第20話 二章 四月三十日 金曜日
ここはファミレス、アークグリル。
国道沿いにある、店舗の入れ替わりの激しいこの辺りの店にしては、いつまでもしぶとく残っている全国チェーン店だ。店はそこそこ繁盛しているのだろう。
ここは先日、俺がなけなしの小遣いを織姫に貢がされた因縁の場所だった。
そして今日。
俺達四人は、その明るい店内の奥にある、窓際のボックス席を占領した。
夕食代わりに適当なものを注文していたのだが、夕方の混み始めた店内の空気を無視して早速騒ぎ始めたバカがいる。
「目指すはとりあえず秋の学園祭のステージよ!」
そんなバカは天河に決まっていた。右の拳を振り回して意味も無く力説している。このコが何か言う度に栗色のポニーが揺れていた。
どこからその元気が湧いてくるのか、全くもって判らない。このコは疲れを知らないとしか思えなかった。
このコはいつもどこでも元気いっぱいで、無意味に一生懸命な姿が目を引くらしく、早くもクラスの人気者の地位を勝ち得ていた。天河朔耶。
……当然ながらその地位は類い希なる恵まれすぎた容姿から来る『アイドル枠』ではない。そんな印象を打ち消すほどに強烈な、常日頃から披露されている非常識で破天荒な言動から来る『バカ枠』の意味での人気者と言えた。
ただ、夢見がち過ぎるのが俺には辛い。織姫も群を抜いてアレであったが、天河は織姫と違い方向性のバカをやってくれている。
俺が最近とても疲れを感じるのは気のせいだろうか。
「おいおい、俺達はまだ一年坊だぞ、学祭のステージ枠なんか取れるのかよ」
悠人が天河の言葉にすかさず突っ込んでいた。それはそうだ。一年生が上級生を差し置いて学園祭のステージに割り込めるとは思えない。
さすがに悠人は現実主義者だった。将来の住職候補が世知辛いのも嫌になるが、お花畑で理想主義者の天河に噛みつかせる役目にはちょうど良いかも知れない。
「ふっふっふ。あまりあたしを舐めない事ね。実行委員会に太いパイプがあるのよ」
「はいーはい、朔耶ちゃん。せいぜい期待しないでおくよ」
自信たっぷりに言う天河を、悠人はあっさりと両断する。
「ぶー! ひーどーいー! 空見、ちょっと酷くない!?」
「え? オレは朔耶ちゃんのヤル気を信じてるよ? な、充彦」
「ああ、そうだな」
悠人には適当に相づちを打っておいた。まあ、実のところ俺も悠人に同意見だ。
「信じて良いんだよな、天河」
念を押すように俺は聞いてみる。俺は適当に言ったつもりだった。
「い、委員長君……。あったり前じゃない! このあたしを一体誰だと思っているのよ。あたしの本気を見くびらないでくれるかな。見ていてよね? 今に見ていて!」
一瞬怯んだように見えた天河だったが、直ぐに妙な自信を取り戻したようだった。胸の前で腕組みしつつ首を縦に振る天河。だけど天河のその言葉は、俺にもどうにも怪しく聞こえてならなかった。
「大丈夫。本番の一週間前に急にステージに穴が空くことになってるから。あたし達はそこにねじ込まれることになってるの。もしかすると……もしかして前座みたいな扱いかも知れないけど、ステージはステージだから!
大丈夫だよ。裏工作なら任せなさいって。いざというときはお父さんに頼みこんででも学園にゴリ押しして貰うから」
「おいおい、自分で裏工作って言っちゃってるし。大丈夫なのかよ。それに、親頼みって、お前どれだけお嬢なんだか」
うん、今の天河の台詞は色々と酷い。悠人の意見に全面的に賛成せざるを得ない。
それにしても……。
「お嬢なのか?」
気になるところを聞いてみた。
天河がお嬢様ね……俺達が通う私立聖鳳学園は幼稚舎から大学院まで備えるエスカレーター式の学校法人である。そこの通う人間には各界の有名著名人の子息が多く含まれていることから、資産に余裕のある家庭が多いと聞いている。だが、全員がそうであるとは限らないだろう。
……今の天河の口振りからすると、天河の保護者は相当なレベルの資産家である可能性が高い。だけど――。
俺は天河の横顔を盗み見る。
実に緩みきっていた。いつものバカな姿が頭をよぎる。酷い姿が幾つも浮かんだ。このコがお嬢?
