第60話 交差

Rui


今日から母親はしばらくの入院生活に入る


明日はいよいよ手術の日


おばぁちゃんには結局このことを


知らせないままの入院となった


知らせる知らせないで散々揉めたが


結局母親の意思の強さに負けて


言わないという選択になった




 

こういうところはほんとに頑固


心配かけたくないからという理由で


そりゃあ子供が癌になって心配しない


親はいない


心配するけどそれでも教えてほしいのが


親心だと思う





俺の母親も俺と同様


おばぁちゃんに女手一つで育てられた


だから俺の中でおじいちゃんの記憶はない


おばぁちゃんの口癖は


「離婚はうちの家系ねぇ」だった





荷物の準備を終え


母親とこれから病院に向かう


「Rui、冷凍庫に食材入ってるからね


ご飯の炊き方それから洗濯機の回し方


紙に書いてあるからそれ見てやりなさいね


それからお母さんが電話に出ない時は


おばぁちゃんにかけるか


病院にかけなさいね、それから.....」





「子供かよ」


「だから子供だって言ってるじゃない


あなたはいつまでも私の子供」


「はいはい


タクシー来るからもう出るぞ」







「栗山さん、荷物はこちらに


それからパジャマに着替えて


お小水取ってきてくださいね」


「じゃあ俺、飲み物買ってくる」





バタバタ


バタバタ


廊下を忙しそうに看護婦が歩き回っている


手摺りにつかまりながら


リハビリを兼ねて歩く人


談話室で会話を楽しむ人


当たり前だが


改めてここが病院だということを思い知る


母親の手術は明日の14時から





Miku


明日は先輩とはじめての遊園地


学校の休み時間にしか話したことないのに


いきなり遊園地


かなりハードルが高い





何の話をしたらいいんだろう


相手は先輩だから待ち合わせより


早く行くべき?


服は何を着ていけばいいの?


こんな時に友達が一人もいないことが


悔やまれる


兄弟でもいれば相談もできるけど


残念ながら一人っ子





いや、明日は別にデートじゃない


ただ遊びに行くだけ


友達がいない私に同情してる先輩が


ただ後輩を誘っただけ


ただそれだけのこと





ピコン


メール


私にメールをしてくる相手はただ一人


自宅にいるから家族ではない


ということは先輩


今まで連絡先すら知らなかったけど


出掛けるのに知らないのは不便だよねと


なって昨日連絡先を交換した





明日、14時に待ち合わせね


楽しみにしてる


またさらっとこういうことを言う


先輩からしたらこんなことは


日常茶飯事なのか





Rui


「大丈夫か?」


「大丈夫よ、心配しないで」


「ずっと待ってるから


何かあっても大丈夫だから」


「まさかRuiからそんなに優しい言葉が


聞けるなんて


お母さん病気になって良かった」


「何言ってるんだよ」


「なんか涙が出てきちゃった」 


「たまには泣いた方がいい」


「そんなこと言われたら


余計泣いちゃうじゃない」


「大丈夫だから」





「Rui、ありがとね」


「何が?」


「いろいろとよ


一人で全部乗り越えるつもりだったけど


Ruiがいて良かった」


「一人じゃないから大丈夫


手術もすぐに終わるから」


「そうね、頑張ってくる」


「栗山さん、そろそろ行きましょうか」


「はい」


「では、ご家族の方は


こちらでお待ちください」


「Rui、行ってくるね」


「行ってらっしゃい、待ってるから」


もうすぐ14時、手術がはじまる





Miku


結局昨日はなぜか緊張して


ほぼ一睡もしないまま朝を迎えた


待ち合わせ時間まで余裕だからと思って


うっかり寝てしまい、ふと時計を見たら


えっ、大変もう12時


待ち合わせまであと2時間しかない


遊園地まで1時間10分間


用意する時間がちょっとしかない





どうしよう


どうしよう


服何着ようかな


髪型は?


先輩はどんな服着てくるかな?


