女生徒の情報を購入しに来たので、おこずかい程度の報酬を受け取り真実の情報を教えた所だ。
平田の情報は売れ行きが良い為、全ての依頼主に真実を伝えている。これで互いが互いの足を引っ張り合い、誰とも結ばれる事なく卒業式を迎えるだろう。ざまあみやがれ。
ここまで聞いていると「こいつは生粋の屑だ」と思う方もいるのではないだろうか? それもまた誤解である。
私だって中学生時代は優しく、人の幸福は素直に喜べる人間だったのだ。
我ながら容姿は悪くなく、運動も定期度にこなせ、成績は常に上位だった。身長も中学生にしては高い方だったので女生徒からはよく告白を受けたものである。
あの時の私は自由で幸せだった。
認証欲求は満たされ、周囲の人間誰もが愛を持って接してくれた。所謂「モテ期」真っ只中だったのである。
そんな青春をぶち壊し、闇へと突き落とした出来事。忘れもしない二年前。
◯
志望校に合格し、新たな船出に胸を膨らませていた私の目に映ったのは一人の天使だった。
清楚で慎ましい、黒く長い髪の毛を靡かせ教壇に上がり自己紹介をする女性。名を「石見 雫」という。
これから三年間、家族よりも長い時間共に過ごすクラスメイト同士の親睦を深める為のHRであったのだが、私は彼女の声以外耳に入らなかった。それほどまでに見とれてしまっていたのだ。その美しさと、儚さに。
当時の私は中学生活の頃の自信を引き摺っていた為、告白すれば必ずOKが貰えると考えていた。故に、HR終了後さっそく行動に出たのだ。
「俺と付き合って欲しい。どんな男よりも幸せにしてみせる」
今思い出すと、ストーブで顔を焼いているような熱さに心を焦がされる程、恥ずかしいセリフだ。そして、石見は私の臭いセリフに対し「キモいけん」と短く、冷徹に返答をした。
なんと女子高生らしい言葉だろうか。その筋の人が聞けば、あわや絶頂に至るかもしれない。しかし、私はM気質では無かった。
告白した場所が教室で、尚且つ中学の時の知り合いが一人もいなかったという事もあり俺は「恥ずかしい奴」というレッテルを入学初日に貼られてしまった。
それからというもの、今市という男の評判は地に堕ちていく。
ありもしない噂が横行し、やれ「可愛い女の子には全員に告白している」だの、やれ「何人ものせフレがいて石見もその一人にしようとした」だの、やれ「短小ちんぽ」だの、やれ「馬鹿」だの、「阿保」だの、「エロエロスケベ大王」だの、そこら中で騒がれるようになった。馬鹿野郎、こちとら童貞だ。
当然、そんな人間に関わりたい人間がいる筈も無く、私は高校生という最も人生で楽しい時間を棒に振るう羽目になったのだ。
ポケットに入ってるホッチキスを空打ちし、ストレスを発散した。カチッ。
◯
とまあ、こんな経緯が私の人生にはあるわけだ。
初めて一目惚れした女性に振られ、青春を亡き者にされた私であれば人の恋路を邪魔したところで、馬に蹴られて地獄に堕ちることはないだろ?
だからこの学校では恋愛は許さない。校則でも不純異性行為は禁止されている。大義名分がある。私が正義だ。
ヒーローとは孤高の存在であり、常に孤独である。友達がいないのでは無い、作らないのだ。
そんな正義の味方である者を誰が断罪できいようか。神も讃えているに違いない。毎日地道に恋の根を摘む私の事を。
最早、振られた事などどうでもよくなり使命感に近いものさえ感じていた。そんな時である。
————神に断罪されたのは。
放課後キューピット倶楽部 あむあむ @Kou4616
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