第109話 彼シャツ

もぐもぐ。


「でねー、そのバカぶっばしてやったのよー」

もぐもぐ。


「シオンさんって強いんですねー」


もぐもぐ。


「というか芸能界って本当にあるのね、枕営業」


もぐもぐ。


「要求しない人もいるけど、してくる勘違いもいますよ。きっと鏡で自分の顔みたことないんです」


もぐもぐ。


(なんでこの人ウチで晩御飯食べてるでござる…?)


謎。それは宇宙の誕生より、地球の誕生より、人類の誕生よりも深い謎に包まれているでござる。なぜか明け方人んちに侵入した人と食卓を囲んでいる。


(だいたいこの人世界中あっちこっち行ってるはずなのになんで日本の、しかも吾が輩の家にいるでござる…?)


「…なに?」


「アッイエ、ッナンデモナイデス」


「おかわり」


「アッハイ、カシコマリマシタ」


吾が輩はというと、お漏らしさせた罪を問われ下僕の刑。あのあとシオンさんは妹君に連れられてシャワーを浴び、何故か吾が輩の服を着ているでござる。


「ねえちょっと、おかわりまだー?」


「アッハイ、スグニ」


だいたい勝手に家の合鍵を渡した人が悪いのになんで吾が輩がこんなことを…。


「世の中間違ってるでござる」


「なんか言った?」


「イイエナンニモ。はい、おかわり」


そしておかわりを渡すついでに生乳を拝む。サイズが合わないからダボダボで乳首まで見えるでござる。…待て。着替えなければならないのはおパンティーとスカートだけでいいはず。


(クックック、見たわね)


(?! 直接脳内に?!)


「人の胸ジロジロ見てんじゃないわよこの変態」


「お兄ちゃんホンット最低」


「いやいや妹君これはね、自然の摂理。目の前におっぱいが堂々と公開されていたら健全な男子なら誰だって見るでござる。つーかノーブラになる必要ないでしょ?!というかそもそもそれ吾輩のシャツ」


「どーせ私は貧乳ですよー…」


「大丈夫よ、瑠姫ちゃんも大きくなるわよ」


「瑠姫ちゃんまだ中学生だっけ? まだまだこれからじゃない」


×驚異の格差社会

○胸囲の格差社会


(大丈夫って言うけどね、二人の胸囲を見たら説得力ないでござる)


ドン!

ドドン!!

ストぉぉぉーン!!!


(妹君はさしずめ胸囲の貧困層と言ったところでござる)


「そりゃおっぱい大きくて美人で歌も上手い人なら押し倒したくもなるよね…」


「なにそれお母さん聞いてない!」


「母上ワクワクするのやめて。妹君、それは誤解でござる。シオンさんは乱れた服装のまま呑んだくれてたから直してあげようと…」


「強引だったくせに」


「あらあらまあまあ」


「すいませんホントマジでやめてくださいなんでも言うこと聞きますから」


「ん?」

「ん?」

「へえ、そう…。なんでも、ね?へえー、そう」


あっ、やばっ。余計なことを口走ってしまったでござる。下僕からさらに下ってなにかな? 奴隷? この人、物凄く邪悪な笑みを浮かべているでござる。


「何してもらおっかなー」


やばいやばいやばい、余計なことを口走ってしまったでござる。その物凄く邪悪な笑み恐いからやめて。某ホモビのあの展開が如くやってしまった。


「ちょ今のナシナシ!」


「今の聞いた人挙手」


「「はーい」」ノシ


くそう、数の暴力でござる。不公平でござる。


「泥酔させられて押し倒されたって週刊誌にタレこむけどいい?」


「いやいやいやいや」


「じゃあ私と週刊誌に撮られなさい!」


「は?」


「「ひ」」


「いやそこ重ねなくていいでござる」


何言ってんでござるかこの人。吾が輩が? 週刊誌に? 誰と? なんで?


「男といるところを週刊誌に撮られたら流石に寄ってくるキモいプロデューサーなんかいなくなるでしょ。ファンには迷惑な奴らもいるし。一応一般人で武蔵野グループ会長とそのご令嬢と仲が良いとなれば、ね」


「吾が輩のプライバシーは?」

「ない」


即答でござる。あー、人生ってなにかなー。平和に引きこもっていられたらそれでよかったのにどうしてこうなったかなー。


「銀座の時は騒ぎでそれどころじゃなかったみたいだから噂にもならなかったけど、今度こそ堂々と見せつけてやるわ!」


「そっかー、シオンさんがお義姉ちゃんになるのかー」


「妹君それ字違うから」


「部屋なら一番奥のタケちゃんの隣が空いてるからいつでもいいわよ」


「ありがとうございます、お義母さん」


「いやだから字違うでござる」


「マネージャーに事務所辞めるって言わなきゃ」


「お漏らししたってバラすでござる…」ボソッ


「?! 何が望み?! やっぱり私のカラダが目当てなのね?!」


アーアーキコエナーイ。はー、お片付けお片付け。そうこうしている内におかわりのご飯も食べ終えておかずに手が付かなくなる。食器はビルドイン食洗機に、残ったおかずはラップしてまた明日でござる。