いやいやいや、デートじゃないもん


いつも通りでいいんだから悩む必要もない


服はいつも通りのズボン.....ではなく、


たまにはスカートにしようかな


こんな時しか着る機会ないからね


こんな時ってどんな時って感じもするけど


まぁスカートを履くなら


髪型もそれに合わせないと不自然だよね


こんな時しか


こんな面倒なことはしないからね





ピコン


またメール


おはよう!


あとでね


わざわざこんなご丁寧に当日まで

 

メールをくれるとは


さすが普段から友達が多い人は


気のきかせ方が違う


待ち合わせの14時はもうすぐ





Rui


時計を見ると14時


おそらく手術ははじまってるはず


手術は3時間の予定


待ってる間することもなく


かと言って何もしないのも


かえって落ち着かない


ということで参考書を広げる


なんだかんだで高校2年


受験生に片足突っ込んでる状態ともいえる





こんな時に漫画なんか読む気になれないし


仮に読んだら罰が当たりそうだ


母親が近くにいたら


漫画読みなさいよとかって笑いながら  


言ってきそうだけど


ようやく30分経過


時間が過ぎるのがやけにゆったりに


感じられる





Miku


13時58分


待ち合わせ時間ギリギリ


良かった、遅刻しなくて


辺りを見渡すと先輩が先に来て待っていた


何て話しかけよう


いつも先輩から話しかけられるパターン


ばっかりだったから


どうしよう


どうしよう





「Mikuちゃん!」


さすがです、先輩


「どうも」


もっとかわいい返事の仕方はなかったの??


「すみません、遅くなっちゃって」


「ううん、14時ジャストだよ


なんかMikuちゃんらしい」


「そうですか?」





「チケット買っといたから、行こう」


「えっ、いくらですか?」


「いいよ」


「でも、それは申し訳ないので払います」


「ほんとにいいよ」


「でも」


「じゃあ今度ジュースでもおごって」


「えっ、そんなんでいいんですか?」


「充分だよ」





Rui


母親の手術がはじまって3時間がたった


「あの、栗山ですけど


手術はもう終わりますか?」


「栗山さん?もう少しかかると思います」


「3時間と聞いていたんですが」


「あくまでも目安ですから


もう少しお待ちください」




手術を待つということをしたことがないから


分からないけど


時間通りに終わらないことは


よくあるんだろうか


事前に手術工程を


よくシミュレーションから


手術時間を出すんだと思っていたが


それとも手術中に


何かトラブルでもあって手術時間が


伸びてるんだろうか





Miku


「先輩、何乗ります?」


「やっぱ遊園地と行ったら


ジェットコースターだよね


Mikuちゃん乗れる?」


「えっ、はい」


遊園地なんて小さい頃に行ったっきりで


自分が大丈夫な人間なのか


よく分からない





「じゃあ、あれ乗ろう」


先輩が指を指している先を見ると


そこには上に下にうねうねした


くるくると回転までしそうな


ザジェットコースターっていう感じの


乗り物が待ち構えていた


「あっ、はい」





Rui


バタバタ


バタバタ


目の前を看護婦さんが


行ったり来たりしている


やっぱり何かあったのか?


「あの栗山ですけど、母は大丈夫ですか?」


「えぇ、大丈夫ですよ」


「何かあったのかと思いまして」


「大丈夫ですよ」


「あとどれくらいで終わりますか?」


「詳しい時間はまだ私たちにも


分からないんです」


「何かトラブルがあれば


教えてくれるんですよね」


「もちろんです」


「特に何も情報がないってことは


順調なんですよね?」


「はい」


カチカチ


手術を開始してもうすぐで4時間たつ





Miku


ジェットコースターは怖いですよ


危ないですよと言わんばかりに


ガッチリと固められてしまった


今気づいた


このガッチリと固定される感じが


大の苦手だったということを


時すでに遅し





トゥルルルルルル


発車を知らせるベルが鳴り渡る


ドキンドキン


次の瞬間


突然ガッという機械音とともに


ゆっくりゆっくりと


上へ上へと静かにだけど、確実に登っていく


この妙にゆっくりなのがまた恐怖を増す


ガタン


ガタン





もうこれ以上登れないんじゃないかって


とこまで登りつめたところで、一瞬止まる


ドキン


ドキン


 




