第25話  三章 十二月二十四日 金曜日

 織姫が言い出した、我が家でのホームパーティ。早めに帰ってきた父さんがフォークギターを上機嫌で弾いている。そして、今日もあの人、母さんの姿は無い。また今日も、どこかを出歩いているに違いなかった。まあ、母さんの姿が無いのは日常なので、今さらどうと言うこともない。


 今日も当初の予定通り、織姫が腕を奮った料理で悠人と天河をもてなしていた。織姫と天河がバカを言い、悠人や俺がいじられる。そんないつもと変わらぬ、でもちょっぴり豪華な時間が過ぎてゆく。今日も天河は笑っている。あのコの笑顔はいつもと何ら変わりない。


 俺は学園祭後の秋の季節を天河と上手くやれてきたと本気で信じていた。……天河が俺を諦めてくれたのだと、勝手に信じ込んでいたんだ。




「は? 充彦のメル友ちゃんのこと? ……朔耶ちゃん、知りたいのか?」




 トイレに立ったのがまずかった。扉一枚隔てた向こう側、居間の中は微妙な空気のようだ。俺は扉の前で踏みとどまって正解だった。息を殺して立ち止まる。




「でなきゃ、わざわざこんなこと空見なんかに聞かないから」


「なんだよそれ。でも、どうして今さらそんな事。……いや、済まん。こっちの話。 ええと、出来ればそっとして置いてやってくれよ。出来れば充彦の方から話すまで」


「どうして? 携帯に向かってる充彦くん、取っても楽しそうなんだけど。『カナミ』ちゃん、って言うんでしょ? 気になるなぁ。あたしと話すときも笑ってくれるけど、あそこまで楽しそうにしてくれたこと、今まで一度も無いんだよ? ほら、あたしって自意識過剰じゃん。だからさ、かなりショックなんだ」




 俺の心臓が跳ねる。自分でもかなり驚いた。俺、そんなに外に感情を出していたのかよ。




「自分で言うかよ、朔耶ちゃん」


「あたしって、どう? そんなに魅力無い? 可愛くない? 守ってあげたい、構ってあげたいって思わない? あたし、充彦くんにアプローチしていて疲れさえ覚えるんだけど。まだ振り向いてくれないのかー! って、さ」


「え? 朔耶ちゃん、それ……」


「あたし、こう見えても惚れっぽいんだ」


「いや、それ見たまんまだから」


「空見もなにげに酷いんだ?」


「朔耶ちゃん、本気で言うぞ? 充彦のこと、遊びか冗談なら、ホントこの件ではそっとして置いてやってくれないか。充彦はおそらくまだアイツのこと想ってる」




 悠人の言うとおりだと思う。思う、よ?




「親友としての言葉?」


「ああ。オレは自分のことを充彦の一番の友達だと思ってるよ」


「ふーん。そっか。そうなんだ。でも……あたしの想いも冗談じゃないんだけどな……」


「え?」




 天河? お前、まだそんな事を言っているのかよ。あの時、学園祭の日に俺は確かにお前のことをはっきりと断ったじゃないか。なのに、どうしてだよ……。




「ね、空見はあたしの事どう思う? 可愛い? 魅力的? ……それとも、こんなこと聞いて来る女、めんどくさい?」


「他の奴に聞けよ。十人中十人がストーカーになってくれるから」


「すっごく客観的な評価、ありがとう」




 凄く強気の天河の姿。教室でよく見るあのコの表の顔だった。




「いや、感謝されるほどでもない」


「……今は引き下がれる。でも、もうあたし、自分に責任もてないかも。あたし自分の気持ちに嘘をつけない性分だから。覚えて置いてくれると嬉しいな」


「でも、あれから何ヶ月――約一年か。充彦はともかく、アイツはまだ充彦のこと想ってるのかな。いや、むしろ最近は充彦の方がアイツのこと既に諦めているような気もしないでも……そういえば、前ほどメールしてる姿を見ないな」




 ――そうだ。俺、最近アイツにメールをしていない。以前はことある事にメールしていたはずなのに。悠人の言葉に反論できない。なんだよ俺。何してるんだよ……。




「そうなの? だったら充分あたしにも脈有りじゃない。良いこと聞いた。アリガト」


「いや、まてまて、確かめてもいないし?」


「大丈夫大丈夫。この朔耶ちゃんが恋路で負けるわけ無いよ! たった今、空見もそう自分であたしの事をそう言ってたじゃない」


「だから、どっちも確かめたわけじゃないって!」




 俺はそっと扉を離れ、階段を上る。自分の部屋で頭を冷やそう。それが良い。うん。それが良いに決まっている。




 ◇ ◇ ◇




 悠人も天河も今日は我が家に泊まっていくらしい。父さんに絡まれた悠人には逃げ場として俺のベッドを提供してやった。天河はまだ織姫の部屋で我が愛する妹君と騒いでいるのだろうか。二階の奥の部屋がなんだかドタバタと騒々しい。


 俺が本日の寝床である居間に戻ったとき、クリスマスパーティーの残骸が出迎えてくれた。悲しいことに、織姫の渾身の作であるケーキは既にない。同じく、織姫の手による至玉の料理の数々もほぼ全てが誰かさん達の胃袋に収まっており、俺は残骸り処理するだけに追われた。色々と残念だったけれど、あんな雰囲気の居間に入っていけるはずがない。それにしても、俺がアイツのことを既に諦めかけている? そんな事はない。だって、アイツは俺にとって――。




『喜べ、委員長。本場にいる私からのメリークリスマスの挨拶だ。イブは楽しんでいるか? 日本はこの時間でちょうど良かったよな? 今日はメールありがとう。久しぶりにお前からメールを貰ったような気がして、私のことなんかとっくに忘れてしまったのかと勘違いしてた。ゴメンな、委員長。私バカだよな。メール、本当に嬉しかった。またくれよ。待ってる』




 ほら、こんなメールをくれる奴なんだ。俺がアイツを大事に思っていないわけがないよな。そうだとも、当たり前だ。……? アイツは誰とイブを過ごすのだろう……。いや、変なことを考えるのはよそう。うん、アイツなら大丈夫だ。大丈夫に決まっている。あの日、俺達は固く約束を交わしたはずなんだ。

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