第1話 プロローグ
「ぜえはあ…、本当にこんなところにあるんでござるか」
「フヒッ、私の目に狂いはない…」
某県長野山中。山々に囲まれた石河原。地図には載っていない、最近忽然と姿を消した川と入れ替わりに現れたという河原。川が流れていたとは思えないほど痕跡はなく、ただひたすらにごろごろ石が転がる灰色の平原。山岳用のリュックサックに食料と一冊の本を詰めて、ブーツとステッキ、ヘルメットにカメラを取り付けて進んでいる。気を付けないと足首を捻る。天気はあいにくの空模様。これが晴天ならハイキング気分だっただろう。たった二人の男だけのハイキング。
「日本に超古代文明があったという話も都市伝説だと言うのに」
「しかし私は見たのですよござる氏…。あれは確かに天照を祀る紋章」
「確かに見せてもらった画像には神社に伝わる紋章と同じだったでござる」
現存する神社と突然現れた石河原、それを繋ぐ超古代文明。その昔の超古代文明の遺跡はこの辺りにあると言われており、偶然にも見つかった遺跡には超古代文明にあるはずのない天照の紋章が刻まれていた。しばらく進むと右手にある山の斜面に僅かなのり面があった。のり面とは法面(のりめん)と書き、切土や盛土により作られる人工的な斜面のこと。道路建設や宅地造成などに伴う、地山掘削、盛土などにより形成される。byWikipedia。つまり人工的に造られた場所である。
「フヒッ、あそこですよござる氏」
「ぶひい…」
のり面に近づくと表面は土ではなく明らかに人工的な石壁によって造られていた。彫刻された石壁には見たこともない紋様と、中央に謎の紋章があった。紋章は確かに神社に伝わるものと同じものだったがそれ以外はまるで違うものだった。リュックサックに入れてある本を取り出した。本に載っている写真にも同じものが写っている。とはいえこの石壁だけでは遺跡と呼ぶには少し寂しい。
「紋章はまったくと言っていいくらいに同じでござる。けどそれだけでござる。誰かのいたずらでは?」
「フヒッ、地元の偉いお歴々も知らぬことを誰かがいたずらすると?」
「それはそうでござるが…。それよりもなんでこの短期間に地元の偉い人に会って話をしてこれるのかそこんとこkwsk」
「フヒッ、それは企業機密」
石壁の周りには何も無い。壁もただ紋章と紋様があるだけ。だだっ広い石川原の静けさははなんとも言えぬ不気味さを醸し出していた。辺りは誰もいない、二人だけ。曇っている空はどんよりとしている。
「で、ヒキニートの吾輩を引っ張り出してこれだけでござるか?」
「フヒッ、どこかに仕掛けがある模様」
「ソースはよ」
「おーぷんちゃんねる」
「え、まさかリアルタイムで?」
「フヒッ、スレが立った時から一人張り付いてる何者かが、石壁に仕掛けがあると言っているのです。ほらこれ」
スマートフォンをよこして見せるこのもう一人の男、必ずフヒッと言ってから敬語で発言する特徴を持つ。細身に眼鏡、チェックの上着に頭にはバンダナ。外見だけならこの二人の違いは体格と眼鏡くらい。
「名無しか…、何者でござるか」
「フヒッ、そのようなことは些末なこと。今は仕掛けがあるという紋章が先です」
「ぐわっ」
そのとき、傾けたスマートフォンが雲の隙間から差し込んだ太陽光を反射し、中央にある紋章を照らした。照らされた紋章は激しく輝き始め、空へと一直線に光が伸び、満ち満ちていた雲は一瞬にして消え去り、太陽が燦爛と姿を現した。
「こりは一体…」
あまりの輝きに目が眩み、しばらくしてようやく前を見ることができた。正面の石壁はぽっかりと穴を開けていた。いや、穴ではない。ちょうど何人かの大人が横に並んで入ることが出来る大きさの口。そう、祭事の際に何かを運んで入る様子と同じ大きさ。
「フヒッ、馬鹿な…。松明に火が点いているとは…ブツブツ、ブツブツ」
