第7話 一騎当千
「おおっ、先客がいたのか。ちょうどいい、我に手を貸してくれぬか?」
アグが渡りに船といった調子で、彼らに呼び掛ける。
男たちは表情を変えぬまま、メルの結界の際まで迫ってきた。
(この人たちが……門を……)
すでに門を通り、この世界への侵入を果たしていたということだろう。
アグの口調では、以前からの知り合いというわけではなさそうだ。
彼らの作った門をたまたま見かけ、便乗して侵入を目論んだというところか。
「ダメですよ! 悪い人と協力してこっちの世界に来て、それから先はどうするつもりなんですか!? そう簡単には戻れないんですよ。狩人の人たちに追いかけられて、その……女子高生どころじゃないんですからね?」
「うっ……ぬう……た、確かに……でも……」
和馬には相手を言葉巧みに丸め込めるような要領の良さはない。それは自覚していた。だからただ、正論を述べて押し切るしかない。
だが、力押しの説得はアグに対してかなり有効だったようだ。
あとは一刻も早く門を閉じることだが――。
「メルちゃん!」
「任せて!」
メルの尻からは尻尾が、背中からは灰色の蝙蝠を連想させる翼が生えていた。
彼女が、本来持つ力を一部解放している状態だ。
条例では生命にかかわる緊急時のみ許可されている。
人間社会における正当防衛・緊急避難とほぼ同じ定義だ。
「ふん、夢魔か。人間どもに味方をする裏切り者が。恥を知れ」
長い黒髪の男が忌々しげに舌打ちすると、それまでだらりと垂れ下げていた両腕が瞬時に白銀色に輝く鋭く尖った槍と化した。
もう一人の短い茶髪の男の腕は、赤銅色のうねうねと蠢く触手に変化していた。
触手の表面には無数の口が浮かび、それが開閉されるたびにゴポゴポと不気味な音が立つ。腕ばかりでなく、肩や背中からも同様の触手が出現していた。
「ちょうどいい。貴様らを、我らの聖戦における最初の贄としてやろう」
触手がヒュンという風切り音と共に伸び、目にもとまらぬ速度でメルに襲いかかろうとした。
だが、いずれも不可視の壁によって阻止され、彼女の身体には届かない。
「くっ!」
刃の男が鋭く踏み込み、両腕の槍を突き立てるが同様だった。
弾き返され、勢い余って後方に大きく飛ばされる。
着地こそしたものの、力量の差は明らかだった。
メルの結界は、並の魔族では破壊できない。人間界の術者でも、打ち破れる者はごく一部と言われている。これまで幾度となく和馬を助けてくれたが、どうやら今回も上手くいったようだ。
「ふふーん、あたしの中に入れるのは、和馬だけなんだからね♪」
何かあらぬ誤解を招く表現のような気がしたが、助けてもらっている状態なので余計なことは言わないことにした。
「ありがとう! さ、門を閉めますからね、アグさん」
「ああ、うう……そんな、殺生な……」
安心して閉門作業に入ろうとしたが――。
「くっ……致し方ない。このままでは狩人どもが来る。行くぞ!」
「残念だが、我らが悲願を優先せねばな。ふん、覚えておれよ。貴様らの顔は覚えたからな!」
「あっ……和馬、どうしよう!? 逃げちゃうよ!」
そうなることも想定はしていた。だが、門を放置して追うわけにもいかない。普段ならば、そろそろ美帆が到着している頃合いだ。
二人の魔族は身を翻してこの場を去ろうというとしたが、すぐに足を止めた。
広場の入り口に、一台のスクーターが止まっている。エンジンを切り、ゴーグルの付いた半帽タイプのヘルメットを外して現れたのは、
「二階堂さん!」「ハズハズ!?」
赴任したばかりの狩人、二階堂葉月だった。
制服姿のままで、冷たい視線を二人の魔族へと向けている。
声をかけた和馬たちにはまるで関心がない、といった様子だ。
「不法侵入者に警告する。速やかに投降しろ。抵抗するならば、条例に基づき確保・連行する」
淡々と、必要最低限のことを伝達する。静かな足取りだ。
周囲の魑魅たちが彼女に興味を抱いた様子で近づいてくるが、目をくれようともしない。
目の前の二人は明らかに強敵と見えたが、焦る気配は微塵も感じられなかった。
「結城、何をしている。速やかに門を閉じよ」
和馬を一瞥すると、冷淡な口調で告げた。
メルは存在丸ごと無視している。やはり、魔族は相当嫌っているようだ。
何か言いたげな表情をメルが浮かべたが、今は葉月の言う通りだと和馬は門へ向き直った。
「おおおおおっ! じょ、女子高生! リアル女子高生ではないかっ! しかも可愛い! むむむっ、結城和馬よ、あのような超絶美少女高校生と会話できるとは、実に羨ましいぞ!」
「あ……いや、アグさん。狩人ですよ、二階堂さんは」
興奮絶頂といった様子のアグに、和馬はうんざりした顔でささやいた。
確かに美少女という点は認めるが、ただの女子高生ではない。
魔族と対等に渡り合えるだけの力を持つ、狩人なのだ。
