第100話 目には目を、マッハにはマッハを
「それでー? 結局どこに向かってるんでござるか」
「学園都市警察署。本部長もそこで待ってる」
「あーそーですかー」
「拗ねてる拗ねてる」
知らず知らずの内にハメられて実に不愉快でござる。むすっとしながら窓際に肘をついてそっぽを向く。
「さ、着きましたよ。行きましょー」
「やっぱり帰ったら覚えとけよ七条。俺までハメたな」
「事情がありましたから敵を騙すにはまず味方からです。俺は悪くありません」
警察署に入ると皆こちらに一礼する。学園都市を担う唯一の警察署。規模も人数もかなりのものだが、武蔵野が上にいるだけにその御令嬢であるレイミさんはやはり特別なのでござろう。
「失礼します。連れてきましたよ、蒼島署長」
「待ってました待ってましたー、いらっしゃい。あ、そこの人が口裂け女さん? ホントに口裂けてるねー」
「え、あ、はあ…」
署長室に連れてかれると随分軽いノリの署長が出迎えた。時計を見るとまだ朝の5時。吾が輩達にしてみればもう5時だが、この警察署長からしてみればまだ明け方の5時でござる。
「や、レイミくん久しぶり」
「室見さん」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます。今日は黙ってきてますからそう構えなくとも大丈夫です」
広い署長室のソファで朝刊と思われる新聞を手にしているもう一人の人物。七条さんと杉田さんが敬礼してそれに答えている。この人はこの警察署の人ではなさそうでござる。
「面倒な圧力が掛かったおかげで私も話を聞いてこいと言われたんだ」
「あれまあ。蒼島さん、本部長は?」
「今トイレ行ってる。朝のお通じだって」
「あの親父…。ほっといて話始めましょうか」
「レイミさん、その前にご紹介を…」
吾が輩だけ置いてきぼりポンポンポーンな感じでござる。署長はいいにしても、もう一人のお方は誰ですか?
「ああ、ごめんごめん。こちら武蔵野学園都市警察署長の蒼島さん、こちらが警察庁長官官房審議官の室見警視監」
「けっ、警視監?! ってどのくらい偉いでござる?」
ずるっ
「知らんのかーい。分からないなら驚くのやめなさい…。まあとっても偉い人って覚えとけばいいわよ。次期副総監……と言われている内の一人」
「君が武将くんか。お姉さん共々評判は聞いているよ」
「いえ、それほどでも」
ありますって言いたいけど八人目だってバラすワケにはいかないでござるな。
「では改めて、そちらが口裂け女さんですね」
「そうです。ねえ蒼島くん、ホントにウチで預かっていいの?」
そうですってしれっと言うけどリーシャさんもレイミさんも何もしてないでござる。人のこと騙してくれちゃってさー。次サロンの温泉風呂で一緒になったら乳首摘まんでコリコリしてやるでござる。
「どーぞどーぞ。戸籍はなんとかするけど時間掛かるしぶっちゃけめんどくさいんだよねーアレ」
「蒼島、堂々とそういうことを言うな」
「じゃあ室見さんやってよ」
「まったくキミと言う奴は……。既に死亡届けが出されていますから、諸々の容疑は被疑者死亡で不起訴処分にしてもらいます。戸籍は復帰させますが時間と手間が必要なので、その間武蔵野で預かってもらいます」
「あの、それって不起訴になる前に戸籍が復帰しちゃったら諸々の容疑も復帰するでござる…?」
「キミも時効くらいは知っているだろう? それに真面目に裁判しても情状酌量で懲役2~3年がいいところだろう。実際容疑なんて大げさに言うが人を驚かしていただけだからな」
なるほどね、時間が掛かるってそういうことね…って納得しちゃダメでござる。完全にコネでござる。
「ぶっちゃけ物的証拠が欲しかっただけなんだよねー。ほとんどのことは七条さんが調べてくれたし」
「七条、次の張り込み全部お前やれよ」
「えっ」
七条さんザマア。
「今日来てもらったのはこんな写真が回ってきたからなんだよ。口裂け女さん、見覚えない?」
「あっ、教頭先生」
教頭先生?! この鬼ババが?!
「教頭先生? 今『高速ババア現る!』ってネットで騒がれてんだけど、教頭先生なの?」
都市伝説だョ! 全員集合!
「って昭和ネタやってる場合じゃないでござる。え? なに? この物凄い形相の鬼ババが高速ババアで教頭先生?」
「うん」
「今ファントムが北からあぶり出してもうすぐこの近くを通る。わざと朝から騒ぎを起こして例の中学校を我々が調べる隙を作って欲しい」
「囲んでたパトカーも警官もみーんなウチの人間でね、既に撤収済。今ごろ全部終わったところに本物のお巡りさん達が駆けつけてるんじゃないかなー」
うわあ…、なんにもないところに駆けつけるなんて徒労でござる。
「なんでも成仏できない子ども達がいるそうじゃん? 武蔵野の新しい技術とかなんとかでどうにか出来るらしいけど骨骨ロックのまま連れ出すのはちょっとね~」
「と、いうことでござるくんにはこのまま口裂け女さんと東名高速に入ってもらってマッハババアこと教頭先生を連れてきて欲しい。大丈夫だ、東名高速は既に封鎖済みでメディアにもリーク済み。いくら暴れても大丈夫だ」
( ・ω・)bグッ じゃないですよ室見さん!
「いやいやいやいや、連れてきてどうしろと?!」
「警察庁付き高速取り締まり官【マッハBBA】の誕生だ! ( ・`ω・´)キリッ」
「は?!」
「いやぁねぇ、オービス引っ掛かっても裁判所から罰金命令出してもらっても無視する悪質なドライバーがいるんだよねぇ~。教頭先生にそれ捕まえてもらおうかなーって、ね?」
「ええ…」
ね?じゃなくて、それでいいのか日本警察。本当にそれでいいのか日本警察。確かに本当にマッハで走るババアなら捕まえられない車はいないでしょうけど…。
「そういえば証拠持ってきてくれたんだっけ?」
「え、ああ、はい。これと、私のスマートフォンにこの写真を」
「ふーん、なにこれ注射器?」
「ちょっ、蒼島さんあんまりいじらない方が」
円柱状の容器から謎の注射器を取り出しビュッビュッする蒼島署長。ペロッ!
「これはファ○タグレープ!」
「バカ?! なにやってんの?!」
「ござるくん大丈夫? なんともない?」
「うーん、なんともないでござる」
「本当にファ○タグレープに入っているだけなんじゃないのか?」
「室見さんまでボケるのやめてください収集つかなくなりますから」
「この写真はなに? エラい物騒だねぇー」
「これ知ってるー。サード・アイの前身、『カラミティ』ですね」
「随分サード・アイとは違うでござる」
あのリーマン魔術師を知っていると案外カルト的国際テロ組織は常識的でござる。とてもこんな危ない実験する組織には思えないでござる。
「詳しい話はあとあと! 取り敢えず行くわよ!」
「本部長まだ戻ってきてないけど?」
「ほっとけ!」
ほっとけぇぇぇぇぇぇぇき!
警察署の裏にある整備ドック。普段ここはパトカーや白バイなどをメンテナンスするところだ。しかしそこには似つかわぬ青い一台のスーパーカー。
「おお、かっこよ」
「じゃあ頑張ってきてね。今回の担当はリーシャだから」
「吾が輩は特にどうする出番もなさそうなんでござるが」
「一応隣に座るのが一人必要なんだけど、皆嫌がるから」
「へ?」
凄い、間近で見るとやはり迫力を感じでござる。よく分からずスーパーカーに乗り込む。エンジンが掛かるとターボの素晴らしい雄叫びが鳴り響く。
「リーシャ行きまーす」
ドンッッ! ゴッ! ガッ! ドギャアアアアアアアアッッッッ!
「コッコッコッッッッ!」
F1も真っ青なロケットスタートォ!によって首がもげそうなほどシートに押しつけられたでござる。なるほどこれがGか。
「コケェー!」
エンジンが唸り! タイヤが擦れて悲鳴を挙げ! 削れるボディが火花を散らすゥ!
「んー、やっぱ全開は気持ちいいよねー。 車はこうでなくっちゃねー」
「キエエエエエエエ!」
とてつもない発進を遠い目で見つめる五人。本部長はまだトイレ。
「彼女のアダ名なんだっけ?」
「『ブレーキがない車』」
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