「慣れてる、からかな」

「ネコは見つかりました。もう来ないでください」


 次の日、エミリーに会いに行ったエリックとクーは、開口一番そう告げられた。エミリー本人ではない。顔だちからおそらくエミリーの母親なのだろう。


「貴方達がネコを見つけたわけじゃないので、報酬はありません。

 異議があるなら騎士団を呼びます。これ以上、あの子に付きまとわないでください」


 ぴしゃりといい放ち、これ以上の会話は不要とばかりに背を向けられる。

 エリックは何も言わずに、踵を返した。


「って、何あれ! マジありえなくない!?」

「まあ、普通の人から見れば冒険者は怪しい人達だから……」


 呆然としていたクーはエリックの後を追いかけながら怒りの声をあげた。

 エリックはその怒りを宥めようと手で制する。冒険者の地位は決して高いモノではない。冒険者ギルドもイメージ向上に頑張ってはいるが、一攫千金や英雄を目指す夢見がちな者や、職にあぶれた人が集うイメージはぬぐえないのが現状だ。それが愛娘に近づいているとなれば、あの剣呑とした態度も頷ける。


「エリっちは頑張ってネコ探したのに、あの態度はないわー! 鬼おこ案件! ねえ、キュッとしていい?」

「怖いからやめて。あとネコを見つけてない、っていうのは本当だから」

「にしてもあの態度はなしなしのなし! っていうかエリっちどーして怒らないのよ!」

「まあ、ああいうふうに言われるのはいつものことだし」

 

 叫ぶクーに苦笑するエリック。

 今回のケースは冒険者の立場が先行しているが、他人から悪意を向けられることには慣れていた。それに『娘を怪しい者から守るため』という母親の気持ちは分からなくも――


(ぼくは、おかあさんに、まもってもらえなかった、けどね)


 フラッシュバックのような衝動がエリックを揺さぶる。一瞬乱れそうになる心を何とか抑えた。よろめきそうになる足を止めて、胸を押さえる。ゆっくりと深呼吸して眩暈が収まるまで地面を見た。

 破壊された部屋。家族に無視され続けた日々。蟲使いと言うジョブが原因で受けた冷たい日常。誰も責めないけど、助けてくれない孤独。そんな心の虚に引きずられていく――


「エリっち?」


 その手を、クーが掴んで体を揺する。少し冷たいけど確かな温もりがエリックの手を包んでいた。


「……ごめん、なんだっけ?」

「だからどーして怒らないの? や、なんでしょ?」

「慣れてる、からかな」

「慣れてるって――」

「おにーちゃんとおねーちゃん!」


 足を止めていたエリックとクーに声がかけられる。

 エミリーだ。必死に走ってきたのか息は絶え絶えで、その腕の中には心地よさそうにしているネコがいた。ここはオイラの居場所じゃいと言いたげにふてぶてしくあくびをする。


「ミーコ、見つかったよ! 探してくれて、ありがとう!」


 どうやら母親の件は知らないようだ。たまたまエリック達を見かけて、ミーコを抱いて走ってきたらしい。クーもそれを察してから怒りを納める。


「なんかネコ好きの人が預かってたんだって。おかーさんがその人のことを聞いて、そこに行ったらミーコがいたの!」

「そうなんだ。良かったね」

「うん!」


 満面の笑みを浮かべるエミリー。


「はは、僕ら何の役も立たなかったね」

「そんなことないよ! 昨日、探してくれるって言ったときすごく嬉しかった!

 ずっとずっと大人の人は誰も探してくれなかったから、寂しくて泣きそうだったの。だけどお兄ちゃんたちが探してくれるって言ってくれたからすごく嬉しかった!」


 自虐的に笑うエリックに、エミリーは首を横に振って答える。

 誰も話を聞いてくれない不安。見捨てられるかもしれないと言う焦燥。そんなエミリーにエリックは声をかけたのだ。

 それだけで、どれだけ救われただろうか。大人は皆助けてくれないと少女が心を歪ませずに笑えるのは、その声があったからだ。


「それでね。おかーさんに聞いたんだけど、ぼーけんしゃにものを頼む時は、お金を払わないといけないんだよね?」

「え? いいよ。実際見つけたわけじゃないし」

「うん。おかーさんもそう言ってた」


 母親の話が出て、クーは何とも言えない表情をする。何か言いたいけどそれをエミリーにぶつけるのは間違っているという顔だ。

 そんな雰囲気を察しながら、エリックはしゃがみこんでエミリーに目線を合わせる。


「お金はいいよ。エミリーから『ありがとう』を貰って、元気が出たし」

「? それだけで元気になるの?」

「なるなる。凄く元気になった。今日も一日がんばれそうだ」


 自分で言ってから、うんうんと頷くエリック。

 その態度と言葉が本心であることを察したのか、エミリーは笑顔を浮かべる。そして、


「ありがとう! 本当にありがとう! 何か困ったことがあったら、またおにーちゃんに頼むね!」

「出来れば、冒険者に頼むようなことがない方がいいけどね」

「うん! でも絶対に頼むから! それじゃあ、またね!」


 言ってエミリーはミーコを抱いたまま走っていく。

 その背中が消えるまでエリックとクーは見送っていた。


「ふーん、エリっちモテモテじゃん」

「モテ……!? いや、流石にそれはないかな。クーも我慢してくれてありがとう」

「あーしだって空気読むもん。ま、エリっちが元気になったのならおけおけよ」

「うん、元気出た。無事にミーコも見つかってよかったよ。怪我してたり合成獣キマイラになってたりしなくて本当に良かった」


 その結果こそが、最大の報酬だ。エリックは顔をほころばせる。 


「うへへー。エリっちいい笑顔じゃん! イケメンだよ!」

「ええ!? からかわないでよ、クー」 

「マジマジ。で、今日はどうするの? フリーになったけどデートする?」

「……お金ないんで、お手柔らかに」


 そして依頼がキャンセルされたエリックとクーは、なけなしのお金で街に繰り出す。

 金銭的な報酬は何もないが、二人は精神的に満ち足りていた。


◇     ◆     ◇


 E-ランク依頼 『ネコのミーコを探し出せ!』

 ……失敗!

 

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