「もー、しまんないなぁ」
「ふう。助かったでござる」
何とか一命をとりとめたマツカゼは安堵のため息をつく。
「いやはや、声をかけていいかどうか悩んでおりまして。気が緩んでしまいました」
「……まあ、何事もなくて良かったです」
「超バタバタしたじゃん。って言うか。まっつーなんでこんな所に?」
話を変える為に振ったクーの言葉に、マツカゼはポンと手を叩く。
「いや、ホワイト殿の言う通りに道を進んだのでござるが、蜘蛛の気配は何処にもなく。聞き違いかと確認するために来たら、あの雰囲気で」
「………………う」
言うまでもなく、マツカゼに教えたのはウソの場所である。アシッドスパイダーを倒されるわけにはいかないエリックは、敢えて見当違いの道を教えてその間にアシッドスパイダーと接触したのだ。
いいことひらめいた、という顔をするクー。マツカゼに近づき、口を開く。
「まっつー。あの蜘蛛なら、さっき外に逃げてったわよ」
「なんと入れ違い!? なるほど、この状況はその蜘蛛の仕業!」
「そーそー。アラクネに匹敵する糸使いなんでしょ? この部屋ってそんな感じじゃね?」
「確かにこの糸の美しさと精密な巣作り。祖国の絡新婦に勝るとも劣らぬ出来栄え!」
アジト中に張られてある糸を見て、マツカゼは頷く。まあ、実際にアラクネが張った糸なのだから当然と言えば当然なのだが。
「しからば拙者は奴めを追おうと思う。ホワイト殿はどうされるでござるか?」
「あ、僕らはもう帰ります。……色々疲れたんで」
「そーね。お風呂入って寝たーい」
「そうでござるか。短い間でござったが、これにて!」
言ってマツカゼは部屋の出口に向かって走っていく。
再び静寂が訪れる。さすがに先ほどのような雰囲気は消え去っていた。エリックは立ち上がり、クーに手を伸ばす。
「帰ろう、クー。立てる?」
「んー、何とか。……こーいう時は黙ってお姫様抱えしても許されるよ? イケメンよ?」
「う……。その、僕も色々限界で。アシッドスパイダーを虫除け空間で動くように<
「もー、しまんないなぁ。んじゃ、行こ!」
エリックが伸ばした手を掴み立ち上がるクー。そのまま二人は帰路についた。
◆ ◇ ◆
エリックとクーが去ってから一時間後。
「むぉおおおおおおお!? 至福の揺り籠が!」
糸で縛られていたアルフォンソが解放される。クーが張った糸は溶けるように消え去り、空気中に霧散していた。そうなるように編まれていたのだろう。
「あれがアラクネの拘束。いつぞやの時とは違い、精密かつ芸術的じゃった」
さらに深い世界を知った老人である。
「前の時は暴力的ではあったが精密さに欠けていた。おそらくは何かしらの要因で糸使いとしての技術が低下していたのじゃろう。それでもなお、あの縛とは。
そして今回のはまさに正しき蜘蛛の糸。正しい比率、正しい力加減、正しい方向性。一つ一つの糸がバランスをとり、全てに意味がある糸の張り方。それが生み出す拘束術。神の領域を垣間見たわ」
興奮しているのかメモを取りながら喋るアルフォンソ。
「素晴らしきかな、我が姫! 姫を弱らせてしまおうなどとまさに不遜! 姫は在るべきままでいるのが一番! ワシは姫を管理しようとして、至高の拘束を世から消してしまうところであったわ。姫が姫らしくあるからこその芸術!
となると抹消すべきはエリック・ホワイト。蟲使いという檻から解放されれば、姫は更に美しく、そして素晴らしい存在となる! この王国を巣とし、ファルディアナ大陸を支配する姫――いや、女王となるじゃろう!」
感極まり、大声で叫ぶ老人。彼の脳内では大陸を支配するアラクネの女王の姿が浮かんでいた。
「ふはははははははは! 待っておれエリック・ホワイト! この世界の為に、貴様と言う楔から女王を開放してくれよう!」
◆ ◇ ◆
「――あの娘がアラクネであったか」
下水道の出口まで移動したマツカゼは、言って思案する。
エリックがマツカゼにうそをついていたように、マツカゼもエリックにうそをついていた。あの状況でエリックがアシッドスパイダーを戦力に加えようとすることは予測がついていた。マツカゼは敢えてその言葉に乗って一時離れ、エリックの後をついていったのだ。
そしてクーの糸使いを確認して、彼女の正体を看破したのだ。街中に魔物がいる事は確かに脅威だが、クーの様子を見る限りは危険度は低いと判断できる。その辺りを見極める為に隠れて観察していたのだ。
……呪いダメージに耐えきれずに血を吐いたのは、素だが。
「元王弟派の合成獣錬金術師アルフォンソ・クリスティ。それを止めたとされるアラクネと、蟲使い。まさかこのような所で見つかろうとは。
一度王都に帰還した方が良さそうでござるな。下手をすれば、国が割れかねぬ」
マツカゼは言って闇に溶けるように消える。仕える主に今回のことを伝える為に。
「しかし……アシッドスパイダーの毒は喰らってみたかったでござるなぁ。とほほ」
消える直前に、そんな言葉を残して。
◆ ◇ ◆
「ただいまー! これ、土産の木刀だ。村の霊樹から作った一品だぜ!
……って何だよ。まだ寝てるのか?」
朝方にエリックの部屋の扉を開けて帰ってきたネイラは、未だ寝ているエリックとクーを見てため息をついた。
「こっちは世界の危機の件でごちゃごちゃ話し合ってたのに、平和なもんだ。
ま、邪魔するのも悪いな」
寄り添うように寝る二人を起こさないように、ネイラはそっと扉を閉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます