第24話 自問自答

和馬の意識は、漆黒の闇の中に沈んでいた。

何も聞こえない。何も見えない。

匂いも、肌に伝わる感触も、何も感じられなかった。

そこには『何も』無い。

どこまでも続く永遠の闇と、完全な沈黙の世界。

ただ、和馬の意識だけがあった。


(……あれ? 僕は、今、何をしているんだろう?)


記憶が混濁していた。

何か、大変なことが起きたことだけは覚えている。

懸命に記憶を辿った。

すぐに、背筋が凍るような感覚と共に全てを思い出す。


(そうだ……何か、大切な何かが無くなりそうになっていたんだ……)


和馬にとって、一番恐ろしいことがそれだった。

守りたいもの、守るべき大切なものを奪われること――結城和馬という青年にとって、それは何よりも辛く苦しいことなのだ。

ところで、大切なもの――それは一体何だろうか?

和馬は順番に思い浮かべようと試みた。

両親、祖父母、メル、美帆、理子、大崎――それに、


(二階堂さん……)


他の皆が一様に笑顔を向けてくるのに対し、彼女だけが仏頂面だった。


(でも、二階堂さんは、本当は優しい人なんだ……)


ただ不器用なだけ、ということを最近になってようやく理解したところだ。

誇り高く、それでいて心根の優しい少女――それが二階堂葉月だ。

できれば彼女の笑顔、いや、もっと色々な表情を見てみたい――。


(あれ?)


どこか遠くで、誰かが自分を呼んでいるような気がした。

耳を澄ませてみるが、声は聴こえてこない。

もう一度、大切な人たちのことを思い浮かべてみた。

クラスの友人たち、学校の先生、近所の子供たち、警察の人たちに、同じ研修を受けた仲間たち。それと――、


(ああ、そう、アグさんも)


厳めしい風貌ながら、情けない顔を浮かべる憎めない不法入国者。

彼が正規の手続きを踏んでこちらの世界に来てくれたら、きっと仲良くなれるような気がした。


(それに、二階堂さんのおばあちゃん……)


接したのはほんの数分ほどだったが、温厚な笑顔が印象に残っている。

皆、和馬が大切に守りたいと願う人たちばかりだった。

いや、彼らばかりではない。

この世界に生きる人、生きるもの、全てが和馬にとっては大切な存在だった。

自分の手が届く限り、自分が生きる限り、皆を守りたい――。

そして、その願いを叶えるために必要なものとは何か――。

和馬はその答えを、すでに知っていた。


それは――『平和』だった。


この平和を守ることこそ、大切なものを守るために必要な絶対条件だ。

憎み合い、戦い、殺し合うことでは決して得られないものであることを和馬は確信していた。

心の内に、暖かなものがふっかりと浮かんでくる。

そして和馬はようやく、自分が心がけるべき大切ことを思い出した。


(ああ、そうだ……怒ってちゃ、ダメだよね)


生きているのだから誰にも感情はある。

時には理不尽や非道に怒りを覚えることもあるだろう。

それは否定しない。

しかし、怒りに任せて行動するだけでは真の平和を得ることはできないだろう。

まずは深呼吸をし、怒りを鎮めることだ。

そこに思い至った瞬間、彼女の声が和馬の耳に届いてきた。


「結城……お願いだ、戻ってきてくれ……」


(続く)

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