第136話 はいじゃないが

「皆【二度撃ち要らず】って呼ぶしカッコいいから調べてみたら元ネタ中国の人だって。俺フランス人なんだけど」


「リ、リボルバー…。刑事さん今なにを…」


「だから俺の名前はホランドだって。何をしたもなにも俺のポリシーだよ、一撃必殺」


平然と言ってあっけらかんとするホランドさん。確かに銃声は一発だったでござる…。まさか二発の銃声がぴったり続いたから一発に聞こえた…?


「なに、執事の爺さんが帰りの車を回してくるまでの間だけさ」


「人間風情ガァ!」


「おたくもわりかし人の形してるよね」


「そウよ! どコぞの人の形も保てナい欠陥品とは違うノよ! 私はもトの姿にダって戻レる! アアァアアアアア!」


ドン!


「おっ」


「ヘシン!」


「ハぁァぁちぃィぃいニぃィぃンめぇェぇ!」


この中で一番弱いと思われたのか、ホランドさん狙って飛んでった瞬間に割って入る。


「悪いことは言わん。大人しくお縄について法の裁きを受けるんじゃ。でなければ潔く腹を斬れ!」


「抜かセ!」


「仕方ないのう…、成敗!」


「七天ハ刀!」


「ハイ…、ドロス!」


「いッ! ギぁああアあッ!!!」


お祖父さんに合わせる。超高圧の流水が貫通し、ズタズタに斬り裂かれ平伏するように倒れた。悪女はやがて化け物の姿から人間の姿へと戻った。しかもまだ息があるでござる。


「コイツ…、まだ生きてる…」


「たいした根性じゃのう」


「コ、コロせ…」


「死にたいなら勝手に死になさいクソ女。カレン、返すわ」


「あ、うん…」


朱雀を鞘に納め、気が抜けているカレンさんの手に握らせる。歩み寄って柔らかく微笑んでいるその表情にはほんの少しだけ、悪いことをしたなという感情が混じっていた。


「あなたのことなかなか認めてるのかな? もう私の手には馴染まないみたい」


何言ってんだこの人…。あんだけ盛大にやっといて馴染まないはないでござる。


「なら俺が撃ちますよ。上からは始末しろって言われてるんでね」


「待ってくれ!」


「ああん?」


ホランドさんが引き金を引こうと指に力を込めたところで邪魔が入った。このおっさんは確か最上位の人でござる。


「何やってるんだ皆! こんなのは何かの間違いだ! ああ何て酷いことだ誰がやったんだほらイリスもお祖父様も何か言ってやってく…」


「私が斬ったのよ、クソ野郎」


「え…?」


「こんなのと一瞬でも血迷ったことは私の人生の最大の汚点。若気の至りでは済まされないわ」


「な、何を言って…」


「お取り込み中のところ申し訳無いんですけどねぇ、はい逮捕」


「なんだこれは!」


「手錠」


この人さらっと言うでござる。でもまあ当たり前か。知らなかったからと言ったところで現実はこれ。ここはこの人の館でござる。それにしてもこの刑事さん何者なんだろう。普通の人からしてみたら、いや吾輩からしてみても明らかに化け物相手なのにまるで動じている様子がない。


「この私を誰だと思ってる! 緋色ルージュ最上位の」


「お前さんはもう我が血族ではない、追放じゃ」


「お、お祖父様…いや…そんな…」


「このツラ汚しが! 全ての地位・名誉・財産その他全てを剥奪、没収。二度とフランスの土を踏むでないわ。それとも、お主も腹を斬るかの?」


「そ、そんな…」


「お待たせいたしました、お車の用意が出来ました」


男が一人絶望のドン底に墜ちた後、一発の銃声が終わりを告げた。


「じゃあ二人ともお元気で。フランスであったことは口外しないように。ああでも、武蔵野のお嬢さんとかロイヤルセブンとかなら大丈夫だよ」


シャルル・ド・ゴール空港、ロビー。ホランド刑事と爺やさん、それとカレンさんのお母上に見送られて帰路につく。メイドの方々に荷物を運んでもらって、あとは乗るだけでござる。


「それじゃカレン、体に気を付けてね」


「うん、お母さん」


母と子が抱き合う。ホッとしたでござる。あの後カレンさんはお母上にいきなりビンタするわ怒るわ泣くわで、正直それまでのことなんか些細なことのように感じて。あのいきなりビンタの瞬間の凍りついた空気ときたら生きた心地しなかったでござる。


「ホランドさん、これから緋色ルージュはどうなるんですか?」


「普通の貴族ならお取り潰しだね」


言われなくても分かっていたこと。サード・アイのようなただ騒いでるバカな組織と違ってカラミティは本当に危険な組織でござる。


「そう、ですよね…」


その組織に属して乗っ取ろうとする女を娶って、先に愛した女性を妾扱いして、挙げ句あのザマだ。危険な組織の人間を庇うとはなんて愚かでござる。


「まー事情が事情だからどうなるかは分からないし、俺はあくまでも警察官だし。詳しいこと決まったら知らせるよ」


「あなたが気にすることじゃないわ。そう落ち込まないで」


今回大したこともせず何にも出来なかった自分を思い出すと不甲斐ないでござる。


「ところであなた、戦ってる最中は絶対にカレンから離れなかったわね。日本でもずっと一緒にいてくれてるみたいだし、ありがとう」


「いえ、吾輩に出来ると言ったらそれくらいしか。お爺さんも『己の女は己で取り戻せ』とおっしゃってましたし」


「…今の録音した?」


「はい奥様」


「えっ?」


「ホランドさんも聞いたわよね。俺の女だって」


「奥さん趣味悪いですなー」


こっ、これはハメられたでござる…! 恥ずかしい…! きっと今の吾が輩を鏡で見たらリンゴみたいに真っ赤な顔でござる。


「これは早い内に孫の顔が見られそうだわ。娘をよろしくね」


「まっ?! お母さんやめてよ!」


「そうでござる、未成年に手を出したらはんざ」


「産まれちゃうじゃない!」


「そうじゃないでしょ」


同じく(?)顔を真っ赤にするカレンさん。彼女のお母さんの前で娘さんは俺の嫁と言ってしまったも同然。いや同然というかほぼその通りに宣言してしまった。しかも録音されたでござる。


「おお~い待たんかぁ~!」


遠くから先々代のお祖父さんが走ってきた。手に何か持ってるでござる。


「ぜえ、ぜえ…。お、お主ら年寄りに走らせるでないわ…」


「どうかしたんでござる?」


「お寝坊なさったのでわたくしめが置いてきました」


あー、それはしょうがないでござる。


「この野郎…。まあ良い、若い二人に免じよう。いやそれよりもじゃ」



「汝、戦野武将はいついかなる時も勇敢に立ち上がり民を守ると誓うか?」


「はい。吾輩はHEROでござる」


はい。


「おし、言うたな。この宣誓にはわし含め五人以上の立会人が必要じゃ。わしらとこのメイド隊が確かに聞き届けたぞ」


「なんの話ですか?」


「ほいこれロワの正当継承者の証である指輪。あー! これでようやっと自由じゃわい!」


おおおおおおお! 待て待て待て待て待て! 待ってほしいでござる!


「バカ息子もボンクラの孫もロワを継ぐには値せんかったからのー。お主八人目だからええじゃろ? もう妻もおるし」


「お、お祖父ちゃん!」


「孫をよろしく頼む。迷惑掛けた年寄りに出来るのはこれくらいじゃ」


「はい…!」


「はいじゃないがでござる」


このあと帰りの飛行機でめちゃくちゃイチャイチャしながら帰ったでござる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る