「僕なんかの命よりも――」

「……エリっち」


 意識を取り戻したエリックは自分を見下ろしているクーの顔があることに気付いた。、銃戦車ジャガーノートの力で投げ出されたのだ。軽く目が回る程度で済んだのはクーの糸で絡めとられたからに過ぎない。

 周囲を見れば、折り重なるように倒れているカイン達と自分を見下ろすクー。黒い襲撃者の姿はない。


「クー、ありがとう。……あの、バスターヘラクレスは?」

「なんでよ」


 エリックの問いを無視するように、クーは問いかけた。その流れを理解できず、困惑するエリック。

 何かを堪える様に、クーは再び口を開いた。


「なんであの時、飛び出してきたのよ」

「え? あの時って……」

「だから、さっきの黒いのがあーしに迫った時に。エリっちタックルしたでしょう。

 なんでよ。あんなのにフツーの人間が近づいたらどうなるかわかんないほどエリっち馬鹿じゃないでしょう」


 感情を押さえながら、クーは問いかける。


「ああ、だってそうしないとクーが危なかったから」

「エリっち、あーしがアラクネだって知ってるでしょう。あーしあれぐらいじゃ死なないって知ってるでしょう。なのになんで?」

「だって――」


 エリックはそれが当然であるかのように、理由を口にする。



 ――お前は『蟲使い』だ。

 ――役立たずのエリック。

 ――虫けら野郎が。

 ――惨めなジョブだな。

 ――はいつくばって生きていくのが当然だ。


 自分の命に価値なんてない。ずっと言われてきて、反論しようにも世界はそれを証明していて。

 こんな役立たずの命よりも。

 明るく笑って、強くて、魔物なのに人間らしくて。そんなクーの方がいいに決まっている。


「なんでよ……!」


 分かっていた。クーはエリックがそう答える事は解っていた。

 山の中で襲われた時も、カインとのいざこざも。そしてさっきの行動も。

 

 献身を美徳としているわけではない。命に価値をつけ、その優劣で自体を判断しているだけなのだ。そしてその順列は、自分が最下位であるというに過ぎない。

 

「なんてっで、クーの方が強いし可愛いし、生きていて正しいのは――」

「正しくなかったら、生きてちゃいけないの?」

「……それは」

「ねえ、エリっち。あーし頭良くないけどこれだけは解るよ。エリっちは、自分が好きになれてない。自分がすごくイケメンだって気付いてない」

「いや、顔とかはそんなに……」

「違うよ。心がイケメンなの。凄く辛いことがあっても、絶対に心がブサメンにならない。勇者みたいに強くなくてもカッコよくなくても、イケメンだよ。

 だからもう少しでいい。自分を大事にして」

「……努力する」

「ん。桃点かな。でも、とか言ったら赤点チョップ喰らわせる予定だったけど」


 クーは言ってエリックから離れる。見下ろしていたクーの顔が遠のき……その時始めてエリックはクーの下半身に気付く。黒と黄色の蜘蛛の下半身に。


「って、クー、その下半身!? ああ、そうか。僕を助けるために……ええと、ごめん」

「そーよ。激ヤバだったんだから。あ、戻るからまたアッチ向いてて」

「はい。……その、誰かに見られた?」

「うん。あの黒いのにバッチリと」

「えええええ!? そう言えば、バスターヘラクレスは?」

「逃げた」

「……逃げた?」

「なんか光ってエルフが出てきて、ぐちゃぐちゃ叫んで帰ってった」

「ごめん、もう少し詳しく」


 あーしもよくわかんないんだけど、と前置きをしてクーが見聞きした経緯をエリックに伝える。


「その後『今日の所はこれぐらいで勘弁してやるからな! 覚えてろ!』とか言って帰ってった」

「……なにそれ?」

「あーしもわからンゴ。あ、もうこっち向いていいよ」

「エルフが黒い甲冑を着て、馬車を襲撃した……のかな?」


 状況だけを見ればそうなるだろう。だとしても非常識な部分が多い。

 エルフは文明から離れ、森で生きることを選んだ種族だ。極少数のエルフは人と交わったりすることはあるが、大多数のエルフは森から離れることもない。ましてや馬車を襲って金品を得ようという物欲もない。――人間の文明でしかお金は使えないのだから。

 そして銃戦車ジャガーノートだ。華奢なイメージが強いエルフがそのジョブを持っているというのは、考えにくい。そこまでは『そういうエルフもいる』と言えなくもない。

 最大の疑問点は、鎧が解除されたことだ。だがそれは、すぐに推測が付いた。


誓いオース……かな?」

「おーす?」

「神官系ジョブの使うスキルの一つで、何かしらの『誓い』を神の前で立てさせて力を得るスキルのことだよ。その誓いを守ってる間は、ずっと力は継続されるんだ。

 神に仕える神官戦士とかがよく使うんだけど……あの鎧もそういう類なのかもしれない」

「神様の言う事を聞かなかったから、鎧が取れてエルフが出て来たの?」

「推測だけどね。きっと『戦いの前に名乗りを上げる』とか『真正面から戦う』とかそんな誓いなんじゃないかな? それを守っている間だけ、肉体強化されるスキルなんじゃないかと」

「あーね」


 バスターヘラクレスの登場と宣誓と戦い方を思い出し、クーは納得した。ただのかぶれじゃないとすれば、納得だ。


「でもさ。それ分かったとしてどーするの?」

「うん。いろいろわからない事もあるから、それを調べてからかな。話し合いは無理かもしれないけど、妥協点を見つけることが出来れば……ってどうしたのクー? じっとこっち見て」


 にこにこしながらこっちを見るクーに、エリックは疑問符を浮かべる。


「えへへー。そーいう所がイケメンなんだぞ!」

「? よくわからないけど、褒められてる……のかな?」

「もちのろん! それじゃ、がんばろエリっち!」


 戦闘で身を張るエリックよりも、戦わずに頑張ろうとする方がずっとエリックらしい。

 自分の為にカインやバスターヘラクレスに殴り掛かろうとするエリックが嫌いなわけではないけど、弱いけどがんばるエリックは見ててなんだか嬉しい。

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