第27話 三章 一月三十日 日曜日

 寒い日が続いていた。なかでも今日は特に寒さが堪える。この冬一番かも知れなかった。さらに厄介なことに空は黒雲が覆い、今にも降り出しそうなのだ。日曜日の今日。俺は今週もまた天河に駅前まで呼び出され、CDショップ巡りに付き合わされている。新年を迎えてからというもの、最近はあれやこれやと理由を付けて休みの度に天河と逢っているかもしれない。




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『おはよう、委員長。今日は学祭のステージで本番なんだろ? 頑張れよ? あのさ、良かったら、本当に気が向いたらで良いから。ステージの録画さ。私に送ってくれよ』




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『お疲れ様だ委員長。ステージ、巧くいったか? いや、お前なら大丈夫だったに違いない。信じてるよ。私と違ってお前はいつも用意周到だったからな』




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『当然だ。お前を信じてるに決まっている。当たり前じゃないか』




 天河と並んで街を歩く。その小さな手には俺の型遅れのガラケーがあった。ん? それ、俺のガラケー……? 天河、いつの間に!?


「……なによこれ。ふーん? メル友ちゃんとまだ続いてたんだ?」


 あっという間に履歴を調べられていた。この女、いつもながらに酷いよ!


「な、天河、人のガラケーを勝手に弄るなよ! 返せって!」


 掴みかかろうとする俺に、天河の冷たい一言が降り注ぐ。


「……朔耶」


 天河は自分のことを下の名前で呼べと要求してきた。自分が人に断りも無く勝手に俺のことを下の名前で呼び始めておいて、自分だけ『充彦くん』と下の名前で呼ぶのは不公平だ、と主張する。これは天河が最近ことある事に繰り返す、ある意味で脅しであり、踏み絵だった。


「……ぅ、朔耶、ちゃん、頼むから止めてくれよ」


 従わなければ返さない、そう目が語っていた。……畜生め。天河の奴、覚えてろよ!?


「朔耶!」


「……朔、耶」


 天河の更なる押しに、俺は苦々しくも喉の奥から絞り出す。でも、一度名前を呼んでしまうと今まで俺の胸に支えていた何かが解け落ちてしまったかのように、スッキリした。ある種の清々しさが身を包む。ああ、俺は――。。


「よし。よく言えました。充彦くん。……で、いつまでメル友ちゃんのおママゴトに付き合う気なのかな?」


 急に寒気がした。俺はその感触の意味するところにゾッとする。天河が投げて寄こした俺のガラケーは、恐ろしく重かった。


「そんなの別に良いだろ!?」


「良くない。全っ然良くないってば! 充彦くんさ、メル友ちゃんと遊んでて虚しくない? 手を伸ばせば触れる距離に、君に愛を囁いてくれる目も眩むような美少女がいるのに、どうしてそんなつれない態度が取れるのかな? あたしなら、いつでもOKなんだけど!」


「うるせぇよ」


 こんな天河は嫌いだ。お前は俺の事が大事なんだろ? 俺を追い詰めて楽しいか?


「ねぇ、こんなの全然プラトニックでも何でもないんだってば。ただのファンタジーじゃん。もっと現実見ようよ」


「アイツとはママゴトでもファンタジーでも何でもないんだよ。現実なんだってば」


 俺は堪らず言い返す。俺はアイツと約束したんだ。だから、お前に応えてやるわけにはいかないんだと伝えておいたはずだよな!?


「またまたご冗談を。うまいなぁ、充彦くん。面白すぎ。頭やられちゃってるよ。全くたいしたものだと思うよ。そのメル友ちゃんも良く付き合うよね、愛しの委員長君にさ。もしかして……業者だったり?」


 天河の嫌な笑い顔が目の前にある。


「ふざけるな、そんなのじゃないって何度も言ってるじゃないか! アイツは、アイツは俺の大切な――!」


「充彦くん!? だったらどうしてメル友ちゃんに返事してあげなていないのよ! どうして電話に出てあげないの! もうずっと、ずっとずっとずーっと、一月近くも放置してるじゃないの!!」