「お茶飲む人ー」


「「「はーい」」」


晩御飯を食べてからお茶を飲んで一息つくのが我が家での習慣。それからお風呂でござる。


「っていうか妹君、今さらだけど学校は?」


「手続きの関係で来月からだって」


「楽勝でござるな」


「取り敢えずマネージャーに見つかる前に彼氏とデートなうってやるから。そっから全部暴露してやるわ」


「せっかく忘れようとしてたのに! ……明日?」


「なに、まだ駄々こねるの?」


「シオンさん、今日泊まってくでござる?」


「そうねえ、夫婦水入らずであんたの部屋に泊めてよね。なんでもするって言ったんだから」


「おお、アツいですなあ」


「私たちはベビー用品買ってこなくちゃね」


「二人ともはやし立てるのやめて。いやいやシオンさん、吾が輩は平等に皆さんとお付き合いすることになったからそれはまず…い…でござ…」


「「〈●〉〈●〉ジー」」


「あ、いや、これはですね……」


「やっぱりお兄ちゃん二股してる!!!」


「やーいばーかばーか」


「チクショウ!!二股じゃないもん!全員同意の上だもん!!」


言い訳むなしく翌朝。ベッドから起きてスマホを取る。朝の9時過ぎ。ブラウザでYapoo!を開きニュースとメールをチェックする。一通だけメールが入っている。差出人は証券会社の人だ。文面は何か気遣っている内容。


(ふあ……。最近妙に動きがないから具合が悪いと思われているでござる…)


ガチャガチャガチャガチャ!


「ォオウッ!」ビクッ


突然ドアノブが激しく動き出す。ポルターガイストじゃないんだからやめて欲しいでござる。そう、本当にシオンさんは我が家に泊まっていったのだ。


「開けなさい、今すぐに」


「はいはい…」


扉の向こうから声がする。この人ノックするってことはできないのかな…。鍵を開けると腹に右ストレートが飛んできた。


「遅い!」


「ぐえ!」


なんという仕打ち。


「さっさと出掛けるわよ! 知り合いにリークしといたから玄関出るところから帰ってくるところまで全部撮ってもらうんだから!」


「あーたた、朝食がまだでござる」


「そんなのマックでいいでしょ! ほら早く着替える!」


「だーもう! だぁーから下から脱がそうとするのやめて!」


「うるさいよ~…二人ともどうしたの~…、あ」


「「あ」」


一度あることは二度ある、二度あることは三度ある、三度あることは四度ある、かもしれないでござる。おそらく夜更かししていたであろう妹君が眠そうに目を擦りながら出てくる。シオンさんが跪いて、吾が輩のパンツに手を掛けている瞬間に。


「おかあさ~ん、シオンさんがお兄ちゃん襲ってる~…」


「待ってこれは違うの瑠姫ちゃん。ねえ違うの、違うの」


まるで浮気がバレた瞬間の女性のようなセリフでござる。


「どうぞごゆっくり…」


ゆっくりと自分の部屋のドアを閉じる妹君。うなだれるシオンさん。ついでに下がる吾が輩のパンツ。


「ぱおーん。ドンマイ☆」


「チンコ噛みちぎるわよ」


朝食はきっちり食べて顔を洗い歯を磨く。着替えて準備してお出かけでござる。先ほどの斜めなご機嫌はどこへやら。腕を組み、恋人にだけ気を許しているかのような柔らかい表情で玄関を出る。っと、財布を見るとあんまり入っていない。


「先に銀行に寄っても?」


「かまわないわよ」


柔らかいおっぱいの感触を味わいながら最寄りの銀行に入る。


ウィーン


「い、いらっしゃいませ」


「いらっしゃいましたーでござ…る…?」


ショットガンを向けられている窓口のおばちゃんと目出し帽の男。人質とそれを見張っているフルフェイスヘルメットの男。


「なンだテメエ、ぶっ殺されたくなかったら手ぇ挙げな」


「っしゃあオラァ!」


「ぶべらっ!」


「てめえ女! なんのつもりだ!」


「だって手を挙げろって言ったじゃない」


「手を挙げろってたぶんそういう意味じゃないと思うでござる」


「この野郎ナメやがって死ねぇ!」


「あ、UFO」


「なにっ?!」


「フンッ」


「ごぶっ」


「すいませーん武蔵野学園高等部の新聞部でーす!」


バシャバシャバシャバシャ!!!


「相変わらず凄い連写。新聞部さんどこでも現れるでござるね」


「あっ、くませんせー。くませんせーが歌姫と銀行強盗撃破っ…と」


「そんなん書いてどうするでござるか」


「お兄ちゃんが出版社で働いているんです」


「なるほどなるほど」


さらに翌日。


【最強カップル誕生! 銀行強盗撃破! 結婚秒読みか?!】


「だってお」


「違う、そうじゃない」

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