第16話 二章 四月二十一日 水曜日

 清々しいはずの山の朝は、とても眠気がして身体が重かった。



『今回の奴はまぁまぁだな。ほんのちょっとだけ、私好みかも知れない。いいか、ほんのちょっとだけなんだからな。これで満足なんかするんじゃないぞ! わかったら、さっさと次も書いて寄こせ』



 眼を擦りながら確認したメールに心躍る。眠気が一撃で吹き飛んだ。本当に嬉しかった。朝、なにも入っていなかったら今日一日ブルーな気持ちで過ごす羽目に陥っていたに違いない。

 メールではアイツが俺の作った歌詞を褒めてくれていた。心の中でガッツポーズ。今日は良いことあるかも、と思えてならない。


 核心に近い予感だった。また作って送ってみよう。きっと次もアイツを唸らせてやるんだ。そうしたら、アイツはもっと俺のことを褒めてくれるかも知れない。アイツの笑顔が自然に浮かぶ。屈託無く笑っていた。

 畜生、どんな冗談だよ。間違ってもアイツがこんな顔見せるわけ無いじゃないか。どんなに良く出来ても、ぶーたれた顔を見せるに決まっている。そして頬を赤く染めながら、早口で俺の文句を言いまくるに違いない。


 ……それでも俺は許せるけれど。



 ガラケーの画面に浮かぶ文字が優しく見えた、まさにその時だった。



「うわ、な、なんだよいきなり!?」



 いきなりの声が耳に飛び込んできた。いきなり隣の男子生徒が悲鳴を上げたのだ。今日は朝から何だか良い気分に浸れていたのに、浮ついた気分が眠気の残滓と共に一瞬で消し飛んでしまった。

 そして続く最近よく耳にするお隣さんのソプラノが、俺の幸せな時間にトドメを刺したのだった。



「いいから君はあっちに行ってよね!? ……ね、ね! 委員長君、隣いいよね! 君の隣の席、空いてるし!」



 俺の隣の席が空いている、だと? たった今、その天河に思い切り邪険に追い払われた気弱な男子生徒の姿が見えたのは夢か? 幻か!? ガラケーの画面に向かっていた俺は、ちょっと状況が掴めなかった。

 追い払われたあいつの名前はたしか斉藤……いや、鈴木だったか……違うな、青山? ええと、なんだっけ。学級委員長たる俺としたことが、ちょっとまだうろ覚えだ。最近たるんでいるのだろうか。



「ね、ね! 委員長君? 一緒にご飯、……良いよね?」



 天河はやけに友好的かつ、下手に出ていた。だが、いつもにも増して強引な事に変わりは無い。元々超フレンドリーな奴なのだが、何かが違う。そう、凄い違和感がある。なんだか心がこもってるっぽい?

 気のせいだろうか。そう。あのコの俺を見る視線が以前のそれと比べて違うのだ。上手く表現できないが……計算高くない? 良くわからない。

 それにしても、天河の奴も早く座れば良いのに、俺にわざわざ断る意味があるのだろうか。なんのマネだろう。天河め、何か隠し球でも……それとも、何かとんでもない事を企んでいるのか?



「何をしてるんだ? 天河。お前も朝飯がまだなんだろ? 早く座れよ」

「え……? 良いの?」



 自分から言ってきたくせに、天河が意外そうな顔を向けてきた。



「何が?」

「あ、うん、うん! 座る座る! 座るってば! 委員長君、ありがとう!」



 ……?