 金切り声だった。始めて聞く天河の絶叫。すれ違う人々は皆、何事かと俺達を振り返る。天河が口を押さえた。自分の大声にただ驚き、その済んだ鳶色の目を大きく見開いて俺を呆然と見詰めていた。


「俺はそんなつもりじゃ……ただ、アイツに返事をするタイミングが……」


「そ、そうだよね。ごめん。ごめんね。あたし、酷いこと言ってるよね? 大丈夫だよ、充彦くん。充彦くんの本当の気持ち、あたし判ってるよ。ちゃんと判ってるから。だって最近の充彦くんはメル友ちゃんに返信を滅多にしてあげてないよね? メル友ちゃんからは送ってくるけど、ほとんど一方通行になってるもの」


「……え?」


 でも、俺が油断した姿を見せると、俺を誘うかのように、たちどころに弱々しい姿を見せてきて。卑怯な奴だ。本当に卑怯な奴だよ、お前。


「判ってる。今の充彦くんはあたしの事しか見てない。あたしの事しか考えてない。判ってるから。信じてるよ。だから、今度返事を聞かせてよ。急がないから。返事はもっと充彦くんの気持ちの整理がついてからで良いんだよ。落ち着いてからで良いよ。充彦くんと一緒なら、あたしいつだって頑張れる。もう二度と失敗なんてするわけない。だから一緒に、あたしと一緒にステージに立っていて欲しい。そしてこれからもずっと、ずっとあたしの傍にいて欲しいから……今すぐ約束はしなくて良いよ? だって、約束しちゃうと、それが守られなかったとき、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ痛いから、ね?」


「……」


 天河。でも、俺はお前のこと……。お前のことなんか、俺はこれっぽっちも……。あれ? 俺はお前の事なんて……。俺は答えることが出来なかった。いや、これより先を考えたくなかった。今の俺がどんな顔をしているかなんて、想像もしたくない。


「じゃ、また月曜日に教室で! 今日はありがとう。楽しかった!」


「あ、ああ。またな」


 天河は何を考えているのだろう。そして俺は今、何をしているのだろう。どちらも判りたくもない。天河は俺の返事など待たずに話を切り上げた。自分から際どい話を振っておいて、話を最後まで終わらせてくれない。――だから、俺はいつもいつも迷うんだ。全ては決断できない俺が悪いのか? でもそんなこと。そんな残酷なことをこの俺が出来るはずがないじゃないか。


「うん、充彦くん! じゃあね!」


 天河は手をひらひらさせながら、駅の改札口に消えていく。俺はそれをどこまでも眺め、人混みに埋もれた後もその影を追っていた。




 一人、駅を出る。身を切るような冷たい風が頬を撫でた。本当に寒くなってきている。気紛れでも何でも無く、直ぐにも雪が降り出して来るかも知れなかった。見れば灰色の雲の連なる曇天が、空に隙間無く広がっている。気づけば俺は、いつの間にかポケットの中のガラケーに手を伸ばしていた。




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『いい加減返事を寄こせよバカ! お前、何考えてるんだよ。私もお前と一緒でバカなんだ。だから、わかんないよ! 私にメール寄こせってこの前も伝えておいたよな!? 見ていないのかよ!』




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『お休み、委員長。もう寝るよ。今日も疲れた。もう、お前のこと以外どうだって良い。そうさ。なるようにしかならないんだよ。疲れすぎたから、お前のことを考えながら寝る。良い夢が見れるって、信じてる。きっとお前に文句ばかり言って、これ以上ない我が儘を押しつけるんだ。そしてお前がそれを全て叶えてくれる夢になると思う。だから、だから明日の朝はお前に起こして貰いたいんだ。メールしてくれよ。頼むよ、充彦』




