第90話 ✕顔が悪い ○顔色が悪い

『まあなんだ、これからどうするこうするのはゆっくり考えろ。今までのは社会見学みたいなもんだったと思ってくれ』


話を聞きに行って帰ってきた。最後にそう言われた。凄い人達だとは思ってたけどまさか世界をまるごと仮想世界に変えようなんて。


(ねむい…)


一体吾が輩にどうしろと言うのか。どうこう出来るほどの人間でもないのに。そんな悩みが一晩中堂々巡りしていた。


(もう朝か……)


スマートフォンはAM5時を表示している。早い上によく眠れなかったせいで瞼が鉛のように重たい。今さらになって眠気が瞼にのしかかる。取り敢えず朝食を食べよう。


「お兄ちゃんおはよう……」


リビングに降りると、こたつで妹君が消え入りそうな声でにうずくまっていた。我が家ではこたつ布団だけ片付けてテーブルと兼用している。妹君は顔が真っ青だ。


「おはようでござる。妹君、めっちゃ顔が悪いでござるよ?」


「女の子の日だよ……。お母さんまだ……?」


「見てないからどうせまだ寝てるでござる。起きてくるのはもっと遅いから」


「学校休む……」


「学校には吾が輩が連絡しておくから部屋で寝てるでござる。ほら」


負担を掛けないように、ゆっくり背負ってゆっくり二階に上がる。妹君の部屋は吾が輩の向かい。そっとドアを開けてベッドに寝かせる。


「ありがと……」


「じゃあゆっくり。なにかあったら呼ぶといいでござる」


「ねぇ、お兄ちゃん」


「なんでござるか?」


「ここにいて……、どこにも行かないで……」


離れようとして、弱々しく手を掴まれる。珍しい。普段の妹君ははっきり甘えるということをしない。兄妹なりのところはあるがそれだけだ。


「吾が輩はどこにも行かないでござるよ」


優しく握り返して、ベッドの脇に片膝立ちする。


「ねぇお兄ちゃん、二人きりの時だけは普通にしてて……」


「…………なんで」


「まだ信じられないの……?今のお父さんもお母さんも良い人達だよ?」


義理の父親、母親、姉。血の繋がらない家族。本当じゃない家族。


「……信じられない訳じゃない。でもやっぱり他人は他人だと思うんだ。でも感謝はしてる。毎日毎日暴力に怯える日々だった、誰に追われてるかも分からないのに逃げ惑う日々だった俺達を助けてくれたこと、今自由にさせてくれていること、優しくしてくれていること」


