あけまして、おめでとう。

すいま

差出人のない年賀状

2019年はすでに半日が過ぎた。そう考えると、2019年の9割は寝て過ごしたことになる。怠惰だ。

大罪の一つと挙げられる怠惰も、正月という免罪符を前に俺の心を改心させることはできなさそうだ。


居間へ降りていくと食卓にはラップをかけられたおせち料理と一枚のメモ、そして数枚の年賀状が置かれていた。

メモによると家族はみんな初詣へ行ったらしい。


適当におせちをつまみながら年賀状をめくる。いつまでも粘り強く送ってきてくれる友人には感謝すべきだろうか。冬休みも明ければ学校で会うというのに、今年もよろしくもないだろう。


そんな中、1枚の年賀状に目が止まった。宛名には俺の名前。

奇妙なのは、住所も消印もないということだ。

裏を返せばイノシシのイラストに「今年はよろしく」の文字。差出人の名前はない。

手書きの文字はわざとらしく角々しい書体になっている。

じっくり見てみると、邪魔にならない隅っこにコピーライトが記載されている。いまどきは神社もオリジナルの年賀ハガキを販売する時代らしい。


はて、怪文書というには友好的すぎる新年の挨拶は、大事な祝日を消費するのに値するだろうか。


オレは考え得る手段の中で最低コストのものを選択すると、スマホを手に取り、宛先リストを表示する。

忌々しいが頼りになると認めざるを得ない「鈴波 愛夏」の名前をタップした。


きっちり3コールで奴が出た。


『あら、新年の挨拶かしら。貴方にしては殊勝なことね。』


新年早々憎たらしい。


「あけましておめでとう。新年早々悪いな。」

『悪いと思いながら電話かけてくるなんて、2019年も相変わらず馬鹿なのね』

「差出人のない年賀状が届いた。裏にはイノシシのイラストに一言メッセージ。どうやら、このハガキは浦内神社で売っているものらしい。誰か心当たりはないか?」

『あなた、本当にそれだけの情報で犯人がわかるとでも思っているの?』

「さすがの鈴波名探偵でも無理か」

『煽っているの?そんな煽りには乗らないわよ。まぁ、神社に行けば何かわかるかもしれないわね』

「そうか。ところで、鈴波は神社へ行く予定はないか?」

『そうね、初詣へ行こうか悩んでいたところだけど』


チラリとテーブルの上のメモを見る。


「それは良かった。じゃあ17時に駅で待ち合わせをしよう。歩いてもそうはかからない。」


どうせ断るだろうと思って一矢報いたつもりだった。


『分かったわ。家を出るときに連絡をちょうだい。鈴波家では初詣は晴れ着を着て行くと決まっているの。あなたの家からなら20分くらいでしょう。準備を間に合わせるわ。』

「よく知ってるな……それじゃあ、17時に」

『ええ、それじゃあ、"今年はよろしく"』


最低コストを選んだつもりが、藪をつついたら蛇が飛び出してきたようだ。

まぁ、鈴波は何かわかっているようだったし、神社に行けばそれは確信になるのだろう。

家族に置いていかれた初詣のリベンジもできると考えれば、プラマイゼロというものだ。

もしこの年賀状の差出人がわかったら、嫌味の一つでも書いて返信してやろう。


少しだけ、鈴波の晴れ着姿を想像して差出人のない年賀状に感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あけまして、おめでとう。 すいま @SuimA7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る