第49話 逃走中
(それにしても暇でござる……)
初めての病院生活。何もしないでいるというのは実に退屈でござる。今の時代病院の中でも携帯電話、スマートフォンといった電波を発するものでも病室の患者だけは使っていいらしい。しかし早くも通信容量を使い切ってしまったのでゴロゴロしながらスマホいじって一日過ごす…という手も使えないのでござる。
(体はダルいし、チラッと覗いたら包帯ぐるぐる巻かれてるし。気付けばクロスカウンター決めたときに切られた頬はガーゼ貼ってあるし)
いい機会だからゆっくり休むでござる。この数ヶ月、目まぐるしい変化が矢継ぎ早に起きてゆっくりしてる暇はなかったでござる。
(始まりは聖地巡りか…。まさか本当に遺跡があって『何か』が祀られていて封印されていたとは)
本来の物語ではボスモンスターが甦って大変なことになるのだが、実際は遺跡が謎の崩落を遂げただけで何も起こっていないでござる。あの石棺は一体……。
(そもそも吾が輩は九尾の狐と長い付き合いというのが既に普通じゃないでござるね)
近くに森や林があるところに住んでいる男の子なら一度はやるであろう、『探検』とか『冒険』。
(走り回るだけでワクワクしていたあの頃、偶然お師匠さまのログハウスを見つけたでござる。よく遊びに行ったっけなあ)
もう10年も前のこと。今は遊びに行くというよりパシられてるでござる。
(そういやー、冬将軍・雪女夫妻はちゃんと仲直りできたんかな)
人智を超越した戦士として華々しくデヴュー!にはならなかったあの事件。女の子にお姫様だっこされた事件。異常な豪雪を招き、国会議事堂を雪山にしてしまったのだ。あの一番の心配は娘さんでござる。お父さんとお母さんの殺し合いを目の前で見てしまった。
(将軍が折れたらしいから大丈夫だとは思うけど。一度会いに行けるといいけど、今はどこでどうしてるやら)
そのあとしばらくして、武蔵野グローバルコーポレーション会長のおばあちゃんを助けたでござる。吾が輩はなんもしてないけど。
(姉上が同級生だったヤクザの坊っちゃんを、ナイフを素手で砕いて脅迫して命乞いさせたでござる)
かと思ったら秘密のサロンに呼ばれたかと思ったらいきなり私と結婚しない?ときたものだから驚きだ。そして最初のキスマーク事件でもあるでござる。アロマオイルのマッサージとやらは初めてで気持ちよくてぐっすり寝てしまい、その間に身体中にやられたのだ。
(まったくレイミさんは何考えてんだろう……)
銀行強盗立てこもり事件もあったでござるな。ノーベル賞のM2が使用された金庫のせいで何時間も掛かった。バーニング・ローズことカレンさん。
(焔の戦姫、紅のローズ。その正体はリアルJK。ミニスカに太ももが眩しい)
エフェクトだと思ってたバラはなんと自分で出してるんだとかで、唯一金庫に繋がる外の換気口からナイアガラの滝よろしく大量のバラを流し込み解決した事件。
(あまりにひどい花びらの香りで、犯人も人質もマーライオンしながら出てくるというなんとも汚い話でござる)
ああそうそう、中東にも飛ばされたでござる。小型の核ミサイルがどーのこーので行ったらもう返したわバーカって言われた初仕事。
『オラオラオラ!逃げんなよコラァ!逃げるとケツの穴が増えるぞ!逃げないイイコチャンには耳の穴増やしてあげましょうねええええええええええ!』
リエッセさんの別の一面が垣間見えた瞬間だった。というかあっちのが地の性格なのかもしれない。これでバルト海のそばにある、小さな皇国の皇女なのだから驚きでござる。スナイパーヤンキー皇女、ここに爆誕。
(本人にヤンキー皇女なんて言ったらきっとぶっ殺されるから言わない)
そのあとは、隣ですやすや寝ている狂犬歌姫襲撃事件。もうね、これが初陣でいいんじゃないかと。四神剣・青龍を振り暗殺者を倒し、初めてバッチリカッコよく映ったでござる。吾が輩のファンが増えたとか増えないとか。
(そして第二のキスマーク事件。当選した特別招待者のみが貰える新曲CD特別盤に、わざわざ口紅でやられた生のキスマーク)
将来、一夫多妻制なったらサッカーチームができるわね!と意気込む母上。私も私も! と何言ってんだお前状態の妹君。500万の車を弟に買わさせる姉上。
(父上殿、ゴールデンウィークと言わずに早く帰ってきて!吾が輩のライフはもうゼロよ!)
それにしてもあんなに狂犬なシオンさんが嫌に静かでござる。
(…………)
起き上がり、彼女の毛布をパッと剥がす。
プー、プー。
『はい、ナースコールです。どうかなさいましたか?』
「隣の人脱走しました」
『は?』
マネキンがカツラを被っていた。どっから持ってきたんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます