第19話 武器庫(7)



 笑顔のない冷めた目が俺に突き刺さる。真琴は最悪なことに、人を殺した事に対して一切罪悪感を感じていない。邪魔な雑菌を駆除した程度にしか捉えていない。

 これじゃあ、人の倫理観とかそういう事を言ってもおそらく通じない。というか色々過程を飛ばして一気に結論に達した気がする。



「だからって……お前。


 こんな世界じゃ、人殺しを裁くやつなんかいないけどさ。それでも、やっていいことと悪いことが……」


「は?」


 真琴はぎろりと俺を睨むと、軽く振るった真琴の腕が鋭利な銀の刃へと姿を変え、俺の首筋に突きつけた。


「なっ……」


「グルルッ……」


 狂犬が俺の影の中で威嚇をしながら、俺に警告を知らせてくる。


 俺達に敵意を示した敵だ。躊躇うことなく今すぐ殺せと。


 だが、俺は狂犬をなだめて落ち着かせる。待て待て、まだ出てくるな。


 今狂犬を出したら完全に戦闘が始まり、どちらかが死ぬまでその戦闘は終わらない。


 真っ先に頭に思い浮かんだのは、こいつが『ドリーマー』であるという可能性だ。


 餓鬼どもが闊歩する世界でこんな少年がたった一人で生き延びてきたなんて、普通はあり得ない。それに、目の前で起きている現象は『ドリーマー』でないと説明がつかない。


 その次に考えるのは渚はここに他の『ドリーマー』いると分かっていて俺をここに寄越したのかということ。


 その場合、真琴を仲間にして帰らないとおそらく俺がまたバカ扱いされてしまう。


 ……いや、絶対偶然だな。あいつがそこまで考えているわけない、うん。


 俺は恐る恐る首筋に突きつけられた刃に目を落とす。真琴の右腕の制服の袖から本来見えるはずの生身の腕はなく、切れ味の良さそうな白銀の刃に変化している。


 これが、こいつのギフト。真琴はぶつぶつと自分自身に言い聞かせるように呟き続ける。


「僕は悪くない。そう、僕は悪くない。あの時もそうだよ。あれは僕のせいじゃないのに。なのに、なんで皆んなそんな風に言うんだ。なんで皆んなそんな目で僕を見るんだ。


 あぁぁぁぁ!!汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い!!




 俺が悪いってんなら、お前も殺す!!


 そうだ、そうしよう、それがいい!」


 真琴は頭を抱えながらそう言うと、刃へと変化した腕を横薙ぎに振るう。


「くそっ!狂犬!」


「ガウッ!」


 狂犬は俺の影から這い出し、真琴の刃に噛み付いて受け止める。真琴は一瞬驚くが、すぐに俺が『ドリーマー』だと察してニヤリと歯をむき出しにして笑う。


「あぁ、お前も『ドリーマー』だったのか。


 なら、とても残念だなぁ。仲間を殺さないといけないとは……な!!」


 腕を引き、机の上に足を踏み込んでもう一度腕を振ってきた。今度は胴体を狙ってくる。


「っとと!あぶなっ……」


 俺は椅子から降りて狂犬に攻撃を弾かせながら後ろ向きのまま後ろへ下がる。真琴はそのまま机の上に上がり、前に出る。


「待て!落ち着け!俺はお前と敵対する気はない!平和的解決を望んでいる!」


 そう叫んでみるが、真琴は聞く耳を持たずに刃を振り回す。


「今更遅いんだよ!!お前が俺に口答えした時点で、俺に反論した時点でお前を殺す事は決定事項になったんだからな!!黙って殺されとけ!」


 真琴が振りかざした刃が机を、椅子を、床を切り刻んで行き、それでも真琴は止まらない。


「くそっ!」


 そして、窓際まで追いやられ、背後に逃げ道がなくなる。右に飛んで逃げようとした瞬間。


「グガァァァァァ!!」


 突然扉を壊して餓鬼が部屋の中に入ってきた。


「うわっ!?こんな時に……!」



 餓鬼は俺たちの姿を捉えると、一直線に走りながら腕を振り上げる。


「グゴォォォォァァ!!」


 餓鬼は腕を振るい、俺に攻撃を仕掛け続ける真琴の背中に向かって腕をぶつけようとして。


「うるっっせぇぇっ!!」


 殺気に気づいた真琴が振り返りざまに叫びながら餓鬼を両断した。


「グガァッ……?」


 餓鬼は一歩前に出ようとして、自身が切られた事にようやく気づく。


 重心を前にした餓鬼は、動かない下半身を残して、上半身がずるりと斜めに動いて床に重い音を響かせて落ちる。


 その切り口は肉だけでなく骨まで断たれた綺麗なもので、血はその後に遅れて吹き出し、床に血だまりを作った。


 やはり、あのギフトは餓鬼を殺すための武器。


 あの細い腕のどこにあの巨体を両断させるほどの力があるというのだろうか。


 筋力強化まではギフトの力ではないと思うから、あの武器が相当切れやすいということか。


 真琴は餓鬼の返り血を浴びる事なく餓鬼の死体をゴミを見るような目で一瞥し、すぐに俺へと視線を戻す。


「さぁて、次はお前の番だな!」


 真琴はそう言うと一歩深く踏み込んで刃を突き出した。


「っ!」


 俺は突き出された刃を右に転んで紙一重で避け、真琴の腕を掴む。


 俺の背後の窓ガラスが割れる音が聞こえ、それと同時に真琴の表情が固まり、額に汗を浮かばせながら慌て始めた。


「放せっ!!


 俺に触れんじゃねぇ!」


 真琴は俺の手を振り払おうと必死に暴れるが、俺も放すわけにはいかないので真琴の腕を掴み続ける。


 なんでそこまで拒絶するんだ?


 なんでそこまで潔癖なんだ?




「放せっつってんだろ!


 放せぇぇぇぇぇえぇぇぇ!!」


 真琴の左腕も刃に変化し、叫びながら横薙ぎに斬りつけた。




「ガウッ!!」




 その瞬間。俺の意思とは反して、体が動いた。


 ほぼ無意識に俺は狂犬を動かして真琴の首襟を噛ませ、放り投げさせていて。


 気づいたときには真琴はベランダから外へ投げ出された。





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