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『おはよう。委員長。充彦、お前、本当に酷いよ。どうしてだよ。どうして答えてくれないんだよ。夢の中でくらい、私に優しい言葉をかけてくれても良いじゃないか、私が勝手にお前のことを名前で呼んだから怒ってるのか? たった一度きりじゃないか。それも昨日が初めてだったんだぞ? とても勇気が必要だったんだぞ? 怒ってるのなら、そうならそうと返事してくれよ。許さないと言ってくれよ。どうして何も言ってくれないんだよ。もう、私はいらないのか? だったらどうしてこのメールはお前の所に届き続けるんだよ。着信拒否しろよ。酷いよお前、酷すぎるよ。私、勘違いを続けてしまうじゃないか。良いのかよ、お前はそれで。良いんだよな? もう、私はどうなっても知らないからな!』




「諸星……。ごめん。俺はもう、お前にどう答えて良いか判らなくなったんだ。ごめん。本当に判らないんだ」




 チェックしていなかったメールが三通あった。それ以前のメールも、もう長いこと返信をした形跡はない。天河にも読まれてしまった最新メールを目にしたとき、俺は頭を強烈な何かで殴られた気がして、とっさに俺の口から言葉が勝手に漏れていたんだ。


 そうだよ。こんなメールに返信できるわけないじゃないか。お前、こんな奴じゃないだろ? しっかりしろよ。俺なんかいなくたって、俺なんかと違って、一人で進んでいける奴じゃなかったのかよ。お前はもっとカッコ良い奴なんだよ。それがどうしてこんなメールを寄こすんだよ……。


 どうしようもなく胸が痛んだ。俺はポケットにガラケーを戻す。俺のせいだ。アイツが格好悪くなったのは俺のせい。こんなメールを打たせているのも、全部俺のせいなんだ。


 だけど、だからって。どんな顔してどんな言葉を並べたら良いんだよ。


 どんな文字の羅列を打っても、アイツを悲しませるだけじゃないか。クリスマスだって。正月の時だって。アイツ、ただただ俺のメールを待っていたというのに。返事を寄こせ、って頼まれていたんだ。俺はそんなアイツに何をしたのだろう。酷いのは俺で。本当に最低なのは……俺なのに。


 どうしようもない事を頭に描きつつ、俺は駅の改札口を離れ、駅前のバス停に向かって重い足を引きずっていた。白い粉粒が落ちて来る。それは、はらはらと右に左に、俺を避けるように舞い落ちてゆく。畜生。とうとう降り出したんだ。雪が降ってきたよ。参ったな……。


 人混みを掻き分けながら、一歩一歩と歩みを進める。たった今、ポケットにしまったばかりのガラケーが震えた。二度、三度……。着信だ。電話のようだった。家からだろうか。織姫か? そういえば街灯も付いている。辺りはすっかり暗くなっていた。今は何時なんだろうか? あまり遅くなったので、家の誰かがしびれを切らしたに違いない。俺は受信ボタンを押した。




「もしもし?」


『あー、お兄ちゃん、今どこ?』


「織姫か」




 予想に違わず、我が愛する妹君からだった。




『そだよ? ねー、お兄ちゃん、今どこにいる?』


「駅前だよ。今からバスに乗って帰る」


『まだ乗ってないんだよね?』


「ああ」


『よかった。あのね、久しぶりにお母さんが家に帰ってきてるんだよ。こんな寒いのにカナンハウスのストロベリーが食べたいって駄々をこねて聞かないの。お願い。買ってきて。わたしもお父さんもお母さんの相手でもうクタクタだよ』




 織姫の脳天気な声と、それ以上にバカバカしい電話の内容に救われた思いがする。胸の痛みが少し安らいだかに思えた。




「わかったよ。買って帰る」


『ありがと! だから大好きだよ、お兄ちゃん!』




 言うだけ言うと、さらに適当な言葉を残して織姫は通話を切った。母さんの相手は二人に任せよう。カナンハウスは駅を挟んで反対側の通りだ。俺は今来た道を引き返えそうと、身を翻して歩を進めた。くだらなさ極まる会話をしたためか、心持ち先ほどより足は軽く思えた。