今でも思い出すと恐くて体の震えが止まらなくなる。あの親は自分の子どもの腹を蹴って指差して笑っていた。あんなのは人間じゃない、人の親とは、自分の親とは呼べない。


「わたしはいいと思うの。お兄ちゃんもずっとわたしと一緒にいることはできないでしょ……?」


「最近のことを言ってるなら気にすることはない。俺はずっとここにいるよ」


「お兄ちゃんがどこかへ行っちゃう夢ばっかり見るから……」 


話し疲れたのか、うとうととしている。


「わたしを置いて……みんなを置いて真っ暗なところに行っちゃうの……」


「大丈夫でござる、吾が輩はいつもそばにいるから」


「うん……」


確かに眠ったことを確認して、静かに部屋を出る。


「おはようございます、母上」


「あれっ、バレてた?」


「盗み聞きとは感心しないでござる」


どこから聞かれていたのかは分からないが、確実にそこにいた。壁に耳あり障子に目あり。


「ちょっと聞きたいんだけど、最近変なことしてない?」


「いいえ?」


とぼけて誤魔化す。この人は妙に勘が鋭いから気が抜けないでござる。そうでなくても外出が増えれば少しは怪しまれるだろう。


「そう?それにしては最近になって色々起こってるなあーって思うんだけど。ぼっちだったのにいつの間にか人が増えてるし」


「ぼっちは余計でござる。周りの人はおばあちゃんの差し金でござるよ。妹君が大人になるまでは結婚なんかするつもりはないけど」


「え?なになに今の初耳。するの?結婚するの?いつ誰と?やっぱりレイミちゃん?それともシオンちゃん?孫は何人?」


しまった口がスベった。母上がこの手の話大好きなのは分かっていたのに。


「あーもうお腹空いたから、しっしっ」


「ちょっと待ってよ~、聞かせてよ~」


今日の朝は納豆たまごかけごはんにでもするかな。


「はい、じゃーみんな集まったな。今日の授業を始めたいと思いまーす」


強盗された金庫前でござる。なんで金庫の中に立て籠るんだろうね。逃げろよと小一時間。


「問題です。いわゆるM2、アンチマテリアル・アンチマジックの特性を持った金庫はどうやったら壊せるでしょう?前回の手段は使わないものとします」


金庫正面で体育座りする五人。問題を出すリエッセ先生。筆記係、吾が輩。

「ボクのゴルデ○オンハンマーで叩く」


「ブブー。ここそんな広くないから、そんなデカい武器使えないから、つーかそれ全部光になって消えちまうだろうが。金庫だからね、金庫。お金とかなんとかたくさん大切なもの入ってるからね」


「燃やす」

「凍らせる」

「感電させる」


「ブブー。捻りがないな、もうちょっと考えようぜ」


挙げられた候補をホワイトボードに書いていき、不正解には赤ペンの×で印をつける。


「んー、今流行のドローンで爆弾を中に入れてぶっ飛ばしてみるか?」


「先生は人質も殺す気ですか?」


「せんせー、犯人はー?」


「それは別にどうでもいい」


前回突破されたM2金庫を新しくして記念式典やったらそのまま銀行強盗されたよやったね!この街でもっとも多い犯罪は強盗。というのもすぐそばの武蔵野学園都市はガッチガチのセキュリティなので、比較的緩いと思われがちになりワリと治安はよろしくない。


「はい先生」


「はいファントム」


「超高周振動波を叩きこんで粉砕する」


「それ中身も粉砕するんだろ?電車に飛び込んだマグロよりひどいことになるんだろ? やってもいいけど片付けお前一人でやれよ?」


「せっかく新技覚えたのに……」


がっかりしているファントムさん。マグロの片付けはカンベンでござる。しかし前回は壮大な薔薇の海を作ってしまった上に、犯人や人質がマーライオンしたせいでそういうものの片付けにもなってしまった。今回は汚い話は無しの方向でっていう。


「はい」


「はいナリア」


ナリアさん。ナリアさん=リーシャさん。珍しい植物を操るヒーローであまり戦い向きではないらしい。こういう事件現場にも出ることは少ない。


「配線してる部分は穴が開いてるんですよね?」


「そりゃあ、電子ロックなんだからそりゃそうだろ。いくら金庫だっつっても電灯だってあるし」


「ツタを差し込んでショートさせたら普通に開いちゃうと思うんですけど。私ほら、植物系ですから一気に成長させるとか出来ますし、それなら無理に壊さなくてもいいかなーって」


「「「「「ええー……………」」」」」


「え?なに?私変なこと言ました?」


「はあーっ……、お前ヒーロー失格な」


「えっ」


「ダメだわお前何っにも分かっちゃねーな」


大きくため息をつくリエッセ先生。空気が読めないナリアさん。そう、吾が輩達はあくまでもヒーロー。派手にカッコよくなくてはならないでござる。


「はい撤収ー!」


「ええっ」


「穴があるならマイナスドライバー突っ込めば開くんじゃないかな?電子ロックはM2じゃないんだよね?」


「マイナスドライバーなんかどこにあるんだよ?だいたいそんなもんで開くワケが……」


「ディヴ○イディングドライバァアアアアアアアアアーッッッッッッ!!!!!」


「うわちょあぶっ!」


空間湾曲された金庫は正面がまるまるっと消えましたとさ。


「殺す気かバカ!!!!」


ごんっ


「いっったぁーい!リエッセが壊して開けろって言ったんじゃないかぁー!これでも手加減覚えたのに!」


「先生トイレー」


「アタシはトイレじゃねえ!」


「新聞部でーす!久しぶりに七人揃ったので記念写真お願いしまーす!」


「一般人立ち入り禁止じゃボケぇ!」


ソォイ!

ガシャアン!


「お助けええええええええええええええ」


平和だなあ。


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