「あ! ちょっとフヒッ氏?! 入るの?!」
聞き取れないことをブツブツと言いながら細身の相方は何かに取り憑かれたかのようにふらふらと中へ入っていってしまった。取り残されたもう一人は挙動不審になりああでもないこうでもないと言い訳を自分に言い聞かせながら後に続いた。ホラーに弱いため後で必ず殺すと心に誓った。
「一人で帰るのも恐いでござる…」
入って初めて分かったことはここは冷えていてじめじめした洞窟である。表こそ整えられていたが中は驚くほどに寒い。外は初夏に彩る緑色の木々が生い茂るというのにこの極端な温度差はまるで意図的。中に入ってすぐに石壁は塞がってしまった。眼の前で音もなくサーッと色が変わるかのごとく綺麗さっぱりに。振り向いたときには既に遅かった。
「…どどどど〜ど〜れみふぁそらしど〜?! どないどないどななななななな?! ちょっとフヒッ氏?! …フヒッ氏?」
先に中へ入っていってしまったはずの相方は姿がなかった。松明の僅かな明かりで見える道は一本だけ。他に何もないというのに姿を消した。ここでリュックサックに入れておいたLEDライトを思い出し、リュックサックを降ろそうと肩に手を掛けたが空を切った。背負っていたはずのリュックサックが無い。
「………」
激しく後悔した。興味本位でこのオフ会に参加するんじゃなかったと。そもそもこのオフ会、二人しか参加者がいない。もっとも、募集したコテハンは誰もが無職のヒキニートを自称する者しかいない。そうそう部屋から出るはずもない。なぜはるばる自室から長野まで来てしまったのか。
「どすこーい!」
ごきゃっ
石壁に向かって張り手を突き出すも手首を捻挫した。
「す、進むしかないでござる…」
食べ物もない、水もない、帰り道もない。あるのは一方通行である目の前の道と松明の灯りだけ。手は捻挫して迂闊に使えない。奥に入っていくと開けた空間に石棺と石造りの祭壇があった。誰もいなかった。
ぐぅ〜
「ぶひい…、リュックサック消えたからおやつもないでござる…」
腹が鳴る。寒さ、緊張、不可解な現象からか空腹を隠せずにいた。隠せないほどに体力を使っていた。祭壇に何か食べ物でも供えられていないか近づいた。
「なんにもない…、当たり前でござる。こんな仕掛けがあるところに食べ物があったらそれはそれでホラーだし、何より外の河原が最近現れたばかりだし…ん?」
よく見ると祭壇には半透明の石のような何かがある。朱色の石はずっとここにあっただろうことは想像できるがしかし、ホコリの一つも無ければ苔も生えていないという姿。これがお供え物なのだろうか?
「吾輩は墓荒らしじゃないし乞食でもない無職ヒキニートであってなんというかほらええとごめんなさい」
石棺に手を合わせた後に食べた。空腹とはいえ石を食べるなどとんでもない話だ。ましてや勝手にお供え物を食べるなどということは神仏への冒涜行為である。というか普通は食べ物以外なんか食べない。
「げえふっ、…うっうおおおおおお?! おおおおおおおおお!!!」
石を口にして間もなく、みるみる内に足元から体が変わっていく。体の中で何かが爆発している。その爆発が自分の体を別の何かへと変貌させていく。同時に体が朱色に光り明滅を始めた。動悸が止まらなくなった。
「はっはっはっはっ、うぅっ、うっうっうっぅうわああああああああ!!!」
明滅が頂点に達し光が消え、体の変貌が終わった後、意識が遠のき膝から崩れ落ちた。言うことを聞かない体はもはや自分のものではなかった。比喩ではなく、見えた体は、触った体はたるんだ贅肉などではなく屈強な筋肉に全身が漆黒の鎧に覆われていた。静かに去っていく意識、霞み消えゆく視界の中に誰かが映り込んでいた。
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