 変な奴だ。さきほどからバタバタしたり、静かになったり。表情や顔色もコロコロ変わるし。それに今朝の天河、やけに素直じゃないか。一体どうなっているんだか。



「委員長君。ここのご飯、結構いけると思わない? あれ? ……ご飯中までメールしてるんだ。ご飯は食べないの?」

『また作って送るよ』



 よし、送信。俺は隣に座った天河に向き直る。

 ……って、近づきすぎだ、お前。



「え?」

「ご飯、食べないの?」



 いつもと異なる、潜められた小さな囁き。俺の目と鼻の先であるごく短い距離で天河が俺を覗き込んでいる。



「あ、ああ。食べる食べる。……ん! 予想外に美味い。お前もそう思わないか? 天河」

「え……? う、うんうん! 委員長君もそう思うんだ! そっか、やっぱり美味しかったのか、ここのご飯!」

「普通に美味いぞ。いや。普通以上だろ、これは。手抜きしてないとみた。どう思う?」



 その時、ガラケーが震えた。視線を手元に落とす。



「うん、プロの仕事はやっぱりこうじゃなきゃね!」

『好きにしろよ、委員長。きっと次も無駄だろうけどな。期待なんかしないでおくから』

「『次も期待してろよ』」



 送信、っと。



「え? うん。うんうん! 次のご飯も楽しみ! 夕食は一体どんなご馳走が出てくるんだろうね!」

「ああ、メシが楽しみだよな」



 俺の隣に座る天河はやけに上機嫌のようだった。何か良いことでもあったのだろうか。思えば、この日を境に天河が俺に対して妙に馴れ馴れしくなったような気がする。



 ◇ ◇ ◇



 林間学校二日目の今日。噂で耳にしていた、地獄だと噂されるスタンプラリーが俺達を待っていた。毎年恒例となっている、新入生を待つ試練らしい。事前に各方面から仕入れた情報によると、朝から弁当を持って山に放り出され、終わるのは昼下がりになるともっぱらの噂だった。

 今年も例年の通りなら、今年もそうであるに違いない。だが内容そのものよりも、俺は班分けの有りえない結果を呪った。そう。俺は最近つくづく縁のある、あのコと同じ班になっていた。



「ね、ね、委員長君! スタンプラリー、君と同じ班になったね! これって、もしかして運命?」



 弾けるような笑顔を見せる、青ジャージ姿のポニーテイルが目の前にいた。



「んな訳ないだろ!」



 よりによって天河とかよ。これが正直なところだった。



「あー。そっか。君がストーカーなんだ、この変態」

「それもないから」



 ほら、またしても酷いことを言うし?



「ね、わざと遭難しちゃおうか? あたしと君が高原で二人きり。夜空に光るお星様なんか見上げつつ、二人が見つめ合っちゃうの!」

「そんなキャラじゃないだろ? 天河は」

「ひーどーいー! あたしはそんなキャラなの! お目々がキラキラで、夢見る人なの! いつもはキャラ作っているの!」

「今も作ってるんじゃないのかよ?」

「そこまで器用じゃないから! ……って、突っ込むの、そこじゃないし!?」



 ダメだコイツ。天河に対してそう思うのだが、なんだかこのコの仕草の全てが愛らしく思えてくるのは、俺が重大な病を罹っている証拠ではないのか。天河の奴がこうも可愛く思えなければ、今直ぐにでも追い払うことに心を痛めずに済むのに。全く。扱いに困るとはこの事かも知れない。



 ◇ ◇ ◇



 昼間、あんなに優しかった高原の風も、今はただ冷たいだけだ。天河の願いが天に届いたのか、そうではないのか。とにかく神様はこのコの願いを聞き届けてくれていたようだった。そう。俺達二人は今、とんでもない事になっていた。辺りは既に真っ暗。今日は運悪く月も出ていない。満天に輝く星明かりだけが頼りだった。



「ねぇ、ここ、どこだろ? ……ねぇ、今の声、オオカミなんじゃないの……?」

「日本に狼はいないから」



 ああ、確かにそれっぽい遠吠えが聞こえたな。野犬か?



