第22話 落花狼藉
取り囲む男たちは、いずれもこの手の荒事に慣れきっている様子だった。
日頃、暴力とはほぼ無縁の和馬にとは正反対の存在と言えるだろう。
だが、今の和馬は恐怖よりも怒り、そして使命感が勝っていた。
「おらあっ!」
いきなり右脇腹に、後ろから拳を叩き込まれた。
威力そのものはそれほどでもなかったが、見えない位置からの打撃は通常よりも痛みが増す。
息つく暇もなく、正面から腹を殴られた。
衝撃を腹筋で吸収する。むしろ殴った男の方が、少し驚いたような表情で後ずさったぐらいだ。
「何をやってる! やれ、やれぇ!」
藤堂が狂ったように叫ぶ。どこまでも卑劣な男だ。
主の指示に、男たちが一斉に怒号をあげる。
後ろから太腿の裏を蹴飛ばされた。
続いて腰、再び脇腹、腹へと打撃が加えられる。
もとより無抵抗の高校生一人だ。
数人がかりで殴打すれば、並の人間ならものの数秒で地面に倒れ伏しただろう。
だが、和馬は倒れなかった。
鍛え抜かれた肉体と鋼の精神が、激しい痛みと重い衝撃に耐えていた。
「やめろっ! お前ら、それでも人間かっ!?」
(……は、葉月さん!)
葉月の涙交じりの悲痛な叫びが、和馬の耳を打った。
あれほど和馬を邪険に扱っていた葉月が、自分のために泣いてくれている――その事実は、受難に耐える彼を支える新たな柱になった。
絶対に負けられない、改めて和馬は心に誓った。
しかし、邪悪な魂を持つ魔術師は彼女の心からの叫びに不快な表情を見せた。
「なぁんだとぉ? ふん、薄汚いハーフ魔族がよりにもよって『人間か!?』だとお? ふざけるな! よおし、お前らぁ……ひひ、今度はそいつだ。その女を辱めてやれぇ!」
「なっ……」
和馬は奥歯をギリギリと噛み締めた。
藤堂は人間の屑だった。その屑の『悪意』を和馬は甘く見過ぎていた。
「抵抗するなよ、女ぁ。ババアを殺すぞ! きひ、お前ら、裸にひん剥いて、たっぷり時間をかけて可愛がってやれ。親族と仲間の見ている前で、思う存分犯してやれぇ!」
「ケダモノ! 私に近づくなっ!」
男たちが下卑た欲望を剥き出しにして、葉月に迫る。
和馬の表情が鬼になった。
全身が怒りで震える。
だが、今のこの状況では奴らの蛮行を止めることはできない。
もし和馬が動けば、藤堂はメルと葉月の祖母を躊躇いなく殺すだろう。
それは決して脅しではない――他者の命の重さなどほんの少しも想うことのない悪党なのだ。
「きゃっ!」
「くくく……魔族のくせに随分と可愛らしい声で泣くじゃないか?」
男たちが容赦なく葉月のしなやかな肢体を取り囲み、制服に手をかけた。
上着のボタンがちぎれ飛び、人質を取られた葉月はなす術もなく押し倒される。
「やめろっ! やめっ……くっ……」
屈辱と羞恥で涙をこぼす葉月。
潤んだ瞳が、救いを求めるように和馬を見つめていた。
(……許さない!)
悪逆無道な藤堂たちの行いに――和馬の怒りは、遂に頂点に達した。
もう、我慢できない。
絶対に、許せなかった。
「いい? たとえ何があっても本気で怒ってはダメよ。あなたが我を忘れてしまったら……」
母の言葉が一瞬だけ脳裏をよぎった。
幼い頃から何度も言い聞かされてきたことだ。
世界には幾人もの封門師がいるが、中でも和馬に流れる血統は特殊なもので――それを激情のままに解放してしまうと、恐ろしいことが起きてしまうのだ、と。
だが――強すぎる怒りは母の戒めを瞬時に呑み込んでしまった。
憤怒が、熱く大きな塊となって胸を烈火のように焦がし尽くす。
あまりにも強く握り締めたために、爪が掌に食い込み、拳の隙間から血が流れ出てきた。
だが、痛みはない。痛覚などとうに超越していた。
和馬はすでに、己の中で燃え上がる憤怒をコントロールできなくなってしまっていた。
頭の中にあるのは、ただ純粋な怒り――それだけだった。
(続く)
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