このままのんきに構えていたら、アグもただでは済まされない。
「くくく、小娘が。お前ごときが、一人で我らを打ち倒せると思うてか?」
「警告に従う気はない、か。よかろう。ならば相手してやる。私は二階堂葉月――貴様ら魔族を葬る狩人。光と闇の狭間に生まれし、黄昏の騎士(トワイライト・キャバリアー)だ」
「小賢しいっ!」
二人の魔族が、一斉に葉月に飛びかかった。
葉月がすぐさま反応し、低く横に飛ぶ。俊敏な動きだ。
だが、その着地点を茶髪の魔族の触手が狙ってきた。
これもすかさず後方に跳躍して回避する。常人ではあり得ないほどの反応速度だ。
やはり狩人としての訓練も相当積んできたのだろうし、生まれ持った能力も高いのだろう。
だが――。
「むぅ、あのクール系ちょっとツンデレ風味の女子高生、もしや……」
「あれ、ハズハズって、もしかして……」
魔族二人の反応に、和馬は眉をひそめた。
彼らにしか分からない何か、を感じ取ったのだろうか。それにしても二人とも、葉月に聴こえていたら怒られそうな呟きだ。
「どうした? 口だけか、狩人め!」
黒髪の男が真っ直ぐに突進する。葉月はそれを横に跳んでかわすと、
「……『長老』『鍛冶屋』出でよ」
呟きと同時に、彼女の左手の指輪が光った。
瞬時に、人差し指と中指の指輪から煙のような灰色の影が二体、浮かび上がる。
その内の一つは、ぼろ衣を纏った痩せこけた老婆の姿をとっていた。
「ほほ、我が主よ。あれは――いずれも『テンペスト』に属するB級戦士にございますな。中の上、といったところでございましょう。『触手』にご注意くだされ」
しわがれた声の忠告に、葉月はただ軽く頷くだけだった。
もう一方の影は、筋肉質で半裸の壮年男性の姿だった。
「剣を」
「おお、主殿! これを使われよっ!」
葉月の求めに応じて影が差し出したのは、刀身二メートルはあろうかという長大な細身の剣であった。現実の武器なら、使いこなすどころか持ち上げることすらままならないだろう。
「死ねいっ!」
突如現れた葉月の剣にも怯むことなく、黒髪の男が飛びかかる。
次の瞬間、葉月の右腕が一閃すると――。
「ぐはあっ!」
男の両腕が肩口から寸断され、宙を舞った。鮮やかな一撃だ。
当の葉月は、すでにもう一人の茶髪男の方へ向かっている。
「くうっ……お前、お前は……」
茶髪男の顔に、驚愕と焦燥の色が浮かぶ。
身を翻して回避しようとしたが――葉月は、それを許さなかった。
再び剣が美しい軌道を描き、男の触手をバラバラに切り裂く。
全ての触手を奪われた茶髪男は、断末魔の悲鳴を上げるとその場に倒れ伏した。
「凄い……」
葉月の手並みに、和馬が思わず声を漏らす。
「何をしている、結城。門を閉じぬか。そこの魔族、貴様も不法侵入者だな?」
「あっ……ごめんなさい」「ひっ! コワイ!」
我に返った和馬が門に向き直ると、門から頭だけ突き出したアグは、先程までの勢いはどこへやら、すっかり委縮しきった様子であった。
「すぐ戻ります! もう超速攻で戻りますから! ほら、頭だけしか侵入ってないし、セーフ! そうだよね、和馬君? ね、ね?」
必死に同意を求めてくるが、確かに条例では身体の一部だけなら狩人の確保対象にはならないはずだった。だが、
「いや、身体の一部であろうと視認から五分以上滞在した場合には不法侵入とみなす……あと一分二十五秒だな」
懐から取り出した懐中時計に目を向け、葉月が冷たい宣告を下す。
「あ、あわわわわ……和馬君!?」
「残念ながら、そういうことです。というか、どっちにせよこの状況では戻るしかないじゃないですか。さ、帰ってくださいね」
「うう、もちょっと待って……せめてギリギリまで、女子高生の姿を目に焼きつけさせて!」
葉月のあの凄まじい戦いぶりを見せつけられても、まだ懲りないらしい。
アグにとっては女子高生ならば誰でもいいのだろうか。和馬には理解しがたい執念だった。
「あらぁ~、どうも~、遅れました~」
「あ、美帆さん」「ミポリン!」
再び閉門作業に入ろうとしたところで、佐竹美帆が例のごとく緊張感の欠片もなく登場した。
相変わらずの、制服の上からエプロンというスタイルだ。
なんと、あの険しい坂を屋台のリヤカーを曳いて駆け上がってきたらしい。驚嘆すべき身体能力だが、それで遅くなるのはどう考えても大問題だろう。
「遅いぞ、美帆。もう全て片づけた」
「あらぁ、葉月さんたら相変わらずせっかちさんですねえ。油断大敵ですよお。本当に、終わったんですかあ?」
内容とは裏腹に、緊張感の欠片もない声だ。
葉月がハッと振り返り、倒れた二人組の方に目を移した。
戦闘不能に追い込まれたと思われた彼らの姿が――忽然と消えていた。
(続く)
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