次の瞬間


真っ逆さまにコースターの上を


滑り落ちていく


ガガガガガガー


「いぇーい、Mikuちゃん楽しいね〜」と


楽しそうな先輩の声が


この瞬間に気づいた


私ジェットコースターに


乗れない人間だったってことを


気づいたところで時すでに遅し





私の気持ちとは裏腹に


今度はぐるぐると回転をはじめた


怖くて声も出ない中


ひたすらジェットコースターの言いなりに


なるしかない


早く終われ、早く終われ





Rui


カチッ


ようやく手術室の電気が消える


時刻は、18時半


当初の予定の3時間を1時間半過ぎて


母親の手術は終わった


しばらくして


ガラガラ


手術を終えた母親がICUへと運ばれていく


そこに担当の先生が来る





「栗山さん、手術は終わりました


説明するので、こちらへどうぞ」


「はい」


トントン


「どうぞ、お座りください」


「無事に終わったんでしょうか?」


「えぇ、無事に摘出しています」と


摘出したものを見ながら話が進んでいく





「予定より長くかかっていましたが」


「充分な時間をあらかじめ


お伝えするようにしていますが


麻酔に少し時間がかかりましたので」


「そうですか


問題がないなら良かったです」


「お母さん、ICUにいらっしゃいますよ」





Miku


「到着〜!」


終始ご機嫌な先輩


「Mikuちゃん、大丈夫?」


「えっ、はい」


「って明らかに大丈夫じゃなさそうだね」


「私ジェットコースターはダメな


人間だったみたいです


そのことを身を持って


証明することができて良かったです」


フッ


「何かおかしいですか?」


「いや、感想がなんか


Mikuちゃんらしいなぁと思って」


「そうですか?」





「次Mikuちゃんの乗りたいもの乗ろう」


私の乗りたいもの


メリーゴーランドは子供っぽいし


海賊船のあの上下の動きは


間違いなく乗れないしー


子供らしくなくて怖くない乗り物は


あるんだろうか


あっ、これしかない


「じゃあ、観覧車で」





Rui


「栗山さん、こちらですよ」


「お母さん」


お母さんと呼んだのはいつ振りだろうか


たった4時間半しかたっていないのに


そこにはいつもと違う母親がベッドにいて


改めて手術をしたんだと思い知らされる





「Ru....i」


「話さなくていいよ」


まだ意識が朦朧としているのか


目が合いづらい


母親の手をそっと握る


腕に刺さった点滴が痛々しい





「大丈夫か?手術は無事に終わったぞ」


「良かった....良かった.....」


母親の目から一筋の涙がこぼれ落ちる


終わったんだこれで





「観覧車?」


「はい、嫌ですか?」


「全然!」


高いところは大丈夫


とにかくスピードが出なくて


ぐるぐる回らなければ大丈夫





「やっぱり観覧車は平和ですね〜」


「そ、そうだね」


あれっ


「先輩もしかして観覧車苦手ですか?」


「苦手というか、俺高所恐怖症なんだよね」


えー、だって


「ジェットコースター


乗ってましたよね?


あれも相当な高さ.....」


「いや、ジェットコースターは


ゆっくりじゃないでしょ


勢いがあるから大丈夫なんだよね」





ジェットコースターが怖くなくて


観覧車が怖い


反対の私からすると理解できない


今気づいた


「先輩と私遊園地に行けないですね」


「あぁ、確かに


Mikuちゃんがジェットコースター全般が


苦手で


俺が高所恐怖症だもんね


一緒に楽しめる乗り物がないよね」


「ふふっ、そうですね」









  
























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