「ほう、なかなか美人じゃねぇか。悪くねぇな」

 夢を見ていた。

 エリック・ホワイトに会う少し前。クーは薄暗い洞窟の中で財宝目当てにやってくる冒険者たちを捕らえていた。糸に絡まり動けなくなった者達を嘲笑い、気分で命を奪ったりもしていた。


「あー、おかしい! そこまで必死に泣き叫んでホーントおもろ丸! さっきまでは『お前のような魔物には屈しない!』とか言ってたくせに!」

「殺せ、とか言われて殺すわけないじゃない。久しぶりに甚振りがいのあるオモチャなんだから、たーっぷり遊ばせてもらうわ」


 だがそんな生活も一か月ほどで幕が下りる。その噂を聞いた者が洞窟に訪れ、クーを伏したのだ。


「あ、う……。マズ、あーしオワコンかも」

「ほう、なかなか美人じゃねぇか。悪くねぇな」


 幅の広い西洋剣を肩に担ぎ、粗野に笑う一人の男。その背後には数名の仲間らしいものがいる。


「おい、お前。命乞いとかしないのか?」

「冗談。しても殺しって顔に書いてるわよ」

「よくわかってるじゃねぇか。その性格は気に入ったぜ。お前を『殺戮の姫エニュオ』枠に指定してやる」

「……は? 何言ってんのアンタ?」

「俺様は『狂乱の勇者』レイジ。『戦争神』の祝福を受けたモンだ」

「は? って、にょわわわ! 変な呪いが!」

「これでお前は俺の下僕モンだ。精々役に立てよ」


 そんな経緯で強引に下僕にされたクーは、しかしある程度の自由を与えられていた。


「この程度、俺様が出るまでもねぇ。『殺戮の姫エニュオ』、任せたぞ」

「アンタ全然働かないわね! ああ、もう!」


「よーし、ドラゴンぶっ飛ばすぞ! オマエは飛行を封じるために糸張れ!」

「あんだけの巨体封じるのにどんだけ力居ると思ってるのよ!」

「んだよ。お前ならできるって信じてるから頼んでるんだぜ」

「……わーったわよ。やればいいんでしょ!」


「機械族の砦か。まあ俺様の力があれば楽勝だな! 俺達はオマエが戦ってる間に本陣に突っ込むぜ!」

「……あーしはオトリか! なんか扱い酷くね!?」

「オマエが一番集団戦に向いてるんだよ。つーか、お前は単独のほうが全力出せるだろうが」

「そうなんだけど! そうなんだけど! ああ、もうこの人の心がわっかんない効率主義勇者が!」


『狂乱の勇者』レイジは破竹の如き勢いで魔物をせん滅していく。それにより人類の生息件は広がり、魔物たちは住む場所を少しずつ追いやられていく。

 魔物側のクーは、それを見ても特に何も思わなかった。今自分がレイジの役に立っている。それだけで十分だった。


『この人は、あーしを受け入れてくれる』

『戦って役立つのなら、あーしを見捨てたりはしない』


 レイジは戦いの役に立つ限り、そんな相手でも受け入れていた。元敵対者だろうが、犯罪者だろうが、魔物だろうが。勇者の能力で自らの配下にし、肺かとなった者は戦闘時に勇者からエーテルを注がれ、戦争神の加護が受けられる。


「どうしたどうした! 折角準備が整うまで待ってやったんだ。俺様をもっと楽しませろ!」


 そしてレイジ自身も勇者の名に恥じぬ強さを有していた。あらゆる城壁まもりはレイジの前には意味をなさず、あらゆる破壊せめを行い不利な戦況をひっくり返す。正に神の祝福チートを持つ勇者だ。 

 戦い、争い、奪い、殺し。戦争と略奪。正に狂乱の勇者。レイジが進む道に人類の勝利があり、魔物の悲劇がある。それだけみれば人類が魔物に勝利することは確定といえよう。

 だが――


「もっといい酒もって来い! あと女だ!」

「ああ? 俺様に意見するのか? 死ねっ!」


『狂乱の勇者』の被害は人類サイドにも存在していた。概ね勤勉とは言えないレイジの素行。気が向かなければ戦いに向かわない気まぐれさ。それを咎める者は命を絶たれ、いつしか意見する者はいなくなった。


「死ねいうなし。誰が掃除すると思ってんのよ」


 唯一、『殺戮のクー』を除いて。


「んだよ。オマエが掃除するわけでもないだろうが。いやまてよ。オマエにメイド服を着せて掃除させるプレイもありか。その後は『掃除がなってねぇ』からのおしおきプレイで」

「あーね。あーしなに着ても似合うし。んな事よりグラスまだ残ってるわよ」

「けっ、最近は誰も酌してくれねぇからな。おい、付き合え!」

「オレサマやりすぎよ。ガツガツ肉食男子も度が過ぎるとDV案件なんだから」


 物おじしないクーの態度は、何故かレイジも気に入っていたらしい。他の配下が怯える中、クーとレイジは最後まで変わることのない関係だった。

 最後まで。この二人の関係も、崩れることになる。


『勇者レイジ。アラクネを配下にするのはやめるんだ』

「は? アンタオレがこの世界に来る時に祝福チートくれた神様か。俺様に意見するとかやめてくれよな。

 オレ様はお前ら神様の望む通りに、この世界を好き勝手にひっかきまわしてるんだぜ。なんでオレ様の女を手放せなんて話になるんだよ」

『アラクネは『戦女神』が呪った相手だ。それを私が祝福を与えたお前が配下にするという事は、アラクネを庇護していると思われかねない。そうなれば、神同士の戦争の火種となる。

 神同士が争えば、世界に対する影響が大きすぎる。神の力を直接振るわずに世界を作り替える『勇者ゲーム』はそれを回避するためのものだからな。もしアラクネを配下にし続けるなら、お前に与えた祝福を回収する』

「オイオイ、マジか!? やめてくれよ!」


<戦女神の呪い>……それは神が与えた呪い。誰とも相容れる事の出来ない孤独の呪い。

 それがレイジとクーの関係を断ち切る要因となる。


「あー……お前がいると神が怒ってチート能力取っ払うって言ってるんだ。悪いけど、死んでくれや」


 勇者の一閃がクーの身体を裂く。

 何とか糸を放って逃げるクーだが、受けた傷は深い。このまま治療されなければ、死は確定だ。レイジもそれを理解してその場を去る。女神に呪われたアラクネを治療できる存在など、そうそういるはずもない。


「や……だ……」


 這うようにしてクーは逃げる。

 否、逃げようとする。裏切られたという事実から。この傷は嘘で、本当は自分は誰かと一緒にいるのだと。

 だけど傷は深く、意識も薄い。蜘蛛に姿を変えてエーテル消耗を押さえるが、もはや長くないのは自分でもわかっている。


(ひとりは……やだよ……)


 孤独のまま意識を手放すクー。

 ――エリック・ホワイトがそこを訪れるのは、その数十秒後だった。 

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