「ねぇ、今、どこ歩いてるのかな、ねぇ、……GPS、付いてないの? あたしのスマホ、電池とっくに切れちゃった」

「それはお互い様だろ? 電池の切れたガラケーに期待するなよ。それに昼間の時点で電波も既に圏外だったし」



 GPSなんかより、アイツと連絡取れない方がよほど心配だ。アイツ、今頃怒りまくってるよな……間違いない。目に見えるようだ。

 それにしても、 二人とも電池切れなんてあり得るか? 普通。



「同じ班の人たち、どこなんだろ?」

「お前が出発早々に挑発して追い払ったんだろ? 『競争だー!』なんて言って奴らをその気にさせておいて、今更なにを言っているんだか」

「ぅ……ごめん」



 天河の声はとことん小さく、覇気が無い。いつもの元気なあのコの姿はどこにも無かった。今いるのは弱々しく儚げな、今にも消えゆきそうな女の子の姿だ。



「ね、ねぇ、ねえってば! 委員長君、待って!」



 あのコは考え事をしていたらしく、先に進み行く俺に気づかなかったようだ。バタバタと駆け寄って来た天河が、息を切らして俺のジャージの裾を掴む。



「待って、待ってよ委員長君。ねぇ、あのしめ縄のしてあった鳥居の所まで戻ろうよ。反対側の道だったんだよ、きっと。こっちじゃないんだよ」

「それは日が沈む前の話だし、お前が怖がって闇雲にダッシュしなければ、そこに戻るのも簡単だったろうな。でもな、天河。暗くなった今では下手に動くと、かえって面倒事に遭って危険だと思うぞ?」

「で、でも、でもでも!」



 溜息しか出なかった。この今にも泣き出しそうな女のコは一体どこの誰なんだよ。とはいえ、今の天河には俺しか頼る存在はいないよな。そして俺は押しつけられた役目とはいえ、天河のクラスの学級委員なわけで。ここは俺がなんとかしないと。



「落ち着けよ、天河」

「ひっ……。ね、ねぇ、また声がしたよ、遠吠えだよ。さっきより大きくなかった? こっちに来てるんじゃないの? オオカミ」

「だーかーらー、人の話を聞けよ、バカ女。俺には何も聞こえないし、そもそも日本には狼なんていないんだよ。大丈夫なんだってば!」



 驚いたように天河が息を呑む。俺が強く言うたびに、天河は俺の期待と逆の反応を見せているような気がする。気のせいだろうか? この様子では宥めるのも一苦労だと思えた。



「ねぇねぇ、あたしたち下山した方が良いよね、早く降りよう?」



 またも上着が強く引っ張られた。いつ泣き出しても不思議ではないと思える。



「少しは人の話を聞け! 今も先生達が探してくれているよ。間違いないって。それに、さっきも言ったけど、夜に動く方が危険なんだよ。狼はいないけど、熊にでも出会ったらどうするんだ」

「……ぇ?」



 またも息を呑む音が聞こえる。天河の動きがぎこちなく止まった。



「さすがに熊は洒落にならないだろ?」

「く、熊……。……や、……やだやだ、嫌だ……もう嫌! 帰る、あたし帰る!!」



 しまった、と思ったときには遅すぎた。天河がその細い身体を両手で抱いて震わせ始めている。



「ご、ごめん! 大丈夫、大丈夫だよ。熊なんて居ないんだって」

「嘘……嘘付いてる、委員長君……きっと嘘付いてるんだ……っ、うっ、くっ……やっ、やだ……っ!」



 天河の身体が大きく揺れた。バカすぎる、俺は何をしているんだか。



「大丈夫だよ。落ち着けよ」

「……っ! っ、はっ、はっ、はっ……!」

「天河?」



 あまりにも様子がおかしい。呼吸が変だ。表情も何だか苦しそう……って、過呼吸かよ!? 母さんが父さんをなじるとき、感情が高ぶりすぎて時々過呼吸になっていた。それにそっくりだ。今の天河も、もしかしてそうなのか?!



「天河! おい、天河!!」



 考えるより先に身体が動いていた。とっさの行動だった。父さんが母さんにしていたように、俺も天河の肩を抱き寄せて背中を何度も擦ってやる。非常事態だ。この事をアイツが知ったらどんな顔をするのかなんて、言ってられなかった。



「大丈夫、大丈夫だから。大丈夫なんだって!」



 天河の奴、本当に大丈夫だよな!? 俺は天河を安心させようと何度も祈るように繰り返す。何度も大丈夫だと言い聞かせた。血の気が引いている耳元に口を寄せ、繰り返し囁きかけたんだ。天河は小さく身体を丸めて震えている。これで収まってくれるのか?

