「誰かを助けるのが、冒険者だからね」

 冒険者ギルド――正確な名称は『ファルディアナ大陸冒険者互助会』。

 オータムの東部に設立されたギルドは緊急依頼の後処理で慌しかった。


「怪我人を教会に運べ――」

「騎士団に連絡を取り、事態の集約を――」

「敵の正体を探り、今後の対策を――」


 朝方にはその喧騒もある程度鎮静化し、ギルド長の戸が叩かれる。


「失礼します」


 入室する事務員の顔を見て、青年から壮年へと移行しつつある男は疲れたような顔をした。その表所にはまだ仕事は終わらないのか、という疲労の色が濃い。

 かつては整っていた顔立ちは年を得て崩れ、刻んだ知恵と同等の皺が目立ちつつある。愛用の魔術師の杖はいつしかペンに変わり、椅子に座る様に風格が出てきていた。本人は書類よりも魔導書と向かいたいと嘆いているが、かといって現職を放置する様な無責任はできないようだ。


「現段階での報告です」

「できれば少し休みたい所だね」

「睡魔を吹き飛ばすハーブティを持ってきました」

「君の完璧さには舌を巻くよ」

「はい、我が主マスターの為に尽くすのが使い魔ですから」


 皮肉が通じないのは欠点か、と男――オータム冒険者ギルド長は眉をひそめた。手渡された羊皮紙を見て、ため息をつく。


「嫉妬心の眷属召喚、か。表向きはウチのギルド構成員が倒した、という事になっているが……」

「はい。召喚後1時間46分で送還を確認しました。原因は現世に留まる媒体消失。あるいは何かしらの儀式妨害と思われます」

「だろうね。まともに戦えばウチの構成員では歯が立たない。Aランクパーティでどうにか、と言った強さなのに。

 倒したと言ってるのはカイン・バレッドか。これは国防騎士団の介入もあったな。バレッド家の血縁が街を救ったというアピール目的か」

「これを機にバレッド家はカイン様を引き戻すことも検討しているようです。元よりレアリティの高いジョブの為、そのつもりではあったようですが」

「そして騎士団が幅を利かせることになるか。まあいいさ。そうなったらこの事実を盾に交渉が出来る」


 それよりも、と言ってハーブティを飲むギルド長。大事なのは表向きの事実ではない。


「送還されたのは自然消滅というわけではないだろう。何かしらの人為的な要因があるはずだ」

「はい。あの消滅の仕方は儀式妨害の可能性が高いと思われます。

 いったん儀式妨害が成されて依り代が変更され、さらにその依り代に何かしらの干渉が施されて媒体消失……というのが私の<鑑定>結果です」

「それは誰だと思う?」

「そこまでは。ですが山中付近に歪みの痕跡を確認しています。そこをたどればあるいは」

「数時間以内に山に居た人間、か。そんな都合よく見つかるはずが――」

「その条件に該当する人物が一人、ギルドにいます」


 事務員――自分が召喚して使役する使い魔の言葉に言葉を止めるギルド長。

 魔導的な念話で情報を受け取り、その情報を吟味する。Eランクの蟲使い。ゴブリンすら退治できない青年。


「無関係と切って捨てるには早計だが……事件に直結させるには、流石に」

「はい。私も同意です。単純にスキルや成果だけを見ても、ありえないかと」

「邪神の眷属召喚に立ち向かうには、確かに無謀だな。ただまあ」


 そこまで言ってギルド長は表情を笑みに変える。


「誰かを助けるのが、冒険者だからね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る