無理だ。似合わない。似合うのは、せいぜい場末のコメディアンだろう。
でも、そうだとすると天河はどこでドラムを覚えたのか。練習は一体どこでやっていた? 楽器はどうやって手に入れたのだ? メンテナンスの費用は? そもそも保管場所はどうしている? 防音設備のある練習場所なんてどこにある? 資金に余裕が無ければ出来ない相談だった。
そう思うと、天河の主張にも嘘は無さそうに思える。
「大手の貿易商なんだと。天河の親父さんは船を何隻も持ってるって話だ。南米や東南アジアから大量に曰く付きの石ころや怪しい粉末を仕入れてる、って話だ。そうだよな?」
「そうそう! でもちょっと違うかな。うちのお父さんは骨董や美術品も扱ってるってだけ。世界中のミイラや美術品の盗掘を繰り返して荒稼ぎなんてほんの一部、……っ! 違うって! なに言わせるのよ! うちは至極真っ当な貿易商よ!」
「まぁまぁ、良いんじゃない? 集まってみんなで歌って騒げるんなら、わたしはどうだって良いなぁ」
運ばれてきた料理を黙々と平らげていた織姫が始めて口を挟む。
「お、織姫ちゃん、結局理由はそれなのかよ」
織姫はキャベツの千切りを口いっぱいに頬張ったまま頷いていた。年頃の乙女のすることではない。悠人。お前はこんな奴のどこが良いんだ?
「俺もどうでも良いけどな」
正直な思いを俺は口にする。天河の怪しげな話は今に始まったことじゃない。お花畑のお嬢様なのは間違いなさそうだが、口走る話の中身は真実が一割、虚偽が九割と言ったところだろうか。
真面目に考えるだけ無駄だと思えた。天河に散々振り回された、ここ数週間で良くわかったことだ。
「うんうん! だから大丈夫! 学園祭のステージは必ず取れるよ!」
既にステージの予約は約束されているような口ぶりだった。まぁ、天河のことだ。本当にアテがあるのかもしれない。そう信じることにした。
「と、言うわけで委員長君がリーダーをやってね。バンドリーダー」
「え?」
ニコニコ顔で俺に視線を向ける天河の言葉に耳を疑った。
ここまで場を強引に引っ張っておいて何を言う!? お前がやれよ。常日頃から皆に『あたしのバンド』と言っていたじゃないか!
「今まで仕切っておいてお前がやらないのかよ、天河」
「うん。だって、リーダーなんて柄じゃないし? それに、みんなを引っ張っていく役なら委員長君が得意なんじゃないの? なんと言っても、『万年委員長』なんだよね? はまり役じゃない」
天河よ。今更だが酷い女だ、お前は。
「んん? そうだねぇ。わたしもお兄ちゃんがリーダーで良いと思うよ? お兄ちゃん、ベースやるんでしょ? ベースなら、メロディの面倒見てくれそうだし」
織姫はストローを咥えたその口で、モゴモゴと妙な音を立てながら適当なことを言ってくれた。織姫の手元にある血の色をした野菜ジュースのグラスから伸びているストローである。
今にもそのストローに息を吹き込み、ブクブク……と遊びだしそうなほどノンビリとした声だった。
「そうだな、充彦。お前がやれよ。ベースならリズムセクションの方も面倒見れるからな。音楽面はお前が見ろよ」
悠人よ、お前もか! お前まで期待のこもった眼差しを俺に向けるんじゃない!
「悠人、お前までなに言ってるんだよ」
「良いじゃないか。音楽はお前が見ろよ。その他の交渉事やスケジュール管理のような面倒事は朔耶ちゃんに動いてもらえば良いじゃないか」
「任せてよ。もとよりそのつもりだし!」
「な? 朔耶ちゃんも、ああ言ってることだ。充彦、オレもお前のサポートするから」
顔を見合わせ頷きあう悠人と天河。こ、この二人、もしかしなくとも事前に話を合わせていたのか? 思惑はどうであれ、織姫と悠人の意見はもっともだった。
このバンドの編成を考えたときに俺がバンドリーダーをやるのは理にかなってると思える。これから生じてくるであろう、あれやこれやと煩わしい事が簡単に予想できるのだけれども、それも仕方が無いことだと諦めがつく。
毎年、俺が学級委員を受けるときも、こんな気持ちになる。そういう点では俺はもう慣れっ子だ。
ともかく俺は溜息をこぼしつつも悠人に同意を示した。悠人は当然のことながら俺を手伝うだろうし、音楽以外の色々な雑用を天河に振っても良いのなら、思うほど面倒なことにはならないだろうと思えた。
「判ったよ。みんな、俺がこのバンドのリーダーで文句はないか?」
続く皆の笑顔が眩しい。もとよりコイツらは俺に押しつけるつもりだったのだろう。この期に及んで異論など出るはずもなかった。
◇ ◇ ◇
ベッドに転ぶと、俺はメールを確認する。
『お前がバンドリーダー? そうかよ。まあ、その女の目も節穴じゃないって事だな。推薦の理由はともかくとしてだ。まあ頑張れよ。大丈夫。お前、毎年欠かさず学級委員をやってるんだろ? 調整役ならお手の物じゃないか。それにお前は音も耳も人並み以上にいけるんだ。楽勝で出来るだろ』
『ありがとう。自信は無いけどやってみる』
『大丈夫だ、お前なら出来る。私が保証してやるよ』
アイツは即レスで返信を返して来る。俺はなんだか嬉しくなった。
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