す。ご。ろ。く。ゲーム

@Kadoya_7143

プロローグ 〜邂逅〜

 ー音声入力。

 「銃、購入。」

 即座に右手に小型の拳銃が現れる。それを両手に構え、物陰から狙いを定める。


 ーバンッ。


 狙い通り、胸を貫いた、と思ったがどうやら相手が1枚上手だったようだ。弾丸は半透明の緑色の壁に阻まれ、相手にまでは届かない。


 「チッ」

 理想で言えばこの1発で仕留めたかった。それに正直、ここでそこまでポイントを使う気はない。だがこうなってしまっては仕方がない。どうやら、多少覚悟を決める必要があるようだ。


 「銃、売却。」

 そう呟くと手に持っていた拳銃が消える。

 相手が振り向く前に手近なビルに駆け寄りながら手に持った携帯端末を操作し、液晶に映った『ジャンプ強化 回数券』という文字に触れる。そして、文字の横の数字が7から6に変わった瞬間、地面を蹴った。


 グンッと青々と広がる空に浮かぶ真っ白な雲が近くなりそしてすぐに重力が思い出したかのように作用しだし、また離れていく。数秒後、華麗にビルの屋上に降り立つやいなやすぐに駆け出し、隣へ、またその隣へ、とビルからビルへ飛び移りながら移動する。

 まるで忍者のようなパルクールをしながら道路を挟んだ向かいのビルへ大ジャンプを決めようとした、その時。


 不意に景色にノイズが走り、目の前のビルは一瞬で消え去った。





 ***






 なにか物事に始まりを見つける、という作業は簡単なようでいて、実は非常に難しかったりする。そもそも始まりなんてものは誰かが勝手にこじつけたものであって、そしてそれはその人にとっての始まりでしかないのだから。だから、まあ僕を取り巻くこの物語の始まりを僕が無理やり作ったところできっと誰も文句は言わないだろう。


 僕、志倉 累はその日、保健室のベットで寝ていた。なんという事はない、ただの貧血だ。小さい頃からの低血圧のせいで、もはや慣れてしまっているのだがしかし、貧血というのは不思議なもので自然に立っていられなくなるのだ。そのせいで教師にバレ、自分のクラスの教室よりもお世話になっているのではないか、とも思えるこの保健室に今日も図々しく入り浸っているのだ。

 保健の教員もすっかり顔見知りになり、半ば呆れ顔で迎えてくれた。


「貴方。そんなにこのベットの寝心地がいいの?」なんて皮肉じみた冗談を言ってくるあたり、だいぶ親しくなったという事だろう。なんとも不名誉な事だ。そして、この教員は"口は災いの元"なんて格言を恐らく聞いたことがない。毎回一言余計なのだ。


 そんなことを考えながら寝返りを打つと、開いた窓から照りつける太陽の光が目に入った。


 ーしかし、暑い。

 いくら9月の始めで夏の気配が遠ざかり、ようやくセミの声が落ち着いてきたからといって、気温がそう素直に下がってくれる訳でもなく、クーラーのないこの部屋は真夏と変わらないのではないかという温度になっていた。

 ここは本当に怪我人を休めるための部屋なのだろうか。

 クーラーがないというのは保健室としての明らかな欠陥に思える。そして、不幸なことにいつもどこからか氷枕やら扇風機やらを持ってきてくれる口うるさくも優しい保健医は席を外している。


 まったく。汗が止まらない。

 この学校の予算配分のやり方と、四季のあるこの国の気候と、進む地球温暖化と、そもそも夏なんてものを作った神様に思いつく限りの文句を並べ、それも嫌になって、また寝返りを打とうとすると不意に視界が暗くなった。ああ、この感じは知っている。貧血の時のめまいだ。おそらく脱水症状もあるのだろう。見ている景色が暗くなっていくのと同時に視界が揺れ始めた。まるで自分だけ地震にあっているような感覚で、平衡感覚もままならないような状態だった。

 貧血には慣れているし、だんだん自分の体の扱い方も分かってきたつもりだ。だが今回はひさびさに、やばいと感じた。貧血で危機感を覚えるのはいつぶりだろう。


 そんな時、幸か不幸か保健室の扉が開くような音がした。こんな状態だから聞き間違いも十分にあり得るのだと冷静な部分では分かっていたが、割と焦っていたらしい。僅かな希望にすがり、ゆっくりと体を窓の方から扉の側へ向けた。死ぬかと思った。いや、正確には、死ぬかと思うほどびっくりした、だろうか。しかし、自分の寝ているベッドの隣にいきなり物音の一つもなく(扉の開いた音はしたが)人が立っていればさすがに驚くだろう。もはや視界がほぼブラックアウトの状態で目が焦点を合わせられず、全くもって誰なのかは判別できないが、この状況で隣に立っている人物は1人しかいない、はずだった。


「ああ、あなたが次の人ですね。」

 隣に立っている(であろう)人物は唐突につぶやいた。話しかけられたのか、独り言だったのか、なかなか怪しいラインの発言だが、それより何より驚いたのはその声が男性のものであろうか、低いが、妙に耳に響くような残響をもつ声だったからだ。この学校の保健室の先生は女性だ。ついでに言えばこの学校でこんな声をした教師や生徒は知らない。というか、おそらくいない。こんな耳に残る声ならまず間違いなく印象に残っている。記憶力にはそれなりに自信があるのだ。それなのに記憶にないということは、つまり、今隣に立っている人物は学校の関係者ではない、ということだ。


 ー不審者。

 という全くもって身近に感じられない言葉が頭をよぎる。叫んで助けを呼んでみようか。いや、そんなことをしたら確実に意識不明の重体だ。今でさえ、意識の半分以上が不明なのに。

 なんとも馬鹿らしい事を考えているとどうやら隣の不審者はこちらの様子がおかしいことに気づいたようだ。


「おや、反応がありませんね。意識がないのでしょうか。まったく、困りましたね。伝言を頼まれているのに。」


 ーー悪いがまったく困っているように聞こえない。むしろちょっと楽しんでいるような感じがするのは被害妄想だろうか。だいたい、なんで不審者が伝言を頼まれるのだろうか。訳がわからなさすぎる。夢でも見ているのだろうか。


「ああ、ご安心を。貴方の意識があることは分かっていますよ。少しからかってみただけです。あまりにも苦しそうな顔をしていたもので。つい。さらに付け加えるならこれは夢でもありません。私は現実に存在しています。どうぞご安心を。貴方の意識も残念ながら不明ではありませんので。」


 …

 どこからツッコめばいいんだ。まずあまりにも苦しそうな顔をしていたら心配するのではないだろうか。少なくともそれを理由にからかう、という行動に移るのは明らかにおかしい。ふざけてる。被害妄想じゃなかったのかよ。おい。しかもこのタイミングで夢じゃないと否定されるとは。心を読まれているのではないかと疑いたくなるレベルだ。だいたい、なんで意識不明でない事を残念そうに言うんだ。明らかに性格がゆがんでいる。


「まずは、おめでとうございます。と言っておきましょうか。貴方にそれなりに喜ばしい事が起こりました。今はなんのことだか分からないでしょうがとりあえず、そのままの意味で言葉を受け取ってください。じきに説明が始まります。聞きたいことはそこで聞いてください。それではご武運を。」


 その不審者はそれだけ言うと右手を僕の顔の前にかざしてきた。なにかされる!と焦った僕が抵抗ーただ、もう色々限界なので首をすくめるというなんとも無意味なことしか出来ないーするとなんだが急に力が抜け、猛烈な睡魔に襲われそのまま意識を手放してしまったことは今でも後悔の絶えないことである。

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