「……すみません、それは本当です」
「冒険者ギルドの方ですね。よろしくお願いします」
エリック達が待ち合わせ場所に着くと、馬車の御者だろう人が待っていた。冒険者ギルドの印と依頼書を見せて当人確認をし、馬車に乗り込む。
「ばしゃー! しかも今回はちゃんと椅子がある!」
前回の荷を運ぶ用の馬車ではなく人を乗せる為の馬車だ。椅子の座り心地の良さにクーははしゃいでいた。足をバタバタさせ、伸びまでしている。
「オレは寝るから、ついたら起こしてくれよな」
ネイラは早々に座っている姿勢で、眠りにつく。揺れる馬車であっても寝れるというのは豪胆ともいえよう。
「ねえねえエリっち、なんとかって人の別荘に向かうんだっけ?」
「ファーガストさんの持っている別荘だね。山の中にある避暑用の館なんだって」
ファーガスト家はオータム創立からの貴族で、主に財務などを取り仕切っている。様々な税金取り立てや、その使用の管理。いうなれば街の財布役である。
「貴族の館かー。綺麗なんでしょうね」
「ええ。庭は色とりどりのバラが咲いていますよ。ですが……」
答えたのは馬車の御者だ。館に向かう人にはいつも自慢げに話すほどに手入れされていたのだろう。だが、その声は直ぐに落胆する。
「カマキリが庭を荒らし、見るも無残なほどに荒らされたようです。庭師も這う這うの体で逃げ出したのですが……」
「それは……いえ、生きて帰れてよかったと思います。お陰で僕らもカマキリのことを知れましたし」
「はい。その後、館奪還のために編成された者達が向かいましたがそのまま帰ってこず……おそらく彼らはもう」
沈黙。沈痛な空気が馬車を支配した。エリックもこれ以上何と声をかけていいかわからない。
「だーいじょうぶよ! エリっちとあーしがカマキリ倒してあげるから!」
「はあ……大丈夫なのでしょうか? いえ、ギルドの采配を疑うわけではないのですが」
そんな空気を跳ねのけるように、クーが胸を張って告げる。
御者から見ればクーはただの黒肌の少女で、強そうな戦士には見えない。エリックも蟲使いという事は聞いているだろうが、10人近くの私兵を倒したカマキリ相手に勝てそうかと言われれば、難しいだろう。
だがA-《じゅんしんわ》ランク魔物のアラクネがD+ランクに負ける道理はない。ネイラも条件さえ合えば
「ええ。大丈夫です。オータムの冒険者ギルドを信用してください」
エリックのことを除けば、あまり他人に喧伝していいものではない。なのでエリックはそれだけを告げる。
「あー……その、これはご主人様が懸念されていたことで、決してご主人様も本意で言っているわけではないのですが」
とても歯切れ悪く前置きをして、御者は言葉を紡ぎ出す。
「ホワイト様は、先日ドーマン様の護衛依頼に失敗したと。あと戦闘職でもないEランクで、冒険者ギルドのお荷物存在と……いいえ、そう聞かされているだけでして!」
「……すみません、それは本当です」
気を悪くしてはいけないと遠慮する御者の言葉に、申し訳なさそうに肯定するエリック。
「まことにぶしつけなのは承知の上なのですが、冒険者ギルドはファーガスト家を良く思ってなく、書類上ジョブが適しているだけを宛がって失敗させようとしているのではないか……。政治的にも、冒険者ギルドと冷たい関係の商人ギルドとつながりの深いご主人様を敬遠しているのではないかと」
「それは……その、さすがにわかりません」
ギルド間の関係など、エリックからすれば雲の上の話だ。分かるはずがない。
(あれ? これもしかして結構重要な依頼なんじゃない? 本当に僕で大丈夫なのかな……?)
貴族の館を占拠する巨大カマキリ退治なはずなのに、ギルド間の抗争をほのめかせている。エリックは命の危険とは別の理由で帰りたくなってきた。
だが馬車は変わらず進む。その後も心配されるようでいて、エリックの評判とそれをエリックを宛がうギルドの真意をチクチクと尋ねられた。いろんな意味で針の筵だ。
(僕が失敗続きなのは事実だし、相手からすれば当然の質問と心配だよね……)
落ち込むエリックの肩をクーが軽く叩く。
「もー。またそんな顔する。今回成功すればおけまるなんだから!」
「成功……できるかな……」
「だいじょぶじょぶ! カマキリなんかサクッと倒して、いいトコロ見せれば―じゃん!」
「そう……だよね。クーやネイラが負けるはずないし」
それは事実だ。繰り返すが、負ける要素はない。
そうこうしているうちに、館が見えてくる。赤い屋根の洋館。カマキリが荒らした庭と、所々割れたガラスの窓。ボロボロの景観はカマキリの凶暴性を示すかのようだった。
「では、よろしくお願いします。麓の小屋で待機していますので」
言って御者は馬車と共に下山する。それを見送った後に、エリック達は館に向かって歩き出す。
「よう、蜘蛛女。どっちが多く退治できるか勝負しねぇか? 相手は三体だっけ?」
「すぐに勝負したがるんだからこのバトルマニア。汗かくし、やーよ」
「まあまあ。虱潰しに捜索していこう。先ずは庭と倉庫から――」
こうしてカマキリ退治が始まる。
当然といえば当然だが、この時誰もカマキリ以外の敵がいるなど想像もできなかった。
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