 いや、そんな弱気でどうするんだ。ここには俺しかいないんだ。俺がなんとかしないと……。焦る俺に、天河の発する甘い香りが余計に俺を苛立たせる。



「はっ、はっ、はっ……!」

「大丈夫だから、な、大丈夫!」



 嫌に冷たく感じられる夜風だった。俺は天河が寒さを感じないように、彼女の頭を自分の胸に抱き抱えた。



 ◇ ◇ ◇



 俺達二人は草原に腰を下ろしている。小高い丘の上のに流れる風を少し肌寒く感じるのは、澄んだ空気のためだろうか。見れば、星々がやけに綺麗に瞬いていた。



「落ち着いたか?」

「……ありがと……委員長君……」



 天河は力なく俺に寄り添い、未だに俺の胸に顔を埋めていたままだ。暗くて天河の顔色はよく判らなかったが、呼吸は先ほどよりもかなり落ち着いて来た。俺は心底ほっとする。一時はどうなることかと思ったが、なんとかなったようで幸いだった。



「結局、星を見ることになっちまったな」



 俺が声をかけると、天河は面を上げた。その鳶色の瞳に夜空が映り込んでいる。



「……うん……綺麗だよね……空気が澄んでると、こんな綺麗に見えるんだね」



 星空を見上げる天河の言葉はいつになくおとなしく、そして素直に聞こえた。とても普段の天河と同じ人物とは思えない。



「天の川なんて、ガキの頃以来だよ」

「……うん」



 素直な聞き手がいるからだろう。それとも他にやることもないからだろうか。俺の口はいつもなら誰にも話さないようなことを次々と紡いでいた。



「気づいたか? 俺の両親さ、双子に牽牛と織姫なんて夫婦の名前付けたんだ。どうせ付けるなら、双子座の方の名前もじれよな、って言いたいよ」



「……え? 七夕って、二人の恋人が年に一度だけ出会うんじゃないの?」

「違うよ。夫婦仲があまりにも良すぎて仕事を放りだしたんだ。だから天帝の怒りを買ったらしい。その引き裂かれた夫婦が、年に一回だけ逢うことを許される日なんだそうだ。二人が七夕の日に逢える、というのはそういう事らしい」

「そうなんだ」

「でも、さ。天の川が増水したなら、二人は逢えないね? 雨が降ってもダメだよね?」

「……そうだろうな」

「委員長君。……あたしが泣きまくったら増水するよ?」



 天河が顔を俺に向けてきた。天河の唇が小さく震えていた。



「え?」

「あたしは天河だからさ。だから、あたしを泣かせちゃダメなんだぞ? 彦星は好きな人と会えなくなるんだぞ? あたしが足止めしちゃうんだから」



 何を言い出す!? 頭にアイツの不機嫌な顔がよぎる。天河の口にした言葉は俺の胸を貫いていた。……確かに、今夜は天河のせいでアイツと連絡を取れていない。だけど、お前。それとこれとどう関係があるんだよ。



「ごめんね、メル友ちゃんと、遣り取りできていないよね……」

「……っ」



 俺は思わず息を飲み込んだ。天河は先ほどからずっと俺の瞳を覗き込んでいる。気を抜くと天河の瞳に吸い込まれそうだった。これ以上は聞いてはいけない気がしてならない。



「だから、落ちつきがないんだよね? イライラしてるんだよね? 決して、あたしが意味不明なこと言ってるだけじゃ、無いよね……」

「いいよ。仕方ないじゃん」



 バカ正直に答えてしまう。何をしているんだ、俺は。



「……そうなんだ。否定、……しないんだ。毎日、連絡取り合ってるんだ……思った通りだよ……」

「え? うん」

「えっ……そ、そうなんだ、両思いなんだ、やっぱり……」

「……っ!」



 暗くて良かった。俺の顔は今正に真っ赤に染まっているに決まっている。



「ねえ、『カナミ』って名前なんでしょ? メル友ちゃん」

「……知って、いるのか?」

「ううん。知らないよ。この前、メールの名前、見ちゃったたからさ。その名前が頭から離れないんだよ」

「そっか」

「きっと、名前と同じで、凄く神秘的でミステリアスで、しかもすっごく可愛いんだ? あたしなんかより、ずっと、ずっと……さ?

 ねぇ! 教えてよ! 教えてって!」

「……」



 なにかが壊れそうな不安だけが募る。それなのに天河は、俺の逃げ場を無くしていくかのように次々と踏み込んで来た。俺が答えに困っていると、天河の奴は何故か頬を膨らませて俺を責めて来る。



「良いじゃない。吐け! ケチ! 委員長君? あたしにも教えてくれていいじゃん!」

「可愛い……? うん、でも、そうは見えないんじゃないかな。凄まじい美人だけど。初対面じゃ可愛いとは思えないと思う。むしろ、目を合わせるのも怖いと思うな」



 天河のあまりの剣幕に俺の口はまたも余計なことを滑らせる。



「……っ! 美人なのに怖いの?」

「アイツ、底抜けのヤンキーなんだ。髪の毛なんか血のように真っ赤で、金髪どころの騒ぎじゃないんだ。学校中の不良どもを転入初日に全員締め上げてさ。それを先生に怒られても何とも思ってないんだ。そもそも授業中はずっと寝てたから、授業なんて当然のように聞いてなかったし」

「そのカナミってコ、ヤンキーなの? 良くわかんないけど、ええっと、それって確か、スケバンって奴?」

「そそ、それ」



 アイツは底抜けのヤンキーだ。それに本当にダメ人間でどこまでもクズな奴だった。でも、俺はアイツが本当はそれだけの奴じゃないことを知っている。



「でも、君はその時も学級委員だったんじゃ? ここ、推薦で入ったんだよね!?」

「そうだよ?」

「だったら、どうしてそんな人と関わり合いになったの?」

「アイツ、いっつも一人でさ、寂しそうだったんだ。で、ずっと話しかけてたら、挨拶してくれるようになった。初めは片言で、ことある事に文句しか言わないんだけどね」

「ますます訳がわかんない」



 そんなの俺だって良くわからない。

 だけど天河の頬が膨れる。なんだか俺を責めているような、そんな物言いだった。



「アイツ、音楽の才能だけはあるんだよ。ギターや歌が滅茶苦茶巧かった。本当に神がかってた。もう、凄いんだ。一度聞くと、天河も忘れられなくなると思う。アイツは天才だよ。俺が知っている、どんな歌手より巧いんだ」

「……」



 天河が俺を見つめている。それは気づいていた。

 ただ、天河がどんな顔で俺を見ていたかなんて……思い出したくもない。



「一度、アイツの姿を天河にも見せてやりたい。そして聴かせてやりたいよ。天河もきっと、人を見る目が変わると思うんだ」



 だから俺は天河のそんな態度に構わず話を続けた。俺の痛い勘違いかも知れないけれど、最近うっすらと感じていた不吉で甘美な違和感への予防線を張ったつもりだった。

 まさかとは思うけれど、その可能性はとても魅力的で、そして危険に思えたから。



「……っ」



 俺が語るだけ語ると、あれほど騒いでいた天河が黙ってしまった。もしかして俺の勘違いが図星であったのだろうか。気のせいか、天河がまた震えだしていた。



「アイツは本当に凄い奴……? 天河?」



 もう少しだけ念を押そうと、俺がアイツの話を続けようとしたときだった。天河は俺のジャージの裾を強く引っ張り、もう、そんな話聞きたくもない無いとばかりに自分の頭を俺の胸に埋めてきた。それも深く。これが俺の妄想でなければ──。



「ねぇ、寒いよ。何だか寒いんだよ、委員長君……」



 こんなバカな。どうしてそうなるんだよ。天河の体温を感じつつも、動けない俺がいた。

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