 ◇ ◇ ◇




 カナンハウスは開店休業状態だった。年配の店員に感謝されつつ、真冬とは思えない量のアイスを買い込んだ俺は、再びバス停へと向かう。


 少しの間に、街灯に照らされた駅前の煉瓦道は早くもうっすらと白くなっていた。舞い落ちる雪に降り止む気配など全くなく、むしろ先ほどより激しくなってきている。人であふれかえる駅前は先ほど列車が駅に到着したらしく、絶えず人の波が吐き出されていた。


 人々は皆、降りしきり地面を覆う雪に一瞬見とれ、そして足早に立ち去って行く。きっと今夜は積もるに違いない。そして明日の朝には、俺とアイツが出会ったあの日のように、きっと一面の白で覆われるはずだ。雪の白を見る度に蘇る、織姫との通話で薄らいだはずの胸の痛みが蘇る。


 アイツ、今頃何をしているんだろうか。アイツにメールでも……俺は無意識に取り出したガラケーをポケットにしまう。今さらアイツにメールなどできるわけがない。まして電話などあり得なかった。でも一言、せめて一言謝りたい。あいつに会って許しを請いたいと思った。バス停が見える。俺は人気のないバス停の正面に立った。遅れているのだろう。バスはなかなか来なかった。そんなとき、またもガラケーが震え出す。




「もしもし?」


『お兄ちゃん! まだなの!?』


「買ったよ、今からバスに乗るから、もう少しだけ待て。織姫」


『急いでよね? 色々な意味で、もう無理無理!』




 あ。勝手に電話が切れた。なんだよ織姫の奴。あのバカ、いつもいつも意味不明なことばかり。低いディーゼルエンジンの音が聞こえてきた。バス停にバスがやってきたのだ。バスに目をやるも、がっかりくる。俺が待っていた路線バスではなかった。空港から駅を結んでいる高速バスだったのだ。どっと疲れが押し寄せてきた。早く家に帰って風呂に入って眠りたいと心底思うよ。


 大きな物が俺の近くに落ちる音がした。大きな旅行鞄。それに黒いバッグが目に入る。ギターケース? 雪のせいだろう。近くの誰かが手を滑らせたらしかった。




「……充……充彦……?」


「……っ!」




 掠れるような声だった。間違えるわけがない。そんなことがあるものか。聞き間違えるはずのない、忘れえぬアルト。でも、どうして今なんだ。


 声のした方を見る。そこには信じられない姿があった。夢にまで見た姿。俺の目の前に赤いロングコートに包まれた、豊かな黒い長髪の女がいる。冗談としか思えない、近寄りがたいほどの美人だった。




「……もろ……ぼし? まさか、諸星!?」


「そうだよ、委員長」




 先ほどの弱々しい声じゃない。懐かしいけれども、不機嫌さを隠そうともしない、どこか張りのある低い声だった。でも俺は知っている。この声がどうしようもない不安から来るものだと言うことを。畜生。俺、泣くかも。




「委員長。お前、どうして……どうして……ここにいるんだ?……急に決めたことなのに。それに、そんなこと誰にも教えていなかったのに。それに時間だって到着予定時刻をとっくに過ぎていて……」




 バスの出入り口近くで立ち尽くすアイツを邪魔そうに、数少ない乗客が通り過ぎて行く。




「お前、お前は……こんなところで何をしてるんだよ、お前。ダメだろ? こんな所に来たらダメじゃないか。お前、彼女がいるんだろ? 誰かに見られたらどうするんだよ。誤解されるぞ? 私なんかを、昔の女を迎えに来たなんて知れたら……。私に言われるなんて、ホント最低なことだろ?」




 天河が今日俺に見せていた、思わせぶりな言葉と態度が幾つもよぎる。俺が黙っていると、アイツはとんでもない事を言い出した。




「あはは、そんな顔するなよ。まさか空港じゃなくて、こんな所に迎えに来るだなんて。……考えたな委員長。さすがに驚いた……。不意打ちもいいところだ。でも、いいよ。こうしてお前の姿が見れたからさ。最後の最後に、逢えたから。せっかく戻ってきたけど、この足で戻るよ。私から捨ててやるから。お前を。もうメールも、電話もしない。お前からの連絡は全部拒否してやる。お前にはそんな勇気はないもんな。いいよ。私がやってやるから。……今の今まで好き、だったよ。そしてありがとう、な。私に希望を与え続けてくれて……判ってた。あの女の話を聞いたときから。こうなることぐらい、そうなってる事ぐらい、予想していたんだ。大丈夫だ。私は強いから。お前がそう言ってくれたから。いくらでも強くなれるから……じゃあ、な。あはは。私、バカだよな。わざわざこんな事のために、わざわざ、結果の見えていたことのために……ホント、バカみたいだ……。委員長。じゃあ、な。あば……」




 そんな事を言い続けるアイツの顔が歪んだ。そうだよ。お前は俺を責めて良い。責める権利がある。だからお前。頼むから、お願いだからそんな声を出さないでくれ。




「諸星、何をさっきから意味不明なことを言ってるんだ?」




 でも、さ。お前は詰めが甘いんだ。何をするにも、いつもいつも適当で。おまけに早とちりまで。他でもない。こんな希有な存在、アイツ以外にあり得なかった。この、バカ! そこの涙ぐんでるお前だよ! 帰って来るなら、帰って来るって一言だけでも連絡寄こせよな。俺が今の今までどんな気持ちで過ごしてきたか、どんなにお前の事を想ってきたか! 俺がどんな想いで……! 畜生、このバカ! たとえ泣いたって、許してやるものか!




「意味不明って……委員長……!?」




 本人にしては意外だったらしい。目を見開いて、幽霊でも見る怪しい目付きになっていた。心外な。俺は俺の目の前に立つ、先ほどから好き勝手に言ってくれているアイツを睨み付ける。




「諸星……。そんな声出すなよ。俺に見つかるお前が悪いんだ。誰が強いんだよ。誰が俺を捨ててやるって? 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら言う台詞かよ。強がりもいい加減にしろ。それにお前こそ約束を守りやがれ。俺はお前の隣でベース弾かなきゃならないんだろ? お前言ったよな! 必ずそうするんだ、って。どうせ、勝手に心配して、空回りして、いても立ってもいられなくなって勝手に勘違いして泣きながら引き留めに来たんだろ? 違うのかよ!」


「違う……そんなのじゃ、そんなのじゃ……。この私がそんなカッコ悪いマネするわけ無いだろ!?」




 今やこのバカは周りを気にもせず泣いていた。いや、きっと俺が泣かせた。酷くて最悪で、今この瞬間もきっと不安にさせ続けているに違いない。




「諸星! しっかりしろよ! お前がそんなだから、俺が迷うんだよ。お前のせいだ。お前のせいだから、せっかく日本に戻ってきたんだから、責任取れよ。……って言えば、元気出るのか? お前はひねくれ者だからさ」


「うるさい……うるさいよお前。私のせいなのかよ。みんなお前が悪いんじゃないか。お前のせいじゃないか。私がどんなにお前のことを……うう、うぇぇ、ううっ……。畜生、お前が悪いんだ。お前のせいで、カッコ良く出来なかったじゃないかよぅ……」




 バス停を通り過ぎて行く人々の好奇の目をものともせず、俺の胸に飛び込んできたアイツの肩を抱き、そっと艶やかな髪をなでる。それは今にも壊れそうな、幻そのものだった。俺の罪の代償は、今にも消え入りそうなくらい脆く思える。でも、そんなアイツが今俺の胸の中にいるのだ。俺は今、とても嬉しい。俺、本当に最低だ……。




「諸星、ごめんな。心配かけた」


「……そうだ。お前が、お前が悪いんだぞ、委員長……絶対、絶対許すものか。絶対に許してなんかやらないからな」




 でも、確かにアイツはそこにいて。思い出の日々にいた、俺の記憶の中のアイツの遙か上をいくほど綺麗になっていた諸星。俺はそんなアイツの肩を抱いて立ち尽くす。雪が道路を覆い始めている。このままだと、きっと今夜は積もるに違いない。それこそアイツと初めて出会った日のように、深く深く積もりそうだった。

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